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終章
91話 Ban!shment th!s world
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平和から一気に反転した世界。
俺たちが妖精の森から出ると世界は地獄に成り果てていた。
「フェンリィ、何か気づいたことがあったらすぐ教えてくれ。ルーナとメメは敵だけ倒しながら目に付いた人間を気絶させるんだ」
人々は自我を失ったまま殺し合っている。
術者を倒せれば解除できるだろうが、遭遇するまでは気絶させた方が被害を抑えられる。
フェンリィは優れた五感と頭脳。
ルーナは超スピードと高火力の攻撃。
メメは膨大な魔力と知識による大魔法。
無能だなんだと見下されていたが今では世界を救う救世主だ。この三人がいたからこそ俺はここまで来ることができた。
「リクト様」
「なんだ?」
さっそくフェンリィが何か気づいた。
いつもはチャランポランで不思議な子だがみんな頼りにしてる女の子だ。
「チューしますか?」
真顔で聞いてきた。
ふざけてるわけではないらしい。
「いや、平気だ。あれからずっと常時能力を使いっぱなしにしてるから」
フェンリィの能力により俺の能力を下げ、そこからステータスを反転させるというコンボ。そのおかげで俺は通常の生物では到達できない領域まで踏み込んだ。
「見ればわかりますよ。でもしますか?」
やっぱりふざけてるのだろうか。少ししょんぼりしてるように見えなくもない。
戦うたびにキスできるからやったーって思ってくれてたのかもしれないな。
「しないよ」
「わかりました。お楽しみはとっておきたいってことですねっ」
勝手に納得するとフェンリィは銃を握った。
やる気はあるみたいでなによりだ。
「ちょっと。遊んでないで二人も手伝ってよ」
俺たち……というかルーナとメメが通り過ぎた後は人が気絶して倒れている。
それでもまだまだきりがない。
「リクト様、あれをやります。この辺の状況は把握しました」
「りょーかい」
フェンリィの目つきが変わる。
俺は指示通り能力を使用した。
「≪反転≫」
周囲にいるモンスターたちのステータスを反転させて平均以下にした。要するに一般の冒険者でも倒せる低級の雑魚にした。
「ミーちゃん、お願いします」
銃口を上に向けるとドドドドドッと連射。
空中で分散した弾が流星のように降り注ぐ。
≪強襲雷降≫
「ふぅっ。これで少し静かになりましたね」
銃口に息を吹きかけてフィニッシュ。
モンスターは死に、人々だけが気絶した。
フェンリィにしかできない神業だろう。
「凄いね、リィちゃん。かっこいいよ」
「確かによくやったけど私たち働く意味あった?」
「ありましたよ。おかげでリクト様とイチャ……作戦を考える時間が出来ました」
フェンリィがウインクをしてきた。
ルーナとメメが呆れたのかジト目で見てくる。
そんな六つの目を見ていると、
「あ、やっぱりルーナだ! よかった、みんなは無事だったんだね」
見知った声と顔。俺たちが探していた人物だ。
フェンリィの銃声を聞いてもしやと思ったらしい。
「兄さまこそご無事でなによりです」
「ああ、僕は平気さ」
ルーナの兄であるルーイ。
彼は能力にかかっている様子はない。
俺とフェンリィにも一言かけてメメとお辞儀を交わすと話し始めた。
「再開を喜びたいけど今はそんな場合じゃない。魔王軍が本格的に攻めてきたんだ。四天王を一気に二人も投入してね」
残りの四天王か。
その二人が犯人とみて間違いないだろう。
「朝まで何ともなかったのにたった数時間でこの有様さ。なぜか突然みんなが殺し合いを始めたんだ。僕は一度呪いを受けてるから耐性があるのか、多少能力に秀でているからかは分からないけど何ともない。僕以外はみんな自分以外が敵に映ってるのかなりふり構わず戦っている状況だよ」
拳を握り込む手は血が滲んでボロボロになっていた。
たった一人で戦場を駆けまわっていた苦労がうかがえる。
「でも兄さま。どうしてここにみんないるんですか? 街に行っても誰もいませんでしたよ」
ルーナが兄に問う。
兄に対しては口調が柔らかいから新鮮だ。
「突然ここに転移されたんだ。僕たちだけじゃない。他の街の人たちもだし、巨人族とか亜人族とか他の種族も全部集められたんだ。今はもうあちこちで戦闘が起こってる」
思った以上に酷く、考え得る限り最悪の状況だ。
「リクトくん。君のチカラを貸してくれないかな。僕一人じゃもう何も……」
「もちろんですよ。みんなで元に戻しましょう」
「助かるよ。さっそくだけど何か作戦はある? 時間も無いし前みたいにフェンリィちゃんが頼りだ」
俺も同じ考えのためフェンリィを向く。
全員が彼女に意識を集中した。
「んー、四天王を見つけて倒す以外無いと思います。ごめんなさい」
「謝らなくていい。仕方ないさ」
「リクト様……」
「とりあえずもっと中心に行ってみよう」
「そうですね。私もそれがいいと思います」
方針だけ固めて臨機応変に対応すればいい。
きっと俺たちなら何とかなるはずだ。
「やっぱり人が増えると心強いね。じゃあすぐに向かお…………」
突然ルーイが固まった。
比喩ではない。
文字通り、瞬きも呼吸すらも停止した。
時が止まったという表現が適切かもしれない。
「ルーイさん?」
呼びかけても返事は無い。
そして、それだけじゃなかった。
「フェンリィ? ルーナ? メメ?」
「…………」
三人も反応が無かった。
みんな人形みたいに固まって動かない。
「どういうことだよ。何が起きてるんだ?」
風もピタリとやんだ。そして音も聞こえてこない。
俺だけ取り残して世界が活動を停止してしまったようだ。
「ここは、どこだ?」
瞬きをすると一瞬で世界が変わっていた。
上下左右、全てがガラスで覆われたような異空間。
逆さまになった俺がそこら中に反射して映っている。
フェンリィ、ルーナ、メメは変わらず停止したままだがルーイは姿を消している。
俺たちだけ転移させられたのだろうか……。
『よくここまで来たね』
俺の思考はそのノイズにより中断される。
どこからともなく声が聞こえたのだ。
周囲を見渡すが姿は見えず、俺は刀を引き抜いた。
『ここだよ』
背面から声がした。
そう認識した瞬間、振り向きざまに刀を振るう。
だが俺の刀は俺の意志により止められる。
「きゃーリクトさまころさないでー」
「くそ、趣味の悪い奴だな」
俺はフェンリィの首筋に届く寸前で刀を制止させた。
あと少し遅れていたら首が飛んでいただろう。
「お前、何者だよ。殺すぞ」
声も姿もフェンリィそのまま。
静止していたはずなのに突然動き出した。
「えーなにいってるんですかリクトさま。フェンリィちゃんですよぉ」
「俺がフェンリィを見分けられないわけないだろ。ふざけんなよ」
「ふーん、つまんないなぁ」
中世的な声で言うとフェンリィの身体は電池が切れたみたいに動きを止めた。
すると今度は別の少女が動き出す。
「もう、リクトって意外と怒りやすいよね」
「その体から離れろ。何が目的なんだ」
今度はルーナの体で問いかけてきた。
攻撃なんて出来るはずがない。
「うぅぅ、怖いよリっくん」
「もう下手な芝居はやめろ。姿を見せろよ」
メメも体を乗っ取られた。
こうされては俺は受け身になるしかない。
「ごめんごめん。ちょっと遊んだだけだよ」
その声が消えると共にメメの体も停止した。
そして、ようやく俺の前に姿を見せる。
「久しぶりだね。ボクは──」
目に入った瞬間に俺はそいつをぶった切った。
しかし感触は伝わってこない。
「物騒だなぁ。でも残念でした」
「そこか!!!」
再び姿を現したため真っ二つにする。
だが、刀身には血の一滴すら付着していない。
「ボク実態無いから。攻撃しても意味ないよ」
「残像ってことか。どこで見てんだ」
「んーちょっと違うかな。あとこれが本体だよ。ボクの意識はここにしかない」
中世的な顔立ちのそいつは宙に浮遊してみせた。
幽霊とかそういう類なのだろうか。
不思議なオーラを放っている。
「大丈夫だよ。女の子たちは死んでない。まだ死んでもらっちゃ困るからね。うるさくなりそうだから静かにしてもらってるだけだよ」
死んでないことを聞いて一先ず安心する。
だが油断はできない。コイツと会うのは初めてなのに俺はコイツを知っている気がした。
「ボクが誰か気にしてるみたいだね」
そいつは逆さまに浮かんだ状態で俺の顔を覗き込んできた。
目の前にはひっくり返ったそいつの顔があって、空に向けて足を伸ばしている。
まるで天井に立っているみたいだ。
「ボクは魔王だよ」
その単語を聞き終える前に俺はその顔をぶん殴った。
「だーから攻撃しないでよ。痛くないけど視界がぐしゃってなって気持ち悪いの」
「知るか。魔王が何の用だ! なぜこのタイミングで顔を見せた! お前は何がしたいんだよ!」
「そんなにいっぺんに聞かないでよ。ボクは魔王サタナ。面白いことが大好きな一人の生き物だよ。特に壊したり消したり殺したりするのが好きかなー」
無邪気な子どものように自己紹介を始めるサタナ。
俺を攻撃する意思は全く感じない。
「もうやることなくて飽きちゃったんだよね。だからもうじきボクも消えてみようかなって思ってるんだ。消えたらどうなるか知りたいしね」
「だったらとっとと死んでくれ。お前のせいで迷惑してんだよ」
「うん。最後にやることやったらね。キミが最後のピースだよ。っていうか、キミがボクの考えた物語の主人公。もうすぐ終わらせようと思ってるんだけどこれからどうしようっか」
何一つ意味が分からない。
魔王が俺を待っていた。
考えた物語……終わらせる……。
心当たりはない。いや、あるな。
吸血鬼が言っていた。
「あそっか。言ってなかったもんね。キミも魔王だよ」
「……」
「あんまり驚かないね。誰かに聞いちゃった?」
「……ありえないだろ」
そんなわけない。ありえない。
そう自分に言い聞かせる。
だが否定しきれない。
腑に落ちてしまう点がある。
「キミはボクたち魔王軍を倒す勇者だよ。ボクたちを倒せるくらい成長させるためにボクが生み出した分身なの。つまり、ボクの光だね」
「……」
「キミは全部造りものだよ。ボクを倒すという意志しか持ってない人形だよ。ボクを倒すためなら何でも利用する非情な存在だったんだよ」
「……」
「仲間なんて道具としか思ってない。だから追放されても割り切れて、上から目線で見下してたんだよね? 今の仲間はどう? キミの望みを叶えてくれそうかな? フェンリィちゃんにルーナちゃんにメメちゃんだったかな。みんな可愛くていい子だね。よく働く手足を手に入れた気分はどう? みんなキミを慕ってくれる奴隷みたいだよね。キミはみんなの弱みに付け込んで心酔させてるだけだよ。あーみんなが可哀そう。魔王を憎む子たちが魔王に慕っていたなんて!」
怒りの矛先は自分へと向いた。
もう自分が分からない。
何が正しくて何が間違いなのか。
俺とは何なのか。
なぜ存在しているのか。
全部全部分からない。
「最低なキミには報復が必要だよね!」
サタナは楽しそうに笑うとパチンと指を弾いた。
抜け殻のような俺に追い打ちをかけてくる。
「よう、久しぶりだな」
声だけは聞き覚えがあった。
だが姿は初めて見る。
「いい気味だわ」
「醜い顔っすね」
姿を現したのは三人。
三人の姿に面影はない。
全員、人間をやめたような姿だった。
「アーノルド……ルキシア……ハウザー……?」
かつての仲間。
俺が……見捨てたからなのか?
俺のせいで魔王に玩具にされたのか?
「何してんだお前ら。その姿はなんだよ!」
「黙れ雑魚が。これでようやくお前をぶっ潰せるぜ」
「今度は確実に捨ててあげるわ。この無能のクズ男が!」
「この力があればオレたちはもう何でもできるっすよ」
三人を見れば俺を恨んでいるのがよく分かった。
追放してきたのはコイツら。
そう思っていたが違うのか?
俺……が……悪い……のか?
「徹底的に地獄を見せてやる。まずは俺たちの屈辱を思い知らせてやろう」
アーノルドは不敵に笑うとかつて言われたセリフをもう一度言った。
「無能はいらん。お前を追放してやる」
反論する意思は既に俺の中になかった。
どんな感情を抱けばいいのか分からない。
抵抗したところで俺はどうしたいのか分からない。
「じゃあな。消え去れ」
アーノルドはそう言って俺に手をかざした。
瞬間、俺の意識が飛ぶ。
脳が真っ黒に塗り潰されてフェードアウトしていく。
微かに聞こえてきたのは嘲笑う声。
俺は、この世界から追放された──
俺たちが妖精の森から出ると世界は地獄に成り果てていた。
「フェンリィ、何か気づいたことがあったらすぐ教えてくれ。ルーナとメメは敵だけ倒しながら目に付いた人間を気絶させるんだ」
人々は自我を失ったまま殺し合っている。
術者を倒せれば解除できるだろうが、遭遇するまでは気絶させた方が被害を抑えられる。
フェンリィは優れた五感と頭脳。
ルーナは超スピードと高火力の攻撃。
メメは膨大な魔力と知識による大魔法。
無能だなんだと見下されていたが今では世界を救う救世主だ。この三人がいたからこそ俺はここまで来ることができた。
「リクト様」
「なんだ?」
さっそくフェンリィが何か気づいた。
いつもはチャランポランで不思議な子だがみんな頼りにしてる女の子だ。
「チューしますか?」
真顔で聞いてきた。
ふざけてるわけではないらしい。
「いや、平気だ。あれからずっと常時能力を使いっぱなしにしてるから」
フェンリィの能力により俺の能力を下げ、そこからステータスを反転させるというコンボ。そのおかげで俺は通常の生物では到達できない領域まで踏み込んだ。
「見ればわかりますよ。でもしますか?」
やっぱりふざけてるのだろうか。少ししょんぼりしてるように見えなくもない。
戦うたびにキスできるからやったーって思ってくれてたのかもしれないな。
「しないよ」
「わかりました。お楽しみはとっておきたいってことですねっ」
勝手に納得するとフェンリィは銃を握った。
やる気はあるみたいでなによりだ。
「ちょっと。遊んでないで二人も手伝ってよ」
俺たち……というかルーナとメメが通り過ぎた後は人が気絶して倒れている。
それでもまだまだきりがない。
「リクト様、あれをやります。この辺の状況は把握しました」
「りょーかい」
フェンリィの目つきが変わる。
俺は指示通り能力を使用した。
「≪反転≫」
周囲にいるモンスターたちのステータスを反転させて平均以下にした。要するに一般の冒険者でも倒せる低級の雑魚にした。
「ミーちゃん、お願いします」
銃口を上に向けるとドドドドドッと連射。
空中で分散した弾が流星のように降り注ぐ。
≪強襲雷降≫
「ふぅっ。これで少し静かになりましたね」
銃口に息を吹きかけてフィニッシュ。
モンスターは死に、人々だけが気絶した。
フェンリィにしかできない神業だろう。
「凄いね、リィちゃん。かっこいいよ」
「確かによくやったけど私たち働く意味あった?」
「ありましたよ。おかげでリクト様とイチャ……作戦を考える時間が出来ました」
フェンリィがウインクをしてきた。
ルーナとメメが呆れたのかジト目で見てくる。
そんな六つの目を見ていると、
「あ、やっぱりルーナだ! よかった、みんなは無事だったんだね」
見知った声と顔。俺たちが探していた人物だ。
フェンリィの銃声を聞いてもしやと思ったらしい。
「兄さまこそご無事でなによりです」
「ああ、僕は平気さ」
ルーナの兄であるルーイ。
彼は能力にかかっている様子はない。
俺とフェンリィにも一言かけてメメとお辞儀を交わすと話し始めた。
「再開を喜びたいけど今はそんな場合じゃない。魔王軍が本格的に攻めてきたんだ。四天王を一気に二人も投入してね」
残りの四天王か。
その二人が犯人とみて間違いないだろう。
「朝まで何ともなかったのにたった数時間でこの有様さ。なぜか突然みんなが殺し合いを始めたんだ。僕は一度呪いを受けてるから耐性があるのか、多少能力に秀でているからかは分からないけど何ともない。僕以外はみんな自分以外が敵に映ってるのかなりふり構わず戦っている状況だよ」
拳を握り込む手は血が滲んでボロボロになっていた。
たった一人で戦場を駆けまわっていた苦労がうかがえる。
「でも兄さま。どうしてここにみんないるんですか? 街に行っても誰もいませんでしたよ」
ルーナが兄に問う。
兄に対しては口調が柔らかいから新鮮だ。
「突然ここに転移されたんだ。僕たちだけじゃない。他の街の人たちもだし、巨人族とか亜人族とか他の種族も全部集められたんだ。今はもうあちこちで戦闘が起こってる」
思った以上に酷く、考え得る限り最悪の状況だ。
「リクトくん。君のチカラを貸してくれないかな。僕一人じゃもう何も……」
「もちろんですよ。みんなで元に戻しましょう」
「助かるよ。さっそくだけど何か作戦はある? 時間も無いし前みたいにフェンリィちゃんが頼りだ」
俺も同じ考えのためフェンリィを向く。
全員が彼女に意識を集中した。
「んー、四天王を見つけて倒す以外無いと思います。ごめんなさい」
「謝らなくていい。仕方ないさ」
「リクト様……」
「とりあえずもっと中心に行ってみよう」
「そうですね。私もそれがいいと思います」
方針だけ固めて臨機応変に対応すればいい。
きっと俺たちなら何とかなるはずだ。
「やっぱり人が増えると心強いね。じゃあすぐに向かお…………」
突然ルーイが固まった。
比喩ではない。
文字通り、瞬きも呼吸すらも停止した。
時が止まったという表現が適切かもしれない。
「ルーイさん?」
呼びかけても返事は無い。
そして、それだけじゃなかった。
「フェンリィ? ルーナ? メメ?」
「…………」
三人も反応が無かった。
みんな人形みたいに固まって動かない。
「どういうことだよ。何が起きてるんだ?」
風もピタリとやんだ。そして音も聞こえてこない。
俺だけ取り残して世界が活動を停止してしまったようだ。
「ここは、どこだ?」
瞬きをすると一瞬で世界が変わっていた。
上下左右、全てがガラスで覆われたような異空間。
逆さまになった俺がそこら中に反射して映っている。
フェンリィ、ルーナ、メメは変わらず停止したままだがルーイは姿を消している。
俺たちだけ転移させられたのだろうか……。
『よくここまで来たね』
俺の思考はそのノイズにより中断される。
どこからともなく声が聞こえたのだ。
周囲を見渡すが姿は見えず、俺は刀を引き抜いた。
『ここだよ』
背面から声がした。
そう認識した瞬間、振り向きざまに刀を振るう。
だが俺の刀は俺の意志により止められる。
「きゃーリクトさまころさないでー」
「くそ、趣味の悪い奴だな」
俺はフェンリィの首筋に届く寸前で刀を制止させた。
あと少し遅れていたら首が飛んでいただろう。
「お前、何者だよ。殺すぞ」
声も姿もフェンリィそのまま。
静止していたはずなのに突然動き出した。
「えーなにいってるんですかリクトさま。フェンリィちゃんですよぉ」
「俺がフェンリィを見分けられないわけないだろ。ふざけんなよ」
「ふーん、つまんないなぁ」
中世的な声で言うとフェンリィの身体は電池が切れたみたいに動きを止めた。
すると今度は別の少女が動き出す。
「もう、リクトって意外と怒りやすいよね」
「その体から離れろ。何が目的なんだ」
今度はルーナの体で問いかけてきた。
攻撃なんて出来るはずがない。
「うぅぅ、怖いよリっくん」
「もう下手な芝居はやめろ。姿を見せろよ」
メメも体を乗っ取られた。
こうされては俺は受け身になるしかない。
「ごめんごめん。ちょっと遊んだだけだよ」
その声が消えると共にメメの体も停止した。
そして、ようやく俺の前に姿を見せる。
「久しぶりだね。ボクは──」
目に入った瞬間に俺はそいつをぶった切った。
しかし感触は伝わってこない。
「物騒だなぁ。でも残念でした」
「そこか!!!」
再び姿を現したため真っ二つにする。
だが、刀身には血の一滴すら付着していない。
「ボク実態無いから。攻撃しても意味ないよ」
「残像ってことか。どこで見てんだ」
「んーちょっと違うかな。あとこれが本体だよ。ボクの意識はここにしかない」
中世的な顔立ちのそいつは宙に浮遊してみせた。
幽霊とかそういう類なのだろうか。
不思議なオーラを放っている。
「大丈夫だよ。女の子たちは死んでない。まだ死んでもらっちゃ困るからね。うるさくなりそうだから静かにしてもらってるだけだよ」
死んでないことを聞いて一先ず安心する。
だが油断はできない。コイツと会うのは初めてなのに俺はコイツを知っている気がした。
「ボクが誰か気にしてるみたいだね」
そいつは逆さまに浮かんだ状態で俺の顔を覗き込んできた。
目の前にはひっくり返ったそいつの顔があって、空に向けて足を伸ばしている。
まるで天井に立っているみたいだ。
「ボクは魔王だよ」
その単語を聞き終える前に俺はその顔をぶん殴った。
「だーから攻撃しないでよ。痛くないけど視界がぐしゃってなって気持ち悪いの」
「知るか。魔王が何の用だ! なぜこのタイミングで顔を見せた! お前は何がしたいんだよ!」
「そんなにいっぺんに聞かないでよ。ボクは魔王サタナ。面白いことが大好きな一人の生き物だよ。特に壊したり消したり殺したりするのが好きかなー」
無邪気な子どものように自己紹介を始めるサタナ。
俺を攻撃する意思は全く感じない。
「もうやることなくて飽きちゃったんだよね。だからもうじきボクも消えてみようかなって思ってるんだ。消えたらどうなるか知りたいしね」
「だったらとっとと死んでくれ。お前のせいで迷惑してんだよ」
「うん。最後にやることやったらね。キミが最後のピースだよ。っていうか、キミがボクの考えた物語の主人公。もうすぐ終わらせようと思ってるんだけどこれからどうしようっか」
何一つ意味が分からない。
魔王が俺を待っていた。
考えた物語……終わらせる……。
心当たりはない。いや、あるな。
吸血鬼が言っていた。
「あそっか。言ってなかったもんね。キミも魔王だよ」
「……」
「あんまり驚かないね。誰かに聞いちゃった?」
「……ありえないだろ」
そんなわけない。ありえない。
そう自分に言い聞かせる。
だが否定しきれない。
腑に落ちてしまう点がある。
「キミはボクたち魔王軍を倒す勇者だよ。ボクたちを倒せるくらい成長させるためにボクが生み出した分身なの。つまり、ボクの光だね」
「……」
「キミは全部造りものだよ。ボクを倒すという意志しか持ってない人形だよ。ボクを倒すためなら何でも利用する非情な存在だったんだよ」
「……」
「仲間なんて道具としか思ってない。だから追放されても割り切れて、上から目線で見下してたんだよね? 今の仲間はどう? キミの望みを叶えてくれそうかな? フェンリィちゃんにルーナちゃんにメメちゃんだったかな。みんな可愛くていい子だね。よく働く手足を手に入れた気分はどう? みんなキミを慕ってくれる奴隷みたいだよね。キミはみんなの弱みに付け込んで心酔させてるだけだよ。あーみんなが可哀そう。魔王を憎む子たちが魔王に慕っていたなんて!」
怒りの矛先は自分へと向いた。
もう自分が分からない。
何が正しくて何が間違いなのか。
俺とは何なのか。
なぜ存在しているのか。
全部全部分からない。
「最低なキミには報復が必要だよね!」
サタナは楽しそうに笑うとパチンと指を弾いた。
抜け殻のような俺に追い打ちをかけてくる。
「よう、久しぶりだな」
声だけは聞き覚えがあった。
だが姿は初めて見る。
「いい気味だわ」
「醜い顔っすね」
姿を現したのは三人。
三人の姿に面影はない。
全員、人間をやめたような姿だった。
「アーノルド……ルキシア……ハウザー……?」
かつての仲間。
俺が……見捨てたからなのか?
俺のせいで魔王に玩具にされたのか?
「何してんだお前ら。その姿はなんだよ!」
「黙れ雑魚が。これでようやくお前をぶっ潰せるぜ」
「今度は確実に捨ててあげるわ。この無能のクズ男が!」
「この力があればオレたちはもう何でもできるっすよ」
三人を見れば俺を恨んでいるのがよく分かった。
追放してきたのはコイツら。
そう思っていたが違うのか?
俺……が……悪い……のか?
「徹底的に地獄を見せてやる。まずは俺たちの屈辱を思い知らせてやろう」
アーノルドは不敵に笑うとかつて言われたセリフをもう一度言った。
「無能はいらん。お前を追放してやる」
反論する意思は既に俺の中になかった。
どんな感情を抱けばいいのか分からない。
抵抗したところで俺はどうしたいのか分からない。
「じゃあな。消え去れ」
アーノルドはそう言って俺に手をかざした。
瞬間、俺の意識が飛ぶ。
脳が真っ黒に塗り潰されてフェードアウトしていく。
微かに聞こえてきたのは嘲笑う声。
俺は、この世界から追放された──
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洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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