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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199908《執悪の種》

王国を冠する者

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   異様な静けさだ。
   見慣れたこの部屋がこうも変わるのかと思うぐらいに空気が重い。
   文部省、事務次官室の一番奥のデスク横からテツは応接用のソファーを見ていた、ソファーにはハル、縁、その対面に泰野が向かい合って座り、稗田は自分のデスクから話を聞いていた。
   任務完了の報告、それだけだとテツは思っていた、しかしハルから出た報告は予想を斜め上をいっていた。

「マルクトだと…」

   泰野が再びその名を口にするとテツは自然と息を飲んでしまった。

「間違いない、あの気配はマルクトだ、それに俺と縁の事を知っていた」

   ハルのその応えが何を意味するか、それはかつて殺した筈の上位者もまた帰ってきているという事実だった。

「有り得ない…確かにあの時、奴は…」

   テツがそう口にするとハルの視線がテツの方へ向いた。

「消滅した筈だ、少なくともこちら側との接続は切れていた、だけどあの時の世界は重なっていたって考えれば塵になってて気づかなかったって可能性が高いかもな」

   だとしたら…そう思うとテツは下唇を噛み、その先の言葉を飲み込んだ。今それを言っても何にもならない、何よりも今優先しないといけないのは、その先の事だ。

「しかし、この時代にマルクト…アイツの顕現は、もっと後だった筈だ…」

   泰野がため息混じりに言うとハルは首をゆっくりと傾けた。

「本当にそうか?」

   全員の視線が集まる。

「それは、どういう意味だ?」

「俺は、かつての千条や97事変を知らない、だがもしかつてからアイツが関わっていたとしたら?」

   ハルがそう言うと全員が息を飲んだ。
   97事変、かつて《彼等》の計画を大幅に遅らせる事となった戦いだ。
   しかし、それはハル、縁、そしてテツもまた、リンクに接続する前の話であり、知っているのは国家機密として保存されていた記録としてしか知らない。
   つまり、厳密に起きた事を知らないのだ、ただ一人を除いて。
   唯一それを知る人物はこの中に1人だけいる。
   泰野だ。

   泰野は、溜息をつきながら体を背もたれに預ける。

「すまんが、俺も厳密には知らない。千条がマルクトだったのか、何故テロ事件を起こしたのか、俺はあの当時まだ組織に入庁したてでな、本来ならドサ回りさせられてたよ、あの時代」

   泰野の応えに次に溜息をついたのは、テツ自身だった。

「よりによって、マルクト…だけどアイツの目的は何なんでしょう?何故ハル達を態々護送車に?」

「それは俺も知りたいよ、品定めか、それとも別の何かか、全てはブラフで単なる挑発か」

   ハルは、静かにそう言いながら背もたれに体を預け天井を見上げた。

「どれにしろ、こっちも下手な動きは出来ない、目下アルファを調べるしか無いが…」

    気づくとテツはハルの視線を追っていた、そこには何も無い天井が広がっている。鉄の視線が自然とハルの隣に座る縁へと向けられた。縁もまたテツに向かい視線を投げる。

「その調べ、同行させてもらうぞ」

   縁がそう訊くとハルの顔が自然と縁の方へ向いた。

「わざわざ、宣言するとは珍しいな、お前なら勝手に調べると思ってたけど?」

   そんなハルの言葉に縁は鼻をひとつ鳴らすだけだった。

「とりあえず、千条についてはコチラで警戒しておく、それでいいな」

   泰野は、そう言いながら立ち上がるとハルが頷くのを確認するとデスクに座る稗田に向かい会釈をすると部屋を後にした。それがキッカケだったかの様にハルもまた立ち上がると縁対して「後で連絡する」っと告げると部屋を出ていった。

「何が起きているんだ…」

   2人が出ていくを見送ると冷えだが溜息と共に背もたれに体を預けて天を仰いだ。
   相当疲れているようだが無理もない。突然巻き起こる事態に当事者でもある自分ですらついていけていない節があるのにリンクも使えない稗田がその事態を収集しなければいけない立場にいるのだ。むしろよく耐えていると言える方だ。

「正直私達にもわかりかねています。ですが厄介な敵が今になって動いている。それだけは間違いない様です」

    出来るだけこれ以上、頭を抱え込まないで済む様にテツは簡潔に応えた。

「厄介な敵…お前達の言う世界を終わらせ様と動いていた組織か?」

「はい」

「本当ならどれぐらいに動くハズだった?」

「2010年代初頭からゆっくりと、確実な動きを見せるのは2018年ぐらいからです」

「それが今動いていると…何故だ…」

    稗田は、背もたれからデスクに体を預ける場所を変えると大きな溜息を漏らした。

「元々は、もっと前に動いていた、本当なら97年にその前触れを起こす予定だった」

   縁が呟く様に話し始めた。

「しかし、それはある男と上位者の裏切り者によって阻まれた、それで計画が伸びて結果起こる事になったのが2010年代ってだけの話だ」

「つまり、その前から計画はあったと?」

「もしかしたら、それ以前よりもっと前からあったのかもしれない。俺達も記録で読んだだけで厳密な事は知らない」

   縁はそう言いながら立ち上がるとテツを一瞥してから直ぐに稗田の方へ向いた。

「とりあえず、明日からも俺はハルにつく」

「良いんですか?」

「乗りかかった船だ、それに俺自身のしり拭でもある」

   縁がそう言うと稗田は、静かに俯いた。

「わかりました。ならそのお力をお貸しください。それと報酬の額は追々お話させて下さい」

   稗田の決意の眼差しに少しだけ縁は驚いた表情を見せながらも稗田に向かい会釈した。
   縁が出入り口に向かうと稗田から送る様にテツは言いつけられその背中を着いて行った。

「助かります」

   廊下を歩きながらテツが呟くと縁は大きな溜息をついた。

「あのバカを暴走させるワケにはいかないからな」

   やはり気づいていた。その事にテツは少しだけ安堵を覚えた。ハルのあの様子は何か大胆な行動をとる時の前触れだ。
   普段からフワフワと動いているがそれでも全体のペースは乱さず悟られずの動きをするが何処かで何かのスイッチが入ると唐突に大胆な行動を取る。
   傍から見ているといつか命を落とすのでは、ないかといつもハラハラとさせられるがハルはそれを難無くこなす。
   いや、正確には難無くこなしている様に見せているだけで危うく死ぬかもしれない事が幾度とあった。
   しかし、それを決して悟られない様にしているがテツはそれに気づいていた。だがそれを止める術を知らず、ギリギリのところでサポートをする事しか出来ずにいたのだ。
   テツとハルには、部下と上司という以外に明らかな能力に大きな差があった。
   元来持ち合わせたモノなのかそれとも経験によって培われたモノなのかテツ自身もわからないが大きな壁の様なモノを感じる事は、多々あった。
   テツもテツなりにそれに追いつこうとしたがどうしても追いつけない壁あり、歯痒い思いを何度もしていた。
   そして、それは縁にも同じ様に感じていた。

「それにしても、今度は何をしでかすつもりだあのバカは」

   先を歩く縁が呟く。

「わかりません。マルクトと接触した時はどんな様子だったんですか?」

   テツがそう聞くと縁は歩みを止めてゆっくりと振り返り自分の額を指で当てた。
   口にするより、リンクで見ろと言いたいらしい。
   確かにそれが一番客観的な視線で見れるかもしれない。
   テツは、そう思うと縁対して軽く会釈をしながら指先を額に当てた。

   風が指先から体内を駆け巡り、頭を駆け抜けていく。


「やぁ久しぶりだな、人間」

   浮浪者の様な小太りの男が卑しい目でこちらを見ている。
   確か千条、アルファの教祖だった男だ。

「誰だ?」

   縁がそう問うと千条の口元が歪む。

「もう忘れたのか?何時ぞやはお前の部下を何人も殺してやったろ?」

「悪いな、そんな奴等には心当たりが多くてな」

「その中で最後まで生き残ったのは誰だ?」

「死にかけゾンビの転生」

「主をふざけた名で呼ぶな!」

   縁の応えが相当気に食わなかったのだろう。全体の空気が揺れる感覚に襲われる。
   気温か何度か下がった錯覚に襲われ、気づくと縁は戦闘態勢に入っていた。

「黒仮面の男、だろ?」

   そんな中、ハルは値踏みをしている目付きで聞くと空気の揺れが収まった。

「相変わらず察しがいいな、影、お前は本当に我々に相当な因果を持っている」

「言うね~お前らはどうしてそうも仰々しいのかね」

   ハルは、飄々と応える。

   それに対して千条は、不敵な笑みを崩さないでいた。

「影よ、どうやらリンクの繋がりが相当薄れている様だな」

   千条はそう言いながらゆっくりとハルに向かい指差した。しかしハルは何も応えずにゆっくりと首を横に傾けた。

「やはり元々の持ち主では無い力は身分不相応だった様だ」

「どういう意味だ?」

   縁が聞き返すと千条の眼が向く、その瞳は何処までも暗く深い沼の様で、体から溢れ出る靄もまたジットリと重い感覚だった。

「龍に選ばれし者、お前は相変わらずの覇気だ、邪魔くさくてしょうがないが…まぁこの体ではお前達の相手は出来ないな」

   はぐらかされた?しかしハルにはその言葉に動揺する雰囲気も何も無い、いつも通り飄々としている。
   それに今の言葉が気になる、この体では、確かにそう言った…

「そうか、俺らからすれば今からお前を消す事も出来なくは無いけどな?」

   縁がそっと臨戦態勢の雰囲気を出すとそれを制止したのは、ハルの素早く挙げられた片手だった。

「やめておけ、多分だけどここでコイツを消す方が厄介な事になる」

   ハルが緩く、だけどしっかりとした否定の言葉に縁の怪訝な感覚がテツににも伝わってくる。

「察しがいいな、影の」

「どうだかな、色々な推論の末の単純な解答を選んだ、それだけだ」

   ハルの言葉に千条の笑みがより不敵になる。

「まぁいい、お前達に我々を止められるか、言っておくが同じ轍は踏まない」

   そう言うと千条の瞳に光が戻る、そして目の前に座る、ハルと縁対して不快な表情を浮かべるとそっぽを向いてしまった。
   縁は、千条に幾つか質問を向けたが千条は顔を背けたままで何も応える事はなく、業を煮やした縁が手を出そうとしたがハルに制止され、程なくして車両は、病院に到着した。

   そこでテツの意識が現実へと引き戻された。
   恐らく、数秒しか経っていないだろうがこのズレはいつも妙な感覚だと思いながらテツは小さな溜息を漏らした。
   それにしても…まさか…

「黒仮面の男…マルクトと名乗ったあの男が…」

   自然とテツの口から盛れた言葉に縁が目を細めた。

「確かそいつが…」

   縁が何を確認したのかわかっている。
   テツも正直、あの男があの場面から生き残っていたとは、考えたくもなかった。
   もし、滅し切れなかったと言う事、それは…
   そう考えれば考える程に言いようの無い悔しさに息が詰まる。
   問に答えないテツの肩にそっと縁が手を置いた。

「今度こそアイツをここで消せばいいだけだ」

   縁はそう言うとゆっくりと踵を返して出入り口へと向かい歩き出し、テツはその背中をただ黙って見送る事しか出来なかった。
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