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49 リブラギデオ魔王国
しおりを挟むーー アレス ーー
このくだらない場に姿を現す気はなかったのだが……
ハルが不安そうに……泣きだしそうに見えたから見守るだけのつもりが思わず声をかけてしまった。
「アレス……?」
驚きながら私を見上げ首を傾げながら小さな声で私の名前を呼ぶ可愛いハル。
「うん」
他の場所からもざわめきが聞こえハルも視線をそちらに移す。
レトとライオスが私達だけが目立たないように姿を現し人間にダンスを申し込んでいる。
会場にはたくさんの人間がいて私達が一体どこの誰なのかと話す声が聞こえてくる。
「~家の方かしら」
「~様の息子か?」
「……もしかして魔族……?」
当たりもいれば外れもいる。どうでもいいことだ。
そんなことよりもハル。
「可愛い猫さん、私と踊りましょう」
そう言って微笑むと
「あのね……」
ハルが小さな声で話すから顔を近づけると
「私、ダンスをしたことがないの……」
と耳元で恥ずかしそうに話すから思わず抱き締めてしまいそうになる……
「大丈夫、私に身を任せて」
ハルの手を取り引き寄せる。
思っていたよりも軽く、勢いがつきすぎて抱き止める形になってしまうとまた周りがざわめく。
ごめん、と言うと首を振り笑うハルの手を改めて取り踊り始める。
レトとライオスもダンスを申し込んだ人間の女性と踊り始めるとしばらく私達を見ていた周りの人間達も踊り出す。
「アレスは何でもできるね、まるで私が踊れているみたい」
そう言って嬉しそうに微笑むハル。
そうだね、ハル。
でもそうじゃない、何でもできるのはハルの方だ。
私達から見たらハルの方が凄いのだよ。
私の足を踏まないように気を付けて踊る可愛いハル。
搾取され続け諦めて生きてきた私達に、ハルは出会ってからずっと与え続けてくれている。
マカラシャを外して私達に自由をくれた。
私達に触れる手は優しく、ハルよりも力のある私達をいつも心配してくれる心は温かい。
ごめんねハル、私は……たぶん私達はハルから離れられそうにないんだ。
ハルが知ったら悲しむような事を……したけれど……
彼らは私達がされてきたことに向き合おうとはせずに逃げ出した。
息子や使用人が私達にしてきたことには無関心で面倒な事態になると息子に全てを押しつけた。
持てるだけの金品や贅沢品を何台もの馬車に積み込み、どこかでのんびり余生を過ごすつもりだったのだろう。
ルシエルや他の誰かに頼まれた訳ではない。
私がそうしたかったから、だから先代の国王と王妃を殺した。その場にいた人間も全員……
何の感情も湧かなかった。後悔も、嬉しさも……
ただ、私とレトがしたことをハルが知ったら……
怖がるよりも悲しんでしまいそうだと思った。
レトもそう思ったからかハルが酒を用意してくれたあの夜……酔った振りをして嫌わないで欲しいと言ったのだろう。
みんなとの約束でハルを怖がらせるようなことはしないし寂しい思いもさせない。
悲しい気持ちにもさせたくないから今回のことも黙っておくつもりだ。
ハル、君の知らないことはたくさんあるのだよ。
そのほとんどは知らなくてもいいことなのだけれど、ときどき全てを話してみたくなることがある。
ハルと出会う前の私達のこと、ハルが外してくれたマカラシャのこと、人を殺したこと……
それから私達の家から少し離れた場所に城を建てたこと……
魔族の国の名をリブラギデオ魔王国と決めた時に建てたこの城はハルの為のものだけれどその存在をハルはまだ知らない。
先代の国王が馬車に積んでいた荷物はとりあえずこの城に運んである。
後始末もして何の痕跡も残っていないから疑われることはないと思うけれども……痕跡がないことで逆に疑われるかもしれない。
まぁ、こちらが何も言わなければ追求のしようがないだろう。
とにかく、もしハルが城に住んでみたいと言ったときのためにたくさんの魔道具を使った贅沢な城を建てた。
いずれ人間と同じようにパーティーを開いて招待をしなければならないだろうと話してもいたけれど、この城はハルのことを思って建てたハルのためのものだ。
今回のパーティー会場になっているこの城……
「今回だけ人間の城の魔道具をフル稼働できるだけの魔力を提供する」
ルシエルがそう言っていた……国王に頼まれたらしい。
城が暗く寒くて不便な場所だと思われると国民の不安を煽るからだとか……
そんなことはどうでもいいがハルが参加するパーティー会場がそんなところではダメだという理由で快諾したと言っていた。
ルシエルはハルに執着している、ハルには気付かれないようにしているけれど。
私も……まさか人間にこんな感情を抱くとは思わなかった。
レトもライオスもミアもきっとそうなのだろう。
ロゼッタはおそらくミアを一番に考えている。
そのミアがハルを一番に考えるからロゼッタも手をかしているのだと思う。
そしてグレンは……
「アレス? 大丈夫?」
ハルが心配そうに見上げている。
「うん、そろそろ曲が終わるね。ほら、一緒に来ていた友達はあそこにいるよ」
いつもハルがパンを買っている店のララという女性に視線を移すとハルもそちらを見る。
「ハル、帰りは街にルシエルが迎えに行くから一緒に帰ってくるのだよ」
うん、と素直に頷くハル。
「私はあと二、三人とダンスを踊ってくるから」
一人とだけ踊ったのではハルが目立ってしまう。
「アレス、私と踊ってくれてありがとう」
そう言って微笑むハルに私の方こそありがとうと言って微笑み手を離し礼をする。
レトとライオスも曲が終わると別の女性にダンスを申し込む。
レトはいつも自信なさげな態度や話し方をするけれど、時々別人のように態度が変わることがある。
ハルの治療をしたときもそうだったし、ハルと話しているときも時々そうなる。
それはきっとハルに興味を持っていたり手に入れたいと思っていたりするからだと思う。
そして興味のない者に嘘をつくときも同じような感じになる……
けれど、それはハルに対するときとは全く違う、別人を演じている感じだ。
今も……興味もないのに優しく微笑んで頬を染めた人間の女性の手を取るけれど……いつも見ているからわかる、あれは笑ってはいない。
ライオスは私達にしかわからない程度に不機嫌さを出している。
後で何か言われそうだけれどもハルのためだから一言二言で済むかな。
普段は口が悪いけれど今は紳士的だ。
彼は力も強いし体つきも私達よりはたくましいから態度によっては怖がられてしまうとわかっているのだろう。
ことさらに優しく人間の女性に接している。
だから余計にイラついているのかもしれない。
「あの……あ……貴方のお名前を教えていただけますか?」
私と踊っている女性の声が聞こえて初めてそちらに視線を向ける。
「今夜は皆、仮面や仮装をしているのだから名前も身分も関係なく楽しみましょう」
そう言って微笑むとはい、と頬を染める女性。
再び視線を会場へ向ける。
派手に着飾った王妃が会場を見渡している……おそらく魔王を探しているのだろう。
"人間に対して思いやりがあり力もある素敵な男性"を探しているのだろう……浅ましく愚かなことだ。
ルシエルは国王とローガンという側近と話しているようだが、そうしながらもハルの様子を把握して街へ向かうことを考えていそうだ。
ロゼッタとミアは……会場にはいるようだけれど姿を消している。
ミアには国王を殺さないように言ってあるけれども大丈夫だろうか。
ロゼッタも止めてくれるとは思うが……
まぁ……どちらでもいいか。
殺るとすれば痕跡が残らないようにするだろう……余程興奮していなければ……
とにかく、私達はハルが安心するのなら人間と仲良くする振りだってするし魔力も提供する。
私達の……興味のない人間に対する冷たさはハルには想像もつかないほどだろう……人間が私達にしてきたことも……
すべて……ハルは知らなくていいことだ……
これから起こることも……すべて……
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