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山月 春舞《やまづき はるま》

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AD202004《地下進行》

伽藍洞

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  どれぐらい歩いたのか?
  どこまでも続くレールに四方がコンクリートの仄暗いトンネル。定期的に配置されたライトに距離感を時折曲がりくねった道に方向感覚を鈍らせられる。

   以前なら何も考えずに乗り目的地の駅で降りるだけの単純な行動をしていただけだったが実際に歩くとなるとこうも複雑なのかとハルは、改めて実感していた。

「小隊長、もうそろそろ目的地の九段下の出入口付近です」

   前方を歩く斥候から無線が耳に届いき、ハルは後方にいる仲間に合図を送る。
   戦闘態勢に入れ。その命令に従い部隊員達はサブマシンガンのAR57を構える。

「敵感知ありません」

   部隊は6人編成で斥候2人、サポート2人、衛生兵1人、そして小隊長のハルだった。

   斥候の2人は、数m先を歩き、それの報告によりハル達もまた後を着いていく。
   ハルはそっと腕時計を確認し、地下鉄に入ってもう2時間は経過した事を知った。

   今の所、作戦に問題は無い。しかし勝負どころはここからだ。

「もう間もなく、地上の攻撃が始まる。各々を、気を抜くなよ」

   ハルがそういうと部隊員達は頷いた。
   腰を落とし出来るだけ気配を消してハル達は九段下の方向へ素早く歩き出した。

「報告!永田町部隊、地下にて敵と交戦開始との一報あり」

   後方からの報告に部隊員の緊張感が一気に高まる。

「テツ、サーチ」

   咄嗟に斥候のテツにハルが言うとテツの周囲から薄いモヤが掛かる。

「…敵兵気配無し…ん?」

   テツが何かを察知したのか歩く足が止まった。

   ハルもまたそのテツの行動に合わせる様に足を止めた。

「気配はありません、ですが、何か嫌な風を感じます」

   ハルは、テツ達をその場に留まる様に合図を出すとゆっくりと壁を背にして前に向かい歩き出した。
   数m先を歩くと曲がり角があり、素早く覗いた。人が二人分の幅の道が10m程度続き行き止まりには金属製のドアが不気味にそびえていた。
   斥候を代わる合図を送り、ハルが先行する。
   嫌な予感も何もまだ見えない。だが何か妙な違和感を感じるのも確かだ。
   ハルがドアの前に到着しドアノブに手をかけた時にそれは一気に全身を駆け巡る。
   何百匹の芋虫が這い上がる感覚がドアノブから手に伝わり、手から肩そして全身へと一気に駆け抜けた。

「全員!退避!!」

   その言葉と同時に全員が一気にレールの道へと戻り、ハルはその場から動かず片手にAR57のトリガーに指を掛け、もう片手でドアを一気に開けた。

   ドアを開けたと同時に黒い影が飛び出す。 
   コイツは囮、本体はその奥だ。
   ハルは、迷うこと無くドアの隙間から銃口を差し込むと数発放った。
   轟音と共に影はその身を直ぐにドアの中へとしまい込んだ。

「上位者だ、恐らく実態は有り、マツ、俺の感覚を全員に共有しといてくれ」

   ハルは、そう言いながら後方の部隊を一瞥すると味方の安全を確認し、右手のAR57からハンドガンのベレッタM9に持ち替え、左手にタクティカルライトを持つとドアの隙間にその身を滑り込ませる様に奥へと入って行った。

   ドアの奥は先程までのコンクリート床と壁から赤レンガの壁に石の廊下に様変わりしているが仄暗い廊下である事には、変わり無かった。
   ハルは、感覚を開き、周囲に危険が無いかを確認しながら身を引くくし素早く廊下を駆け抜けた。
   自分が敵ならこの遮蔽物のない廊下は、相手を殺すのに格好の場所だ、アサルトライフルやマシンガンなどが使われた一気に蜂の巣に出来る。
   しかし、敵はそんな事をする事は、なかった。
   ハルも不思議に感じていたが廊下を抜けた先のフロアーに出た時に全てを納得した。
   しなかったんじゃない、出来なかったのだ。
   廊下を抜けた先のフロアーの真ん中に上半身裸の男が肩をダラりと下げながら立っている。
   その眼には生気がなく、虚ろ、口はだらしなく開きっぱなしで端から涎も垂らしている。

   ハルは、その顔をよく覚えていた。
   敵は自分に罪悪感でも感じさせたかったのだろうか?
   わざわざ、自分が魂を殺した相手の肉体を選ぶとは、嫌らしい考えだが…残念ながらそれは的外れだった。

   上手く定着が出来なかったのだろう、生気のない男の周りに黒いモヤがユラユラと慌ただしく動いている。

   ハルは、動けない相手と見るやいなや下げていた銃口を生気のない男に向け、躊躇いもなく引鉄を引いた。
   乾いた音が1発なる。狙いは胸部真ん中だったが弾は外れ生気のない男の左にの腕を撃ち抜いていた。

   避けられた。
   そう思うや否やハルは、直ぐに避けた方向に銃口を向ける。
   しかし、それより早く纏わり着いていた影が一気に周囲に散らばる。
   くっそ!ハルは、腰を低くしながら目の前の男目掛けて走り抜け様とするが目の前に赤い線が数本走るのが見えてブレーキと共にバックステップを踏んだ。

   それと同時に束になった影が蛸足の様にうねりながら突き刺す様に床に落ちた。
   ハルは、焦ること無く距離を取りながら生気のない男を中心に円を描く様にサイドステップを踏みながら間合いを詰め様とすると赤い線がハルに向けて真っ直ぐ走ってくる。
   狙いは胴体。身体捻りそれを躱した。
   次に頭部に向かい線が走り、膝を折り体勢をより低くすると薙ぎ払う様に影の足が振るわれた。
   頭の上を足が通り過ぎる瞬間、ハルは生気のない男に向けて2発撃ったが、1発は腹部の横を掠め、2発目は、完全に外した。

   このままだと面倒だな…
   ハルは、ゆっくりとタクティカルライトを腰のホルスターの左側に戻すとゆっくりと腰の後ろの方に閉まった、小太刀サイズの木刀を抜いた。
   普通の木刀より細く薄く削られていたそれは、より刀に近く模して作られていた。
   本来なら対人間としては強度的には弱い筈だが、生気のない男はハルがそれを抜いた瞬間、走らせていた影の足を自分の周囲に纏わりつかせ警戒度を一気に上げた。
   流石に気づくわなぁ。
   ハルは、ベレッタM9を持つ右を前に、そして木刀を握る左手を後ろにした半身の構えをした。

   背後から何かが迫るのを感じる。
   ハルは、突然に感じた違和感に意識だけを向け、視界は生気のない男を捉え続けた。 
   この感覚、まさか!?
   近づいてくる、それはハルが知る者の気配だった。
   それに気づいた瞬間、ハルの後ろから熱い風が一気に駆け抜けるのを感じた。
   しかし、髪や服がその風に揺れる事はなかった。

   しかし、目の前の生気のない男は、その熱風にやられたのか悲鳴を上げながらもがき始め、影の足もまたバタつかせながら周囲その身を叩きつけていた。

   ハルはその隙を見逃すこと無く、生気のない男との距離を一気に詰めると木刀の切先を鳩尾めがけて突き刺した。
   木刀は、皮膚すら破ること無く、生気のない男の体をくの字に曲げて後方に吹っ飛ばした。

   生気のない男は背中から床にバウンドしながら倒れるとそれから立ち上がる事は、なかった。
   影の足もまた翡翠色の粒子になり消えていった。

「良いタイミングの登場かな?」

   後方から聞きなれた声が聞こえ、ハルは天を仰ぎながらため息を漏らすとゆっくりと振り返った。

「こんなところで何をしてんのよ、アキさん」

   ハルが呆れた声でそう聞くと暁は、腕を組みながら仁王立ちをし偉そうな笑顔をしていた。


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