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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199908《執悪の種》

事変の糸

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   何が起きているのかわからない。
   壁にもたれ掛かりへたりこんだ男はそんな表情をしながらこちらを見ている。
   縁は、そんな視線にため息を漏らしながら部屋の様子を改めて眺めた。
   典型的な事務室、何台ものデスクとその上には、パソコン、そして奥には、この部屋の長の為のデスクとパソコンがあり、そこでパソコンと睨めっこしているハルの周りには、多くの信者達が横たわっていた。
   彼等に傷1つない、だが、その顔は明らかに意識を断たれていた。
   ハルの顔には、目元を隠す様に被られた髑髏をもした仮面があり、それは縁自身にも被せられている。
   傍から見たら強盗しか見えないし、情報を奪いに来たという点では、間違いないだろう。

  無茶するとは、予想していたがまさかこんな事をするとは、流石に予想外だったを

   シグマの閂しぐまのかんぬき、かつてアルファの理を名乗っていた人物達の70%の信者と共に新しく建てられた新興宗教団体、その総本山の代表の部屋にいるのだ。
   外観がコンクリートの要塞の様なこの建物は、練馬区の閑静な住宅街の一角に建っていた。
   近隣の家々をの中で一際大きな土地を有し、ブロック塀の囲いには、近隣住民からの落書きや張り紙などの嫌がらせ痕跡が所狭しと書かれていた。
   夏の昼間に迷い無い足取りでハルは、コンクリートの要塞に向かうとまるで自宅にでも帰る様に奥へと入っていった。
   直ぐ様に異変に気づいた信者達がハルを止め様と行動するがハルは、気にすること無くそれらを指一本で意識を断ち、ズンズンと進んでいった。
   そして、気づくと部屋の一番奥にある、指導者の部屋まで辿り着き、その後から来る、信者達を同じ様に意識を断ち、そして奥のデスクに座り、悠々とそのパソコンのデータを閲覧している。
   本来のこの部屋の主である指導者はその様子を怯えながら部屋の隅で縮こまって見ていた。

「何か出たか?」

   縁がそう聞くと、ハルは溜息を漏らしながら背もたれに体を預けた。

「一応、教祖の変異は掴んだかな」

「いつから?」

「5年前、修行で伽藍の檻ってのうに入った後から、特殊な能力に目覚めたらしい」

   ハルは、そう言うと、壁と一体になりそうになっている指導者に目を向けた。

「優木さんだっけ?アンタはどうなの?この頃から団体の幹部だったんでしょ?」

   突然話を振られた縮こまっている男、優木は、ハルにそう声をかけられるとビクリと肩を揺らし、首を横に振った。

「アンタら、何なんだ…俺達は爆破事件に関係してないぞ!!そこは公安にだって…」

「そんな、こと聞いてない、アンタから見て5年前からの教祖は変わったかどうかと聞いてるの」

   優木の振り絞った言葉をハルはすぐに消し自分の聞きたいことにシフトさせると優木は震えながら俯いた。

「…似てるな…アンタら…そうだよ…5年前からのあの方に、アンタらそっくりだよ…元素の精が見えると言ってからあの人は次に神の使いと会ったといった…あの時からあの人は……」

   ブツブツと呟きながら優木は、ゆっくりと顔を上げる。その表情は明らかに何かに取り憑かれている様にすら見えた。

「変わった…あの時、アイツは、女を抱きたいだけの色欲野郎だったのに……修行だってパフォーマンスだけの行動だったのに!!あの日から…目が変わって…」

   ダメだ、話にならない。
   ハルは、そう言う様に縁に目を向けると肩を竦めながら煙草をポケットから取り出して吸い始めた。
   しかし、同時にヒントもあった。元素の精が見える。確かにそう言った。もしそれが縁やハルの知るそれならば恐らくその時に元教祖である千条は、上位者であるモノに触れている筈なのだ。
   そして、それを観測しているのが5年前だとすると縁やハルがこちらに帰ってくる以前からマルクトは、千条と関わっていた事になる。
   ハルは、ある程度の情報を得たのだと満足すると入ってきた時と同じ様に堂々とコンクリートの要塞を出ていった。
   唯一違うとすれば玄関を出た矢先、曲がり角から黒塗りのワゴン車が2台、ハルと縁を囲む様に停るとスライドドアが開くとそこには、スーツを着た壮年の男がこちらを向いて座っていた。

「少しご同行願おうか」

   その一言と共に幾つもの手がハルと縁に伸びる、しかしそれらが触れるより早くハルは、壮年の男の額に指を当てていた。

「別に着いて行ってやるから手荒な真似は無しだ、じゃなきゃこの場の全員、中のヤツと同じ目に合わせるぞ?聴いてはいたんだろ?公安」

   その一言に壮年の男は口をつぐみ、片手を上げると伸びて止まっていた手がゆっくりと車内へと入って行った。
   ハルは、縁を横目で一瞥すると縁は溜息を漏らしながら黒いワゴン車に乗り込んだ。

   車は、発進してから1時間程度経ったぐらいだろうか、お目当ての場所に着くとハルと縁はワゴン車を降ろされた。
   新宿の何処かの地下駐車場、入る直前に見たのは、巨大なオフィスビルだった。
   壮年の男は、降りるとハルと縁にも降りる様に促した。抵抗すること無くハルも車を降り縁もその後に続く、地下駐車場のエレベーターから34階へと昇っていった。
   カーペット製の床に白い大理石の壁、窓から覗く眺望は、素晴らしいがそれでも同じ様な高さのビルに阻まれてもいる。
   仰々しい。それが縁の最初の感想だった。
   確か、ハルは公安の人間だと言っていたが公安でこんな場所を根城にするとは、相手の立場が簡単に絞れる。
    本来なら裏での諜報や工作等を主にする公安がこんな人目を着く場所に拠点を構えると言う事は相手は自己顕示欲の高いタイプ、つまり権力サイドの間抜け共だろう。
   1つのドアの前で壮年の男は、立ち止まりゆっくりとハルと縁の方に体を向けた。

「勿体ぶるなよ、華が居るんだろ」

   ハルがそう言うと壮年の男の表情が強ばった。
   正解なのだろう、ハルはその反応を見るなり、ドアに手をかけて一気に開くとそのままの足取りで乗り込んで行った。

「やはり、下賎な者だな、礼儀というものを知らない」

   そこには、老年の男が窓を背にたっていた。

「お前らに対する礼儀なんてねぇよ、無礼はお互い様だ」

    通路と同じ様に部屋もまたカーペット製の床にみるからに高そうなアンティークのソファーにテーブルが置かれ、ソファーには窓際の老年の男の他に壮年の男が1人と女が2人座っていた。

「控えなさい、私達が誰だかわかってるの!?」

   壮年の女の1人が口を挟む、白髪混じりの茶色い髪にこれでもかとつけられた装飾品と服装、それだけで自分の価値を見出そうとしているのが見て取れる。
   縁は、そんな連中を見ながら溜息が漏れそうなのを堪えた。

「時代錯誤のじゃがいも頭老人会、華族なんてとっくに解散してると思ってましたよ、西園寺さいおんじさん」

   壮年の女性を西園寺を見ながらハルが応えるとその口調が気に食わないのだろう、西園寺は鬼の形相をすると立ち上がり、ハルに向かい手を振りあげた。
   しかし、ハルはなんてこと無くそれを躱し、自分の手が空ぶったのが相当気に食わないのか尚も噛み付く様にハルを睨みつけた。

「やめなさい、それでは彼の思うツボだ」

   ソファーに座る老年の身なりの整った紳士が静かな表情でこちらを見ていた。しかしその目には、明らかにこちらを下に見る光が爛々としているのを縁は、見逃さなかった。

「それを言うなら、私達をここに招いたこと事態、こちらの考え通りですよ、東野宮あずまのみやさん」

   尚もハルはそれに続け、老年の紳士、東野宮は鼻をひとつ鳴らした。

「だとするなら、何故我々が君をここに呼んだ理由を述べてもらおうか?」

「97事変のそれと似てたからでしょ?」

   東野宮の問いにハルは、間髪入れずに応え、その応えが正解だったのだろう全員の顔が一斉に凍りついた。

「正解の様ですね、それじゃあこっちからも教えてもらいましょうか、97事変の内容を」

「どういう意味だ?君は我々の目的を知っていたのだろう?」

「俺が知ってるのは記録上の内容だけ、侵入者の男が指一本で警護の人間を気絶させた、その内容だけです」

「ならば、それが…」

「ふざけんな、誰が被害者で誰が犯人で何人死んだか、アンタらは闇に葬ったんだろうが!、それが今回の事で警察が後手に回ってる1番の要因だろ!」

   東野宮の言葉を遮る様にハルが吠えると全員の体がビクリと揺れた。
   明らかに不穏な空気が流れて始めた。

「アンタらが今回の案件に俺達、陰鳩かげはと陽烏ひがらす、そして警察にハッパかけたのは、その奥に秘密を漏れるのを阻止したいからだ、少なくとも11月迄はな」

   次々とハルの言葉は彼等の確信に触れているのだろう、その一言、一言に全員が狼狽えながらお互いを見合っていた。

「だが、事の始まりは2年前の97事変だ。本当なら死んでるはずの男が生きている可能性が生まれた。だからマルクトは、あの事件を起こさせた、違うか?」

   その瞬間、窓際に立つ老年の男の顔が歪む。

「貴様かこそ何を言っている。あの男は確実にあの時に…」

   そこまで言うと老年の男は何かに気づいた様に口を閉ざした。

「マルクトを聞いても知らないとは言わないって事は、やはり97事変にもアイツが関わっているって事で良いようですね、そして侵入者も既に死んでいる。記録上だと逃走した事になっているのに」

   そう記録では、確かにそう書かれていた。
   しかし、その記録は、あくまでも縁達がかつての世界で見た記録だ。
    今ハルが何を言っているのか、最初は要点を掴めなかった縁だが話が進むに連れて少しずつ糸が紡がれる様に繋がっていった。

「だが、それも正直どうなのか怪しい、アンタらはそう思っている。その侵入者を殺したといったのは、誰だ?」

   ハルがようやく確信について迫ると老年の男は押し黙り、ゆっくりと窓に目を向けた。

「それを知ってどうする?お前の様な下賎なモノに彼等の謀が理解出来ると言うのか?」

「そんな事は、知らない。俺からすればアイツらも他の奴らも言っている事は同じだし、違うとすればそれに対する実行できるか否かの差だけだ」

「その差が何よりも大事だとは、思わないか?」

「思わない、もしそれで阻止されればそれだけの事だし、それを阻止されずに出来たのならそれだけの事、俺はそれを阻止する側についている、それだけだ」

   ハルの簡潔な物言いに老年の男は口を閉ざした。
   答える気が無いのだろう、そう思った縁がハルに目を向けるとハルはゆっくりと肩を竦めて、出入口の方へ向いた。

「人は、愚かだ。我々が支配者のつもりで牛耳っていると君は思っている、だが本当にそれだけか?」

    老年の男がそっと呟き、ハルの足が止まる。

「彼等は、自分達の事しか考えていない、その先にある経済、暮らす人々の事、そして未来を生きる子供達、それら全てを考えず、人のやる事に批判するだけ、それに対して代案をまるで正論の様に並べ立てるがそれが本当に実現可能なのかそれを行った時にどんな問題が起きて、どんな人達がその責を負わされるのか、何も考えちゃいない」

「何が言いたい?」

「我々を産んだのは、彼らを産んだのは、誰だ?この国がこうなったのは本当に我々の責任か?君は考えたことがあるか?」

    老年の男がゆっくりと振り返り、その目には明らかに怒りにも近い闘争の光が輝いている様に見えた。

「つまり、お前はこの事態に自分達に責任は無いと言いたいのか?」

「違う、私達にも無論責任はある、だが我々だけの責任か?この国、この世界、生きとし生きるもの達の責任だと言いたいのだよ」

「それは、責任の分散だろ?そもそも支配者ぶっていざ責任を取れって言われたら、転換する時点で威張ってんじゃねぇよ。それもわからずにそんな風にしてんならお前が無能なだけだろ?」

「耳が痛いな、しかし、それでも我々は、我々なりの責任を取ろうとしている」

「それがマルクトを捕まえる事か?」

「捕まえても意味が無いだろう、ヤツの計画を阻止しなければならない、その為に君をここに呼んだ、彼と同じ行動を取れる君なら奴を阻止出来る可能性があると踏んでね」

   彼?誰だ?
   縁がフト、その言葉に引っかかったがハルはそれも想定していたのだろう、少しだけ呆れた表情を見せるだった。

「自分達で殺した相手の代替を探すとか、どんだけだよアンタら」

「殺したのは、我々では無い!我々は彼を捕まえる事を望んでいたんだ!」

   唐突に老年の男が声を荒らげるがハルは、一切それに動じる様子もなく静かに老年の男を眺めていた。
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