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3.5章
89話 恋煩い
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私はリクト様の善意に甘えた。
心配かけて助けてもらって、胸を借りて泣いた。
「フェンリィ」
ただ私の名前を呼んで背中をさすってくれる。
それがどれだけ嬉しくて悲しいことか。
「リ、クト……さまぁ」
「どうしたの?」
「ごめんなさい」
「うん」
「ごべんなざい」
「いいって」
「ご……う、うええええええん!」
みっともない。情けない。
私は何をやっているんだ。
泣けば慰めてもらえると思ってるんだろ?
お前はそういうずるい女だよ。
「うるさい!」
私は一人で勝手に叫んだ。
弱者気取りが。
不幸ぶってんじゃねえよ。
「うるさいうるさい!」
お前に何の価値がある?
たまたま上手くいっただけだろ。
別にお前じゃなくてもよかった。
偶然最初に拾ってもらっただけだ。
お前の代わりなんていくらでもいる。
己の恥を知れ。無知を知れ。
お前は掃いて捨てられるだけのゴミなんだよ。
思いあがるな。自惚れるな。
お前を必要とする人なんて誰も居ない。
お前なんて誰も必要としていない。
「うるさああああああああああああああああああああああああああああああああいいいいいいいい!!!!!」
吐き出すように叫んだ。
そして、リクト様を手で押して突き放した。
水面に映るフェンリィという女の顔は見るに堪えないくらい酷い顔をしていて、リクト様は悲しそうだった。
「あ……ごめ、さい」
最低だ私。私が悪いのに、自分で勝手に傷ついてるだけなのに、私を助けてくれたリクト様に酷いことをした。もう死ねばいいよ。お前なんか消えちゃえ。
「フェンリィ」
それでもやっぱりこの人は私に優しい。
いや、きっと誰にでも優しい。
考えるな。私は特別じゃない。
望むな! 何も欲しがるな!
「俺と話しよ?」
「……」
「ずっと誰と喋ってるの?」
「……」
「ほら。言ったでしょ。やっぱりフェンリィ変だよ」
「……なんですか」
深く深く、底へ底へと落ちていく。
差し伸べられた手を取らずに、私は独りで無様に溺れた。
勝手に溺れたくせに責任を押し付けて叫んだ。
「変ってなんですか! 私はあなたが思ってるような人じゃありません! もっと醜くて汚くてずるくて人とは呼べない不要物なんです! そんなに優しくしないでください。仲間だなんて思わないでください。信用しないでくださいよ。私はあなたを利用しようとしてたんです。捨てられたくないから笑ってたんです。全部全部偽物だったんです。だから……なんにも知らないくせに私のこと理解した気にならないでくださいよ!」
言ってしまった。
自分で言ってて最低に思う。
でも言えた。これでいい。これでいいんだよ。
罪悪感だけは消えてくれた。
あとは孤独に生きて行けばいい……。
だけなのに。
なんで。なんで捨ててくれないの。
あなたはどうして勝手に手を掴んでくれるの。
「ごめんね、フェンリィ」
もう底まで沈んでしまった。
声も光も届かないはずだった。
なのに、リクト様は私を引っ張り上げてくれた。
しかも私なんかに謝ってくれた。何も悪くないのに。私が全部悪いのに。
「やっぱり今のフェンリィはおかしいよ」
私が逃げると思ったのか、指の先っちょだけ優しく握ってくれた。
抱きしめられも頭を撫でられもしていないのに、そのどれよりもあたたかさを感じた。
「俺は嘘吐きなんて思ったことないよ。嘘吐いてる相手は自分でしょ」
リクト様はこういう時だけ口調が優しくなる。
いつもは前に立って守ってくれるのに横に立って同じ目線になってくれる。
「やめてください。私は……」
「俺はフェンリィといて楽しいよ」
「……え?」
予想外の言葉だった。
私は貰っているだけの分際だと思っていた。
「俺が楽しいって思えてるから本物だよ。絶対偽物じゃない。フェンリィは会った時からずっとフェンリィとして接してくれてたよ。演技なはずがない」
「だ、だからそれは……」
言い訳ばかりする私の手をリクト様が包み込んだ。
今度は少し痛いくらい強めに。
「違くないよ。慰めるなって言いたい? 貶して欲しい? でもごめん。俺も本当のことしか言いたくない。俺はフェンリィに呼ばれるだけで嬉しいしフェンリィがバカみたいに笑ってるだけで頑張れるよ。それにフェンリィも自分で言ってたじゃん。俺が自分を犠牲にしようとした時に信じて欲しいって。それが答えでしょ」
私の……本音。
そんなの分かんない。
私って誰なの。私ってどんな人間なの。
「フェンリィは俺たちと居るの嫌だった?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「無理して笑ってたの? 笑うの辛かった?」
「……ちがいます……たのしかったにきまってます」
心の底から笑えてた。からげんきだったかもしれないけど居心地がよかった。ずっとここにいられたらって思った。自分を守るための鎧だったのに気づけばそれが馴染んで私の本物になっていた。それは事実。ニコニコ笑ってる楽しい思い出しかない。
「じゃあそれがフェンリィだよ。どんなフェンリィでもフェンリィだ」
きっと、私も自分で分かってた。今の私も本物なんだって。
でも自分を信じられなかった。自分の中でいろんな感情がぐちゃぐちゃになって私は幸せを感じちゃいけないんじゃないかって思い込んでいた。その気持ちは今も心の底にあって変わらない。変わらないけど……、
「リクト様」
涙か水か分からないけどとにかく顔はぐしゃぐしゃに濡れていた。こんな顔見られたくないけど滲んで見えにくいリクト様のお顔をちゃんと見つめる。ありのままの私で。
「わた、し……わたし……」
「ゆっくりでいいよ」
涙は拭ってもらった側から溢れてくる。
拭ってもらうたびに一瞬だけリクト様と目が合った。
ずっといつもと変わらない眼差しでこんな私を見ていてくれる。
「やざしく……しないで、ください」
「ごめんね。それは無理っぽい」
「ばかぁ。私をっ……泣かせて、うぅ、楽しいんですかぁ!」
「それは、ちょっと楽しいかも」
「もぉぉぉぉ!」
小さな子どもみたいにわんわん泣いた。
ポカポカ胸を叩いて駄々をこねた。
それでも嫌な顔をしない優しさに甘えた。
あぁ、私はこの人が大好きなんだ。
だってこんなに心臓がうるさいもん。
見てるだけでドキドキするもん。
触れられるだけでおかしくなっちゃいそうだもん。
「リクト様」
名前を呼ぶ。私の大好きな名前を。
この気持ちは本物。これだけは嘘じゃない。
ならそれで十分。私は一つだけ信じればいい。
「リクト様」
ただ名前を呼び続ける。
自分の気持ちを確認するように。
言葉を覚えるように何度も声に出した。
「リクト様」
いいんだよね?
私は変わらなくても。
「リクト様」
いいんですよね?
このままみんなと笑うことは悪い事じゃないんですよね?
「リクト様」
ニコニコしてるのが今の私で本物なんですよね?
「リクト様」
なら、私は今の自分を捨てよう。
何も信じない自分を不幸だと思い込んでる自分を。
私は自分を信じることを辞める。
その代わり、大好きな人を信じることにする。
「リクト様」
「聞こえてるよ」
「私、フェンリィです」
「知ってる。お帰り、フェンリィ」
「はい! ただいまです!」
もう大丈夫。悩むのはお終い。
私にはこの場所さえあればいい。
私は、これからもフェンリィでいよう。
◇◆◇◆◇◆
「くちゅんっ!」
湖から出て服を着替えた。
今はまだ眠れる状態じゃないから火を起こして温まっている。
リクト様は私がくしゃみをすると黙って羽織物を被せてくれた。
「私、めんどくさくないですか?」
こんなに世話のかかる女、誰だってそう思う。
まずこの質問自体が面倒くさい。
こんなの否定してもらいたくて言ってるようなものだ。
「めんどくさいよ。急に溺れてるし怒られるし泣かれるしで超困ったよ」
「で、ですよね……ごめんなさぃ」
正直に言ってくれた。
それがちょっぴり嬉しかったりもする。
でも……そうだよね。
絶対うざい女だって思われたよね。
拗らせて自分勝手な女になっちゃってた。
こんなの絶対嫌われちゃう。
「あ、でもいつもそうだからね」
「いつも、ですか? ふぇぇ?」
「うん。むしろいつもの奇行に比べたら普通なんじゃない? もっと普段は頭おかしい事してるしよっぽど面倒だって思ってるよ」
「えぇと、慰めてるんですか? 貶してますよね?」
「褒めてるよ。あれも全部演技とか言わないよね?」
「は、はぃ。リクト様たちの前では素で接してたと……思います、多分。なので私はほんとにおバカさんみたいです……えっと、何言ってるんだろ私。私っていつもそんなに変でしたっけ?」
頭がこんがらがる。
造られた性格だと思い込んでた私は本当の私で……リクト様のことが大好きな私も私。ということは今までの私は全部私? じゃあ今まで通り普通にしてれば私ってこと?
うぅぅ、ダメだ。私じゃよく分からない。
「フェンリィはもっとふわふわしてて柔らかいイメージの子だったよ」
「ふえええええええ! リクト様が急に私の体のお話始めちゃいました! わあああああ! えっちです!」
「いやしてねえよ! でもそれだよ。それが俺の知ってるフェンリィだ」
「あ……そうですか。じゃあ私、今まで通り普通にしてればいいんですね?」
「そうだよ。そうしててほしい」
「え? じゃあ私はなんでこんなメルヘンチックな事してるんですか!? ほんとにただのめんどくさい女じゃないですかぁ!」
ただ迷惑をかけただけ。
自分で自分を責めていただけだ。
「でも意味はあったでしょ?」
「……はい。軽くなりました」
心が軽い。
全部話したから。たくさん泣いたから。
それもそうだけど、やっぱり自分の気持ちが本物だって気づけたから。
「リクトさま~」
「どうした? まだ濡れてるんだからくっつくなって」
「えー、じゃあ濡れてなかったらいいんですかぁ?」
「ダメだ……って聞いてるか?」
「えへへ、こっちの方があったかいですよぉ」
「あーもう、まあいいや。てか最近俺を避けてたのはなんだったの?」
「んーと……それはもう忘れちゃいましたっ」
「そっか。元気ならそれでいいや」
「はい! あ、そうだリクト様」
「ん?」
これは好かれるためにやってることじゃない。
自分が好きでやってることだ。
その意味はまるで違う。
この人のためなら死んでもいい。
そう思えるくらい私はこの人のことが、
「大好きですよ」
私が抱き着いたまま言うとリクト様は顔を逸らした。
もう私は真っ直ぐ見れる。
ドキドキするし恥ずかしいけどもうへっちゃら。
もっと見たいし見て欲しい。
「ほら、もう寝よ。明日……じゃなくてもう今日か。ゆっくり寝て疲れ取らなきゃ」
「一緒に寝るお誘いですか!? そ、それはちょっとまだ早くないですかね? 私もまだ心の準備が……」
「俺が悪いの!? 自分の部屋に戻ろってことだよ。じゃあねフェンリィ。おやすみ」
「ああああ冗談ですからぁ! 待ってくださいよぉ!」
やっぱり本物だ。
生きてるのが楽しい。
私は今とっても幸せ。
だからこれからも呼び続ける。
何度も何度も呼び続ける。
呼びたいから呼び続ける。
今はもう純粋に呼べる。
私の大好きな名前を。
元気いっぱいのニッコリ笑顔で、
「リクト様!」
と。
私はいい子ではありません。
ちょっぴりうるさいし、
面倒くさい性格ですし、
いっつもニコニコ笑ってます。
そんな私を、私はちょっぴり好きになりました!
心配かけて助けてもらって、胸を借りて泣いた。
「フェンリィ」
ただ私の名前を呼んで背中をさすってくれる。
それがどれだけ嬉しくて悲しいことか。
「リ、クト……さまぁ」
「どうしたの?」
「ごめんなさい」
「うん」
「ごべんなざい」
「いいって」
「ご……う、うええええええん!」
みっともない。情けない。
私は何をやっているんだ。
泣けば慰めてもらえると思ってるんだろ?
お前はそういうずるい女だよ。
「うるさい!」
私は一人で勝手に叫んだ。
弱者気取りが。
不幸ぶってんじゃねえよ。
「うるさいうるさい!」
お前に何の価値がある?
たまたま上手くいっただけだろ。
別にお前じゃなくてもよかった。
偶然最初に拾ってもらっただけだ。
お前の代わりなんていくらでもいる。
己の恥を知れ。無知を知れ。
お前は掃いて捨てられるだけのゴミなんだよ。
思いあがるな。自惚れるな。
お前を必要とする人なんて誰も居ない。
お前なんて誰も必要としていない。
「うるさああああああああああああああああああああああああああああああああいいいいいいいい!!!!!」
吐き出すように叫んだ。
そして、リクト様を手で押して突き放した。
水面に映るフェンリィという女の顔は見るに堪えないくらい酷い顔をしていて、リクト様は悲しそうだった。
「あ……ごめ、さい」
最低だ私。私が悪いのに、自分で勝手に傷ついてるだけなのに、私を助けてくれたリクト様に酷いことをした。もう死ねばいいよ。お前なんか消えちゃえ。
「フェンリィ」
それでもやっぱりこの人は私に優しい。
いや、きっと誰にでも優しい。
考えるな。私は特別じゃない。
望むな! 何も欲しがるな!
「俺と話しよ?」
「……」
「ずっと誰と喋ってるの?」
「……」
「ほら。言ったでしょ。やっぱりフェンリィ変だよ」
「……なんですか」
深く深く、底へ底へと落ちていく。
差し伸べられた手を取らずに、私は独りで無様に溺れた。
勝手に溺れたくせに責任を押し付けて叫んだ。
「変ってなんですか! 私はあなたが思ってるような人じゃありません! もっと醜くて汚くてずるくて人とは呼べない不要物なんです! そんなに優しくしないでください。仲間だなんて思わないでください。信用しないでくださいよ。私はあなたを利用しようとしてたんです。捨てられたくないから笑ってたんです。全部全部偽物だったんです。だから……なんにも知らないくせに私のこと理解した気にならないでくださいよ!」
言ってしまった。
自分で言ってて最低に思う。
でも言えた。これでいい。これでいいんだよ。
罪悪感だけは消えてくれた。
あとは孤独に生きて行けばいい……。
だけなのに。
なんで。なんで捨ててくれないの。
あなたはどうして勝手に手を掴んでくれるの。
「ごめんね、フェンリィ」
もう底まで沈んでしまった。
声も光も届かないはずだった。
なのに、リクト様は私を引っ張り上げてくれた。
しかも私なんかに謝ってくれた。何も悪くないのに。私が全部悪いのに。
「やっぱり今のフェンリィはおかしいよ」
私が逃げると思ったのか、指の先っちょだけ優しく握ってくれた。
抱きしめられも頭を撫でられもしていないのに、そのどれよりもあたたかさを感じた。
「俺は嘘吐きなんて思ったことないよ。嘘吐いてる相手は自分でしょ」
リクト様はこういう時だけ口調が優しくなる。
いつもは前に立って守ってくれるのに横に立って同じ目線になってくれる。
「やめてください。私は……」
「俺はフェンリィといて楽しいよ」
「……え?」
予想外の言葉だった。
私は貰っているだけの分際だと思っていた。
「俺が楽しいって思えてるから本物だよ。絶対偽物じゃない。フェンリィは会った時からずっとフェンリィとして接してくれてたよ。演技なはずがない」
「だ、だからそれは……」
言い訳ばかりする私の手をリクト様が包み込んだ。
今度は少し痛いくらい強めに。
「違くないよ。慰めるなって言いたい? 貶して欲しい? でもごめん。俺も本当のことしか言いたくない。俺はフェンリィに呼ばれるだけで嬉しいしフェンリィがバカみたいに笑ってるだけで頑張れるよ。それにフェンリィも自分で言ってたじゃん。俺が自分を犠牲にしようとした時に信じて欲しいって。それが答えでしょ」
私の……本音。
そんなの分かんない。
私って誰なの。私ってどんな人間なの。
「フェンリィは俺たちと居るの嫌だった?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「無理して笑ってたの? 笑うの辛かった?」
「……ちがいます……たのしかったにきまってます」
心の底から笑えてた。からげんきだったかもしれないけど居心地がよかった。ずっとここにいられたらって思った。自分を守るための鎧だったのに気づけばそれが馴染んで私の本物になっていた。それは事実。ニコニコ笑ってる楽しい思い出しかない。
「じゃあそれがフェンリィだよ。どんなフェンリィでもフェンリィだ」
きっと、私も自分で分かってた。今の私も本物なんだって。
でも自分を信じられなかった。自分の中でいろんな感情がぐちゃぐちゃになって私は幸せを感じちゃいけないんじゃないかって思い込んでいた。その気持ちは今も心の底にあって変わらない。変わらないけど……、
「リクト様」
涙か水か分からないけどとにかく顔はぐしゃぐしゃに濡れていた。こんな顔見られたくないけど滲んで見えにくいリクト様のお顔をちゃんと見つめる。ありのままの私で。
「わた、し……わたし……」
「ゆっくりでいいよ」
涙は拭ってもらった側から溢れてくる。
拭ってもらうたびに一瞬だけリクト様と目が合った。
ずっといつもと変わらない眼差しでこんな私を見ていてくれる。
「やざしく……しないで、ください」
「ごめんね。それは無理っぽい」
「ばかぁ。私をっ……泣かせて、うぅ、楽しいんですかぁ!」
「それは、ちょっと楽しいかも」
「もぉぉぉぉ!」
小さな子どもみたいにわんわん泣いた。
ポカポカ胸を叩いて駄々をこねた。
それでも嫌な顔をしない優しさに甘えた。
あぁ、私はこの人が大好きなんだ。
だってこんなに心臓がうるさいもん。
見てるだけでドキドキするもん。
触れられるだけでおかしくなっちゃいそうだもん。
「リクト様」
名前を呼ぶ。私の大好きな名前を。
この気持ちは本物。これだけは嘘じゃない。
ならそれで十分。私は一つだけ信じればいい。
「リクト様」
ただ名前を呼び続ける。
自分の気持ちを確認するように。
言葉を覚えるように何度も声に出した。
「リクト様」
いいんだよね?
私は変わらなくても。
「リクト様」
いいんですよね?
このままみんなと笑うことは悪い事じゃないんですよね?
「リクト様」
ニコニコしてるのが今の私で本物なんですよね?
「リクト様」
なら、私は今の自分を捨てよう。
何も信じない自分を不幸だと思い込んでる自分を。
私は自分を信じることを辞める。
その代わり、大好きな人を信じることにする。
「リクト様」
「聞こえてるよ」
「私、フェンリィです」
「知ってる。お帰り、フェンリィ」
「はい! ただいまです!」
もう大丈夫。悩むのはお終い。
私にはこの場所さえあればいい。
私は、これからもフェンリィでいよう。
◇◆◇◆◇◆
「くちゅんっ!」
湖から出て服を着替えた。
今はまだ眠れる状態じゃないから火を起こして温まっている。
リクト様は私がくしゃみをすると黙って羽織物を被せてくれた。
「私、めんどくさくないですか?」
こんなに世話のかかる女、誰だってそう思う。
まずこの質問自体が面倒くさい。
こんなの否定してもらいたくて言ってるようなものだ。
「めんどくさいよ。急に溺れてるし怒られるし泣かれるしで超困ったよ」
「で、ですよね……ごめんなさぃ」
正直に言ってくれた。
それがちょっぴり嬉しかったりもする。
でも……そうだよね。
絶対うざい女だって思われたよね。
拗らせて自分勝手な女になっちゃってた。
こんなの絶対嫌われちゃう。
「あ、でもいつもそうだからね」
「いつも、ですか? ふぇぇ?」
「うん。むしろいつもの奇行に比べたら普通なんじゃない? もっと普段は頭おかしい事してるしよっぽど面倒だって思ってるよ」
「えぇと、慰めてるんですか? 貶してますよね?」
「褒めてるよ。あれも全部演技とか言わないよね?」
「は、はぃ。リクト様たちの前では素で接してたと……思います、多分。なので私はほんとにおバカさんみたいです……えっと、何言ってるんだろ私。私っていつもそんなに変でしたっけ?」
頭がこんがらがる。
造られた性格だと思い込んでた私は本当の私で……リクト様のことが大好きな私も私。ということは今までの私は全部私? じゃあ今まで通り普通にしてれば私ってこと?
うぅぅ、ダメだ。私じゃよく分からない。
「フェンリィはもっとふわふわしてて柔らかいイメージの子だったよ」
「ふえええええええ! リクト様が急に私の体のお話始めちゃいました! わあああああ! えっちです!」
「いやしてねえよ! でもそれだよ。それが俺の知ってるフェンリィだ」
「あ……そうですか。じゃあ私、今まで通り普通にしてればいいんですね?」
「そうだよ。そうしててほしい」
「え? じゃあ私はなんでこんなメルヘンチックな事してるんですか!? ほんとにただのめんどくさい女じゃないですかぁ!」
ただ迷惑をかけただけ。
自分で自分を責めていただけだ。
「でも意味はあったでしょ?」
「……はい。軽くなりました」
心が軽い。
全部話したから。たくさん泣いたから。
それもそうだけど、やっぱり自分の気持ちが本物だって気づけたから。
「リクトさま~」
「どうした? まだ濡れてるんだからくっつくなって」
「えー、じゃあ濡れてなかったらいいんですかぁ?」
「ダメだ……って聞いてるか?」
「えへへ、こっちの方があったかいですよぉ」
「あーもう、まあいいや。てか最近俺を避けてたのはなんだったの?」
「んーと……それはもう忘れちゃいましたっ」
「そっか。元気ならそれでいいや」
「はい! あ、そうだリクト様」
「ん?」
これは好かれるためにやってることじゃない。
自分が好きでやってることだ。
その意味はまるで違う。
この人のためなら死んでもいい。
そう思えるくらい私はこの人のことが、
「大好きですよ」
私が抱き着いたまま言うとリクト様は顔を逸らした。
もう私は真っ直ぐ見れる。
ドキドキするし恥ずかしいけどもうへっちゃら。
もっと見たいし見て欲しい。
「ほら、もう寝よ。明日……じゃなくてもう今日か。ゆっくり寝て疲れ取らなきゃ」
「一緒に寝るお誘いですか!? そ、それはちょっとまだ早くないですかね? 私もまだ心の準備が……」
「俺が悪いの!? 自分の部屋に戻ろってことだよ。じゃあねフェンリィ。おやすみ」
「ああああ冗談ですからぁ! 待ってくださいよぉ!」
やっぱり本物だ。
生きてるのが楽しい。
私は今とっても幸せ。
だからこれからも呼び続ける。
何度も何度も呼び続ける。
呼びたいから呼び続ける。
今はもう純粋に呼べる。
私の大好きな名前を。
元気いっぱいのニッコリ笑顔で、
「リクト様!」
と。
私はいい子ではありません。
ちょっぴりうるさいし、
面倒くさい性格ですし、
いっつもニコニコ笑ってます。
そんな私を、私はちょっぴり好きになりました!
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