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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199905《氷の刃》

断片の重み

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   あの人には、通じただろうか?
   香樹実は、少し不安になりながら病院の廊下を林に連れられて歩いていた。

   短い髪のタレ目の人。
   先程、病院の出入口であった男の顔が妙に焼き付いていた。

   林は知り合いなのだろう。 
   一瞬、何か気に食わない表情を見せたが直ぐに取り繕うと柔和な笑顔で会釈をしていた。
   香樹実もそれに習う様に会釈をすると唐突に鋭い頭痛と断片的な映像が頭の中を駆け抜けた。

   夜の廊下、嫌な笑顔を浮かべ男、そしてその手にある白いナイフ…そして…


   香樹実には、それが何か嫌という程にわかっていた。
   だから、つい口走ってしまったのだ。
   何にも変わらないと思っていたが意外にも男は、香樹実の言葉をオウム返しにしているのが見えたのだ。

   伝わったのか?
   正直わからないがもし伝わるなら最悪な結末は、変えられるかもしれない…

   だけどもし伝わってなかったら…
   そう考える香樹実の脳裏に嫌な光景が過ぎり首を横に振った。

「ここでお待ちください、手続きをしてきますので」

   思考の世界を廻る香樹実を現実世界に戻したのは、淡々とした林の一言だった。
   その声に慌てて香樹実は、頷くと素知らぬ態度で周りに目を向けた。
   受付カウンターに待合室のベンチが並んでいるが他の科と違い、そこには待っている人は誰も居なかった。

   香樹実は、ベンチに座り周りに目を配るがとても静かで出入り口の人混みが嘘の様に思えた。

「お待たせしました、こちらだそうです」

   受付を終えた、林が戻ってくるとカウンターを越え、廊下の右側にある部屋へと通された。

   部屋に入ると伽藍とした空間と小さな窓、そして出入り口のとは、違うドアがあった。

   小さな独房の様なその部屋で待つこと数分、香樹実が入ってきたのとは、違うドアが空くとそこからベッドを運んでくる2人の看護師と1人の白衣を着た女性が入ってきた。

   小柄な女性、長い髪を後ろでお団子状態にしている。
   可愛らしい印象と違い、其の目の奥は何処か覚めている。

「初めまして、竹田さんの担当している、貫井です」

   そう言うと小柄な女医である貫井が丁寧な挨拶をしてきたので林と香樹実もまたゆっくりと頭を下げた。

「故人との別れの場なので我々はこの後は出ていきますが先になにか聞いておきたい事とかありますか?」

   貫井からそう言われ香樹実は、どうしようか迷い林を見たが林もまた無言で香樹実を見るだけで何も言おうとしなかった。

「彼はなぜ亡くなったのでしょ?私の知る限り健康体だった筈なのですが?」

「死因は心臓発作だと思われます。解剖してみないとちゃんとした事は、わかりませんが、遺族の方が解剖を拒否されたのでそれ以上は何とも言えないですね」

   貫井は、サッパリと応え、林はそれに頷くだけだった。

「そうですか…ありがとうございます。あとないです」

「それでは、終わったら声を掛けてください」

   香樹実の応えに貫井は頭を下げながらそう言うと看護師を連れて部屋を出ていった。

   貫井達が出ていくのを確認すると林は香樹実に近づく様に促す為か中央に置かれたベッドから一歩下がった。
   憂鬱な気分を抑えながら香樹実は、近づくと横たわる男の額に指を触れた。

   大きな塊が電撃の様に走り、香樹実の頭を駆け抜ける。

   それと同時に見える断片的な映像。
   あぁそういう事か…
   電撃が走る度に香樹実の中あった何故が紐解かれていく。

   隠し撮りされた女子高生の写真。
   青いジャージを羽織った金髪の男。
   渡された警棒。
   夕焼けの住宅街。
   そして、真夜中の遊歩道。

   それぞれが全く関係の無い映像なのにひとつの事実を浮き彫りにさせた。

   時間にして数十秒だっただろう。
   香樹実は、指を離すとその場に膝を落とした。

「大丈夫ですか?」

   空かさず林が香樹実の肩を支えた。

「大丈夫です。それより見つけました、恐らく接続者です」

   香樹実がそう言うと林の顔が強ばり固まった。

「彼と繋がっています。彼を調べれば誰かわかると思います」

   香樹実がそう告げると林は頷き、香樹実を部屋の隅あったパイプ椅子に座らせた。

「それで接続者の容姿などの情報はありますか?」

「金髪の男性で恐らく10代後半から20代前半の若い人です。彼より年下ですけど立場彼より全然上だと思います」

   林は香樹実の言葉に頷くだけだった。
   メモを取る素振りも見せることなくその言葉に耳を傾けている。

「それと、さっき出入り口で挨拶した方は、刑事さんですか?」

   その問いに林の眉間に微かに皺がよった。

「何故彼を?」

「恐らく、彼もこれから関わります。遅くても明日迄には、何が起きる可能性があります」

   香樹実のその言葉に林の眉間により深い皺が刻まれた。

「とりあえず、上に報告をします。対処はそれからになります」

   悠長な…
   香樹実は、そう言いたかったがそれよりも頭の中に残る鈍痛がキツく、ため息を吐くだけで返すのを諦めた。

   それ以上は香樹実に言えることは、無く。
   林が貫井達を呼び終わりを告げる間、香樹実は待合室のベンチに項垂れる様に座っていた。

「大丈夫?気分が悪いなら少しベッドで横になる?」

   林が帰ってくる間に貫井がそっと現れて聞いてきたが香樹実は、すぐに良くなるからと言って笑顔で返し、戻ってきた林と共に病院を後にした。

   病院を出ると、林はタクシーを捕まえると香樹実に1万円を渡してきた。

「交通費にお使いください、経費ですので請求も天引きもありませんからご安心を」

   香樹実は、それを受け取り、林に対して会釈をするとタクシーに乗り込んだ。

   先程よりも軽くなったがまだ頭が重い。
   正直、このまま自宅に帰ろうかと思ったが何か引っ掛かる感覚もあったのでそのまま学校に向かう事にした。

   現在の時刻は11時半、今からいっても午後の授業しか受けれないだろうがそれでも行かないよりましだろうと思い、運転手に白硝子高校に向かってもらう様にお願いした。

   車で走る事15分程度で見慣れた校舎が見えた。
   香樹実は、校門より少し離れた所で降ろしてもらい歩いて校門まで向かうと丁度4限目を終えるチャイムが聞こえてきた。

   昇降口に入ると学食へ向かう生徒達で廊下に人集りが出来ていた。
   そんな人集りを縫う様に抜けながら職員室に向かうと副担任の為永と担任の大橋(おおはし)に来たことを告げて教室に向かった。

   教室に入ると直ぐに和之がその姿を見つけて立ち上がったが香樹実は、その姿を視野に入れるや否や首を横に振った。

   近づくな。

   暗にそう伝えると伝わったのか和之は、直ぐに席に座った。
   ただでさえ、軽い鈍痛が続いているのに今声を掛けられたら苦痛でしか無いし、より気分も悪くなりそうだった。

「顔白いぞ?大丈夫か?」

   香樹実が席に座り、一息つくと隣の席でパンを食べ終わった男子の才田が心配そうな顔で声をかけてきた。

「大丈夫だと…思う。まだ軽い頭痛があるんだよね」

   香樹実は、愛想で返事を返すと、才田は軽く香樹実の肩を払ってきた。

   唐突の行動に香樹実が怪訝な表情をすると才田は、両手を上げた。

「いや、肩に埃ついてたからつい」

「あぁ…ありがとう」

   そういって香樹実は、軽く才田に向かい会釈をすると先程までの鈍痛が消えているのに気づいた。

「あれ?」

   その不思議な感覚に香樹実は、思わず口にすると才田が「どうした?」と言う様に首を横に傾けた。

「いや、頭痛が消えたかも」

「なんじゃそりゃ?」

   それは、こっちが聞きたい。
   香樹実は、そう言いそうになったが言ったところで何もならないと思い肩を竦めるだけにした。
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