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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199905《氷の刃》

交差点 3

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   竹田の家から白硝子高校までは徒歩で15分とも掛からないが暁と本郷、それと吉原と本郷班の副班長である坊主頭の強面の刑事、三笠は、一度志木署に戻り、備品管理課から公用車2台と人数分の無線機を借りてから白硝子高校付近へ向かった。

   集合場所は白硝子高校から300mほど離れた閑静な住宅街の公園だった。
   無線機を配り、警邏範囲を白硝子高校を中心に半径300m四方とした。

   2人1組の刑事達10班が散り散りに住宅街へ消え、暁と本郷は、公用車1台に乗り、白硝子高校正門前に公用車を駐車すると正門から出てくる生徒達を見張る事にした。

   もう1台の公用車には、大浦班の副班長の満永と三笠が乗り込み、白硝子高校の裏門を見張っていた。

   各班の配置に付いた時には時刻は16時に差し掛かろとしていた。

   暁と本郷は、公用車の無線機に耳を傾けながらまだ静かな正門を見つめながらタバコに火をつけた。

   事態が動いたのは、白硝子高校から最後の授業のチャイムがなった時だった。

   無線機が壊れたラジオの様に次々と不審者確保の知らせを伝えてきたのだ。
   白硝子高校の北側の住宅地から2組、東から3組、計5組の15名のアイスバーンキャッスルのメンバーが現行犯逮捕された。
   どれもが銃刀法違反や不法薬物所持などだった。

   しかし、どの無線にも岩倉の逮捕は一向に入ってくる気配はなかった。

「流石に勘づかれたか」

   時刻が16時半を迎えた時に本郷がポツリと呟いた。
   確か集合時間は学校前に4時、黒髪の青年は確かにそう言った。だからこそ暁と本郷は16時前から正門前で張っていたのだが、岩倉は勿論、他のメンバーの姿も現れる事はなかった。

   暁からしてもパシリにした手下から連絡一切無いのだから何かあったと勘づくだろうと予想はしていた、だから最初は青年達に連絡を入れさせて誘き寄せるという案も出たのだが、下手を打って死人が出るのだけは避けたかったのもあり、それを本郷に進言すると本郷もまた同じ様に考えていたらしく直ぐにそれを了承した。

   今回の目的はあくまで藤の保護と藤から岩倉との関係を聞こうというのが第一目標だったからだ。

   しかし、無線機からはそんな状態とは、真逆の報告がされている。
   もし、事前に勘づいているのなら何故こうも白硝子高校の周辺にアイスバーンキャッスルのメンバー達が配置されているのか、昨日の様にこちらに泡を食わせたいのであれば凶器もそうだが薬物を何故持たせているのか。

   どうも、状況が余りにもアンバランス過ぎたのだ。

   岩倉が勘づいたのが、16時を過ぎてからだと想定すればある程度は納得いくが…それでもメンバーが校門の前に一切あらわれないのは、やはりおかしい。

   本郷の呟きを最後に暫くの沈黙が車内を支配した。

「どう思う?」

   17時を告げるサイレンが鳴ってから暫くして助手席でマーキングされた地図と睨めっこしている本郷が呟いた。

「正直わかりません、でも…一つ嫌な予感はあります」

「なんだ?」

「こっちに内通者がいるかもしれません」

   暁が思い切って言うと本郷は溜息をひとつ漏らしながら天を仰いだ。

「やはりそう思うか…」

「って事は、本郷さんも?」

「昨日からずっと考えてた。言ったよな、昨日の作戦は4ヶ月も前から準備してたって」

「はい」

「細心の注意を払ってた、日付だって3日前に決めた、それを知る捜査員達も最小限に留めた。なのにバレてた…」

   本郷は疑いたくないのだろう。そんな気持ちを表すかのう様に顔を覆いながら盛大なため息を漏らした。

「その連絡の時に携帯は?」

   そんな暁の問いに本郷は苦笑いをしながら頷いた。

「便利だからな、それに外に漏れにくい」

「それがそうでもないんですよ」

   暁がそう言うと本郷の表情が険しいものになった。

「恐らく、本郷さんは自分の班か四課の誰かに内通者がいると考えたんでしょうけど、俺は違う人物達を思い浮かべてます」

  暁の含みのある物言いに本郷は一瞬呆気に取られた表情をしたかと思うと直ぐに訝しむ表情へと変化した。

「まさか…公安が?」

「正直、そう考えると色々と辻褄が会いそうなんで」

「だが、何の為に?岩倉との繋がりがないだろ?」

「埼玉県警の公安なら、無いですね」

   間髪入れない暁の応えに本郷の眉間に深い皺が刻まれていく。

「まさか、警視庁か?」

   その応えに暁はゆっくりと頷いた。

「だが、なんで警視庁の公安課が?そもそもお前がなんでそんな考えに至った?」

「俺も朝の病院まで何が何だがわからなかったですよ。でも、病院で林を見た時に、もしかしたらって考えてたんです」

   暁は、そう応えると林の一瞬見せた顔を思い出した。
   明らかにしくじった時に見せる苦悶の表情だった。
   基本的に公安の捜査員は周りの世界に溶け込む様に仕込まれる。表情は感情を出すことないポーカーフェイスを第一とされている。
   林もそんな公安捜査員の1人だ。だからこそ直ぐに持ち直して柔和な表情を浮かべて会釈でさえやってのけた。

   そして、もうひとつのピースが目の前の正門からゾロゾロと出てくる生徒達と同じ制服を着た女子高生。

   ここまで被ると全くの無関係だとは、暁にはどうしても思えなかった。

「もしお前の言う通りだったとして公安の目的は何だ?」

「わかりません、でも公安の本分は逮捕じゃありません」

   暁の応えに本郷の眉間にシワが寄った。

「なら、公安の本分ってなんだ?」

「情報収集と渉外です」

「つまり、その本分とそぐわない捜査だったり結果だったりすると」

「排除します」

   暁が静かにそう応えると本郷は険しい顔をして頭を振った。

「ふざけやがって…」

   本郷はそう言いながら公用車を降りると勢い良く正門へ向かい歩き出した。
   突然の本郷の行動に暁も慌てて公用車を降りその背中について行った。

「どこに向かう気ですか?」

「まだ藤の姿を見ていないし報告もない。なら学校に居る可能性があるんだろ?彼女を直ぐにでも保護する」

   本郷は振り返る事もその足を止める事無く応えると正門を通り校舎へと向かっていく、暁もまた少しどうするか悩んだが溜息を一つ付いてその背中を追う。

「ニャー」

   携帯電話でバイトの事を話している男子高生の横を通り過ぎた時だった。
   猫の鳴き声が聞こえて、反射的に振り返ってしまった。

   暁は別段、猫好きとかそういうのでは無いのだが、その鳴き声はどうしても暁の意識を向かせた。

   しかし、振り返っても男子高生がケラケラと笑いながら校門を後にする後ろ姿しかなく、笑いながら彼の背中は正門の向こう側へと消えていった。

   暁はそんな背中を見送りながら振り返り、怒り肩の本郷の背中を追った。
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