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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199908《純真の騎士》

英雄と狂人

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   悲鳴と共に男の体が壁に叩きつけられその場にへたり込んだ。
   防音の設備でも付けらているのだろう、小さな窓から見えるクレアモールを通る人達は、そんな騒がしい音などに一切気に止める様子もなく多くの人達が穏やかに行き交っていた。

   縁は、ゆっくりと壁に叩きつけた男の頭をもつとその顔面に膝蹴りを埋めた。
   鼻から出血しながら蹲ると男は泣きながら悲鳴を上げた。

「もう、勘弁してくれ…もう…」

「だったら、深山里穂に向けた奴等に連絡を入れろ」

「だから、それはもう無理なんだよ!仕事終わるまでアイツらとは連絡取れない様にしてるだ!」

   つまらない嘘だ。
   そうなれば、仕事をこなさずに恐れて逃げる奴の監視が出来ない。 
   少なくとも監視してる奴等とは、連絡取れる様にしている筈なのだ。
   コイツの目的は、ただ1つ仕事を全うさせる事だけ、つまりこれじゃあ恐怖が足りないと言うことだ。
   縁は力を使うか少しだけ迷ったが下手に力を使って余計な方向に飛び火されても意味が無いと考えるとカウンターの近くにあったアイスピックを持ち、再び男の髪を掴むと今度は壁に頭を叩きつけその目に向かいアイスピックの先端を向けた。

「田中さんよ、俺はアンタらの事をちゃんと掴んでる、アンタらが何者でどうしてこんな事をしているかも」

   縁がそう言うと怯えている田中の目に何処か冷たいモノが光った。

「なら、わかるだろ、そんな脅しじゃ俺達は何も応えない…もう止めてくれよ」

「脅しだったら良いな」

   縁はそう言うとアイスピックの先端を耳に向けて刺した。
   田中の悲鳴が狭い店内に響き渡る。
   抵抗の手が伸びるがそれよりも早く縁の膝が田中の鳩尾に入り体をくの字に曲げると再度その頭を壁に叩きつけた。

「次は、本当に目を刺す、さぁどこまで耐えられるか我慢比べと行こうじゃねぇか」

   縁が一息吐きながら田中を目をしっかりと見つめながらアイスピックの先端を右目へと向けた。

「待ってくれ…頼むよ…俺にもメンツってのがあんだよ…」

「知るか、テメェのメンツを潰すせば命が助かるってんなら、俺はそっちを選んだだけだ、お前はそのメンツを体をどれだけ失っても守って見せれば良いだけだろ?」

   縁は、そう言うとアイスピックをゆっくりと田中の目に刺しこもうとすると田中は抵抗から目をつぶった。
   例えそれが無意味な事でも、反射的にした抵抗だった。

「いやぁ~最近の堅気の若者はヤクザもビックリな攻めだね~」

   入ってくる気配を感じれなかった。
   縁は、その声に瞬間的に反応すると田中の頭を地面に叩きつけて抑えながら体を反転させて声のした、後ろへ向いた。

   そこには出入り口を閉めて、そこにもたれかかりながらコチラをこびりつく様なニヤケた表情で見ている細身の男が立っていた。
   縁は、その男を知っていた、そしてその男が自分の背後をこうも簡単に取れたのかも同時に納得してしまった。

「兄貴…助けて…」

   田中が泣きそうになりながら悲鳴を上げている。

   兄貴、そうかこの人は元々、真練会の若頭だったか…
   縁は、そう思いながら静かに出入り口にもたれかかる男を睨みつけながらアイスピックを軽めに持った。

「タッカーよ、ちゃんとメンツ守ってんのに情けない悲鳴上げんなよ、悲しくなるぜ?」

   兄貴と呼ばれた細身の男は、仰々しく首を横に振りながら大きな溜息を吐いた。
   この男をここで相手をするのは、かなり厄介だ、だがここで引くわけにも行かない…
   覚悟を決めるか、縁はアイスピックをゆっくりと逆手に持つと細身の男が縁に向かい手を挙げた。

「ちょいストップ、掻い摘んで聞いていた感じからするとお前さんは深山里穂への依頼を止めに来たんだろ?誰の差し金だい?」

「誰でもない、俺の判断だ」

「なら、お前さんは深山里穂とどんな関係だい?」

「アンタには関係ない」

   そう言うと細身の男の口元がゆくりと弧を描いた。

「俺達ヤクザもんが怖くないのかい?蛮勇だね?」

「怖いさ、怖いけど、こっちにも譲れないもんがあるんだよ」

   縁がそう言うと細身の男は目を丸々とするとより嬉しそうに笑った。

「良いねぇ~良い覚悟だ、今日は俺にとって良い日だよ、なんせ面白い奴に2人も出会えたんだからな」

   細身の男は、そう言いながら懐から財布を取り出すと数万円を置いた。

「お駄賃だ、そいつを離して持っていきな」

「それで下がると?」

「あぁそうか、すまんすまん、大事なこと言ってなかったな、深山里穂への依頼は破棄させたし、向かった奴等も今はご帰宅中だ」

「なに?」

   その言葉に縁は、反射的に問うと細身の男はゆっくりと肩を竦めた。

   嘘をついている?
   だが、この人は、そんなつまらない嘘をつかない、この人なら間違いなくここで自分との戦いに興じる、誰よりも戦闘狂でもあるが何よりも筋を大事にするタイプでもあるこの男は決してそのルールを曲げることは、無い。
   ならば、何故そんなことに?
   縁は、細身の男の言葉を吟味しながらゆっくりと田中の頭を掴んでる手を緩めた。

「もし、アンタの話が本当なら、その金はなんだ?」

「お駄賃、そいつは本当は俺がケジメつけないといけないんだが、それ代わりにやって貰ったって手間賃さ」

   どうやら、嘘はついていないらしい。だがしかし…

「なんで、アンタが今更古巣のシノギに口を出す?」

「俺だって、出来れば関わりたくないさ、だが上から言われたのとやってる事が…何ともケチくさいというか恥なんでな、元若頭として放って置けなかったのさ」

   上から…つまり、直系からのお達しが届いたと言う事か。
   縁は、ゆっくりと田中から離れるとカウンターに置かれた金を手に取り出入り口に向かった。

「いいね、素直に受け取るの」

   ドアノブに手を回すと細身の男が縁に言った。

「これは、アンタのメンツだ、それを無下にすればアンタとやり合わないといけないんでな、流石にそれはこっちとしても願い下げたい」

「ふっ、わかってるねぇ~おしいなぁ~、お前名前は?」

   細身の男にそう問われて縁はゆっくりと振り返った。

「東堂 縁、出来ればこれ以上会いたくないが多分また会うだろうぜ、槙島秀悟さん」

   縁は、そう言いながら扉を開けて外に出た。
   多分気が変わる事は無いが正直これ以上は、あの場に居るのは正直しんどかった。

   縁はクレアモールを歩く人混みを縫う様に進んでいく、目的地は駅だが、その間も久し振りに感じた冷や汗に自然と口元が緩んだ。

「やはり、あの人と向き合うの怖いわ」

   そっと漏れた独り言が人混みの足音でかき消されていった。
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