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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199905《氷の刃》

不審死

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   これで5件目か…

   大浦 暁おおうら あきらは、検死台に横たわる遺体を見ながらため息を漏らした。

   通報があったのは、夜中の2時。
   5月にはいって10日余りしか過ぎて無いのに2体目の遺体が見つかった。

   事件性は、なさそうな不審死。

   しかし、どちらもが外傷、薬物などの反応の無い自然死の遺体だ。

   共通があるとするなら胸部の真ん中を抑えながら蹲るように亡くなっていたという事だけだ。
   多分この案件も事件性無しと判断されるのだろう。

   暁は、そう思いながら横たわる男の顔を静かに見つめた。

    竹田 慎一たけだ しんいち26歳。

    中小企業の広告代理店勤務。
    昨日も21時まで会社に居て、それから帰宅。
    自宅まで300mという地点の遊歩道の真ん中で倒れている所を新聞配達に見つかった。

「そんなに見つめても何も出てこないよ~」

   間の抜けた甘ったるい女性の声が聞こえると暁は、溜息を漏らしながら天を仰いだ。

「お前は、これをどう見る?」

   暁がそう問うと甘ったるい声の女性、貫井 梨花ぬくい りかは、立っていた出入口からゆっくりと検死台に横たわる遺体を見つめた。

「さぁね、解剖してみないとだけど、血液検査も死斑とか見ても、事件性無しだからね~」

   小柄な体格の梨花が暁を見つめると自然と上目遣いになるが、それを見慣れてる暁は平然としたまま踵を返し、出入口に向かった。

「もういいの?」

「あぁ、しまってくれ。お前の言う通り、見つめてても何の応えも出ないからな」

   暁は、そう言いながら検死室を後にすると梨花は、近くにいた看護師を呼び、遺体をしまう様に頼むと暁の後を着いてくる。

「変だよね」

「変だと思わないなら、警察も解剖医もやめた方がいい」

   梨花の何気ない言葉に暁は、苦々しい表情をしながら呟き返した。

   埼玉県立 彩南大病院さいなんだいびょういん

   埼玉県志木市に置かれたその大学病院に暁が着いたのは、つい先程の9時を回った時だった。
   朝方の5時に携帯電話が鳴り、その音で目を覚ました。

「はい、大浦」

   暁は、部屋のデジタル時計で時間だけを確認すると着信相手を見ることなく電話に出た。

『おう、浦、寝てるところわりぃな』

   ドスの効いた声が耳に届くと暑苦しく下駄の様な輪郭の顔が頭をよぎった。

「なんすかこんな朝早く、キンパイでもするんすか?」

   暁がそう返すと電話の向こう側から豪快な笑い声が聞こえ、暁はその声にどうしようもない苛立ちを覚えた。

   埼玉県警志木署、捜査課班長、北条 光ほうじょう ひかるは、暁より2つ3つ年上の先輩だ。

   役職的には、同じ立場だが経歴年数で言えば向こうの方が先輩だから自然と敬語になる。
   警察特有で言うならば階級は暁の方が上だがそこは、年功序列に従い下手な事は、言うつもりはない。

   言うつもりがないからこそ、暁は聞かれない様にため息を漏らしながらタバコに火をつけた。

『いやぁ~朝からキンパイとは、言うね~浦』

   キンパイ、緊急配備の省略した呼び方だ。
   その名の通り、重大事件起きた時にその容疑者を確保する為に敷かれる検問とかを差す呼び方だが

   正直、暁には何が面白いのかよく分からなかったが北条のご機嫌をそこねなかったのは、いい事だと思いながら天井を眺めた。

「それで、要件は何です?まだ寝てたいんですけど?」

『お前が追ってる奴と同じ仏さん、また出たぞ』

   北条のその言葉に暁の眠気が飛んだ。

「いつ、どこで?」

『さっき、夜中の2時ぐらい、川岸町の遊歩道だ』

「ガイシャの名前は?」

   暁は、慌ててペンを取るとテーブルに放置していたレシートの裏にメモを取り出した。

『ガイシャは、市内に住む竹田慎一、20代男性。死因は心臓発作という名の心不全、それ以外の外傷なし、周囲に争った形跡もなし、薬物等の反応もなかったが一応、お前さんのお気にのお嬢ちゃんが居る病院へ搬送されてる、あとはその嬢ちゃんに聞きな』

   それだけ言い切ると電話は、ガチャりと切られた。

   暁は、その後に梨花に電話を掛けるか迷ったが時間が時間なのもあり、彼女にかけたのは、家を出る直前の7時半だった。

   梨花は、宿直だったらしく直ぐにガイシャの状況を教えてくれた。

   簡易的ながらも血液検査を済ませたが薬物の反応無し、警察からの事件性もない可能性が高いとの判断から司法解剖は、恐らく出来ないだろうと事を聞かされた。

   暁は、直ぐにそっちに向かうと告げ家を出ると近くのバス停から彩南医大病院行きのバスへ滑り込む様に乗ってきて、今に至る。

「それで、何時ぐらいにご遺族は、来る?」

   暁は、解剖医の医局に向かうと中央に置かれた客用のソファーに遠慮なく座り、それを分かりきっていた梨花は、そっとコーヒーが入ったカップを目の前のテーブルに置いた。

「栃木から向かってくるから、10時頃になるだろうって言ってたかな、説明に警察は立ち会うの?」

   梨花の問いに暁は生返事をしながら胸ポケットから煙草を取り出し咥えるとそれをスっと梨花が取上げた。

「今年4月から院内全面禁煙になりました。前にも言ったでしょ、吸うなら外の喫煙所、んで立ち会いは、暁?」

「そうだよ、ったく、世知辛い世の中になりましたなぁ~、んで喫煙所どこ?」

   暁がそう聞くと、梨花は、ベランダに出るドアを指差し、渋々立ち上がると暁は取り上げられた煙草を取り戻しながらベランダに出て煙草に火をつけた。

「まだ、伊澄いすみさんの事件追ってるんだね」

   紫煙を吐きながら初夏に差し掛かる空を眺めているとドアにもたれ掛かりながら梨花が聞いてきた。

   その問いに暁は、肩を竦めた。

「あれを事件性無しで納得したら、俺は警察に向いてない」

   雨に晒されながら真っ直ぐに憎しみの目向けるあの表情を思い出した。

   苦しいのだろう、胸元をしっかりと掴みながらも歯を食いしばりながらも光が消えるその瞬間まで目の前にいる犯人を憎みながら睨みつけて死んでいった女性。

   警察官になり8年、まだ青二才と言われてもおかしくないだろうが同期よりも多くの経験を培ってきた自負は、ある。

   それでも、暁はあそこまで意志を諦める事も捨てることも無く、亡くなっていった遺体を見た事はなかった。

   生前の彼女を知っていたから尚更それが印象的に感じたのかもしれないがそうであってもあんな遺体を見る事は、無いだろうっと思っていた。

   しかし、暁を失望させたのは、そんな彼女の死が事件性無しと判断され彼女の憎しみは、報われる事も日を見ることも無くそっと闇に葬られた。

   暁も当時の上司に何度も掛け合ったが、外傷なし、薬物反応なしの心臓麻痺。加えて争った痕跡も  無い、上層部からすれば事件を追うにも何らかの証拠、証明が出来なければ追うことが出来ず、そのまま彼女の死は、事件性無しの病死と判断せざる終えなかった。

「今回も多分解剖は、拒否されるんだろうなぁ~」

   梨花が緩い声を上げながら暁の煙草を取り上げると一口だけ吸い、煙を吐きながらそれを暁の口元へ返した。

   暁は、そんな梨花の言葉に口元を歪めながら優しく梨花の頭を軽く撫でた。

   人によっては、解剖を第2の殺しとしてとても嫌がり揶揄する時がある。
   解剖医の梨花としてもそれはとても悲しい気持ちにさせる事は、長い付き合いである暁はよく知っていた。

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