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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199905《氷の刃》

もう一つの動き

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    室内に鳴り響く電話のコール音に稗田はフト視線を泳がせる。

「お気遣いなく出てもらって大丈夫ですよ」

   対面のソファーに姿勢よく座る泰野(たいの)は、穏やかな笑みを浮かべて言った。

   本当に見た目と中身が噛み合わない。
   稗田は、泰野を対していると軽い混乱をしてしまう。
   まだ若く最近22歳になったと聞いた、確かに見た目も若くどこか中性的で整った顔立ちだ。 
   しかし、泰野から若さ特有と言うべき青臭さを感じた事は、一切ない。
   何処までも精錬で落ち着いている。
   かたや自分は、今年45歳を迎える中年。
   ある程度の経験はして来たし、色んな感覚もみにつけてきたつもりだ。
   しかし、泰野と対面しているとその経験がものを言わない時がある。
   そんな事をボヤっと考えながら見ていると泰野は、「どうぞ」と言う様に首を傾けた。

「すいません、直ぐに済ませます」

   稗田は、慌てて会釈すると素早く立ち上がりデスクの電話の受話器を取った。

『お忙しいところすいません、今日のバイトのシフト確認して貰ってもいいですか?』

   聞き覚えのある若い男性の声に稗田は、小さな溜息を漏らした。

「それなら私じゃなくてもいいので……」

   そこまで言って漸く稗田は、電話の相手の真意を掴むことが出来た。
   それと同時にこの程度でまだ冷静さを欠くとは、自分の脆さに改めて気付かされる。

「すまない、今のは無しでお願いする。何か動きがあったんですね」

   深呼吸を一つとつくと、気を取り直した稗田が聞くと受話器の向こう側の若い男性の声は軽く笑った。

『何か来てるんですね、誰です?』

「私の上司に当たる方ですよ」

   その応えに若い男性の声は「あぁ~」っと軽く言うと何かを考えているのか唸り始めた。

『【三本】の頭領ですか、それ?』

「えぇ?知ってますか?」

   泰野の視線がチラリと背中に向けられたのかわかったが稗田は、あえてそれを無視して会話を続けた。

『はい、向こうも俺を知ってるので…スピーカーとかに出来たりします?』

「大丈夫ですよ」

   稗田は、そう言うとスピーカーボタンを押した。

「スピーカーにしました、話して貰って大丈夫ですよ」

   泰野の体がそっと電話の方に向いた。

『よう、ボンボン、俺がわかるか?』

   さっきまでの稗田に向けた口調とは、全く違う気の抜けた感じに変化した若い男性の声が聞こえ、その声を聞いた泰野の表情もまた先程までのかしこまった表情からどこか面倒そうな感じに変わった。

「その声、ハルか。なんでお前が稗田さんの番号を?」

『そりゃ、今世話になってるからな。それより、お前が稗田さんを尋ねたって事は、埼玉の一件で何か知らないか聞きに来たって踏んでいいのか?』

   若い男性の声、ハルは挨拶をそこそこに話を進め、泰野もそれがわかっていたかの様に軽く頷きながら首元のネクタイを緩めた。

「まぁそれだけじゃないが、メインはそれだ、何か掴んだのか?」

『もち、まぁ掴んだと言うより、事が起きそうなんだがな』

   軽快な口調から乱暴な内容が飛び、稗田と泰野の表情は明らかに怪訝なものに変化した。

「事が起きるってなんだ?」

『恐らく、誰か死ぬかも。このままだとな』

「視えたのか?」

『いんや、視てない。だけどあからさまにチンピラは侵入するは、デコは囲んでるわ、ワンワンがコソコソ動いてんだ。使わなくてもわかるよ。これぐらい』

   唐突の頭が痛くなる言葉の羅列に稗田は、額を抑えながら目を瞑った。

「君は彼等に察知されてるんですか?」

   堪らず稗田が口を挟むとハルは、少しだけ唸った。
   稗田の頭の中に肩を竦めながら上を見るハルの姿が思い浮かんだ。

『多分大丈夫だと思います、今学校出たところですが見られてないし尾けられてないので』

   その応えに稗田は、少しだけ安堵の溜息を漏らした。

「んで、デコってどこかわかるか?」

   泰野が変わって聞いた。

『アキさんが居たから、多分埼玉県警』

「埼玉県警?警視庁じゃなく?」

『恐らく別件、今朝の事件の報告は?』

「刑事が一人殺されたってやつか?」

『恐らくそれからみだろうな』

「お前、その口調だと、何処が今回の一件起こしてるか目星つけてる感じだな」

    泰野の問いにハルは鼻をひとつ鳴らした。

『確証も証拠もないが、凡その検討はついてる』

「えっ!?いつから!?」

   ハルのその応えに稗田は、驚いてつい口を挟んでしまった。
   稗田の問いにハルは、再び唸り始めた。

『まぁ3人目の被害者が出た辺りですかね~、でもさっきも言いましたけど確証も証拠も無いので余計な情報は遮断してました』

「どうせ、お前の事だ、ワンワンに捕まえさようとか考えたんだろ?」

   泰野がそう言うと図星だったのかハルはまた鼻をひとつ鳴らした。

『そいで、特殊風土調査室の室長様はどうなさるので?』

   ハルが嫌味ったらしく泰野の肩書きを言いながら聞くと泰野は、呆れた溜息を漏らした。

「これ以上、ワンワンに余計な事をされたくも無いが…今からそちらに誰かを配備するにも時間がかなり掛かるぞ?」

『だよねぇ~その間に下手すりゃ、誰か死ぬかな~』

   ハルは呑気な声を上げながら言うと堪らず稗田は、盛大な溜息を漏らした。

「君は彼等を使いたいって事でいいんですか?」

『まぁ多分今最善の策の一つはアイツ等の力を借りる事ですけど…正直俺はオススメしないですけどね』

「何故?この電話はその為じゃないんですか?」

『逆です。恐らく今回の事が起きれば稗田さん、それに泰野に余計な圧力が掛かると思ったので連絡しました。下手したら今度からアイツ等を常時出動させる、なんて事になる方が俺からすると避けたいことですから』

   恐らくハルの言葉には嘘はないだろう。稗田は、直感だがそう感じた。

「だが、ここまで来るとそれは避けれらない事でもあるだろ?」

   泰野がそっと口を挟む。稗田もまたその言葉に同意しか無かった。

『そうだな、俺達がそれを解決したらな』

   妙に引っ掛かる言葉でハルが返してきた。

「なるほど、お前の狙いはあくまでもっ…て事か、だが、隠密にそれを出来るか?」

『無理だろうな、だがお前が辣腕を振るえば、どうよ?』

   ハルの考えがわかったのか泰野が妙に嫌そうな表情をした。

「お前、本当に視てないのか?」

『正真正銘使ってません、正直お前がそこに居るのは、棚ぼただよ』

   ハルがそう言うと泰野は、小さな舌打ちをひとつ付いた。稗田は、そんな泰野を初めて見たので正直驚いた。

『今回は俺の見立ての甘さが生んだものでもある、だからサポートは入るさ、その為に事前の準備が色々必要だろ?』

「大丈夫か、前の話だと80%は抑えてるんだろ?」

『今のところの見立てだと大丈夫かな、これでも色々経験はしてるからな』

「んで、花は何処へ?ワンワンか?」

『まぁ話を丸く収めるならそこが妥当だろうな』

   ハルの応えに泰野は、壁掛け時計に目を向けた。

「今から最低でも2時間は掛かる、そこは念頭に入れておけ」

   泰野は、そう言いながら立ち上がると颯爽と部屋を後にした。
   稗田は、その背中を見送りながら小さな溜息を漏らすとそっと椅子に座った。

『すいません、稗田さん。こればかりは俺の見立てミスです』

    音が聞こえているのか、ハルから気遣いの言葉を聞き、稗田は苦笑いをこぼしてしまった。

「本当に君達は凄いな…」

   稗田の紛うことなき本音だった。

『色々ありましたから、俺らも』

   色々か…
   どんな事があったのか、この先にどうなるのか、聞いてみたい事は山程あるが今はその時では、無い。

   稗田は、一息つくと気持ちを建て直した。

「とりあえず、ヒロヤ達にも連絡入れておきます。装備一式も準備させておきますので家に向かってください」

『ありがとうございます。必ずしっかりとまとめてます』

   ハルはそう真っ直ぐな言葉で応えると電話は切れた。

   本当はしたくないだろうに、彼は稗田達の為に再び立ち向かっていく…
   稗田は、無力な自分に溜息をひとつ漏らすと両手で頬を叩き、家に電話をかける為に受話器を手にした。
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