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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199908《純真の騎士》

暁天の道標 2

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   あの男にとって里穂は、そんなものなのだろう、ならば何故、あんな事をするんだ?
   ほうって置けばいいだろ、それなのに…

   ふざけるな…ぶさけるな!!  

   怒りが込み上げ、煌佑は気づくとまだ明けきらぬ時間にバットを片手に家を飛び出していた。
   目的地の公園は、走って数分の所にある。
   煌佑は、息を切らし走り抜け公園に着いたがそこには、誰もいる訳もなく、周りに設置された街灯が公園内を照らしていた。
   公園内を探し回ったがその姿はなく、悔しくなった煌佑は気づくと頬から涙を落としながらその場で座り込んでいた。

   ゆっくりと世界が群青に染まり、地面にオレンジの光が差し込んできた。

「こうちゃん?」

   そっと聞こえた声に煌佑が顔を上げると心配そうにこちらを見ていた里穂の姿があった。

「どうしたの?こんなに朝早くから?」

   里穂は、優しく煌佑の肩を撫で、そして涙を拭くと近くのベンチに座らせた。
   煌佑は、そんな里穂を見ながら、首を横に振る事しか出来ずいた。
   そんな煌佑の背中をゆっくりと優しく撫でながら里穂は優しく笑いながら傍に居てくれた。

   あぁ何で、こんなに小さいのだろう。
   何で、弱いのだろう。
   大きければ、強ければ姉ちゃんを守れるのに…どうして何も出来ないのだろう。

「小さいから弱いってのは、違うなぁ~」

   夢で見た、記憶の言葉が頭を過ぎった。
   訓練の時の夢だった、暁が顎を擦りながらぼんやりと言っていた。

   夢の中の煌佑は、体格も良く、身長も高かった。
   一方の暁は、身長はそこまででも無いが体格は明らかに煌佑の方が良かった。
   しかし、スパーリングとなると煌佑は暁に良いように弄ばれていた。

「よく、心技体ってので体が体格とか体の大きさとか勘違いされているけど、あれは体の使い方とか体の状態をさす、心と技と体がバランスを取れてるかが一番重要だったりする、どんだけ体が大きくて運動神経良くても、使い方がわかってなかったら宝の持ち腐れだ。逆に体が病弱で弱くても、使い方を知っていて最小限の動きで相手を制圧、威嚇する事は可能だ」

   暁に何度も投げ飛ばされた後に起き上がれなくなった煌佑の横に立ちながら暁は言った。

「ようは、思考を止めて、力頼りに戦っても意味が無い、心を持って、それにあった技、それを表現出来る体を持ち合わせるのも大事ってこった」

   その言葉に煌佑はそっと自分の小さな拳を見る。
   この体で何が出来る?
   頭を使え、頭を…
   そして、ふと持ってきたバットに目を向ける。
   タイル張りの床に転がる、バットを見ながら夢での訓練を思い出す。

「俺、里穂姉ちゃんの事を絶対守るから」

   煌佑は、立ち上がると里穂の前に立ち、真っ直ぐに里穂の目を見て言った。

「姉ちゃんがまた、笑って居られる様に…絶対…守るから」

   これは、誓いだ。
   誰にでもない、彼女に向けての誓いだ。

   煌佑は、それだ告げると転がるバットを持って駆け足で家に帰った。
   それから、煌佑は毎日早起きをしては公園に向かい、夢で見た3人組を探し回り、昼にもまた住宅街を巡回していた。
   もしかしたら、引越しの前にアイツらを退治できるかもしれない、そんな淡い希望もあった。
   しかし、見つかることは、無く。
   この日を迎えた。
   武器のバッドは、前からベンチ近くの茂みに隠してある。
   直ぐに取り出せる位置に置いたし、あるかどうかも確認している。ゆっくりと群青に染まり始める空を見上げながら小さく深呼吸する。

「おはよ」

   優しい声に視線を下げ振り返ると里穂がゆっくりと煌佑の頭を撫でていた。
   煌佑は、ゆっくりと立ち上がると里穂が座るところを持ってきたタオルで払い、座れた事をしぐさで伝えた。

「ありがとう、ナイト様」

   里穂は、そうクスクスと笑いながら座ると煌佑は、隣に座った。
   ゆっくりと空が青とオレンジのコントラストを描き始める。

「コウちゃん、ありがとう」

   ふと、呟いた里穂の言葉に少しだけ煌佑の喉が締まる。
   何も言わない煌佑に里穂の肩が軽くぶつかり体を揺らした。

   そうだ、生きていても今日で里穂とは、お別れなのだ…その事実は変わらない…

「姉ちゃん…俺が大きくなったら…彼氏にしてくれますか?」

   煌佑は、オレンジの色が波の様に広がる空を見上げながら聞くと里穂はゆっくりと立ち上がると煌佑の顔を覗き込んだ。
   目の前に里穂の顔が現れ、煌佑は驚き固まってしまった。

「そういうのは、ちゃんと顔を見て言うものだよ?」

   そう言われ、煌佑は唇をグッ閉めると息を飲んだ。

「大きくなったら、姉ちゃんの彼氏にしてくれますか?」

   真っ直ぐ里穂の目を見ながら煌佑は、聞くと里穂は、ゆっくりと頷いた。
   その返事に煌佑は現実なのかどうかわからなくなりその場で頭が真っ白になってしまった。

「…本当に?」

   煌佑がそう聞くと里穂は、優しく笑いながら額を指先で1度叩いた。

「そういうのは、何度も聞くものじゃないの」

   あぁ、どうしよう、なにか気の利いた事を言うべきなのに…何も言葉が出ない…
   煌佑は、固まりながら戸惑っていると後ろから冷たい風が背中を走った。

   その冷たい風に煌佑は、慌てて振り返ると公園前の道路に3人の人影がゆっくりと出入り口に向かい歩いているのが見えた。

   来た!

   そう瞬時に察すると煌佑は、立ち上がり茂みに隠していたバットを取り出し、里穂を守る様に前に出た。

「姉ちゃん下がってて、そして出来れば逃げて!」

「どうしたの?急に?」

   唐突な煌佑の行動に戸惑いながら里穂は煌佑の肩に手を置いた。

「アイツらは、姉ちゃんを殺そうとしてる…ワケは、わからないけど…姉ちゃんは今危ないんだ…」

   きっと信じて貰えない…だけど守らないと里穂は、死んでしまう。
   煌佑は、バットを両手で握ると切っ先を真っ直ぐに3人組の方へ向ける様に構えた。

「殺される…?」

   その単語に肩に置かれた里穂の手が震え始めた。

「大丈夫!俺が絶対守るから!」

   煌佑は、そんな里穂に言い聞かせる様に言うとゆっくりと息を吐いた。

   姉ちゃんを家に帰せれば大丈夫。
   根拠の無い答えだったがそこには、家に行けば里穂の親や自分の親、大人達がいる。
   助かる、そう単純に思っていた。
   しかし、3人の人影から感じる空気は、その答えは無駄なのでは、と思わせる黒く重いモノを感じさせてきた。

   手に震えが走る。
   大丈夫、大丈夫!
   絶対姉ちゃんは、死なせない!
   そっと這い上がってくる恐怖心をそう言い聞かせながら誤魔化す。

   3人の人影が公園の出入り口に差し掛かり、その視線が煌佑達の方へ向いた、その時だった。
   こびりつく擦れる金属音が鳴り響くと3人の人影の前に自転車に乗った男が3人が公園に入るのを妨げる様に滑り込んできた。
   煌佑は、その背中を知っている。
   現実で見るのは、始めてたが、夢では何度もその背中を見つめていた。

   ダークグレーの半袖にゆっくりとオレンジの陽光がスポットライトの様に当たる。
   その背中を見つめる煌佑の手から少しづつだが確実に震えが収まっていく。

   あぁ、俺達は助かる。
   根拠は無い、確証もない。
   だけど、それだけは間違いない、そう確信出来た。

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