七人の魔族と森の小さな家

サイカ

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44 土地

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 ーー ルウ ーー


 国王が真剣に考えている隣で王妃が気持ちの悪い視線を僕に向けてくる。

見られているだけで身体が汚れてしまう気がして不快だ。

「……では、貴方の要求を聞こう」

ようやく国王が口を開く。

「土地をいただきたい」

土地というのは……とローガンが首を傾げながら

「領地が欲しい……爵位が欲しいということですか?」

そうではない。

「あの魔獣の住む森をいただきたいのですよ」

なぜ言葉通りに受け取らないのか。

「一体何のために……」

あの森の入り口付近にしか人間は来ない。
住んでいるのも研究所の連中くらいだろう。

「あの森に住むためにですよ」

しかし……と躊躇う国王。

「あの森に人間は住んでいないし、森に入るとしても入り口付近までだ」

だから森の奥ならば勝手に住んでも構わないと?

「では、あの森の土地は僕がいただいても構いませんね」

土地が欲しいのだ。

「少し待って欲しい、あの森は広大だ。それに狩や薬草を採りに入る者もいる」

だからなんだ。

「入るのは森の入り口付近ですよね? それくらいならばこれまで通り森に入っても構いませんよ」

「あの広い土地をどうするつもりなの?」

これまで僕を舐めるようにみていた王妃が口を開く。

「魔族の国をつくるのです」

皆が目を見開く。

「し……しかし魔族は集団で生活をすることはないではないか」

そう……だからこれまでは魔族の国ができることはなかった。
ただ、国と言ってもわざわざ魔族を集めて人間の様に暮らそうとは思っていない。

「確かに集団での生活は好まない。だから広い土地が必要なのですよ」

そして国ができるということは……

「貴方が王になるのか?」

違う。

「いいえ、僕は王に尽くすだけだ」

魔族の王が現れたのか……と呟く国王。
その横からあら、と王妃が口を出す。

「貴方が尽くしたくなる程素敵な方なの?」

それはもう……

「えぇ、とても素晴らしい方だ」

思わず頬が緩んでしまう僕を見てざわつく人間達。

「そ、そうなの……」

まるで自分が言われたかのように頬を染める王妃を見て一気に気持ちが冷める。

「無理にとは言わないです。隣国でもどこでも条件をのんでくれるところへ行くだけですから。その場合はもちろん魔力はそちらへ提供しますが……」

そう言うと待ってくれ、と慌てる人間達。

本当はどこでもよくなんてない。
ハルと出会った……ハルと僕の家があるあの森が欲しい。

異世界から来たハルが……

その知識や存在を利用されたり干渉されたりしない、隠れたり怯えたりすることのない安全で安心できる場所が欲しいのだ。

ハルは僕にそういう場所をくれた。
だからハルには、僕がそういう場所を作ってあげたい。

「私はいいと思いますよ、森のある土地を差し上げても」

これまで黙って様子をみていた王弟のニコラが口を開く。

「これから先、魔力の提供をしていただけるのですよね。それならばこれくらいの対価は安いくらいですし、何も要求されずただ協力してくれると言われた方が信用できないではないですか」

それに……と続けて

「森の植物や狩で生計を立てている人達はこれまで通り森に入ってもいいと言ってくれていますよね」

それならば、と

「私達が所有していなくてもいいのではないですか? 彼らは人が足を踏み入れない森の奥で生活をする、私達はこれまでと変わらず森に入ることができる。土地の所有者が変わるだけでこれまでと何らかわりのない生活を送れるのですよね」

その通りだ。

「では……森に入った者達の安全は保証するということだな」

と国王が言うがそれは違う。

「森に入る者はこれまで通り自己責任で、興味本位で森の奥まで来られても困りますからね。魔獣も住む森ですし、これからは我々の国となるので」

こちらも勝手に侵入してきた者の面倒などみる気はない。

「そうか……そうだな」

そう言うとローガンと王妃をみる。

「彼にあの土地を受け渡すことにする。皆には事後報告となってしまうが仕方あるまい」

ようやくか。

「では、こちらの用紙を読んでサインをお願いします」

その前に、と国王が僕をみる。

「なぜ、このような大事な場に魔族の王は来られないのか。魔王となる方に会うことは可能か」

魔王……ハルを思い出してハルには似合わないその呼び名に思わず吹き出してしまいそうになる。

「我らが王がこの場に姿を現すことはありません。僕の言葉はそのまま王の意思だと思って下さい」

姿を現さない……

「本当に魔王はいるのか」

もちろん、

「えぇ、変装をして時々この街にも来ていますよ。この街を気に入っているようです」

と微笑んでおく。

「では今回、我々が友好関係を築けた祝いとしてこの城でパーティーを開こうと思う。ぜひ参加していただきたいので招待状を渡して欲しい」

これは……

「変装をしてなら会えるということなら仮装パーティーにしてはどうかしら!」

何がなんでも会おうとしているな……

まぁ……こうなることは予想はしていたし、ハルも城には住みたくはないけれど行ってみたいと言っていたしな。

人間達もまさか魔族の王が人間の女性だとは思わないだろう。

しかし、そうなるとこちらの城にも一度は招待しなければならなくなりそうだが……

どちらにしろ優位なのはこちらだからどうとでもなるか。

「そうですね……仮装パーティーということなら招待状はお預かりしておきましょう」

仮装をしたところで目をみれば魔族だとわかるだろうが……
仮面を着けて参加する者もいるからその辺は上手くわからなくする方法はある。

魔族だとわかったところで誰かはわからないだろうし、誰かわかったとしても……問題はない。

「それからパーティーには街の方々も呼んでいただけると王も喜ぶと思いますよ」

ハルと話をしていた店の者達がいた方がハルも楽しいだろうし目立たなくなる。

我らの王は変装をして街へ行っていると話しておいたから街の者が見たらわかるかもしれないと思い必ず出席させるだろう。

それからようやく僕が持ってきた用紙をここにいる全員が読む。

「ちょっと待って欲しい。さっき話していた条件とは別のことも書いてあるのだが」

ローガンが用紙を読んですぐに口を開く。

「魔族の売買をしない、マカラシャを二度と作らない、使用しない、というところですか?」

全員が厳しい表情で私を見る。

「それはどちらもこちらが魔力を提供すれば必要のなくなる事柄なので問題はないのではないですか?」

それはそうなのだが……

「これでは我々が魔王に支配されかねない。我らの国に手出しはしないと保証をして欲しい」

力でねじ伏せた方が楽なのに、わざわざこんな回りくどいことをしてやっているのだぞ。

「支配するなどとんでもない。友好関係を築きたいと言っているのですよ。言いましたよね、我らが王はこの街を気に入っているのです。この国を壊すような事をしたら僕が怒られてしまいますよ」

簡単な話だ。

「約束を守り友好関係が続く限り、こちらも約束を守ります」

たったこれだけの約束だぞ。
便利な生活は捨てられないくせに魔力も保証も欲しいとはよく言えたものだ。

お前達の生活のためにこれまで何の見返りも命の保証すらなく犠牲になっていった魔族のことは思い出しもしないのだろうな。

どちらにしろサインをするしかないのだ。

少し考えて結局国王もそう思い至ったようでサインをする。

それを受け取り、早速魔力を溜めておく魔道具のある部屋へ案内してもらう。

貴族が魔力の節約をしてようやく街に十分な魔力が行き渡るくらいの量を流しておく。

これで街の人間達の生活は元に戻るだろう。

用は済んだと帰ろうとすると国王に呼び止められた。

「少し話をしたいのだが……」

話は終わったのだが。

「皆下がってくれ」

部屋には僕と国王だけになった。
国王が僕を見て口を開く。

「改めて、貴方に……ルカ殿に頼みたいことがあるのだが」

僕は早く帰りたい。

「何でしょう」

「実は私の愛する人がいなくなってしまったのだ」

「…………」

「彼女も私を愛してくれていたのだが……おそらく無理矢理城から連れ出されてしまったのだろう」

「…………」

驚くほど都合のいい思い込みだな。

「私には妻がいるが愛してはいない」

あの女は誰からも愛されないだろう。

「なぜ僕にそんな話を?」

誰のことかはわかっているがくだらないお喋りに付き合ってやる。

「私の愛している人が魔族だからですよ」

少し目を見開く、驚いたように見えただろうか。
人間の思い込みと執着心も侮れないな。

「ミアという魔族の女の子を知らないだろうか……いや、マカラシャを着けているから姿は子供だが本当の年齢は私より少し若いくらいだろう」

…………

「なぜ、彼女が貴方を愛していると?」

それは……とうっすらと頬を染める国王。

「私は毎晩ミアに愛を伝え、彼女も私の愛を受け止めてくれた」

僕は毎晩ミアの……みんなの悲鳴を聞いていたが……
こんなにも都合よく記憶を書き換えられるものなのだろうか……思い込みとは恐ろしいな。

「わかりました。そういうことでしたらできるだけの協力はいたしましょう」

そう言うと、そうか! と嬉しそうに顔をあげる国王。

「えぇ、貴方もご存じの通り魔族の愛は深いものです。きっとそのミアという女性も貴方と離れて辛い思いをしているでしょう」

そろそろこの会話も面倒になってきた。

「やはり……可哀想なミア」

そう言いながらも口元は緩み嬉しそうな表情の国王。

それを見て、一方的な愛を押し付けてハルを怖がらせないように気を付けなければ、と改めて思った。

けれどもハルを思うと……目の前にすると僕の気持ちを全て受け入れて欲しくなる。

時々自分でも怖くなるほどの執着心をハルにも知ってもらいたくなる。

国王の話などもうどうでもいい。


早く帰ってハルを抱き締めよう……

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