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【PW】AD199905《氷の刃》
凍てつく心臓
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冷たいな。
暁は、タイル張りの部屋を見渡しながら相変わらず慣れないこの雰囲気にただでさえ気怠いのに憂鬱も追加された様で体のどこがズッシリと重くなった。
部屋の中央では、梨花が銀のタイルの上に横たわる遺体を慣れた手つきで淡々と検死している。
フト、暁の脳裏にその手を握りながら過ごした昨日夜が過ぎった。
あそこまでは、良かった。
事態が急変したのは、終わって眠りについて暫くした深夜4時だった。
ひと時を過ごし前日からの疲れも相まって泥の様に寝ているとテーブルに置いた2台の携帯電話がけたたましい振動でテーブルを叩き出した。
その音で眠ってられる程に暁もそして梨花もノンビリした生活は、送れてはいない。
慌てて起き上がるとお互いの携帯を取り違えない様にそれぞれに光る画面を見ながら出ると遺体が発見される事案が発生したとの報せだった。
梨花には、司法解剖の依頼が、暁には、県警の刑事のパートナーへ指名されたので臨場しろとの連絡だった。
暁は、心の中でもう少し寝かせてくれっと思いながら梨花の表情を見ると全く同じ応えに至っているだと察した。
暁は、部屋の施錠等を梨花に頼み先に出ると自宅マンションの下に公用車が止まっていた。
最初は、気づかず暁が横を通り過ぎそうになるとクラクションを1つ鳴らさられた。
慌てて振り返ると暁に連絡をした当直の高野班の人間が運転席の窓から顔を出した。
「迎えに来ました、乗ってください」
暁は、軽く頷きながら助手席に滑り込んだ。
「迎えとは、手厚いことで。君は高野さんの…」
「福原(ふくはら)です」
福原は、そう言いながら暁に向かい会釈をすると暁がシートベルトを閉めたのを確認して公用車を発進させた。
「それで、現場は?」
「白硝子町です」
「死体が見つかったの?」
「はい」
「事件性あり?」
暁のその問いに福原は黙り、首を横に傾けた。
「被害者の身元は、わかってるの?」
「はい…」
明らかに福原は、どこかばつ悪そうな感じての返答になってきた。
「それで身元は?」
「県警捜査四課、本郷班の柿原 康二(かきはら こうじ)巡査部長です」
「身内かよ…それも四課って…まさか第一発見者は?」
「県警四課係長、本郷警部です」
福原のその応えに暁の頭の中で何かが繋がった。
「死因は?」
暁がそう聞くと福原の表情がより一層曇っていく。
「今の所、心臓発作です」
「外傷や注射痕は?」
「今のところの鑑識の見立てでは、ありません」
「つまり、他殺か自然死かわからないってことか」
暁がそう言うと福原は、ゆっくりと頷いた。
これで自分が何故そして誰が名指しで呼び出されたのか暁は、理解出来た。
現場は、閑静な住宅街の一角の公園だった。
滑り台に砂場、ありふれた遊具の並ぶ端の茂みにブルーシートが張り巡らされ人集りと出入りする警察官達がいた。
暁は、車を降りるとブルーシートの前で仁王立ちする本郷の背中を見つけた。
「すまんな、こんな時間に呼び出して」
挨拶しようと本郷に近づくと振り向くこと無く言われ、暁はその背中に小さく会釈をした。
「いえ、この度は、ご愁傷さまです」
「事件の概要は?」
「亡くなったのが本郷さんの部下という事と心臓発作という以外は、何も」
暁がそう言うと本郷は肩を落とすあからさまな溜息を漏らしゆっくりと振り返った。
「それ以外何もわかってねぇんだよ。ひとつ付け加えるならアイツが売人を尾行していたって事だけだ」
「あれから、取り締まりは?」
「してない、お前の言う通り余りにもきな臭いんでな、見逃した。そしたら何が起きたと思う?」
本郷は口元を歪めながら肩を竦めると胸ポケットからタバコを取り出した。
「本丸が堂々とあの公園に現れやがったよ」
「本丸って誰だったんです?」
暁がそう聞くと本郷は、苦々しい表情しながら手帳を取り出すと1枚の写真を取り出し見せてきた。
金髪の一つ結びの青いジャージを着た男が映っていた。
アングルから察するに隠し撮りされたのだろうか、年齢は10代後半から20代前半ぐらいだろうか。
「ガキですね、こいつは?」
「志木から板橋区までのカラーギャング《アイスバーンキャッスル》のリーダー岩倉 但(いわくら ただし)、17歳、無職。刻生会(こくせいかい)とつるんで薬の売買を受け持ってるヤツだ」
「17のガキがリーダーで元締めなんすか!?」
余りの情報に暁が驚くと本郷もまた「だよな」っと言わんばかりに肩を苦笑いをしながら紫煙を吐いた。
「人手不足かそれともそのガキが余りにも優秀な存在なのか知らんが、今では天下の刻生会がそのガキの力を頼りにシノギを稼いでる」
本郷の言葉に暁は驚きから何も言えなかった。
刻生会、関西を拠点に置く日本の二大暴力団組織の一角だ。幾ら支部とは言え、そんな組織のシノギをまだ17歳の子供が支えている事実は余りにも衝撃的のだ。
本郷は写真をしまうとゆっくりと紫煙を空に吐いた。
「康二は、コイツを公園から尾行していた。刻生会の誰かと接触すると踏んでの俺の命令でな」
「1人でですか?相方?」
尾行は、最低でも2人で行う、本来は人数が多ければ多い方がいいが、刑事もそう多くないしその状況によって変わってしまう。
だが2人1組で動くのは刑事の鉄則でもあった。
「俺だが、取り締まりを止めたことで状況説明が必要だってんでな、1人で行かせた」
「1人で、ほかの班員達は?」
「それぞれの売人の尾行に行かせた」
本郷はそう言うと頭を振った。
本郷自身それが痛いミスだと思っているのが痛い程に暁は、理解出来た。
「後で合流するつもりだったんですよね、彼と最後に連絡とったのは、何時ですか?」
「深夜の1時だ、着歴にある」
「彼の様子は?」
「別段何も、尾行は恐ろしく順調だったらしい」
尾行が順調だったっというのは、逆に変だ。
特に相手の動きがわかってないと状況によって二転三転するし、撒かれる事なんてザラだ。
オマケに深夜帯となれば人通りは疎らになり嫌でも目立ってしまう。それもこんな閑静な住宅街なら尚更だ。
もしこれが殺しなのなら順調な尾行は、罠だった可能性が高い。
犯人が岩倉なら、自分は捕まる心配もないという自信から今回の犯行に及んだ、だとするならその自信を崩して行かなければ彼はきっと浮かばれないだろう。
「死亡時刻は?」
「恐らく深夜1時半、俺が発見した3時半には、死後硬直が始まってたんでな」
死後硬直は、気温差にもよるが死後2時間から起こるとされている。
そして、最後の連絡の時間が通話記録でわかっている事を踏まえた結果だ。
つまり、最後に通話してから数十分後には殺されていた事になる。
「帳場建つと思うか?」
唐突な本郷の質問に暁は、小さく首を傾ける事しか出来なかった。
帳場、殺人事件などが起きた際に出来る捜査本部の事だが今回の事を殺人事件と刑事部が認めるかどうかだが、暁の経験上、これを殺人事件と上が認めるかどうかだ。
「正直わかりません、でもこのままだと、難しいとは、思います」
暁がそう言うと本郷は、表情を歪めながら再びブルーシートの方へ視線を向けた。
「このまま終わらせてたまるかよ…」
一瞬赤色灯に照らされる、本郷のその表情はまるで鬼の様で暁の背筋に寒気が走った。
暫くすると鑑識が終わり、遺体はシートに包まれ外へ運び出されて行った。
本郷が鑑識に聞くと遺体はこのまま司法解剖へ回すとの事らしい。
しかし、まだ時刻が早朝5時を過ぎたぐらいなので解剖が始まるのは、どんなに早くても8時を過ぎると言われた。
この時間を無駄にしたくないのだろう、本郷はドカドカと歩くと現場へ入り、現場をざっと眺めた。
暁もまたその背中に追う様に現場を覗き込んだ。
やはり争った痕跡は何も無かった。
彼は茂みに倒れいたのだろう、人型に削れているのが見えた。
暁は、タイル張りの部屋を見渡しながら相変わらず慣れないこの雰囲気にただでさえ気怠いのに憂鬱も追加された様で体のどこがズッシリと重くなった。
部屋の中央では、梨花が銀のタイルの上に横たわる遺体を慣れた手つきで淡々と検死している。
フト、暁の脳裏にその手を握りながら過ごした昨日夜が過ぎった。
あそこまでは、良かった。
事態が急変したのは、終わって眠りについて暫くした深夜4時だった。
ひと時を過ごし前日からの疲れも相まって泥の様に寝ているとテーブルに置いた2台の携帯電話がけたたましい振動でテーブルを叩き出した。
その音で眠ってられる程に暁もそして梨花もノンビリした生活は、送れてはいない。
慌てて起き上がるとお互いの携帯を取り違えない様にそれぞれに光る画面を見ながら出ると遺体が発見される事案が発生したとの報せだった。
梨花には、司法解剖の依頼が、暁には、県警の刑事のパートナーへ指名されたので臨場しろとの連絡だった。
暁は、心の中でもう少し寝かせてくれっと思いながら梨花の表情を見ると全く同じ応えに至っているだと察した。
暁は、部屋の施錠等を梨花に頼み先に出ると自宅マンションの下に公用車が止まっていた。
最初は、気づかず暁が横を通り過ぎそうになるとクラクションを1つ鳴らさられた。
慌てて振り返ると暁に連絡をした当直の高野班の人間が運転席の窓から顔を出した。
「迎えに来ました、乗ってください」
暁は、軽く頷きながら助手席に滑り込んだ。
「迎えとは、手厚いことで。君は高野さんの…」
「福原(ふくはら)です」
福原は、そう言いながら暁に向かい会釈をすると暁がシートベルトを閉めたのを確認して公用車を発進させた。
「それで、現場は?」
「白硝子町です」
「死体が見つかったの?」
「はい」
「事件性あり?」
暁のその問いに福原は黙り、首を横に傾けた。
「被害者の身元は、わかってるの?」
「はい…」
明らかに福原は、どこかばつ悪そうな感じての返答になってきた。
「それで身元は?」
「県警捜査四課、本郷班の柿原 康二(かきはら こうじ)巡査部長です」
「身内かよ…それも四課って…まさか第一発見者は?」
「県警四課係長、本郷警部です」
福原のその応えに暁の頭の中で何かが繋がった。
「死因は?」
暁がそう聞くと福原の表情がより一層曇っていく。
「今の所、心臓発作です」
「外傷や注射痕は?」
「今のところの鑑識の見立てでは、ありません」
「つまり、他殺か自然死かわからないってことか」
暁がそう言うと福原は、ゆっくりと頷いた。
これで自分が何故そして誰が名指しで呼び出されたのか暁は、理解出来た。
現場は、閑静な住宅街の一角の公園だった。
滑り台に砂場、ありふれた遊具の並ぶ端の茂みにブルーシートが張り巡らされ人集りと出入りする警察官達がいた。
暁は、車を降りるとブルーシートの前で仁王立ちする本郷の背中を見つけた。
「すまんな、こんな時間に呼び出して」
挨拶しようと本郷に近づくと振り向くこと無く言われ、暁はその背中に小さく会釈をした。
「いえ、この度は、ご愁傷さまです」
「事件の概要は?」
「亡くなったのが本郷さんの部下という事と心臓発作という以外は、何も」
暁がそう言うと本郷は肩を落とすあからさまな溜息を漏らしゆっくりと振り返った。
「それ以外何もわかってねぇんだよ。ひとつ付け加えるならアイツが売人を尾行していたって事だけだ」
「あれから、取り締まりは?」
「してない、お前の言う通り余りにもきな臭いんでな、見逃した。そしたら何が起きたと思う?」
本郷は口元を歪めながら肩を竦めると胸ポケットからタバコを取り出した。
「本丸が堂々とあの公園に現れやがったよ」
「本丸って誰だったんです?」
暁がそう聞くと本郷は、苦々しい表情しながら手帳を取り出すと1枚の写真を取り出し見せてきた。
金髪の一つ結びの青いジャージを着た男が映っていた。
アングルから察するに隠し撮りされたのだろうか、年齢は10代後半から20代前半ぐらいだろうか。
「ガキですね、こいつは?」
「志木から板橋区までのカラーギャング《アイスバーンキャッスル》のリーダー岩倉 但(いわくら ただし)、17歳、無職。刻生会(こくせいかい)とつるんで薬の売買を受け持ってるヤツだ」
「17のガキがリーダーで元締めなんすか!?」
余りの情報に暁が驚くと本郷もまた「だよな」っと言わんばかりに肩を苦笑いをしながら紫煙を吐いた。
「人手不足かそれともそのガキが余りにも優秀な存在なのか知らんが、今では天下の刻生会がそのガキの力を頼りにシノギを稼いでる」
本郷の言葉に暁は驚きから何も言えなかった。
刻生会、関西を拠点に置く日本の二大暴力団組織の一角だ。幾ら支部とは言え、そんな組織のシノギをまだ17歳の子供が支えている事実は余りにも衝撃的のだ。
本郷は写真をしまうとゆっくりと紫煙を空に吐いた。
「康二は、コイツを公園から尾行していた。刻生会の誰かと接触すると踏んでの俺の命令でな」
「1人でですか?相方?」
尾行は、最低でも2人で行う、本来は人数が多ければ多い方がいいが、刑事もそう多くないしその状況によって変わってしまう。
だが2人1組で動くのは刑事の鉄則でもあった。
「俺だが、取り締まりを止めたことで状況説明が必要だってんでな、1人で行かせた」
「1人で、ほかの班員達は?」
「それぞれの売人の尾行に行かせた」
本郷はそう言うと頭を振った。
本郷自身それが痛いミスだと思っているのが痛い程に暁は、理解出来た。
「後で合流するつもりだったんですよね、彼と最後に連絡とったのは、何時ですか?」
「深夜の1時だ、着歴にある」
「彼の様子は?」
「別段何も、尾行は恐ろしく順調だったらしい」
尾行が順調だったっというのは、逆に変だ。
特に相手の動きがわかってないと状況によって二転三転するし、撒かれる事なんてザラだ。
オマケに深夜帯となれば人通りは疎らになり嫌でも目立ってしまう。それもこんな閑静な住宅街なら尚更だ。
もしこれが殺しなのなら順調な尾行は、罠だった可能性が高い。
犯人が岩倉なら、自分は捕まる心配もないという自信から今回の犯行に及んだ、だとするならその自信を崩して行かなければ彼はきっと浮かばれないだろう。
「死亡時刻は?」
「恐らく深夜1時半、俺が発見した3時半には、死後硬直が始まってたんでな」
死後硬直は、気温差にもよるが死後2時間から起こるとされている。
そして、最後の連絡の時間が通話記録でわかっている事を踏まえた結果だ。
つまり、最後に通話してから数十分後には殺されていた事になる。
「帳場建つと思うか?」
唐突な本郷の質問に暁は、小さく首を傾ける事しか出来なかった。
帳場、殺人事件などが起きた際に出来る捜査本部の事だが今回の事を殺人事件と刑事部が認めるかどうかだが、暁の経験上、これを殺人事件と上が認めるかどうかだ。
「正直わかりません、でもこのままだと、難しいとは、思います」
暁がそう言うと本郷は、表情を歪めながら再びブルーシートの方へ視線を向けた。
「このまま終わらせてたまるかよ…」
一瞬赤色灯に照らされる、本郷のその表情はまるで鬼の様で暁の背筋に寒気が走った。
暫くすると鑑識が終わり、遺体はシートに包まれ外へ運び出されて行った。
本郷が鑑識に聞くと遺体はこのまま司法解剖へ回すとの事らしい。
しかし、まだ時刻が早朝5時を過ぎたぐらいなので解剖が始まるのは、どんなに早くても8時を過ぎると言われた。
この時間を無駄にしたくないのだろう、本郷はドカドカと歩くと現場へ入り、現場をざっと眺めた。
暁もまたその背中に追う様に現場を覗き込んだ。
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