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【PW】AD199908《執悪の種》
薄羽の蜃気楼
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我ながら何とも素直というか愚直なのだろうか?
暁は、けたたましい目覚し時計の音ともに目覚めて何とも情けない気持ちになっていた。
昨晩であった才田という老人の言うことを聞いてほろ酔いながらに瞑想にチャレンジをしてみたのだが気づくとソファーに座ったまま眠りこけ朝を迎えていたのだ。
疲れなのかなんなのか、よく覚えていはいないが妙に頭はスッキリした気分だけが得られたものなのかもしれない。
暁は、そんな風に思いながら洗面台に向かい準備を整えた。
顔を洗い、テレビから流れるニュースの音に紛れて携帯が鳴る、時刻は8時を回った所だ。
チームの人間とは10時前に事務所集合にしているのでゆったりと準備をしていたがこの時間帯に携帯が鳴ると言うは、良くない報せな気がした。
『先輩起きてた?』
電話の主は崇央からだった。
口調が早口なのが良くない知らせだと言うのがよくわかる。
「何が起きた?」
暁がそう訊くとあからさまな溜息を崇央は、漏らした。
『飯坂病院、わかるよね?』
表向き精神科病院だがその実態はリンクの収容所になってる病院だ。
「覚えてるよ、それが?」
『その近くで阿部らしき人物の姿が確認された』
「あの病院で?いつ?」
『昨日の夕方、病院から不審な動きをしている人物がいるから確認してくれないかって外付けの監視カメラの映像が送られてきたんだけど、それが阿部に似てるんだ』
何故、そんな所に阿部が?
暁の頭の中は、そんな疑問でいっぱいになったが崇央の口から告げられた次の言葉で腑に落ちた。
『今現在、そこに千条が収容されているんだ』
「それを阿部が知っているとしたら…そういえば阿部の両親とかの情報はわかったのか?」
『調べたよ、のり弁だけど、書類から察するにどうも各省庁の同業部門みたいだ』
のり弁、書類に沢山の黒いマーカーが引かれており書類の大部分を見せない手法だ。そしてそれから察した答えが同業部門、つまり公安の様な組織に属していたとなるとそれならば身分もかつての所属もそう簡単に明かされない。
「所属の省庁は?」
『阿部の両親だけで言うなら大蔵省、他には総務省、通産省』
そんな省庁に諜報機関が…
しかし、そんな事は、初耳に近いが逆に納得も出来た。
大蔵省なら税金、総務省なら地方行政、通産省なら中小企業などの組織。
そういった所の情報はこの国の根幹に関わっている所でもある。テロ組織だけじゃなくアルファの事も考えれば宗教団体なんかも関わってくる事も想定すれば確かにそんな組織があっても不思議ではない。
そして、その組織の人間達が3人もあのテロ事件の場所に居た。これは偶然の可能性もあるがそれ以上に違う可能性も十分にある。
『あと、まだ続くんだけど、先輩、2年前に元内調の幹部が襲撃された事件って覚えてる?』
「噂程度に聞いただけだ、だけどあれは事件になってないしその書類等もないから誰かが流したデマって話だったやつだろ?」
『どうやら、それ本当に起きてたみたいよ、今朝上層部から今回の案件に関わってるかもって情報が落ちてきて…どうも、その時に数名、殺されてるらしいんだ』
いきなりの情報の濁流に暁は目眩を起こしそうなった。
「ちょっとまて、そんな情報がいきなり上が?」
『俺も正直さっき書類確認してて驚いたよ、もう何が起きてるのか全くわからない、とりあえず先輩には飯坂病院に行ってもらって、監視カメラの映像と周辺を調べて欲しい、その間に俺はこの案件の情報を調べて何か分かったら直ぐに報告するよ』
「わかった、それなら皆にも伝えておいてくれ」
『了解、先輩、前からキナ臭かったなけどより酷いから今回は本当に逃げる前提で動いてくれ、嫌な予感がする』
言われなくてもわかってる。
暁は、本当はそう言いたかったが簡潔に了解と伝えると電話を切った。
何が起きた?
電話を切ってから数分間、暁は携帯電話とにらめっこしながら、何が起きているのか情報を整理して推測を立て様と考えたが情報が少なすぎて何も分からず、すぐに頭を切り替えて着替えると飯坂病院へむかった。
志木駅から下り、北部の駅へ着くと改札駅でテツとマツ、藤と合流し、それから数分後に星見、熊切、西端が合流した。
本来ならバスで向かうところだが暁達は2台のタクシーで飯坂病院まで向かう事にした。
配車は、先頭に暁とテツとマツ、後続車に他の4名が乗っていた。
「じゃあ、この情報が降りてくるキッカケになったのは、ハルの仕業なのか」
タクシーの後部座席に座った、テツから訊いた情報に思わず暁は声を上げてしまった。
「はい、今回でその案件に関わる事だと言って上に噛み付いたらしく、俺達も昨日訊いて驚きましたよ」
テツは、溜息混じりに応え、助手席に座るマツはケラケラと笑っていた。
「隊長も相変わらずわかり易くて笑っちゃいましたよ」
ハルは、よくこんな無茶をするのか、そう思うとそれを統括する稗田に少しだけ暁は、同情をした、しかし、冷静に見つめ直すと、ハルは未来の自分の部下であり自分も崇央に対して同じ様な行動をしているという自覚もある。
遠回しに自分のせいなのか?
そんな考えが頭をよぎったが今はそんな事を考えてもしょうがないので、その考えを振り払っておいた。
とりあえず、今度、テツから稗田の好みの菓子でも訊いて持っていこうという考えだけは頭の片隅に置いておく。
程なくしてタクシーは病院に着くと料金の支払いを済ませて暁達は、周辺の調査を開始した。
暁と藤、星見の班とテツとマツ、そして熊切と西端の班で分けた。
かと言って周辺にあるのは、田んぼと少ない民家、歩いて1km程歩いた先に漸く住宅街と大型店の雑貨屋がある程度だ。
とりあえず、暁達はそこまで全員で歩くとそこから2班に別れて行動した。
しかし、太陽の日差しが容赦なく降り注ぐ炎天下の中、汗だらけで行動しても体力の消耗は激しく、暁は自動販売機と小さな公園を見つけると2人に声をかけて休む事にした。
「あっっっっつい!!」
木陰のベンチに座り飲み物を勢い良く飲むと藤は叫ぶ様に言った。それを見ながら暁は苦笑し、星見は小さな溜息を漏らした。
「ゴメンなさい、役に立てなくて」
そんな凹んだ声を出す星見に対して藤は勢い良く背中を叩いた。
「凹まない、誰もアンタを責めてない、暑いのを責めてる!」
そう言いながら木陰を見上げた。
「それにしても、こんな事で情報なんて得られるんでしょうか?」
ふと藤が独り言の様に呟いた。
「さぁ得られるかもしれないし、得られないかもしれない、大抵は得られないかな」
暁は、ゆっくりと膝折り屈むと煙草に火をつけた。
「大浦さん的には、彼等はここら辺いると思いますか?」
次に星見が訊いてきたが暁はゆっくりと首を横に振った。
「ここは、完全に村だ、隣近所は勝手知ったるなんたらだ、もしそこに新しい誰かが来たのなら直ぐに目立つし、何よりも噂になる、もし俺が犯人グループならここまで車で来て、もう少し離れて人が多い所に潜伏するかな」
「つまり、アタシらがやってる事は、無駄足じゃないですかぁ」
藤は、そう言いながらダラける様にベンチに横たわる。
「それが捜査さ、ここで本当に何も無ければ次の場所へ向かえばいい、そうすることで相手との距離は狭まっていく」
「現場100回でしたけ、まさかそんなドラマ的なことを言いませんよね?」
「これがまた言うんですよ、現実に」
暁がそう返すと藤は深い溜息を漏らしながら幽霊の様に体を起こした。
「まぁもう少し休んでからね」
暁はそう苦笑いを零しながら公園を出ると周辺を見渡した。
広がる田んぼに大きな農家、そして切り抜かれた様にある閑静な住宅街、そして鬱蒼とした森を茂らせる山の中に切り抜かれた様に建っている白いコンクリートのそれは遠くから見ると横に並べられた消しゴムの様にも見えた。
飯坂病院に千条が居る。
今朝、崇央から聞かされたその情報は暁にとっても聞き逃せない情報でもあった。
伊澄を殺した男。
伊澄 楓、暁と出会ったのは警視庁での扱いに嫌気がさしていた時だった。帰りがけによった居酒屋で隣の席にふらりと現れた。
短い髪にスラリとした体型、その目は二重の目に光るのは、好奇心という光だった。
見た目も行動も活発的で記者なのに嘘をつかなず直球で勝負してくる様な人間だった。
そんなんで記者が務まるのか?暁は何度もそんな事を思いながらよく酒を酌み交わしていた。その内に梨花とも知り合いになり、意気投合してはよく飲み散らかしていた記憶もある。
「本当に、アッキーさんって言葉足らずだよね~」
「わかるー!本当にそう!」
梨花と2人合わせれば人の悪口を目の前で堂々言い、豪快に笑い全てを流す。それで許される性格、しかしそれだけではなく、誰よりも被害者に心を配り、冷静な目と頭で現場を見ていた。
一度だけ、違う現場で彼女を見かけた事がある。所轄のひき逃げ事件だ、近くのアルファの理の支部の調査をしていた際に起きた事件だ。
しかし、公安然り、当時の捜査一課もアルファの理の支部近くというのもあり、表立った捜査を控えていた。
しかし、伊澄はその件に対して問答無用で取材をしていた。なんならアルファに監視カメラの映像を見せてくれないかとまで迫ってもいた。
そうなると警察からしてもかなり困った状況とも言えた。アルファである以上、そこに当時逃亡中の千条は都内付近にいると思われ、そこの支部もマークしていた支部であった。
だからこそ、そこでの捜査は警察としては暗黙の了解で避けていた。しかし伊澄は、そこに堂々と取材に向かっていたのだ。公安としてもそれは避けさせたかった、だから出版社にも圧力をかけたのだが伊澄の持ち前の性格からそれを辞めるなんて事は一切することは無く何度もそこに通っていた。
そんな伊澄の行動は暁にとってとても眩しく羨ましく思えた。
それから間もなく、伊澄が拾ってきた情報により轢き逃げ犯を逮捕する事に成功した。
それを聞いた時、暁は自分の頭をフルスイングで殴られた様な衝撃を覚えた。
組織の捜査は大事だが、何よりも大事にしないといけないのは犯人をしっかりと捕まえないといけないのだ。
そして、事件に大きのも小さいのもない。関係の無い事件だとしてもそれが大きな事件によって小さくされては、いけないのだ。
所轄で伊澄が被害者家族から感謝されている姿を見た時に自分は捜査員として何をしているのか、あの時程に考えさせられたことは無かった。
3ヶ月、たった3ヶ月の関係だったが彼女との時間は警察官としての暁の心情に大きく刻まれた。
そんな伊澄があんな死に方をするなんてあってはならない。
人に愛され、本当の意味で事実を追い、戦っていたアイツが雨ざらしにされて、道端に放置されていた。
そんな死に方があっていいわけないのだ。
ポケットの携帯電話のバイブレーションが暁の意識を真夏の太陽の下へ戻した。
『お疲れ様です、そっちはどうですか?』
電話の主はテツからだった。
「ダメだ、空振り何も無いらしい、そっちは?」
『こちらもです』
「とりあえず、合流をしようか」
『そうですね、なら20分後に病院前でどうでしょうか?』
「そうしよう」
そう言うと、暁は携帯電話を切り、星見達の方へ向かうと今の話を伝えた。
「向こうも空振りかぁ~」
藤はそう言いながら気だるそうに首を回し、空に向かって溜息を吐いた。
星見や暁は、苦笑いをしながら合流場所である、病院前へと歩き出した。
「あれ?」
病院に着くとだらけた様子の西端と熊切と対象的な立ち振る舞いで立っているテツとマツの姿があった。
そんな4人に向かいゆっくりと暁が手を挙げると間の抜けた声を星見が上げた。
その声に暁は振り返ると星見は、空を見上げながら妙な表情をしていた。暁はその視線の先につられる様に目を向けるがそこには、綺麗な青空が浮かんでいるだけだった。
「どうしたの?なにか…」
そう、星見に聞こうと振り返った瞬間、目の前の景色が変わった。
何処までも続く水面に青い空、透き通る青が水平線をぼかしている、静寂な世界。
何が起きた!?
暁は、周囲を見渡すと黒い影が立っているのが見えた。
その姿を視認したと同時に全身に波が走る。
警戒しろ、そう反射的に判断すると暁は一瞬で身構えた。
黒い影、身長や体格からしたら男だと思われるがはたしてそれに自分のその感覚が当てはまるかわからない。
黒い影は、ゆっくりと体をくの字に曲げると背中から羽の様なモノが生えてくる。
トンボの様な薄羽は微かに揺れると黒い影はゆっくりと浮かび上がると暁を見下ろしてきた。
《避けろ!!》
頭の中に響く声による、暁は反射的に横に跳び、受身を取りながら起き上がると、黒い影が暁の真横を滑空して行った。
もし、あの場で立っていたら黒い影と衝突し、どうなっていたかわからない。
暁は、直ぐに視界に黒い影を収めると黒い影はゆっくりと旋回し空へ上がると暁に向かって再び滑空して来る。
回避をしないといけない、しかし暁は先程の回避で膝立ちになっていた。
直撃する。
そう思った瞬間、水面に体が吸い込まれていく。
慌てて息を止めるが間に合わない。
水が鼻から入ってくる、痛みを覚悟したがその痛みが来る事は、無く。
普通に呼吸をしたが水泡が浮かび水面へと消えていくだけだった。
暁は、何が起きているのかわからずに視線を自分を引っ張りこんだ方へ目を向けるとそこには、壮年の男がコチラを静かに見つめていたかと思うと直ぐに視線を水面へ方へと向けるとゆっくりと手を伸ばした。
《そうはさせねぇよ、マルクト》
そう言うと、その手は発光し、暁もその光に目を瞑る。
目を開けるとそこには、空を見上げる星見とそれを追う様に見上げる藤の姿があった。
今のは何だ?
暁は、慌てて振り返りながら空を見上げるとそこには透き通る、トンボの様なモノが空を悠々と飛んでいるのが見えた。
「マルクト?」
暁がフト、その言葉を口にするとトンボの様なモノの姿は、ゆっくりと空の中に消えていった。
「大浦さん…ダメです!今からここから離れないと!」
突然、星見が慌てた様子で暁の腕を掴み病院から離そうとする様に引っ張ってきた。
そんな星見に戸惑いながら暁は目を向けると頭の中に強烈なイメージが焼き付いてきた。
建物の窓から漏れ出る黒煙に微かに燃える周囲、そして何人かが床に倒れている。
そして、突発的にそれを理解した、これはもう間もなく起きる。
暁は反射的にテツ達の方を向くと吠えた。
「テツ!こっち……」
逃げろ、その言葉に最後は響き渡る轟音によって掻き消された。
暁は、けたたましい目覚し時計の音ともに目覚めて何とも情けない気持ちになっていた。
昨晩であった才田という老人の言うことを聞いてほろ酔いながらに瞑想にチャレンジをしてみたのだが気づくとソファーに座ったまま眠りこけ朝を迎えていたのだ。
疲れなのかなんなのか、よく覚えていはいないが妙に頭はスッキリした気分だけが得られたものなのかもしれない。
暁は、そんな風に思いながら洗面台に向かい準備を整えた。
顔を洗い、テレビから流れるニュースの音に紛れて携帯が鳴る、時刻は8時を回った所だ。
チームの人間とは10時前に事務所集合にしているのでゆったりと準備をしていたがこの時間帯に携帯が鳴ると言うは、良くない報せな気がした。
『先輩起きてた?』
電話の主は崇央からだった。
口調が早口なのが良くない知らせだと言うのがよくわかる。
「何が起きた?」
暁がそう訊くとあからさまな溜息を崇央は、漏らした。
『飯坂病院、わかるよね?』
表向き精神科病院だがその実態はリンクの収容所になってる病院だ。
「覚えてるよ、それが?」
『その近くで阿部らしき人物の姿が確認された』
「あの病院で?いつ?」
『昨日の夕方、病院から不審な動きをしている人物がいるから確認してくれないかって外付けの監視カメラの映像が送られてきたんだけど、それが阿部に似てるんだ』
何故、そんな所に阿部が?
暁の頭の中は、そんな疑問でいっぱいになったが崇央の口から告げられた次の言葉で腑に落ちた。
『今現在、そこに千条が収容されているんだ』
「それを阿部が知っているとしたら…そういえば阿部の両親とかの情報はわかったのか?」
『調べたよ、のり弁だけど、書類から察するにどうも各省庁の同業部門みたいだ』
のり弁、書類に沢山の黒いマーカーが引かれており書類の大部分を見せない手法だ。そしてそれから察した答えが同業部門、つまり公安の様な組織に属していたとなるとそれならば身分もかつての所属もそう簡単に明かされない。
「所属の省庁は?」
『阿部の両親だけで言うなら大蔵省、他には総務省、通産省』
そんな省庁に諜報機関が…
しかし、そんな事は、初耳に近いが逆に納得も出来た。
大蔵省なら税金、総務省なら地方行政、通産省なら中小企業などの組織。
そういった所の情報はこの国の根幹に関わっている所でもある。テロ組織だけじゃなくアルファの事も考えれば宗教団体なんかも関わってくる事も想定すれば確かにそんな組織があっても不思議ではない。
そして、その組織の人間達が3人もあのテロ事件の場所に居た。これは偶然の可能性もあるがそれ以上に違う可能性も十分にある。
『あと、まだ続くんだけど、先輩、2年前に元内調の幹部が襲撃された事件って覚えてる?』
「噂程度に聞いただけだ、だけどあれは事件になってないしその書類等もないから誰かが流したデマって話だったやつだろ?」
『どうやら、それ本当に起きてたみたいよ、今朝上層部から今回の案件に関わってるかもって情報が落ちてきて…どうも、その時に数名、殺されてるらしいんだ』
いきなりの情報の濁流に暁は目眩を起こしそうなった。
「ちょっとまて、そんな情報がいきなり上が?」
『俺も正直さっき書類確認してて驚いたよ、もう何が起きてるのか全くわからない、とりあえず先輩には飯坂病院に行ってもらって、監視カメラの映像と周辺を調べて欲しい、その間に俺はこの案件の情報を調べて何か分かったら直ぐに報告するよ』
「わかった、それなら皆にも伝えておいてくれ」
『了解、先輩、前からキナ臭かったなけどより酷いから今回は本当に逃げる前提で動いてくれ、嫌な予感がする』
言われなくてもわかってる。
暁は、本当はそう言いたかったが簡潔に了解と伝えると電話を切った。
何が起きた?
電話を切ってから数分間、暁は携帯電話とにらめっこしながら、何が起きているのか情報を整理して推測を立て様と考えたが情報が少なすぎて何も分からず、すぐに頭を切り替えて着替えると飯坂病院へむかった。
志木駅から下り、北部の駅へ着くと改札駅でテツとマツ、藤と合流し、それから数分後に星見、熊切、西端が合流した。
本来ならバスで向かうところだが暁達は2台のタクシーで飯坂病院まで向かう事にした。
配車は、先頭に暁とテツとマツ、後続車に他の4名が乗っていた。
「じゃあ、この情報が降りてくるキッカケになったのは、ハルの仕業なのか」
タクシーの後部座席に座った、テツから訊いた情報に思わず暁は声を上げてしまった。
「はい、今回でその案件に関わる事だと言って上に噛み付いたらしく、俺達も昨日訊いて驚きましたよ」
テツは、溜息混じりに応え、助手席に座るマツはケラケラと笑っていた。
「隊長も相変わらずわかり易くて笑っちゃいましたよ」
ハルは、よくこんな無茶をするのか、そう思うとそれを統括する稗田に少しだけ暁は、同情をした、しかし、冷静に見つめ直すと、ハルは未来の自分の部下であり自分も崇央に対して同じ様な行動をしているという自覚もある。
遠回しに自分のせいなのか?
そんな考えが頭をよぎったが今はそんな事を考えてもしょうがないので、その考えを振り払っておいた。
とりあえず、今度、テツから稗田の好みの菓子でも訊いて持っていこうという考えだけは頭の片隅に置いておく。
程なくしてタクシーは病院に着くと料金の支払いを済ませて暁達は、周辺の調査を開始した。
暁と藤、星見の班とテツとマツ、そして熊切と西端の班で分けた。
かと言って周辺にあるのは、田んぼと少ない民家、歩いて1km程歩いた先に漸く住宅街と大型店の雑貨屋がある程度だ。
とりあえず、暁達はそこまで全員で歩くとそこから2班に別れて行動した。
しかし、太陽の日差しが容赦なく降り注ぐ炎天下の中、汗だらけで行動しても体力の消耗は激しく、暁は自動販売機と小さな公園を見つけると2人に声をかけて休む事にした。
「あっっっっつい!!」
木陰のベンチに座り飲み物を勢い良く飲むと藤は叫ぶ様に言った。それを見ながら暁は苦笑し、星見は小さな溜息を漏らした。
「ゴメンなさい、役に立てなくて」
そんな凹んだ声を出す星見に対して藤は勢い良く背中を叩いた。
「凹まない、誰もアンタを責めてない、暑いのを責めてる!」
そう言いながら木陰を見上げた。
「それにしても、こんな事で情報なんて得られるんでしょうか?」
ふと藤が独り言の様に呟いた。
「さぁ得られるかもしれないし、得られないかもしれない、大抵は得られないかな」
暁は、ゆっくりと膝折り屈むと煙草に火をつけた。
「大浦さん的には、彼等はここら辺いると思いますか?」
次に星見が訊いてきたが暁はゆっくりと首を横に振った。
「ここは、完全に村だ、隣近所は勝手知ったるなんたらだ、もしそこに新しい誰かが来たのなら直ぐに目立つし、何よりも噂になる、もし俺が犯人グループならここまで車で来て、もう少し離れて人が多い所に潜伏するかな」
「つまり、アタシらがやってる事は、無駄足じゃないですかぁ」
藤は、そう言いながらダラける様にベンチに横たわる。
「それが捜査さ、ここで本当に何も無ければ次の場所へ向かえばいい、そうすることで相手との距離は狭まっていく」
「現場100回でしたけ、まさかそんなドラマ的なことを言いませんよね?」
「これがまた言うんですよ、現実に」
暁がそう返すと藤は深い溜息を漏らしながら幽霊の様に体を起こした。
「まぁもう少し休んでからね」
暁はそう苦笑いを零しながら公園を出ると周辺を見渡した。
広がる田んぼに大きな農家、そして切り抜かれた様にある閑静な住宅街、そして鬱蒼とした森を茂らせる山の中に切り抜かれた様に建っている白いコンクリートのそれは遠くから見ると横に並べられた消しゴムの様にも見えた。
飯坂病院に千条が居る。
今朝、崇央から聞かされたその情報は暁にとっても聞き逃せない情報でもあった。
伊澄を殺した男。
伊澄 楓、暁と出会ったのは警視庁での扱いに嫌気がさしていた時だった。帰りがけによった居酒屋で隣の席にふらりと現れた。
短い髪にスラリとした体型、その目は二重の目に光るのは、好奇心という光だった。
見た目も行動も活発的で記者なのに嘘をつかなず直球で勝負してくる様な人間だった。
そんなんで記者が務まるのか?暁は何度もそんな事を思いながらよく酒を酌み交わしていた。その内に梨花とも知り合いになり、意気投合してはよく飲み散らかしていた記憶もある。
「本当に、アッキーさんって言葉足らずだよね~」
「わかるー!本当にそう!」
梨花と2人合わせれば人の悪口を目の前で堂々言い、豪快に笑い全てを流す。それで許される性格、しかしそれだけではなく、誰よりも被害者に心を配り、冷静な目と頭で現場を見ていた。
一度だけ、違う現場で彼女を見かけた事がある。所轄のひき逃げ事件だ、近くのアルファの理の支部の調査をしていた際に起きた事件だ。
しかし、公安然り、当時の捜査一課もアルファの理の支部近くというのもあり、表立った捜査を控えていた。
しかし、伊澄はその件に対して問答無用で取材をしていた。なんならアルファに監視カメラの映像を見せてくれないかとまで迫ってもいた。
そうなると警察からしてもかなり困った状況とも言えた。アルファである以上、そこに当時逃亡中の千条は都内付近にいると思われ、そこの支部もマークしていた支部であった。
だからこそ、そこでの捜査は警察としては暗黙の了解で避けていた。しかし伊澄は、そこに堂々と取材に向かっていたのだ。公安としてもそれは避けさせたかった、だから出版社にも圧力をかけたのだが伊澄の持ち前の性格からそれを辞めるなんて事は一切することは無く何度もそこに通っていた。
そんな伊澄の行動は暁にとってとても眩しく羨ましく思えた。
それから間もなく、伊澄が拾ってきた情報により轢き逃げ犯を逮捕する事に成功した。
それを聞いた時、暁は自分の頭をフルスイングで殴られた様な衝撃を覚えた。
組織の捜査は大事だが、何よりも大事にしないといけないのは犯人をしっかりと捕まえないといけないのだ。
そして、事件に大きのも小さいのもない。関係の無い事件だとしてもそれが大きな事件によって小さくされては、いけないのだ。
所轄で伊澄が被害者家族から感謝されている姿を見た時に自分は捜査員として何をしているのか、あの時程に考えさせられたことは無かった。
3ヶ月、たった3ヶ月の関係だったが彼女との時間は警察官としての暁の心情に大きく刻まれた。
そんな伊澄があんな死に方をするなんてあってはならない。
人に愛され、本当の意味で事実を追い、戦っていたアイツが雨ざらしにされて、道端に放置されていた。
そんな死に方があっていいわけないのだ。
ポケットの携帯電話のバイブレーションが暁の意識を真夏の太陽の下へ戻した。
『お疲れ様です、そっちはどうですか?』
電話の主はテツからだった。
「ダメだ、空振り何も無いらしい、そっちは?」
『こちらもです』
「とりあえず、合流をしようか」
『そうですね、なら20分後に病院前でどうでしょうか?』
「そうしよう」
そう言うと、暁は携帯電話を切り、星見達の方へ向かうと今の話を伝えた。
「向こうも空振りかぁ~」
藤はそう言いながら気だるそうに首を回し、空に向かって溜息を吐いた。
星見や暁は、苦笑いをしながら合流場所である、病院前へと歩き出した。
「あれ?」
病院に着くとだらけた様子の西端と熊切と対象的な立ち振る舞いで立っているテツとマツの姿があった。
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「どうしたの?なにか…」
そう、星見に聞こうと振り返った瞬間、目の前の景色が変わった。
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何が起きた!?
暁は、周囲を見渡すと黒い影が立っているのが見えた。
その姿を視認したと同時に全身に波が走る。
警戒しろ、そう反射的に判断すると暁は一瞬で身構えた。
黒い影、身長や体格からしたら男だと思われるがはたしてそれに自分のその感覚が当てはまるかわからない。
黒い影は、ゆっくりと体をくの字に曲げると背中から羽の様なモノが生えてくる。
トンボの様な薄羽は微かに揺れると黒い影はゆっくりと浮かび上がると暁を見下ろしてきた。
《避けろ!!》
頭の中に響く声による、暁は反射的に横に跳び、受身を取りながら起き上がると、黒い影が暁の真横を滑空して行った。
もし、あの場で立っていたら黒い影と衝突し、どうなっていたかわからない。
暁は、直ぐに視界に黒い影を収めると黒い影はゆっくりと旋回し空へ上がると暁に向かって再び滑空して来る。
回避をしないといけない、しかし暁は先程の回避で膝立ちになっていた。
直撃する。
そう思った瞬間、水面に体が吸い込まれていく。
慌てて息を止めるが間に合わない。
水が鼻から入ってくる、痛みを覚悟したがその痛みが来る事は、無く。
普通に呼吸をしたが水泡が浮かび水面へと消えていくだけだった。
暁は、何が起きているのかわからずに視線を自分を引っ張りこんだ方へ目を向けるとそこには、壮年の男がコチラを静かに見つめていたかと思うと直ぐに視線を水面へ方へと向けるとゆっくりと手を伸ばした。
《そうはさせねぇよ、マルクト》
そう言うと、その手は発光し、暁もその光に目を瞑る。
目を開けるとそこには、空を見上げる星見とそれを追う様に見上げる藤の姿があった。
今のは何だ?
暁は、慌てて振り返りながら空を見上げるとそこには透き通る、トンボの様なモノが空を悠々と飛んでいるのが見えた。
「マルクト?」
暁がフト、その言葉を口にするとトンボの様なモノの姿は、ゆっくりと空の中に消えていった。
「大浦さん…ダメです!今からここから離れないと!」
突然、星見が慌てた様子で暁の腕を掴み病院から離そうとする様に引っ張ってきた。
そんな星見に戸惑いながら暁は目を向けると頭の中に強烈なイメージが焼き付いてきた。
建物の窓から漏れ出る黒煙に微かに燃える周囲、そして何人かが床に倒れている。
そして、突発的にそれを理解した、これはもう間もなく起きる。
暁は反射的にテツ達の方を向くと吠えた。
「テツ!こっち……」
逃げろ、その言葉に最後は響き渡る轟音によって掻き消された。
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ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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神崎未緒里
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※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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