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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199908《執悪の種》

炎の虚ろ 2

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「それは、ちょっと待ってくれ」

   暁が慌てて声をかけるとマツはゆっくりと胸を張った。

「大丈夫です!こちらは遊撃と動きますし、情報共有は任せてください!私の本分なので!」

   いや、そういう事じゃないんだが。
   暁がそう反論しようとすると自分の中の何かがそれを遮る様にまた耳にノイズが走った。

「どうしました?」

   テツにそう声をかけられ暁は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
   任せろと言っているのか?
   正直に言えば不安しか無かったが何も手が無いのも事実だ。
   とりあえず、暁はそのまま何も言わずにマツに任せる事にした。

   とりあえず、テツと暁は阿部の姿を掴む為に池袋に駅に向かった。
   空は晴天で真夏の太陽が容赦なく全身に降り注いでくる。

「こんな時にすいません、一つだけ気になる事があります」

   線路沿いを歩いていると隣を歩くテツが声をかけてきた。

「なに?」

「星見さん、今日の殺気に近い嫌な雰囲気を纏ってるのはお気づきでしたか?」

   そう言われて先程の会議の時の険しい表情を浮かべる星見を思い出した。

「殺気かどうかまでは、わからなかったけど、変だったのは、わかった」

「それについて彼女に何聞きました?」

   暁はそう聞かれて首を横に振った。
   この3日間は、誰にも連絡取ってないし、車木の事も全員にまだ説明してなかった。

「彼女は、少し気をつけた方がいいかもしれません」

「逸脱しそうか?」

「確実にそうと言うわけでは無いのですが、可能性は高いかと」

《何なら探り入れましょうか?》

   唐突に響くマツの声に暁は驚いて足を止めてしまった。
   そんなマツの行動にテツは溜息を漏らしながら立ち止まった。

「盗み聞きとは、余り行儀がいいものでは、無いですね」

《別に盗み聞きしてたんじゃないですぅ~》

   テツの返答にマツは子供の様な口調で応え、暁はそんな2人に戸惑いながら頬をかいていた。

《この念話は、誰と繋がってるの?》

   暁がそう聞くとテツの視線がふと向けられた。

《今は、私とテツと恵未ちゃん、あとアキさんです》

   アキさん、まさか名前のあだ名で呼ばれてたのか。
   確か、ハルも自分をそう呼んでいたと思い出した。

《無線みたいにチャンネル分け出来たりするの?》

《出来ます、やりますか?》

《頼めるかな、それと出来れば、ハルもこれに繋げるならお願いしたい》

   その名前を出した時にテツは、何処か難しい表情を浮かべた。恐らくマツも同じ様な表情を浮かべているのだろう、返答がなかった。

「ハルに何かあったのか?」

   一抹の不安を覚えた暁がそう口にするとテツは、慌てて首を横に振った。

「そういうわけじゃないんです、ですけどハルは、今難しい任務に付いてまして、この中に入れるのは、止めておいた方が良いと思います」

   難しい任務?あのハルが?
   正直、暁にはその任務がどんな物なのか想像も出来なかったが、そうであるなら確かに余計な事は、言わない方が良いだろうと言う事は理解した。

「わかった、とりあえずこのチャンネルはキープしておいてくれ」

   暁がそう言うとマツから快諾の返事が聞こえ、テツと暁は改札へと向かった。
   北口から地下へ入り、阿部が乗っている西武池袋線の改札へ着くとそれぞれに散った。
   テツは改札付近へ、暁は地下の色んな店が並ぶモールのカフェで彼女の到着を待った。

   数分後、暁の携帯がワンコールだけ鳴った。

《阿部の姿確認しました》

   それと同時にテツの声が頭に響いた。
   暁は、改札方向へ目を向けたが多くの人が行き交っており、その姿を確認できなかった。

《糸は、どう?》

《ダメだ、人が多すぎるし距離がある》

《了解、とりあえず視覚の共有だけしておくね》

   テツとマツが慣れた様子で会話を済ませると暁の頭の中に誰かの視覚が流れ込んできた。
   何だこれ!?
   暁は、唐突な感覚にその場で俯き、混乱する頭を必死で整理する事に務めた。

《ゴメンなさい、大隊長、説明してませんでしたね、私のリンクは感覚の共有なんです、とりあえず体感してわかってもらってますけど、それはテツの視覚情報です》

   感覚の共有って…
   余りにも唐突な出来事に反論の言葉も出てこないがこれがもしリアルタイムのテツの視覚情報だと言うならとりあえず利用する事に越したことはない。

   暁は、俯いていた顔を上げると今見えている情報と池袋駅のマップを頭の中で繋ぎ合わせた。
   この方向に歩いているとなると西口に出る気かもしれない。
   暁は、踵を返して人混みの中を縫って歩くと再び北口に向かい、北口から西口のロータリーへと向かった。
   西口のロータリーには、多くの人が行き交っていた。テツの視覚情報の建物と自分の位置から見える建物の感覚で大凡の検討はつくと暁は迷うこと無く歩き出した。

《対象はこのまま、西口の商店街に向かう》

   気づくと暁は念話を飛ばしていた。
   これには、自分でも驚いたがそれ以上に驚いたのは、その情報を訂正するも止めることもない今の自分自身に一番驚いた。
   自分であって自分では、ない感覚。
   妙に頭の中が透き通っている様な万能感。
   もしかしたら間違っているそんな迷いが一切出てこない。

   テツとマツからは、一切の返答はなかった。
   しかし、テツの視覚情報が止まってないのから察するに行確は、今も実施されている。
   暁は、人混みを縫いながら西口商店街へ向かうと遠目に阿部の姿を確認する事が出来た。
   テツの姿は、確認できなかったが頭の中の情報では、こちらから見えない位置で阿部の姿を捉えているのだけは、確認していた。

《エビス通りのカフェに向かいます》

   マツの言葉が聞こえ、暁は了解とだけ返した。
   テツは、相変わらず無言だが視覚情報にテツの手が振っているのをわかると了解と無言のウチに知らせているのだと思った。
  阿部は、西口商店街からエビス通りへ向かうとその先へ向かう、途中、マツと顔を合わせた。
   どうして、ここへ他のメンバーは?っと聞こうかと思ったが何故か全員が藤と共に事務所に待機している、そう直感的に理解していた。
   何故?どうして?
   微かに残る理性と言うべきかかつての経験則と言うべきなのか、それらが頭の中で泡の様に生まれ、意識という水面へと出ると同時に空気となって消えていく。
   そんな感覚だ。
   自分でもどうしてこうなっているのか、どうしてそれらをテツもマツも否定も拒否もする事無く受け入れ、そして従っているのか?
   阿部は、途中雑貨屋のディスプレイを眺める為に足を止めたが、腕時計を確認すると再び歩き出した。

《接続出来ましたァー、皆さん下がって貰って大丈夫です!》

   エビス通りに向かい、カフェの前を通り過ぎた時に店先でアイスコーヒーを飲んでたマツの念話が飛んできた。
   マツのリンクは相手の感覚を共有する事だ、つまり次に頭に流れ込んできたのは、阿部の視覚情報だ。
   テツの姿は、まだ確認できない。
   だけど、このままアイツは何処に向かう?
   頭に浮かぶのは、この先にある雑居ビルだ。
   8階建てのなんて事は、ない普通のビルだ。だがそれは少し遡ると違う顔も見せる。
   暁はそれを偶々知っていた。

《向かう先は、かつてアルファの支部が入っていた、雑居ビルだ》

   暁がそう言うと再びマツと目が合い、暁は違うルートで先回りをしようと歩き出した。

「待ってください!」

   そんな暁の肩を掴んだのは、テツだった。
   その表情はかなり焦っている。

「どうした?」

「一旦、切ってください、その状態は危険です」
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