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終章

97話 恋路

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 何も見えません。
 真っ暗な海の中を泳いでいるみたいです。
 声を出そうとすると息が詰まってしまいます。
 あれ……私何してるんでしたっけ?

「フェンリィ!」

 遠くの方から声が聞こえてきました。
 リクト様が必死に呼びかけているようです。
 なんだか、映像を見ている気分です。

「リクト様! 大っ嫌いです!」

 え……何言ってるんですか私。
 なんで、リクト様を殴ってるんですか?
 なんで、なんで……?

「フェンリィを返せ!」

 リクト様が何度も私に呼びかけています。
 返事しなきゃ────うっ。

「あはは! 早く死んでください!」

 あれ……? 体が動いてくれません。
 言いたくないのに、殴りたくないのに、勝手にリクト様を傷つけてしまいます。
 なんで、なんで、なんで。
 私が嫌いになるわけないじゃないですか……!

「えへへっ、さよならですね!」

 止まらないです。
 傷つけるのが気持ちいいとさえ思ってしまいます。
 私は、リクト様を殴り続けました。

「嫌い」

 違います。好きです。
 好き好き好き。大好きです!

「嫌い」

 好き好き好き。
 好き嫌い嫌い嫌い嫌い。
 あ……違う違う!
 好き好き好き、嫌い。

 考えれば考えるほど体が言う事を聞かなくなります。

 嫌い嫌い好き。
 嫌い好き好き嫌い。
 嫌い嫌い嫌い嫌い。

「嫌い」

 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。 

「嫌い゛!」

 ……好き。
 好きなのに。なんでこんなに苦しいんですか?
 もうやです。頭ぐちゃぐちゃになっちゃいます。

「おい、フェンリィ」

 散々傷つけるとリクト様の様子が変わりました。
 いつも私を見てくれる目ではありません。
 しかも、顔をぶたれました。
 リクト様が私に手を上げたんです。
 いつも優しく撫でてくれる手で私を叩きました。
 それも一回だけじゃないです。
 今度は蹴ってきました。お腹が痛いです。
 女の子のお腹蹴ったらダメですよ……。

「殺し合おう!」

 もうどうしたらいいのかわかりません。
 リクト様もおかしくなっちゃいました。
 なんで大好きな人と殺し合わなきゃいけないんですか?
 そんなのって、ないですよ……。

「リクト様! もう顔も見たくないです。私が変形してあげますね!」

 どれだけ願っても届きません。
 私の手は、勝手にリクト様の顔に掴みかかりました。
 どんなに手足を動かそうとしても体は言う事を聞きません。
 どんなに叫んでも声になりませんでした。

「黙れ。お前の声なんて聞きたくねえよ」

 リクト様は私の攻撃を簡単に躱します。
 すると逆に私の髪の毛を掴んできました。
 強く引っ張るから抜けちゃいそうです。

「消えろ! 消えろ! 消えろ!」
「うぅ……ぐあ! んあ! ああああ!」

 そして私の頭を床に叩きつけました。
 何度も何度も打ち付けてきます。頭からも血が出てくらくらしてきました。

「ぐっ……お返しです!」

 私も反撃に転じました。体をねじって抜け出すと、後ろから手を回して首を絞めます。その感触は私の手にも伝わってきました。リクト様の苦しんでいる感触がこの手に……。

「死んで! 早く死んでくださいよ!」

 やめて……。
 もうやめてくださいよ。
 こんなの見たくありません。

「くそ……触んな!」
「いったッッッッ!」

 リクト様が私の腕に嚙みつきました。
 血がたくさん出てるのに私とリクト様は殺し合いを辞めません。

「いっつもお前は鬱陶しかった! 気持ち悪いんだよ!」
「私だって同じですよ! 不快でしょうがなかったです!」

 嘘でも悲しい。
 思ってもないことを言って、言われるのは本当に辛いです。
 好きな人を貶したくなんてありません。
 好きな人に拒絶されたら、泣いちゃいます……。


「……」
「……」


 あれ? 動きが止まりました。
 リクト様も何もしてきま……

「いひっ、もう終わりにしてあげます! 永遠にさようなら!」
「こっちのセリフだ。地獄に落ちろ!」

 また動き出しました。
 でも今、一瞬だけですが確かに介入できました。
 考えろ私。バカな私でもリクト様のことなら分かるでしょ。

 えっと……。んっと……。

 こんなに好きなのに逆のことをしちゃいます。
 好きって思うほど嫌いになって、抵抗すればするほど攻撃してしまいます。

 さっきは、悲しくなって何も考えられなくなりました。
 じゃあ嫌いって思えばいいんですか?
 無理です。そんなの絶対無理。
 ぁ、でもできます。この方法ならきっと……。

「リクト様なんてだいっきら──!? 大っ嫌いです!」

 私の振り上げる手が一瞬だけ止まりました。
 どうやらこの方法で行けるみたいですね。
 なら、あとはリクト様を信じるだけです。

「隙だらけだぞ、フェンリィ。そろそろテメェのアホ面を見るのもうんざりだ。こいつでとどめを刺してやる」

 リクト様は私を固定していた鎖を引き抜いて手に持ちました。
 杭です。先端の尖った方を私に向けて刺しに来ます。
 私はなんとか回避して、同じように杭を入手してしまいました。

「えへ、これで条件は同じですねっ」

 小刀のように持って一進一退の攻防を繰り広げます。
 そんな中で、私は意識を別のことに向けるよう努力しました。

=====================
 違う。これはリクト様じゃない。
 リクト様は私にこんなことしない。
 だからこのリクト様の形をした人のことは大っ嫌い。
 こんな人嫌だ。嫌い嫌い嫌い!
=====================

 慰め程度の悪あがきです。
 意味があるのかは分かりませんが想い続けました。
 信じて信じて信じ続けました。

 呪いが消え去るわけではないので本質的な解決には繋がりません。
 けどこれで充分です。呪いを解く方法はたった一つしかありません。それをやるには、私が行動するしかないんです。だから、大好きなリクト様を信じて私は私に出来ることをします。

「死ね、フェンリィ」
「死ぬのはリクト様、あなたっ……???」

 たかが一瞬。されど一瞬。
 私の思考を停止させれば、後はリクト様がやってくれます。
 リクト様の持つ杭が私に届きました。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 いっっっっっっっっった!
 痛い痛い痛い痛い痛い!!!
 はぁ……はぁ……はぁ……。

 胸が、焼けるように痛いです。
 辛いし、熱いし、苦しいし、気持ち悪いです。
 でも、成功です。私は……ようやく、自分の体を、自分の意志で……動かせるように、なりました。


「えへへっ……リクト、様」


 意識が遠のきます。
 胸に手を当てると真っ赤な血がべっとりと付きました。
 当然ですよ。だって、胸に杭が刺さってるんですから。


「大好き……です、よ」


 口の中が血の味でいっぱいです。
 心臓の近くに刺さったせいか、明らかに体がおかしくなっています。

 ああ、死ぬ。死ぬのってこんな感じなんですね。
 でもダメ。まだ、死んじゃダメです。
 ここまでして戻ってこれたんですから。無駄にしちゃ、ダメ……。

「うが……ぎ、ぎ、ぎ、ぃぃぃぃ」

 手が動かないから体を前に倒しました。
 重みで杭がさらに傷を抉ります。
 もう神経がおかしくなってしまいました。
 どんどん奥に刺さるけど、もう関係ないです。
 これでやっと、


「んむぅぅぅぅうううううう!」


 なんとか、私はリクト様にキスできました。
 これで、全部元通り。終わりです。

「フェン、リィ……?」
「……あはは、お帰り……ぐぇっ、……なさい」
「やだ。やだ……」

 リクト様の目に優しさが宿りました。
 いやいやをするように首を振っています。
 よかった……上手くいってます……ね。

「死なないでくれ。頼むから……」
「ごめんなさぃ」
「いやだいやだ……お願いだから……!」

 なんだか夢でも見てるみたいです。
 体が気持ちよくて、とっても眠たいです。

「えへ、前に約束……したじゃ、ないですか。私が、元に戻してあげるって」
「言った、けど……こんなやり方……!」
「これしか……ない、ですよ」
「ダメだ! ……ぁ、そうだ……!」

 リクト様が私を治すために能力を使おうとしました。
 私を優しく抱きしめようとしたので私はそれを拒みます。


「ダメ、ですよ。私が……死なないと」


 私の中には魔王がいる。
 私が死ねば魔王も死ぬ。
 だから仕方ない。仕方ない……。


「忘れ、ないでください」


 それだけでいいです。
 覚えてくれているだけで満足です。
 私は命を拾って貰った身。これ以上は望んじゃダメ。
 少し生き延びてたくさん幸せを貰ったんだからもう十分です。
 うん……十分しあわ、せ……。

「嫌だ! 死なせない!」

 それでもリクト様は許してくれませんでした。
 もう、そんなに私が好きなんですか?
 嬉しいけど、ダメですよ。

「治れ! 治ってくれ!」

 リクト様が治癒能力を使いました。
 なので私は新しく自分で杭を刺します。
 ぐさり、ぐさりと死ぬために体を抉りました。
 さらに、自分のユニークスキル≪能力低下デビリティ≫も使ってあらゆる器官を低下させます。体がどんどん死に近づいていくのが分かりました。

「ぐぅぅ! ……げほっげぼっ!」
「あああああ゛! フェンリィ! フェンリィ!」
「私は……あなたに会えて、幸せでした」

 私の行動を見てリクト様は能力を解きました。
 リクト様が、私なんかのために大泣きしています。
 ふふ、可愛いです。そんな子どもみたいに泣くんですね。

「ぁっ……」
「フェンリィ!!!」

 私が立っていられなくなってぐらつくと、リクト様が受け止めてくれました。お姫様になったみたいで、とっても幸せです。

「リク、トさま」
「うっ、ぐすっ……フェンリィ……」
「リクトさま」
「もう喋るな! いなくなったら許さないぞ!」

 もう、見えないですよ。
 そんなに涙落としたら私が泣いてるみたいじゃないですか。

「最期に、もう一度だけ言わせてください」
「何言ってんだ! 最期なんて言うなよ! 頼む……頼むから一緒にいてくれ。俺を置いてかないでくれ……!」
「ごめんなさい。さよならです……リクト様。ちゃんと、聞いてくださいね?」

 リクト様のお顔に手を伸ばして声を振り絞ります。
 何度もしてくれたように涙を拭ってあげました。
 ボロボロ零すのでこれではきりがありませんね。
 そして私は、最期にとびっきりの笑顔を浮かべます。



「私は、あなたのことが」



 命尽きる瞬間まで。
 私は全身全霊で恋してました。
 これは私の本物の愛。
 最期にもう一度だけ伝えさせてください。
 私はあなたのことが、





































「大好きです」


















 私にとってこの言葉は特別。
 一度だって軽はずみに言ったことはありません。
 私は、死ぬほどあなたのことが大好きでした。



「フェンリィ!!!!!」

 その声が私に届くことはありません。
 私は大好きな人の中で、安らかな眠りにつきました。
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