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3.5章
87話 フェンリィ②
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次に拾ってくれた、というか攫われたのは人間。
私は売られて働くことになった。
「あんた、名前は?」
おっかない顔をしたおばさんが順番に名前を聞いていく。周りには私と同じように売られた子たちが10人くらいいた。
「ふぇ! フェンリィです!」
私は元気に返事をした。
フェンリル様に子どもは元気が一番だと教えられたからだ。
「あ? フェン……なんだって?」
「フェンリィです! よろしくおね……ゲェェェ!」
蹴られた。本当に突然。
声が小さかったのかと思い、もう一度大きな声で言おうとしたけどうまく声が出せなかった。
「ふざけてんのかい?」
なぜか周りの人が一斉に私を見た。
どうして? また何か悪い事しちゃったの? 誰か教えてよ。
そう思っても伝わらない。私の味方は誰も居なかった。
「あんたは外で寝て反省しな。他のガキどもはこっち」
「……ど、して……ですか?」
「フェンリィなんて変な名前名乗るからだよ。もう一発ぶたれたいのかい?」
「ご、ごめんなさい」
私はゴミと一緒に外に出された。
後で知った話だけど、フェンリル様は死んだらしい。突然他の町で暴れてたくさん人を殺したから危険な魔獣として駆除されたのだ。フェンリル様がそんなことするはずないって思ってたけど今ならその意味が分かる。きっと魔王に操られてたんだ……。
でも当時の私はそんな難しい話知る由もない。
次の日もフェンリィと名乗ってたくさん叩かれた。
他の売られた女の子たちも私だけを虐げた。
「ねぇネズミ。これもやっておきなさいよ」
「え……でもぉ」
「なに? あたしたちの言う事が聞けないの?」
「わ、わかりましたです」
私は他の子の分も働かされた。
仕事が終わらないとおばさんに怒られる。
するとご飯も貰えない。
だから仕方なく残飯を漁った。
それを美味しいと感じてしまうくらい私はおかしくなっていた。
「ちょっとあんた。今日から中で寝ていいよ。ご飯もたくさん食わせてあげる」
「え……いいですか?」
「頑張ってるからね」
「ありがと、ございます!」
ある日、急に私の待遇がよくなった。
久しぶりにお腹いっぱい食べてお風呂にも入れた。
でもそれには裏があった。
「あんた顔だけはいいからね。次の場所では粗相のないようにね」
「また……すてるですか?」
「はぁ? 何言ってんだいこのガキは。いいからさっさと行きな」
私は取引するための商品だったらしい。
だから一時的に待遇がよくなったのだ。
どんなに酷い扱いを受けても捨てられた時が一番ショックだった。
捨てられるってことはいらないってことだから。
ゴミと一緒だから。
まだ役目を与えられているほうがマシだと思えた。
◇◆◇◆◇◆
次に拾ってくれたのも人間。
今度はご飯も貰えたし寝るところもあった。
「いいかい、フェンリィ。お客様をおもてなしするんだよ」
「はい! がんばりますです!」
ここではフェンリィと名乗っても大丈夫だった。
時間が経ったのと、違う町で働くことになったからだと思う。
「偉い偉い。フェンリィはいい子だね」
この人が私の新しい主。
若くて綺麗なお姉さんでいつも露出の多い服を着ていた。
なんだかお姫様みたいでいつも煙草の匂いがする人だった。
私の仕事は店の掃除とたまに男のお客様をおもてなしすること。お姉さんが男の人とお喋りしてるところに料理やドリンクを運んだり、たまにパパって言ってあげたりするだけのお仕事。
それだけなのにご飯もくれるし寝るところもくれた。
前よりはいい生活だった……のかもしれない。
「ねぇフェンリィ。ここ汚れてるんだけど?」
「ご、ごめんなさい。すぐきれいにします」
「それとさ、今日のあれ何? あんたが客に水ぶっかけるから帰っちゃったじゃん」
「ごめんなさい。もうしません」
「てめぇのせいでウチの評価も下がんだよ! ねぇ? お前の代わりなんていくらでもいるからな? 捨てるぞ?」
私は理解した。
人は自分に利益がないと分かるとすぐに捨てる。
どれだけ優しくされてもそれは下心の裏返し。
人は裏切る。信じちゃダメ。
でも捨てられるのはもっと嫌。
だから媚びて、顔色を窺って、できるだけ怒らせないようにご機嫌を取るために明るく振舞った。
「が、がんばります!」
仕事もできなかったけど寝る間も惜しんで一生懸命覚えた。
そうすると褒めてくれる。親切にしてくれる。
嘘だと分かっててもそれが嬉しかった。
私の心を埋めてくれた。
「フェンリィ、今日はあんたにお客様だよ」
「私……ですか?」
10歳になる頃には今の私を手に入れた。
嘘で塗り固めた私。
生きるのに必要な、自分を守る鎧だ。
「し、失礼します」
扉を開けて個室の部屋に入ると男の人がいた。
あとはこの店のオーナーのおじさん。お姉さんを雇ってる一番偉い人だ。
「どうです、お客様。需要あると思うのですが」
「気に入った。買わせてもらおう」
需要? 買う?
あ……また私捨てられるんだ。
「フェンリィちゃんだね? かわいいねぇ」
「ひっ!?」
まず手を握られた。
それから耳。頬。鎖骨を伝って下に手が伸びていく。
「や、やめてください!」
初めて感じる類の恐怖だった。
私を見る目がこれまでと違う。私を見る男の目が変わってきたのだ。
お姉さんたちに向けるものに近くて、私はそれを汚い好意に感じた。
「ちょっとオーナー。ちゃんと躾けておいてよ」
「それもお客様にお楽しみいただけたらと思います。こら、フェンリィ。新しいご主人様だぞ。ちゃんとご挨拶しなさい」
「ごめんねフェンリィちゃん。怖がらせちゃったかな? 怖くないからリラックスしよ。大丈夫、いろいろ教えてあげるから」
「えっ……!?」
突然抱きしめられた。
無理やり触られた。
やばい……襲われる。
やだ。怖い。気持ち悪い。
「やめてください!」
噛みついて逃亡を図る。
しかし、
「いっ、いってぇなこの!」
「あっ……がぁぁぁ……」
すぐに捕まり、首を絞められて壁に押し付けられた。
ああ、やっぱりこの人も私を道具としか思ってない。
「奴隷の分際で逆らうのかな? そんな子にはお仕置きが必要だなぁ」
「う……がゃ…………」
そっか。やっとわかった。
この世界に味方は誰も居ないんだ。
誰も私に優しくしてくれない。
みんな私を捨てる。
「お前はオレの言う事だけ聞いてればいいんだよ!」
「げほっ、げほっ……ヴぇぇぇ!」
「堪らないねぇその顔。もっと鳴かせてやろう!」
気づけば恐怖は無くなっていた。
絶望して感情が消えた。
……もういいや。
もう一人の私が叫ぶ。
ウザいウザいウザいウザい!
死ね死ね死ね死ね死ね死ね!
全部どうでもよくなった。
全部ぶっ壊してやりたい。
このまま生きてても痛いし辛いし苦しいだけ。
なら、そんな人生こっちから捨ててやる。
「うあああああああああ!!!」
私は足を振り上げて男の局部を砕くように蹴った。
男は小さくうずくまって唸り声をあげる。
するとオーナーが何か喚いていた。
うるさいから灰皿を投げて黙らせる。
「フェンリィ!? どこ行く気なの!?」
「うるさいです」
私を雇っていた女性。
最近は年のせいか客が減ったらしい。
私を売って金にしようとしてたクズ女。
なんだか弱く見えた。なんでコイツに従ってたんだろう。
「ゴミのくせに何逆らってんのよ! 大人しくウチの言う事……ぶへぇ! ちょ、何すんの! 痛いじゃない!」
やかましいから顔面を殴った。
殴られ慣れてるからどこを殴れば痛いかわかる。
私の力でも顔に傷を負わせることはできたらしい。
「一回ぐらい別にいいじゃないですか」
「く、くそガキぃぃぃぃぃ!」
「さよならです」
「オイ! 待てよ! ゴラアアアアア!」
私は、初めて自分の意志で出て行った。
もう搾取されるだけの人生なんて御免だ。
使う側の人間になってやる。
これからは独りで生きてみせる。
そう、心に誓った。
◇◆◇◆◇◆
それからの人生は楽だった。
今までの経験からノウハウを得て自分の生き方を見つけた。
生活の基盤は盗みと詐欺。
どうやら私は見た目がいいことがわかった。
それを利用して人を騙す。
散々騙されたんだから私がしたって罰は当たらない。
そうじゃなきゃ不公平だと思ったから自分のすることに対して罪悪感なんてものは無かった。
人を苦しめて自分が楽をするなら整合性が取れていると信じて疑わなかった。
「えへ、今日は結構稼げました。何食べましょう」
私の一日は人から騙して貰ったお金でご飯を食べるだけ。
騙せなかったら盗んで食べる。ただそれだけ。
カモるのは老人か男がいい。
か弱い女を演じると簡単に騙せる。
体だけは絶対売りたくなかったから人は選んだ。
基本は一人に粘着せずに毎日ターゲットを変える。
私の噂が広がれば町を変えるという感じ。
「おいお前」
でもそんな日々も呆気なく終わった。
やっぱり悪い事をすると天罰が下る。
「なにか私に用ですか?」
できるだけ可愛く、上目遣いで見つめる。
冒険者の格好をした若い男。
バレた? いや、大丈夫。
「お前オレの金盗っただろ」
「な、なんのことですか?」
「とぼけんなよクソ尼。オレは忘れねえぞ」
どうやら別の町で騙した男だったらしい。
でもいちいち顔なんて覚えないから分からなかった。
どうしよう。冒険者なんて敵いっこない。
逃げきれるかな。
「ひ、人違いです!」
全力ダッシュ──
「ガキのくせに調子乗りやがって。≪拘束≫!」
「うわぁぁぁ!」
捕まった。
魔法なんてずるい。
ちょっとぐらいお金貰ったっていいじゃん。
どうせ何でも持ってるくせに……。
私にも少しぐらい分けてよ……。
「ご、ごめんなさい! 許してください! どうしてもお金が欲しかったんです!」
「あ? お前まだそんな顔すんのか? もうオレは騙されねえぞ。このゴミが!」
どうやら、この人には私の見た目はもう通用しなくなったらしい。
私は顔を殴られて暗い洞窟の中に連れていかれた。
「な、何するですか? 何でもするから許してください!」
「うっせえ。お前みたいなガキは餌にでもなってろ。大人を舐めやがって」
「……ッ!」
男は私を捨てると姿を消した。
洞窟で独りぼっち。
当然、魔物に襲われる。
「ひぃ! こ、来ないでください!」
気持ち悪い生き物がたくさんいた。
話なんて通じないし私の顔も当然無価値。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
私は謝り続けた。額を地面に擦り続けた。
モンスターの巣に放り込まれて逃げ場はない。
私を料理するつもりか、火の魔法をたくさん飛ばしてきた。
「死にたく……ないです」
何故かこの時、私は死を拒んだ。
いい事なんて何もないのに生きたいと願った。
わからない。私は死んで楽になれる道を選ばず、生きて苦しむ茨の道に進んだ。
「来ないでください!」
その時、私は自分の能力の存在を知った。
どうやら私にもユニークスキルというものがあったらしい。
咄嗟に使えた技は、≪無効≫というあらゆる魔法を反射する力だった。でもそれは自分のステータスを極限まで下げるという代償付き。
「あれ……やっつけた、ですか?」
気づけばモンスターたちは滅んでいた。
自分にも才能があるとぬか喜びした。
「あ、あれれ? 体が重いです。目もよく見えません。音も……あれ?」
その呪いのような力は日常生活にも異常をきたした。
普通の仕事は出来ない。
詐欺もできない。
そうなればご飯も食べれない。
「あ……私って、やっぱり道具なんですか」
私は魔法を跳ね返すという唯一残された異能を武器に、冒険者を志すことに決めた。
ルーナやリクト様に出会うのはもう少し先。
薄暗い世界に明かりが灯るなんてこの時は想像もつかなかった。
私は売られて働くことになった。
「あんた、名前は?」
おっかない顔をしたおばさんが順番に名前を聞いていく。周りには私と同じように売られた子たちが10人くらいいた。
「ふぇ! フェンリィです!」
私は元気に返事をした。
フェンリル様に子どもは元気が一番だと教えられたからだ。
「あ? フェン……なんだって?」
「フェンリィです! よろしくおね……ゲェェェ!」
蹴られた。本当に突然。
声が小さかったのかと思い、もう一度大きな声で言おうとしたけどうまく声が出せなかった。
「ふざけてんのかい?」
なぜか周りの人が一斉に私を見た。
どうして? また何か悪い事しちゃったの? 誰か教えてよ。
そう思っても伝わらない。私の味方は誰も居なかった。
「あんたは外で寝て反省しな。他のガキどもはこっち」
「……ど、して……ですか?」
「フェンリィなんて変な名前名乗るからだよ。もう一発ぶたれたいのかい?」
「ご、ごめんなさい」
私はゴミと一緒に外に出された。
後で知った話だけど、フェンリル様は死んだらしい。突然他の町で暴れてたくさん人を殺したから危険な魔獣として駆除されたのだ。フェンリル様がそんなことするはずないって思ってたけど今ならその意味が分かる。きっと魔王に操られてたんだ……。
でも当時の私はそんな難しい話知る由もない。
次の日もフェンリィと名乗ってたくさん叩かれた。
他の売られた女の子たちも私だけを虐げた。
「ねぇネズミ。これもやっておきなさいよ」
「え……でもぉ」
「なに? あたしたちの言う事が聞けないの?」
「わ、わかりましたです」
私は他の子の分も働かされた。
仕事が終わらないとおばさんに怒られる。
するとご飯も貰えない。
だから仕方なく残飯を漁った。
それを美味しいと感じてしまうくらい私はおかしくなっていた。
「ちょっとあんた。今日から中で寝ていいよ。ご飯もたくさん食わせてあげる」
「え……いいですか?」
「頑張ってるからね」
「ありがと、ございます!」
ある日、急に私の待遇がよくなった。
久しぶりにお腹いっぱい食べてお風呂にも入れた。
でもそれには裏があった。
「あんた顔だけはいいからね。次の場所では粗相のないようにね」
「また……すてるですか?」
「はぁ? 何言ってんだいこのガキは。いいからさっさと行きな」
私は取引するための商品だったらしい。
だから一時的に待遇がよくなったのだ。
どんなに酷い扱いを受けても捨てられた時が一番ショックだった。
捨てられるってことはいらないってことだから。
ゴミと一緒だから。
まだ役目を与えられているほうがマシだと思えた。
◇◆◇◆◇◆
次に拾ってくれたのも人間。
今度はご飯も貰えたし寝るところもあった。
「いいかい、フェンリィ。お客様をおもてなしするんだよ」
「はい! がんばりますです!」
ここではフェンリィと名乗っても大丈夫だった。
時間が経ったのと、違う町で働くことになったからだと思う。
「偉い偉い。フェンリィはいい子だね」
この人が私の新しい主。
若くて綺麗なお姉さんでいつも露出の多い服を着ていた。
なんだかお姫様みたいでいつも煙草の匂いがする人だった。
私の仕事は店の掃除とたまに男のお客様をおもてなしすること。お姉さんが男の人とお喋りしてるところに料理やドリンクを運んだり、たまにパパって言ってあげたりするだけのお仕事。
それだけなのにご飯もくれるし寝るところもくれた。
前よりはいい生活だった……のかもしれない。
「ねぇフェンリィ。ここ汚れてるんだけど?」
「ご、ごめんなさい。すぐきれいにします」
「それとさ、今日のあれ何? あんたが客に水ぶっかけるから帰っちゃったじゃん」
「ごめんなさい。もうしません」
「てめぇのせいでウチの評価も下がんだよ! ねぇ? お前の代わりなんていくらでもいるからな? 捨てるぞ?」
私は理解した。
人は自分に利益がないと分かるとすぐに捨てる。
どれだけ優しくされてもそれは下心の裏返し。
人は裏切る。信じちゃダメ。
でも捨てられるのはもっと嫌。
だから媚びて、顔色を窺って、できるだけ怒らせないようにご機嫌を取るために明るく振舞った。
「が、がんばります!」
仕事もできなかったけど寝る間も惜しんで一生懸命覚えた。
そうすると褒めてくれる。親切にしてくれる。
嘘だと分かっててもそれが嬉しかった。
私の心を埋めてくれた。
「フェンリィ、今日はあんたにお客様だよ」
「私……ですか?」
10歳になる頃には今の私を手に入れた。
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生きるのに必要な、自分を守る鎧だ。
「し、失礼します」
扉を開けて個室の部屋に入ると男の人がいた。
あとはこの店のオーナーのおじさん。お姉さんを雇ってる一番偉い人だ。
「どうです、お客様。需要あると思うのですが」
「気に入った。買わせてもらおう」
需要? 買う?
あ……また私捨てられるんだ。
「フェンリィちゃんだね? かわいいねぇ」
「ひっ!?」
まず手を握られた。
それから耳。頬。鎖骨を伝って下に手が伸びていく。
「や、やめてください!」
初めて感じる類の恐怖だった。
私を見る目がこれまでと違う。私を見る男の目が変わってきたのだ。
お姉さんたちに向けるものに近くて、私はそれを汚い好意に感じた。
「ちょっとオーナー。ちゃんと躾けておいてよ」
「それもお客様にお楽しみいただけたらと思います。こら、フェンリィ。新しいご主人様だぞ。ちゃんとご挨拶しなさい」
「ごめんねフェンリィちゃん。怖がらせちゃったかな? 怖くないからリラックスしよ。大丈夫、いろいろ教えてあげるから」
「えっ……!?」
突然抱きしめられた。
無理やり触られた。
やばい……襲われる。
やだ。怖い。気持ち悪い。
「やめてください!」
噛みついて逃亡を図る。
しかし、
「いっ、いってぇなこの!」
「あっ……がぁぁぁ……」
すぐに捕まり、首を絞められて壁に押し付けられた。
ああ、やっぱりこの人も私を道具としか思ってない。
「奴隷の分際で逆らうのかな? そんな子にはお仕置きが必要だなぁ」
「う……がゃ…………」
そっか。やっとわかった。
この世界に味方は誰も居ないんだ。
誰も私に優しくしてくれない。
みんな私を捨てる。
「お前はオレの言う事だけ聞いてればいいんだよ!」
「げほっ、げほっ……ヴぇぇぇ!」
「堪らないねぇその顔。もっと鳴かせてやろう!」
気づけば恐怖は無くなっていた。
絶望して感情が消えた。
……もういいや。
もう一人の私が叫ぶ。
ウザいウザいウザいウザい!
死ね死ね死ね死ね死ね死ね!
全部どうでもよくなった。
全部ぶっ壊してやりたい。
このまま生きてても痛いし辛いし苦しいだけ。
なら、そんな人生こっちから捨ててやる。
「うあああああああああ!!!」
私は足を振り上げて男の局部を砕くように蹴った。
男は小さくうずくまって唸り声をあげる。
するとオーナーが何か喚いていた。
うるさいから灰皿を投げて黙らせる。
「フェンリィ!? どこ行く気なの!?」
「うるさいです」
私を雇っていた女性。
最近は年のせいか客が減ったらしい。
私を売って金にしようとしてたクズ女。
なんだか弱く見えた。なんでコイツに従ってたんだろう。
「ゴミのくせに何逆らってんのよ! 大人しくウチの言う事……ぶへぇ! ちょ、何すんの! 痛いじゃない!」
やかましいから顔面を殴った。
殴られ慣れてるからどこを殴れば痛いかわかる。
私の力でも顔に傷を負わせることはできたらしい。
「一回ぐらい別にいいじゃないですか」
「く、くそガキぃぃぃぃぃ!」
「さよならです」
「オイ! 待てよ! ゴラアアアアア!」
私は、初めて自分の意志で出て行った。
もう搾取されるだけの人生なんて御免だ。
使う側の人間になってやる。
これからは独りで生きてみせる。
そう、心に誓った。
◇◆◇◆◇◆
それからの人生は楽だった。
今までの経験からノウハウを得て自分の生き方を見つけた。
生活の基盤は盗みと詐欺。
どうやら私は見た目がいいことがわかった。
それを利用して人を騙す。
散々騙されたんだから私がしたって罰は当たらない。
そうじゃなきゃ不公平だと思ったから自分のすることに対して罪悪感なんてものは無かった。
人を苦しめて自分が楽をするなら整合性が取れていると信じて疑わなかった。
「えへ、今日は結構稼げました。何食べましょう」
私の一日は人から騙して貰ったお金でご飯を食べるだけ。
騙せなかったら盗んで食べる。ただそれだけ。
カモるのは老人か男がいい。
か弱い女を演じると簡単に騙せる。
体だけは絶対売りたくなかったから人は選んだ。
基本は一人に粘着せずに毎日ターゲットを変える。
私の噂が広がれば町を変えるという感じ。
「おいお前」
でもそんな日々も呆気なく終わった。
やっぱり悪い事をすると天罰が下る。
「なにか私に用ですか?」
できるだけ可愛く、上目遣いで見つめる。
冒険者の格好をした若い男。
バレた? いや、大丈夫。
「お前オレの金盗っただろ」
「な、なんのことですか?」
「とぼけんなよクソ尼。オレは忘れねえぞ」
どうやら別の町で騙した男だったらしい。
でもいちいち顔なんて覚えないから分からなかった。
どうしよう。冒険者なんて敵いっこない。
逃げきれるかな。
「ひ、人違いです!」
全力ダッシュ──
「ガキのくせに調子乗りやがって。≪拘束≫!」
「うわぁぁぁ!」
捕まった。
魔法なんてずるい。
ちょっとぐらいお金貰ったっていいじゃん。
どうせ何でも持ってるくせに……。
私にも少しぐらい分けてよ……。
「ご、ごめんなさい! 許してください! どうしてもお金が欲しかったんです!」
「あ? お前まだそんな顔すんのか? もうオレは騙されねえぞ。このゴミが!」
どうやら、この人には私の見た目はもう通用しなくなったらしい。
私は顔を殴られて暗い洞窟の中に連れていかれた。
「な、何するですか? 何でもするから許してください!」
「うっせえ。お前みたいなガキは餌にでもなってろ。大人を舐めやがって」
「……ッ!」
男は私を捨てると姿を消した。
洞窟で独りぼっち。
当然、魔物に襲われる。
「ひぃ! こ、来ないでください!」
気持ち悪い生き物がたくさんいた。
話なんて通じないし私の顔も当然無価値。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
私は謝り続けた。額を地面に擦り続けた。
モンスターの巣に放り込まれて逃げ場はない。
私を料理するつもりか、火の魔法をたくさん飛ばしてきた。
「死にたく……ないです」
何故かこの時、私は死を拒んだ。
いい事なんて何もないのに生きたいと願った。
わからない。私は死んで楽になれる道を選ばず、生きて苦しむ茨の道に進んだ。
「来ないでください!」
その時、私は自分の能力の存在を知った。
どうやら私にもユニークスキルというものがあったらしい。
咄嗟に使えた技は、≪無効≫というあらゆる魔法を反射する力だった。でもそれは自分のステータスを極限まで下げるという代償付き。
「あれ……やっつけた、ですか?」
気づけばモンスターたちは滅んでいた。
自分にも才能があるとぬか喜びした。
「あ、あれれ? 体が重いです。目もよく見えません。音も……あれ?」
その呪いのような力は日常生活にも異常をきたした。
普通の仕事は出来ない。
詐欺もできない。
そうなればご飯も食べれない。
「あ……私って、やっぱり道具なんですか」
私は魔法を跳ね返すという唯一残された異能を武器に、冒険者を志すことに決めた。
ルーナやリクト様に出会うのはもう少し先。
薄暗い世界に明かりが灯るなんてこの時は想像もつかなかった。
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