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【PW】AD199907 《新しい道》
日常
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セミの鳴き声と下敷きを団扇代わりに使うパタパタという音が教室内に響いている。
黒板の前に経つ、国語の教師はそんなのをお構い無しに文豪の思いをツラツラと話続ける。
隣の席の才田は、早々にギブアップしたかのように下敷きをパタパタとさせながら俯き、その目を閉じていた。
それを横目に呆れながら見ている香樹実だが正直言えばそう出来る才田を何処か羨ましく思っていた。
何処までも自由で縛られない奴。
才田の印象は昔から変わらない。群れの中に入っていてもその群れの住人というよりフラフラと入り込んだ流浪人の様で気づくと違う群れにフラフラと言っている。
そうかと思えば一人でいる時もある。
クラスのカーストに何処までも染まらずハマらずのその姿は、1種の特異点とも言えた。
雲の様な感覚に近いと言えば近いかもしれないが、それとはどこが違う印象もある。
気づくと才田を探している自分がいるのだから不思議だ。
決して恋をしているとかそういう感覚では、無い、どちらかと言えば悪友や暇潰しを探している印象だ。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、放課後がやってくる。
今日は一学期最後の図書委員の最後の仕事が待っていた。
最上階の図書館は、学校のオアシスと呼ぶに相応しい、暑い校舎の中で指折りで数える程にしかない冷暖房完備の部屋、そんな時期には自ずと普段使わない生徒ですら図書館に出入りしていたりする。
なら、図書委員の仕事も増えるのかと言われると増えた比率と比べると増える量は微々たる物で大抵は、冷房の部屋を満喫して多少を本を読む程度の人間が増えているだけだった。
つまりカウンター業務の香樹実の仕事は殆ど変わりが無いのだが返却物整理をする才田達の仕事はいつもより面倒さを増していた。
増えた生徒達に寄る、動線を遮られてたり、本を選んでいたりとかなり業務をこなすのに手間取っているのだ。
才田は、カートを押しながら呆れたため息を漏らし、時折小声で「通りまーす」と言いながら人混みを掻き分けていった。
香樹実は、カウンター業務が手隙になると図書館司書の都並に一声をかけて才田達の整理業務を手伝っていた。
1番奥の本棚にある宗教や神話、民話などの本を片付けている時だった、その本棚に見慣れた女子生徒を一人でいるのを見かけた。
少し前に頭に巻いていた包帯が解かれセミロングの黒髪がフワリと風に揺れている。
香樹実のその視線に気づいたのか本棚に向いていた顔がゆっくりと振り返り香樹実の方へ向けられた。
「何?」
セミロングの黒髪の女子生徒、藤は無表情で香樹実に聞いてきた。
香樹実もまた特別なにか言う事もなかったがその問いに少しだけ戸惑い身構えてしまった。
「そんなに怯えなくても大丈夫よ、貴方達に興味無いから」
藤は、そうクスクスと笑いながらゆっくりと本棚へ目を向き直した。
やはり何も感じない。接続者、帰還者が近くに居る時に感じる独特な感覚が藤から一切感じ取れないのだ。
香樹実は、その背中を見ながら恐怖と何故という探究心が入り交じった妙な感覚に襲われ、どうしようか迷った末に探究心が勝ち、藤のその背中に聞いていた。
「どうして、先輩から何も感じる事が出来ないんでしょうか?」
その問いに藤は、肩をピクりと動かすとゆっくりと再度、香樹実の方へ顔を向けた。
「随分唐突な質問ね、どうしたの?」
「こんな機会じゃないとそういう事を聞けないと思って、それにそんな風にリンクを使える人が一人でも居るとなると他にも居そうですし、この先の為に聞いておきたくて」
香樹実が素直に聞くと藤はゆっくりと軽く頷いた。
「そういう事…少しは自分がどんな危ない橋を渡っているか自覚はしているんだ」
藤の嫌味な言い方にピクリと苛立ちが来たが香樹実は、それをグッと堪えた。
未熟なのは誰よりも自覚しているが改めて言われると少しだけくるものもある。
「あんな惨事を見て、何も自覚出来ない程、バカでもないです」
「惨事?岩倉の件のこと?」
「いいえ、2018年に起きた事です」
香樹実のその言葉に藤の表情が険しいものへと変わった。
「貴方、やっぱり見識者なのね」
藤のその問いに香樹実は、ゆっくりと頷き、それを確認した藤は大きな溜息を漏らした。
「だとしたら、より馬鹿なのね貴方、あんなのを見せられてまだ自分に何か出来ると信じているの?」
「わからないじゃないですか、変わらないのか、それとも変わるのか、私はただ変わる事へ賭けただけです」
その応えに藤は大きな溜息を漏らした。
「なるほどね、だから気にかけるわけだ」
そう呟くと静かに香樹実を見つめた。
「でも、それだけじゃないよね?貴方?何を探ってるの?」
藤の問いに香樹実は、一瞬言葉を失う、どうして分かるのか?この事は、誰にも和之にも話してないのに…
「たまに見えるのよ、誰かの泣いてる姿が、大きな体育館かな、並べられた死体袋、膝まづいて泣く女性、白昼夢ね」
並べられる言葉に香樹実の脳裏にあの日の出来事が蘇る。
普通に暮らしていた、いや、普通よりも少し酷かったと思う。旦那の嘘を見て見ぬ振りをして子供にだけ目を向けてた。
夫婦仲なんて10年も経てば少しづつ消えていく、別段仲が悪かったわけじゃないが子供の成長や進路とか、普段の生活からゆっくりと溝は出来ていったのは、覚えている。
きっと何処にでもある話だ。だけどあの日の事は、違う。
本当に何気なく暮らしていた、何気ない日々を暮らしていた。
スマホから聞こえた最後のあの子の声を思い出す度に香樹実の中から何かが燃えそして弾け出る。
喉の奥、腹の底から湧き上がる声は、獣というよりもはや怪物だ。
「おーい、星見~まだ片付かねぇのか?」
才田の声が聞こえて香樹実は、我に返った。
振り向くと、才田が本棚から顔をひょっこりと出していた。
「あら?お取り込み中?」
才田は、藤の姿を見ると軽く会釈をした。
「大丈夫、なんでも無い」
香樹実は、本を本棚にしまうと直ぐに才田の方へ向かい、カートの別の本を数冊持つと本棚の整理に戻った。
才田は、何か言いたげな表情をしていたが何かを察したのかそのまま何も言わずに本棚の整理に精を出した。
《一つだけ忠告しておく》
頭の中に藤の声が響き、香樹実は慌てて周りを見渡した。
《もし話しかけるならこっちにしなさい、それと貴方の脇はがら空きよ》
《どういう意味ですか?》
ダメ元で頭の中で声をかけて見ると返事は直ぐに帰ってきた。
《まだまだ、初心者って事よ、自分のパスが何か、何を出来て、何を出来ないか、貴方はまだ浅瀬にいる。潜りなさい、出来るだけ自分に触れられるぐらいまで》
香樹実には、その言葉がよく理解できた。
あの世界の奥へ行け、藤はそう言ってるのだ、果たしてそんなことが出来るのか、正直香樹実には、不安でしか無かった。
ふと、何かの気配が消えたのを感じた香樹実は、図書館の出入口に目を向けると藤がゆっくりと出ていくのが見えた。
呼び止めようかと思ったが、どう声をかけるか迷ってしまい、そのままその背中は図書館から消えていった。
黒板の前に経つ、国語の教師はそんなのをお構い無しに文豪の思いをツラツラと話続ける。
隣の席の才田は、早々にギブアップしたかのように下敷きをパタパタとさせながら俯き、その目を閉じていた。
それを横目に呆れながら見ている香樹実だが正直言えばそう出来る才田を何処か羨ましく思っていた。
何処までも自由で縛られない奴。
才田の印象は昔から変わらない。群れの中に入っていてもその群れの住人というよりフラフラと入り込んだ流浪人の様で気づくと違う群れにフラフラと言っている。
そうかと思えば一人でいる時もある。
クラスのカーストに何処までも染まらずハマらずのその姿は、1種の特異点とも言えた。
雲の様な感覚に近いと言えば近いかもしれないが、それとはどこが違う印象もある。
気づくと才田を探している自分がいるのだから不思議だ。
決して恋をしているとかそういう感覚では、無い、どちらかと言えば悪友や暇潰しを探している印象だ。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、放課後がやってくる。
今日は一学期最後の図書委員の最後の仕事が待っていた。
最上階の図書館は、学校のオアシスと呼ぶに相応しい、暑い校舎の中で指折りで数える程にしかない冷暖房完備の部屋、そんな時期には自ずと普段使わない生徒ですら図書館に出入りしていたりする。
なら、図書委員の仕事も増えるのかと言われると増えた比率と比べると増える量は微々たる物で大抵は、冷房の部屋を満喫して多少を本を読む程度の人間が増えているだけだった。
つまりカウンター業務の香樹実の仕事は殆ど変わりが無いのだが返却物整理をする才田達の仕事はいつもより面倒さを増していた。
増えた生徒達に寄る、動線を遮られてたり、本を選んでいたりとかなり業務をこなすのに手間取っているのだ。
才田は、カートを押しながら呆れたため息を漏らし、時折小声で「通りまーす」と言いながら人混みを掻き分けていった。
香樹実は、カウンター業務が手隙になると図書館司書の都並に一声をかけて才田達の整理業務を手伝っていた。
1番奥の本棚にある宗教や神話、民話などの本を片付けている時だった、その本棚に見慣れた女子生徒を一人でいるのを見かけた。
少し前に頭に巻いていた包帯が解かれセミロングの黒髪がフワリと風に揺れている。
香樹実のその視線に気づいたのか本棚に向いていた顔がゆっくりと振り返り香樹実の方へ向けられた。
「何?」
セミロングの黒髪の女子生徒、藤は無表情で香樹実に聞いてきた。
香樹実もまた特別なにか言う事もなかったがその問いに少しだけ戸惑い身構えてしまった。
「そんなに怯えなくても大丈夫よ、貴方達に興味無いから」
藤は、そうクスクスと笑いながらゆっくりと本棚へ目を向き直した。
やはり何も感じない。接続者、帰還者が近くに居る時に感じる独特な感覚が藤から一切感じ取れないのだ。
香樹実は、その背中を見ながら恐怖と何故という探究心が入り交じった妙な感覚に襲われ、どうしようか迷った末に探究心が勝ち、藤のその背中に聞いていた。
「どうして、先輩から何も感じる事が出来ないんでしょうか?」
その問いに藤は、肩をピクりと動かすとゆっくりと再度、香樹実の方へ顔を向けた。
「随分唐突な質問ね、どうしたの?」
「こんな機会じゃないとそういう事を聞けないと思って、それにそんな風にリンクを使える人が一人でも居るとなると他にも居そうですし、この先の為に聞いておきたくて」
香樹実が素直に聞くと藤はゆっくりと軽く頷いた。
「そういう事…少しは自分がどんな危ない橋を渡っているか自覚はしているんだ」
藤の嫌味な言い方にピクリと苛立ちが来たが香樹実は、それをグッと堪えた。
未熟なのは誰よりも自覚しているが改めて言われると少しだけくるものもある。
「あんな惨事を見て、何も自覚出来ない程、バカでもないです」
「惨事?岩倉の件のこと?」
「いいえ、2018年に起きた事です」
香樹実のその言葉に藤の表情が険しいものへと変わった。
「貴方、やっぱり見識者なのね」
藤のその問いに香樹実は、ゆっくりと頷き、それを確認した藤は大きな溜息を漏らした。
「だとしたら、より馬鹿なのね貴方、あんなのを見せられてまだ自分に何か出来ると信じているの?」
「わからないじゃないですか、変わらないのか、それとも変わるのか、私はただ変わる事へ賭けただけです」
その応えに藤は大きな溜息を漏らした。
「なるほどね、だから気にかけるわけだ」
そう呟くと静かに香樹実を見つめた。
「でも、それだけじゃないよね?貴方?何を探ってるの?」
藤の問いに香樹実は、一瞬言葉を失う、どうして分かるのか?この事は、誰にも和之にも話してないのに…
「たまに見えるのよ、誰かの泣いてる姿が、大きな体育館かな、並べられた死体袋、膝まづいて泣く女性、白昼夢ね」
並べられる言葉に香樹実の脳裏にあの日の出来事が蘇る。
普通に暮らしていた、いや、普通よりも少し酷かったと思う。旦那の嘘を見て見ぬ振りをして子供にだけ目を向けてた。
夫婦仲なんて10年も経てば少しづつ消えていく、別段仲が悪かったわけじゃないが子供の成長や進路とか、普段の生活からゆっくりと溝は出来ていったのは、覚えている。
きっと何処にでもある話だ。だけどあの日の事は、違う。
本当に何気なく暮らしていた、何気ない日々を暮らしていた。
スマホから聞こえた最後のあの子の声を思い出す度に香樹実の中から何かが燃えそして弾け出る。
喉の奥、腹の底から湧き上がる声は、獣というよりもはや怪物だ。
「おーい、星見~まだ片付かねぇのか?」
才田の声が聞こえて香樹実は、我に返った。
振り向くと、才田が本棚から顔をひょっこりと出していた。
「あら?お取り込み中?」
才田は、藤の姿を見ると軽く会釈をした。
「大丈夫、なんでも無い」
香樹実は、本を本棚にしまうと直ぐに才田の方へ向かい、カートの別の本を数冊持つと本棚の整理に戻った。
才田は、何か言いたげな表情をしていたが何かを察したのかそのまま何も言わずに本棚の整理に精を出した。
《一つだけ忠告しておく》
頭の中に藤の声が響き、香樹実は慌てて周りを見渡した。
《もし話しかけるならこっちにしなさい、それと貴方の脇はがら空きよ》
《どういう意味ですか?》
ダメ元で頭の中で声をかけて見ると返事は直ぐに帰ってきた。
《まだまだ、初心者って事よ、自分のパスが何か、何を出来て、何を出来ないか、貴方はまだ浅瀬にいる。潜りなさい、出来るだけ自分に触れられるぐらいまで》
香樹実には、その言葉がよく理解できた。
あの世界の奥へ行け、藤はそう言ってるのだ、果たしてそんなことが出来るのか、正直香樹実には、不安でしか無かった。
ふと、何かの気配が消えたのを感じた香樹実は、図書館の出入口に目を向けると藤がゆっくりと出ていくのが見えた。
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