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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199905《氷の刃》

交差点

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   やはり出ない。
   暁は、本郷の背中を追いながら携帯電話のコール音に耳を傾けたがただ虚しくコール音が鳴るだけだった。

  病院を出てからこれで3度目、竹田の母親の携帯電話と自宅にかけたのだがなんの反応も返って来なかった。

「ダメか?」

   本郷は、閑静な住宅街にあるアパートの前で足を止めると振り返りながら聞いてきた。暁はゆっくりと首を振り応えると本郷は溜息を漏らしながら目の前のアパートを眺めた。

「札無し、鍵もなし、どうする?大家にかけるか?」

   本郷の問いに暁は、肩を竦めた。

「大家が協力的なら良いですけど、多分問題なる事は避けたいでしょうからね、拒否されるかもですよね」

「ってなると…」

   そう言いながら本郷はゆっくりと顎を擦りながらアパートの階段を登り始め、暁それに着いて行った。

   竹田の部屋は、203号室で4部屋ある内の奥から2番目の部屋だ。
   本郷は竹田の部屋の前に立つとチャイムを鳴らした。
   応答はない。
   次に本郷は1番奥の部屋に行くと再びチャイムを鳴らしたがそこも竹田の部屋同様応答は、なかった。

「やれるか?」

   本郷は第1関節を曲げた指を目の前に出すと暁は、ゆっくり頷いた。

「でも、本当に本郷さんも噛む気ですか?俺1人の方が」

「バカヤロ、こんなんが怖くて捜査なんかできるか、最悪色々誤魔化せばいいだろ」

   本郷はそう言いながらドアノブに向かい顎をしゃくり、暁は、胸ポケットからピッキング道具が入った皮の包みを取り出すと2本の金属の棒を取り出し鍵穴に差し込んだ。

   目をつぶり頭の中で鍵穴の中を描き、耳は微かな音も逃すこと無かった。

   数分が経過した頃にはガチャリと音がなり暁は、ゆっくりとドアを開けた。
   本郷を一瞥して軽く頷くと出来るだけ音を立てる事無く部屋へと滑り込む様に入っていく。

   1DKの部屋には、ゴミと生活の名残が散乱していた。
   綺麗とは、程遠いがそれでもテーブルの上などは、整理されていた。

   竹田の母親が掃除でもしたのだろう、部屋全体が何処かアンバランスな感じがした。

   暁は、そのままダイニングキッチンを抜けて寝室に向かうとフローリングの床にベッドと机とシンプルな部屋だった。
   壁には、本棚が申し訳ない程度に置かれ、クローゼットもあった。
   乱雑にものが散乱しているテーブルに綺麗に整理された衣類。

「母親が整理したんだろうな」

「でしょうね」

   部屋を見渡しながら呟いた本郷の言葉に暁も同意しながら部屋を見渡しながらゆっくりとクローゼットを開けた。

   やはり、アンバランスだ。
   整理された部分と乱雑な部分に分かれている。
   ふと、暁は整理した箇所に妙に膨らんでいる部分があるのに気づいた。

   畳まれ積み上げられた服と服の間に何か埋め込まれている。
   白手をすると暁は、ゆっくりとそこに手を差し入れた。
   指先に当たったのはビニール袋の様な感触と硬い何かの感触だった。
   暁は、それを掴むとゆっくりと引っ張り出しそっと床に置いた。 

「こりゃ、なんだ?」

   暁の異変に気づいたのか本郷がそっと上から覗き込んできた。
   コンビニのロゴマークが入った白いビニール袋が乱暴に筒状の何かを包んでいる。
    暁は、ゆっくりとビニール袋を解き、中身を取り出すと新聞紙に包まれたグリップだけの短い黒い鉄の棒が姿を現した。

「3段ロッドの警棒か」

   本郷がそう言うと暁は、頷きながらグリップのシャフトの方を指さした。

「見てください、血痕です」

   暁のその一言に本郷は体を屈めるとグリップをしっかりと確認し、暁を一瞥するとゆっくりと屈めた体を戻した。

「お前さん、どこまでやる気ある?」

   部屋を見渡しながら本郷が呟いた。
   暁は、その言葉か何を示しているのか直ぐに理解し、暁もまた部屋を見渡した。

「ここまで仕向けたの俺ですよ?最後まで付き合いますよ」

   暁の応えに本郷は、ゆっくりと首を傾けた。

「窃盗に入るとしたらこの条件はどうだ?」

「ちょっと難しいかもです、それなら何らかのボヤ騒ぎの方が説得力あるかも」

「ボヤかぁ…日当たり的に難しくないか?」

   本郷はそう言いながらサッシから外の風景を眺め、首を横に振った。

「放火となるとその後の捜査に捜一もでばってくる可能性を考慮するとバレる可能性もあるからなぁ~」

   本郷はそう言いながら思案を始め、暁もまたどうするか部屋を見渡した。

   カツン、カツン。
   外の廊下を歩く2つの足音が聞こえ、暁と本郷は、お互いを見合うと息を潜め玄関に寄っていった。

   足音は、部屋の前で止まると話し声が微かに聞こえてきた。

「本当にやるのかよ?」

「仕方ねぇだろ、ヘッドの命令だし…」

「でも、鍵もねぇんだろ?」

「大丈夫だよ!とりあえず見張ってろ!」

   声の感じからして若い男だ、下手すれば10代だろうか。
   男達がそう言うとガチャガチャと鍵穴を弄る音が聞こえ、暁と本郷はお互いを見合うと頷き合い、玄関から自分達の靴を回収するとそのままサッシのドアを開けてベランダから外へ出た。

   幸いベランダから見える通りに人影はなく、1階の部屋も空き部屋だった為に誰にも悟られる事無く部屋を出ることに成功した。

「渡りに船だな」

   無事に通りに出ると本郷がアパートを見ながらタバコを咥えて言った。

   暁からしても自分のピッキングの跡も誤魔化せるので正直本当に渡りに船なのだが、腑に落ちない事もあった。

「それにしてもなんで今のタイミングなんですかね?」

   暁がそう言うと本郷は肩を竦めた。

「それは後で捕まえて聞けばいいさ、それより応援も呼んでおけよ。さぁてアイツらは何分であの部屋に入れるかな~頼むから早めにしてくれよ~」

   本郷は紫煙を勢い良く吐きながら言った。
   暁は、その言葉に何も返す事無く携帯電話を取り出すと満永へ電話をかけた。

   満永達や本郷班の合流は早くても30分後だと言われたが暁の予想からすると充分余裕があるっと思っていた。

   下手したら1時間はこの場で待つ事になるのではないか?
   そう予想をしていたからだ。

   そして、暁の予想は見事に的中した。
   男達が部屋に入ったのは、それから1時間と少し後で、その時には暁の班員も本郷の班員も揃い配置確認すらも終わっていた。

「やっこさん漸く入りました」

   オールバックの強面の本郷班の刑事、村瀬が両手を腰に当てながら力強く言い、それが合図だったかの様に全員が先程打ち合わせをした持ち場へと散っていった。

   両班合わせて12名の刑事達がアパートを囲む。
   2人1組で1ポジョンにつく、組み合わせは捜査の時と同じ相方にしてある。
   つまり、暁の相方は変わらず本郷で2人は、侵入者に声を掛ける役目を担っていた。

「どっちで行く?後、先?」

   階段下のポジョンに着くと本郷が上を覗き見ながら聞いて来た。

「20分待ちましょ、それで出てこないなら先で」

   暁がそう言うと本郷は軽く頷きながら人差し指を立ててくるりと回した。

   警戒しろ。
   その合図を噛み締めた刑事達の緊張感がアパートを包んだ。

   何度味わってもこの時間に対する慣れない。
   高揚に近い感覚と1歩間違えれば死ぬかもしれないという恐怖。
   熱さと冷たさが入り交じる感覚。
   目は、別の方向を見ながらも他の感覚は全て1点に集中している。

   そして、その時は悠久の様に長く、瞬く様に早くも感じる時もある。

   物音がしたのは、2本目のタバコを吸い終え、時間になり暁達が忍び足で階段を上がりきった時だった。

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