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終章
94話 VS蠅の女王
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塔の内部は螺旋階段になっていた。
天井を仕切る形でフロアが分かれていて、塔の中心に階段があるという造りだ。
一体何段上れば頂上に辿り着くのか想像もつかない。
「疲れたとか言わないよな?」
「当たり前じゃん。まだ余裕あるわ」
「メメも。子どもじゃないから大丈夫」
「じゃあ行くぞ!」
スピードを上げて駆け上る。
一階、二階、三階と地道だが確実にフェンリィに近づいている。
だがここは敵の根城。
当然邪魔はたくさん入る。
「鬱陶しいな!」
迫りくるモンスター。
質より量の雑魚ばかりだがとにかく数が多くて神経を逆なでしてくる。
俺はその怒りやその他もろもろの感情をぶつけるように殺していった。俺が先導して道を切り開き、メメとルーナが寄ってくる邪魔な奴らだけ葬り去る。不要な戦闘は避けて最小限の労力に留めるためだ。
「くそ。ゲームでもやってるつもりかよ」
階層を進めていくと上への道が閉ざされていた。その行く手を阻む形でモンスターが立っている。この階層のボスみたいなものか。
「まあいい。こんなのいないのと同じだろ」
襲い掛かってきたのはたった一匹の普通のゴブリン。
だがその強さは幹部にも匹敵する強さだった。
ステータスを反転させて強くしているのだろう。あるいは狂暴化か……。俺の能力もサタナに与えられたものだと思うと癪だが、この力のおかげで俺たちはここまでこれた。余裕面をひっくり返してやる。
「失せろ」
脳天を一突き。
ゴブリンを撃破すると、上へと続く道が開いた。
しかし、その開いた天井からモンスターが降ってくる。
「ちっ、面倒だな」
周囲の空間にも裂け目が生まれてモンスターがスポーン。
現れたのはゴブリンにコボルトにスライム。
無数の低級モンスターは強化されて一体一体が無視できない強敵だ。結果、1フロアが埋もれるほどの群れが俺たちに襲い掛かる。
「どうしよっか、リっくん。全部消しちゃおっか?」
これだけ数が多いと俺やルーナよりメメが頼りだ。
こんなところで大技を連発するのは勿体ないがやむを得ない。
「そうだな、頼む!」
「わかった! 時間稼いでて!」
メメが【希望の光】を掲げた。
魔力を練ろうとしたところで、
『ここは任せてくれ!』
下の階から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
その数は一つじゃない。徐々に足音も多くなる。
「あ、兄さま」
ルーイが駆け付けた。
しかもその後ろにはたくさんの冒険者を引き連れていた。その軍がモンスターの群れと戦闘を始める。
「よかった、無事だったんだね。突然消えたから驚いたよ」
「助かります。これはどういうことですか?」
人同士で殺し合いをしていたはずだ。
「あんなに暴れてたのに突然正気に戻ったんだよ。だからもう大丈夫。みんなの敵は一致してるよ」
なるほど。
四天王の一角を崩したから呪いが解けたのかもしれないな。
「お久しぶりです勇者様! オレも力になりますよ!」
「おっと……誰だお前は」
何故か男に馴れ馴れしく肩を組まれた。
「やだなゲイルですよ。忘れましたか? 村を救ってもらったじゃないですか」
「わかってるよ。元気そうだな」
最初にフェンリィと訪れた村の男だ。
よそ者は引っ込んでろと悪態をつかれたが、村を救ってからはすっかり懐かれてしまったっけな。
「みんなあんたに期待してますよ。オレたちの希望の光です!」
「ありがとう。一緒に戦うぞ」
戦力は一人でも多い方がいい。
よく見ると見知った顔が他にもあった。
「ルーナ、ごめんな。許してくれなんて言えないけど償うチャンスをくれ」
アストレシア家の次男。
魔王軍にも加担していたエドガーだ。
ルーナに散々酷いことをしていたが首を垂れている。
「……あっそ。勝手にすれば」
「ああ、そうする」
エドガーは抜刀してモンスターたちに向かっていった。あれは罪を自覚した者の顔だ。この場ででっち上げた口ぶりではない。
さらには、
「メメ様! 助太刀に来ました!」
「うん。ありがと」
異変を察知してくれたのか妖精族の姿もあった。
今ではすっかりメメを認めている。
「そっか……みんな俺たちが変えたんだな」
俺はずっとフェンリィと、ルーナと、メメのために戦ってきた。
だがその結果がこれ。この副産物は大きすぎる。こんなに多くの人の意識を変えられた。なら後は、あいつらも同じように改心させる。
そして、たった一人大切な女の子を取り戻すだけ。
「みんな任せた。メメ、ルーナ、俺たちは先に行こう」
魔王軍とそれ以外の総力戦。
勝つのは俺たちだと、そう確信できた。
◇◆◇◆◇◆
さらに階段を上る。
モンスターの数はすっかり減っていた。
「もうすぐかな? 結構進んだよね」
「だと思うけど……ていうかなんか聞こえてこない? 私だけ?」
ルーナとメメのペースが若干落ちてきた。
メメは俺たちのように速く走れないため魔法で浮きながら移動しているのだが疲労が見える。
「ほんとだね。何の音だろ」
「二人とも注意しろ。多分最後の四天王だ」
その直感は正しかった。
新しいフロアに足を踏み入れると一体の生物が目に入った。
「……ガブガブ。……ムシャムシャ」
俺たちに気づいていないのか背を向けて何かを漁っている。
一歩近づくと間合いに入ったのかギロリと睨んできた。
「これはわたしんのだからあげないよんっ」
一見普通の少女だった。
しかしコイツが異常者であることは瞬時に判断できた。
口元を真っ赤にして食べていたのは人間の頭部。スイカを丸かじりするように貪り食っている。
「あんまり美味しくないなぁ。まあ食べれれば何でもいいや。あーーーんっ!」
大きく口を開けて残りを頬張る。
あっという間に食べ終えると口元を拭った。
「まだ足りないなぁ。でも太ったらサタナ様に嫌われちゃうよね。あーでも食べたいなぁー」
自分の爪を噛んでよだれを垂らす少女。
濃い紫色をした艶やかな長髪が特徴的で、背中には透明な羽が生えている。ぱっと見の特徴はその程度。というか、それ以外無い。
「何よコイツ。変質者?」
「すごく大胆……」
メメとルーナが指摘したのはその見た目だ。
この敵は服を一切着ていない。細身な体を隠そうともせず肌を剥き出しにしている。
「あ、しまったまた洋服食べちゃった! もうわたしってばほんとにダメだねぇ。あははは……えいっ!」
笑いながらバゴン、と地面を破壊した。
その破片を手にして食べ始める。コンクリートをバリバリとだ。
「コイツヤバすぎでしょ。無視して行っちゃお」
「えーひっどーい。意地悪言うと食べちゃうぞぉ」
少女は不敵に笑う。
すると背後に殺気を感じた。
「ルーナ! 後ろ!」
「うわっ! 何これきっも!!」
油断はしていなかったようで、ルーナは即座に反応して刈り取った。
羽の生えた大きな虫。ブンブン飛び回るその虫の名は”ハエ”だ。
──────────
名称:ベルゼナ
体力:SSS
物攻:SSS
物防:SSS
魔攻:SSS
魔防:SSS
魔力:SSS
俊敏:SSS
──────────
「失礼だなぁ。かわいーじゃん」
ブンブンブンブンと耳障りな音の大合唱。
ベルゼナの体を護るように無数の小バエが集まった。ドレスを着ているように真っ黒の集合体に包まれている。
「わたしはハエの女王だよん」
ハエだからといって侮ってはならない。
魔王と肩を並べるほどの悪魔だ。
暴食とも呼ばれている。
「ふぅん、キミがサタナ様の分身なんだ。他の三人も倒せちゃうくらい強いみたいだねぇ。わたし強い人大好きだよ!」
じゅるりと唾液をすするハエの女王。
何か欲しがるように自分の親指をおしゃぶりした。
「お腹空いたなぁ。サタナ様は食べれないからキミで我慢しよっかな。うん、そうしよう! わたしが食べてあげるね! かわいい子に食べられるなんて嬉しいでしょ?」
ベルゼナはそう言うと自分の指を噛み千切った。
「いててぇ。みんな、あの子たち殺してきて。ご飯の時間だよ!」
号令に従ってハエたちが動き出す。
ベルゼナの体から離れると巨大化して獰猛さを増した。自由自在に操れるようだ。
「何よコイツ。いかれてんじゃな……いった」
「ルナちゃん腕! あ、リっくんも! わぁ、メメもだ!!!」
「……くそ、鬱陶しいな」
いつの間にか俺の腕にハエがたかっていた。
手を払うと周囲を飛び、またすぐに集まってくる。
俺を捕食するつもりなのか放っておくと噛まれたような痛みが走った。
「燃やしちゃうね。≪烈々たる灼熱≫!」
メメが広範囲に炎の魔法を放った。
ハエを呑み込み、燃やし尽くした炎はそのままベルゼナに直撃する。
「いただきまーす!」
が、その炎を今度はベルゼナがまるまる呑み込んだ。
決して大きくはない口に吸い込まれるように魔法が消滅した。
「んーおいしいねぇ。もっとちょうだい!」
ベルゼナは幸せそうな笑みを浮かべると、間髪入れずに新たなハエを飛ばしてきた。
大小さまざまなハエの大群。鬱陶しいにもほどがある。
「だったら私がぶった切る!」
今度はルーナが単騎で突進。
俺とメメが援護してルーナの道を開ける。
「これなら食べれないでしょ!」
フルスイングで首を狙う。
ルーナのスピードは俺も感心するほどだ。
なのに、
「ひゅー速い速い! これは食べたら危ないなぁ。異物混入だね!」
ベルゼナは楽々躱す。
ルーナが手を抜いているわけでもまぐれでもない。
「ああムカつく! なんで当たんないのよ!」
何度も攻撃を繰り返すが全て避けられた。
ならばと俺も加わって殺しに行く。
二人で連携して攻めるも一向に崩せない。
「えー知らないのぉ? ハエって目がいいんだよぉー。そんな攻撃スローモーションと一緒だよぉ」
ベルゼナはあくびをしながら上空に避難した。
俺たちには絶え間なくハエが群がってくる。
「頑張ってねぇ。わたしが勝てたらご褒美くれるかなぁ。あ、そうだ! さっき会った女の子食べさせてもーらおっと!」
さっき会った女の子。
そのワードに反応して見ると、ベルゼナは自身の髪の中から何かを取り出した。手にしたものを見て、俺たち三人の思考は完全に一致する。
「まずは味見しておこっと。おーやつ! おーやつ! あーーーんっ!」
手に持って頬張ったのは銀色の髪。
奴の頭皮から生える紫とは似ても似つかない。
それが誰のものか、言わなくても分かった。
「Don't forget to die. Remember death ── 」
メメが詠唱を始める。
するとハエたちが攻撃をやめた。
「バカだった私。一秒も無駄にしちゃダメじゃん」
ルーナが殺気を飛ばす。
するとハエたちが逃げ出した。
「ど、どうしたのみんな!? わたしがお腹空いたって言ってるんだよ。言うこと聞いてよぉ!」
俺も神器を解放して一瞬だけ魔力を溜める。
メメが詠唱を終え、俺とルーナが武器を振るった。
「ちょ、ちょ、えええええええ!」
俺たちの中に生まれた共通の思考。
それは怒りだった。
人は感情の許容を超えた一瞬に理性を失う。
それは感動して泣いたり、憎悪で誰かを傷つけたり。
思いとどまり、自分をコントロールすることが最善だが今回はプラスに働いた。
「「「あの子に何した」」」
怒りは、殺意へと昇華する。
気づいた時にはそれぞれの最大火力を放っていた。
≪死を想え≫
≪狂気消滅≫
≪森羅万象≫
オーバーキル。
取り込めないほど高火力で避けきれないほど大規模な攻撃を受け、最後の四天王は跡形もなく消滅した。天井は何十層も上までぶち抜かれて塔が僅かに傾いた。
「あ、やば……今のでフェンリィ死んでないよね!?」
「うぅ、どうしよう。メメもやりすぎちゃったかも」
熱が引くように二人とも冷静さを取り戻した。
俺も刀を鞘に納めて心を落ち着ける。
「大丈夫。角度的に頂上までは届いてないし、俺たちが行くまでフェンリィは傷つけられないはずだ」
フェンリィの髪を見て動揺したが、魔王サタナの考え方からしてそれはしない。やるなら俺の目の前でだ。奴はそういう鬼畜だと分かる。俺が分身だからか、そうだと確信できる。
だからこそ、ここからが本番だ。
待ち受けている者はそう多くない。
「よかった。じゃあ早く会いに行こ」
「うん。メメもまだまだ戦えるよ」
「ああ。ちょうど天井ぶち抜いたし一気に行くか」
二人に掴まってもらい、能力を発動。
重力操作により上昇する。
「二人とも気をつけろ。また来るぞ」
どんどんその存在が近づいてきた。
懐かしさは無い。
もうすっかり変わり果てた姿だからだ。
この禍々しいオーラはもはや人間ではない。
見方によっては俺が捨てた。
元仲間たちにとって、俺は殺したいほど憎い存在なのだろう。
顔だって見たくないし声だって聴きたくないだろう。
俺を殺すためだけに悪魔に魂を売ったんだ。普通に考えて普通じゃない。でもそうさせてしまった。
だから俺は、俺が原因だというのならせめて責任は取る。あいつらに出会わなければ今の仲間と出会うことも無かっただろう。
結果論だがそれだけは事実だ。今の俺がいるのは元仲間であり俺を追放した三人のおかげ。
なら、ここでちゃんと終わらせよう。
この因縁に決着をつける。
天井を仕切る形でフロアが分かれていて、塔の中心に階段があるという造りだ。
一体何段上れば頂上に辿り着くのか想像もつかない。
「疲れたとか言わないよな?」
「当たり前じゃん。まだ余裕あるわ」
「メメも。子どもじゃないから大丈夫」
「じゃあ行くぞ!」
スピードを上げて駆け上る。
一階、二階、三階と地道だが確実にフェンリィに近づいている。
だがここは敵の根城。
当然邪魔はたくさん入る。
「鬱陶しいな!」
迫りくるモンスター。
質より量の雑魚ばかりだがとにかく数が多くて神経を逆なでしてくる。
俺はその怒りやその他もろもろの感情をぶつけるように殺していった。俺が先導して道を切り開き、メメとルーナが寄ってくる邪魔な奴らだけ葬り去る。不要な戦闘は避けて最小限の労力に留めるためだ。
「くそ。ゲームでもやってるつもりかよ」
階層を進めていくと上への道が閉ざされていた。その行く手を阻む形でモンスターが立っている。この階層のボスみたいなものか。
「まあいい。こんなのいないのと同じだろ」
襲い掛かってきたのはたった一匹の普通のゴブリン。
だがその強さは幹部にも匹敵する強さだった。
ステータスを反転させて強くしているのだろう。あるいは狂暴化か……。俺の能力もサタナに与えられたものだと思うと癪だが、この力のおかげで俺たちはここまでこれた。余裕面をひっくり返してやる。
「失せろ」
脳天を一突き。
ゴブリンを撃破すると、上へと続く道が開いた。
しかし、その開いた天井からモンスターが降ってくる。
「ちっ、面倒だな」
周囲の空間にも裂け目が生まれてモンスターがスポーン。
現れたのはゴブリンにコボルトにスライム。
無数の低級モンスターは強化されて一体一体が無視できない強敵だ。結果、1フロアが埋もれるほどの群れが俺たちに襲い掛かる。
「どうしよっか、リっくん。全部消しちゃおっか?」
これだけ数が多いと俺やルーナよりメメが頼りだ。
こんなところで大技を連発するのは勿体ないがやむを得ない。
「そうだな、頼む!」
「わかった! 時間稼いでて!」
メメが【希望の光】を掲げた。
魔力を練ろうとしたところで、
『ここは任せてくれ!』
下の階から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
その数は一つじゃない。徐々に足音も多くなる。
「あ、兄さま」
ルーイが駆け付けた。
しかもその後ろにはたくさんの冒険者を引き連れていた。その軍がモンスターの群れと戦闘を始める。
「よかった、無事だったんだね。突然消えたから驚いたよ」
「助かります。これはどういうことですか?」
人同士で殺し合いをしていたはずだ。
「あんなに暴れてたのに突然正気に戻ったんだよ。だからもう大丈夫。みんなの敵は一致してるよ」
なるほど。
四天王の一角を崩したから呪いが解けたのかもしれないな。
「お久しぶりです勇者様! オレも力になりますよ!」
「おっと……誰だお前は」
何故か男に馴れ馴れしく肩を組まれた。
「やだなゲイルですよ。忘れましたか? 村を救ってもらったじゃないですか」
「わかってるよ。元気そうだな」
最初にフェンリィと訪れた村の男だ。
よそ者は引っ込んでろと悪態をつかれたが、村を救ってからはすっかり懐かれてしまったっけな。
「みんなあんたに期待してますよ。オレたちの希望の光です!」
「ありがとう。一緒に戦うぞ」
戦力は一人でも多い方がいい。
よく見ると見知った顔が他にもあった。
「ルーナ、ごめんな。許してくれなんて言えないけど償うチャンスをくれ」
アストレシア家の次男。
魔王軍にも加担していたエドガーだ。
ルーナに散々酷いことをしていたが首を垂れている。
「……あっそ。勝手にすれば」
「ああ、そうする」
エドガーは抜刀してモンスターたちに向かっていった。あれは罪を自覚した者の顔だ。この場ででっち上げた口ぶりではない。
さらには、
「メメ様! 助太刀に来ました!」
「うん。ありがと」
異変を察知してくれたのか妖精族の姿もあった。
今ではすっかりメメを認めている。
「そっか……みんな俺たちが変えたんだな」
俺はずっとフェンリィと、ルーナと、メメのために戦ってきた。
だがその結果がこれ。この副産物は大きすぎる。こんなに多くの人の意識を変えられた。なら後は、あいつらも同じように改心させる。
そして、たった一人大切な女の子を取り戻すだけ。
「みんな任せた。メメ、ルーナ、俺たちは先に行こう」
魔王軍とそれ以外の総力戦。
勝つのは俺たちだと、そう確信できた。
◇◆◇◆◇◆
さらに階段を上る。
モンスターの数はすっかり減っていた。
「もうすぐかな? 結構進んだよね」
「だと思うけど……ていうかなんか聞こえてこない? 私だけ?」
ルーナとメメのペースが若干落ちてきた。
メメは俺たちのように速く走れないため魔法で浮きながら移動しているのだが疲労が見える。
「ほんとだね。何の音だろ」
「二人とも注意しろ。多分最後の四天王だ」
その直感は正しかった。
新しいフロアに足を踏み入れると一体の生物が目に入った。
「……ガブガブ。……ムシャムシャ」
俺たちに気づいていないのか背を向けて何かを漁っている。
一歩近づくと間合いに入ったのかギロリと睨んできた。
「これはわたしんのだからあげないよんっ」
一見普通の少女だった。
しかしコイツが異常者であることは瞬時に判断できた。
口元を真っ赤にして食べていたのは人間の頭部。スイカを丸かじりするように貪り食っている。
「あんまり美味しくないなぁ。まあ食べれれば何でもいいや。あーーーんっ!」
大きく口を開けて残りを頬張る。
あっという間に食べ終えると口元を拭った。
「まだ足りないなぁ。でも太ったらサタナ様に嫌われちゃうよね。あーでも食べたいなぁー」
自分の爪を噛んでよだれを垂らす少女。
濃い紫色をした艶やかな長髪が特徴的で、背中には透明な羽が生えている。ぱっと見の特徴はその程度。というか、それ以外無い。
「何よコイツ。変質者?」
「すごく大胆……」
メメとルーナが指摘したのはその見た目だ。
この敵は服を一切着ていない。細身な体を隠そうともせず肌を剥き出しにしている。
「あ、しまったまた洋服食べちゃった! もうわたしってばほんとにダメだねぇ。あははは……えいっ!」
笑いながらバゴン、と地面を破壊した。
その破片を手にして食べ始める。コンクリートをバリバリとだ。
「コイツヤバすぎでしょ。無視して行っちゃお」
「えーひっどーい。意地悪言うと食べちゃうぞぉ」
少女は不敵に笑う。
すると背後に殺気を感じた。
「ルーナ! 後ろ!」
「うわっ! 何これきっも!!」
油断はしていなかったようで、ルーナは即座に反応して刈り取った。
羽の生えた大きな虫。ブンブン飛び回るその虫の名は”ハエ”だ。
──────────
名称:ベルゼナ
体力:SSS
物攻:SSS
物防:SSS
魔攻:SSS
魔防:SSS
魔力:SSS
俊敏:SSS
──────────
「失礼だなぁ。かわいーじゃん」
ブンブンブンブンと耳障りな音の大合唱。
ベルゼナの体を護るように無数の小バエが集まった。ドレスを着ているように真っ黒の集合体に包まれている。
「わたしはハエの女王だよん」
ハエだからといって侮ってはならない。
魔王と肩を並べるほどの悪魔だ。
暴食とも呼ばれている。
「ふぅん、キミがサタナ様の分身なんだ。他の三人も倒せちゃうくらい強いみたいだねぇ。わたし強い人大好きだよ!」
じゅるりと唾液をすするハエの女王。
何か欲しがるように自分の親指をおしゃぶりした。
「お腹空いたなぁ。サタナ様は食べれないからキミで我慢しよっかな。うん、そうしよう! わたしが食べてあげるね! かわいい子に食べられるなんて嬉しいでしょ?」
ベルゼナはそう言うと自分の指を噛み千切った。
「いててぇ。みんな、あの子たち殺してきて。ご飯の時間だよ!」
号令に従ってハエたちが動き出す。
ベルゼナの体から離れると巨大化して獰猛さを増した。自由自在に操れるようだ。
「何よコイツ。いかれてんじゃな……いった」
「ルナちゃん腕! あ、リっくんも! わぁ、メメもだ!!!」
「……くそ、鬱陶しいな」
いつの間にか俺の腕にハエがたかっていた。
手を払うと周囲を飛び、またすぐに集まってくる。
俺を捕食するつもりなのか放っておくと噛まれたような痛みが走った。
「燃やしちゃうね。≪烈々たる灼熱≫!」
メメが広範囲に炎の魔法を放った。
ハエを呑み込み、燃やし尽くした炎はそのままベルゼナに直撃する。
「いただきまーす!」
が、その炎を今度はベルゼナがまるまる呑み込んだ。
決して大きくはない口に吸い込まれるように魔法が消滅した。
「んーおいしいねぇ。もっとちょうだい!」
ベルゼナは幸せそうな笑みを浮かべると、間髪入れずに新たなハエを飛ばしてきた。
大小さまざまなハエの大群。鬱陶しいにもほどがある。
「だったら私がぶった切る!」
今度はルーナが単騎で突進。
俺とメメが援護してルーナの道を開ける。
「これなら食べれないでしょ!」
フルスイングで首を狙う。
ルーナのスピードは俺も感心するほどだ。
なのに、
「ひゅー速い速い! これは食べたら危ないなぁ。異物混入だね!」
ベルゼナは楽々躱す。
ルーナが手を抜いているわけでもまぐれでもない。
「ああムカつく! なんで当たんないのよ!」
何度も攻撃を繰り返すが全て避けられた。
ならばと俺も加わって殺しに行く。
二人で連携して攻めるも一向に崩せない。
「えー知らないのぉ? ハエって目がいいんだよぉー。そんな攻撃スローモーションと一緒だよぉ」
ベルゼナはあくびをしながら上空に避難した。
俺たちには絶え間なくハエが群がってくる。
「頑張ってねぇ。わたしが勝てたらご褒美くれるかなぁ。あ、そうだ! さっき会った女の子食べさせてもーらおっと!」
さっき会った女の子。
そのワードに反応して見ると、ベルゼナは自身の髪の中から何かを取り出した。手にしたものを見て、俺たち三人の思考は完全に一致する。
「まずは味見しておこっと。おーやつ! おーやつ! あーーーんっ!」
手に持って頬張ったのは銀色の髪。
奴の頭皮から生える紫とは似ても似つかない。
それが誰のものか、言わなくても分かった。
「Don't forget to die. Remember death ── 」
メメが詠唱を始める。
するとハエたちが攻撃をやめた。
「バカだった私。一秒も無駄にしちゃダメじゃん」
ルーナが殺気を飛ばす。
するとハエたちが逃げ出した。
「ど、どうしたのみんな!? わたしがお腹空いたって言ってるんだよ。言うこと聞いてよぉ!」
俺も神器を解放して一瞬だけ魔力を溜める。
メメが詠唱を終え、俺とルーナが武器を振るった。
「ちょ、ちょ、えええええええ!」
俺たちの中に生まれた共通の思考。
それは怒りだった。
人は感情の許容を超えた一瞬に理性を失う。
それは感動して泣いたり、憎悪で誰かを傷つけたり。
思いとどまり、自分をコントロールすることが最善だが今回はプラスに働いた。
「「「あの子に何した」」」
怒りは、殺意へと昇華する。
気づいた時にはそれぞれの最大火力を放っていた。
≪死を想え≫
≪狂気消滅≫
≪森羅万象≫
オーバーキル。
取り込めないほど高火力で避けきれないほど大規模な攻撃を受け、最後の四天王は跡形もなく消滅した。天井は何十層も上までぶち抜かれて塔が僅かに傾いた。
「あ、やば……今のでフェンリィ死んでないよね!?」
「うぅ、どうしよう。メメもやりすぎちゃったかも」
熱が引くように二人とも冷静さを取り戻した。
俺も刀を鞘に納めて心を落ち着ける。
「大丈夫。角度的に頂上までは届いてないし、俺たちが行くまでフェンリィは傷つけられないはずだ」
フェンリィの髪を見て動揺したが、魔王サタナの考え方からしてそれはしない。やるなら俺の目の前でだ。奴はそういう鬼畜だと分かる。俺が分身だからか、そうだと確信できる。
だからこそ、ここからが本番だ。
待ち受けている者はそう多くない。
「よかった。じゃあ早く会いに行こ」
「うん。メメもまだまだ戦えるよ」
「ああ。ちょうど天井ぶち抜いたし一気に行くか」
二人に掴まってもらい、能力を発動。
重力操作により上昇する。
「二人とも気をつけろ。また来るぞ」
どんどんその存在が近づいてきた。
懐かしさは無い。
もうすっかり変わり果てた姿だからだ。
この禍々しいオーラはもはや人間ではない。
見方によっては俺が捨てた。
元仲間たちにとって、俺は殺したいほど憎い存在なのだろう。
顔だって見たくないし声だって聴きたくないだろう。
俺を殺すためだけに悪魔に魂を売ったんだ。普通に考えて普通じゃない。でもそうさせてしまった。
だから俺は、俺が原因だというのならせめて責任は取る。あいつらに出会わなければ今の仲間と出会うことも無かっただろう。
結果論だがそれだけは事実だ。今の俺がいるのは元仲間であり俺を追放した三人のおかげ。
なら、ここでちゃんと終わらせよう。
この因縁に決着をつける。
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「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
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この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
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小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。
無能なので辞めさせていただきます!
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ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
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残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
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