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3章

64話 メメント

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 町に戻るとそこは既に火の海だった。
 森が燃え、数分前まで見ていた世界は灰になっていた。

 耳に入るのは悲鳴。
 鼻に残るのは死臭。
 目に映るのは絶望。

「ママ!」

 メメの小さな叫び声はかき消されて響かない。
 みんなみんな、助けを求めていた。

「くっそ、なんで魔王軍が!」
「怖いよぉ。早くやっつけてぇ」
「だ、大丈夫。きっとMASENの方々が助けてくれる」
「そうね。今は信じて待ちましょ」

 魔王殲滅部隊──通称MASEN。
 ママを筆頭に『力』を宿したもので結成されるエリート集団。
 数は多くないけど魔王軍を抑圧する勢力の一角を担っていて、どの種族にも引けを取らない強さを誇る。

「みなさん落ち着いて! こっちに避難してください!」

 MASENの人がここにも駆け付けた。
 お祭りで賑わっていた中心部は一体どうなってるんだろう。

 それも気になるけど、ママは?
 ママは無事なの?
 メメが心配する立場じゃないけど、ママはどこ?

「キミはメメちゃんだね。大丈夫、ママならみんなを助けてるよ。やっぱりあの人は凄い。さあ、メメちゃんもこっちにおいで。走れる?」
「ぅ、うん」

 さすがママ。
 メメなんかとは違ってみんなから信頼されてる。
 やっぱりママはこうでなくちゃダメ。
 それがメメも嬉しいし、メメの自慢。

 けど、ママはみんなのママなの?
 メメだけのママじゃないの?
 早くメメのところに来てよ。
 メメを守ってくれるんじゃないの?
 それとも、もうメメなんていらない子なのかなぁ。
 そんなことを考えていると、

「他に逃げ遅れた人はいませんか? いたら僕に──ぐっ!」
「わぁっ……!」

 突然メメは突き飛ばされた。
 MASENのお兄さんが庇ってくれたおかげで擦り傷で済んだ。
 お兄さんはメメのせいで腕に傷を負って呼吸を荒くしている。

「はぁ、はぁ……」
「ありゃ、腕飛ばしたつもりだったんだけどな。まあいいか、これで六人目!」

 さっき見た恐ろしいヴァンパイアの仲間。狼みたいな男。
 見てるだけで気持ちが悪くなるぐらい怖い。
 お兄さんがよろよろと起き上がる。

「ここは僕が守るんだ! 風の精霊よ、大気を刻め──≪風の刃フィロビエント≫」

 風で作った無数の刃を浴びせる。
 だけど傷をつけることすらできなかった。

「つまらん。攻撃のつもりか?」
「ぐわああああ!」

 遊ばれてるみたいに歯が立たない。
 勝てないのがメメにもわかった。
 こんな時、ママなら簡単にやっつける。
 そう、ママなら。

「やめて! あっち行けぇ!」
「あ? んだこのガキ。ブチ殺すぞ」
「もう殺さないでぇ! みんな悪いことしてないじゃん!」
「メメちゃん。ダメだよ……。逃げ、て」

 怖かったけど、立ち向かった。
 ママならそうするから。
 ずっとその背中を見てきたから。

「邪魔だガキ。失せろ」

 人狼が拳を振り上げた。
 メメは怖くて目を瞑る。

 浮かんでくるのはママの顔。
 愛してるって言う時の顔。
 おやすみのチューをする時の顔。
 メメが泣いて、よしよしする時の顔。
 どの記憶をたどっても、ママはいつも笑ってた。
 けど、最後に見たのは怒った顔……。

 嫌だ。
 死にたくない。
 ちゃんとごめんなさいと大好きを伝えたい。
 いっぱいいっぱい伝えたい。

 だからメメは信じた。
 メメの大好きな大好きな人のことを。

 勇気を出してもう一度現実を見る。
 瞬間、メメの目からは涙が零れた。

「マ゛マ゛!」
「ごめんねメメ。遅くなっちゃった」

 ママが助けに来てくれた。
 いつもの大好きな優しい顔。
 もう大丈夫。何も怖くない。

「おそいよぉ」
「よしよし、泣かないの。もう100歳でしょ?」
「うぅぅ、ごめんなさいママぁ゛。大好きぃ!」
「ママも大好き。叩いてごめんね」

 ぎゅってされてよしよしされる。
 もう何度目かわからない。

「く……っ、何しやがった。このオレが目で追えなかったぞ」

 メメを殺そうとしてた人狼はいつの間にか地べたに這いつくばっていた。
 しかも腕が片方しかついていない。

「答える必要ないね。メメを泣かせたんだからお前は殺すよ」

 いつも優しいママが真剣になった。
 こっちの顔も好き。

「どうやって死にたいかな?」
「くそが、舐めやがってええええ!」
「はぁ、うるさいね。メメが怖がるでしょ」

 ママはメメを抱き寄せると腰から杖を取り出した。
 詠唱破棄の大魔法。


「≪涅槃ニルヴァーナ≫」


 唱えた途端、悪魔はロウソクの火が吹き消されるが如く静かに息を引き取った。
 ママの顔にパッと明かりが灯る。

「はい、おしまい。もう怖くないよメメ」
「ありがと。ママかっこいい」
「そうかな? ママ嬉しいよ」

 やっとわかった。
 ママは本当にメメのことが大好きだったんだ。

「頭首様、助けて頂き感謝です。傷の手当までして頂いて」
「そんなのいいって。というか私はもう頭首じゃなくなるんだけど?」
「いえ、僕は頭首様に憧れていました。僕の中ではあなたしかいません!」
「そっか、ありがとう」

 ママは今日で完全にその役目を終える。
 それはメメのせい。……だけど、ママは嬉しそう。
 ママとメメを責める人ばかりだと思ってたけどそうじゃないみたい。
 さすがママ。

「それで、ここにいらっしゃるということは中央の方は片付いたんですか?」
「ううん、まだ。メメの事が心配で急いで来たの」
「そうだったんですか」
「頭首である前に母親だからね。私の宝物が無事で本当に良かったよ。これで安心して暴れられる」

 そう言ってメメの頬にすりすりした。
 するとメメの顔を真っ直ぐ見た。
 ママじゃないもう一つの顔。

「メメ、大事な話だからよく聞いて。ママはメメのママだけど、やらなきゃいけないことがあるの。見ててくれる?」
「うん。かっこいいママを見せて」
「わかった。じゃあしっかり掴まっててね」

 ママの背中に掴まっておんぶしてもらう。
 とっても広くて、あったかい。

「ここはもう大丈夫だと思うからキミに任せてもいいかな? 誘導を頼むよ」
「は、はい! わかりました。メメちゃんも連れてくんですか?」
「その方が安全だからね。メメには指一本触れさせない。私も久しぶりに本気を出すよ」
「それは頼もしいですね。ではお願いします」
「うん。行くよ、メメ。≪瞬間移動テレポート≫」



◇◆◇◆◇◆



 中央の様子を一言で表すと悲惨だった。
 蟻のように潰された小人。
 羽をむしり取られたピクシー。
 食い散らかされた人魚。

 メメは怖くて目を瞑った。

「と、頭首様ぁ……」
「どうしたの!? さっきまで押し勝ってたじゃん!」
「きゅ、急にみんな、が……」
「あ、ごめん。≪癒しの風キュアウィンド≫」

 治癒魔法をかけて話を聞く。
 MASENに所属する若い獣人でヒョウ柄の女性。

「はぁ、はぁ……。申し訳ないっす。敵の幹部らしき奴らは全員返り討ちにしたんすけど、なぜか急にみんながおかしくなって」
「おかしく? はっ──」

 違和感を感じたのかママが激しく動いた。
 メメは振り落とされないようにしがみつく。

「一体どういうつもりよ」

 ママの声が少し震えてた。
 薄っすら目を開けるとそこには、

「パ……パ?」

 パパがいた。
 ママに杖を向けている。
 それだけじゃない。他にもたくさんのMASENの人たちや一般の人たちもママに杖を向けている。

「「「コ……ココ、コロス」」」

 話が通じていない。
 周りが見えていないのか、みんなはまるで狂ったように暴れだした。
 狂暴化した動物のように呻き声を上げながら、ひたすらママに魔法を放った。
 ママは防御魔法を展開する。

「≪絶対障壁アブソリュートバリア≫」

 メメたちにもダメージは無い。
 けどさすがに長くはもたないと思う。

「何が起きてるの? まさか裏切ったわけじゃないよね?」
「吸血鬼がやってきて、血を吸われた瞬間みんな変わったんす」
「吸血鬼?」

 メメがさっき見たやつかもしれない。
 凄く凄く怖かった。

「そいつの仕業ね。じゃあまだ助かるかもしれないわけだ」

 ママは一緒にいたヒョウ柄の獣人にだけバリアを残した。
 パパに杖を向ける。

「ほんとはね、三人で幸せに暮らしたかったよ。でもあなたはメメを愛さなかった。私のことも成り上がるための道具としか思ってなかったんでしょ? 他のみんなもそう。こんなに可愛くて優しいメメのことを悪く言って。ずっとメメの自由を縛り付けてきた」

 ママは淡々と語ってるけど凄く怒っていた。

「だからさ、全員一回ぶっ飛ばしてやりたかったんだよね。なぁに、大丈夫。ちょっと痛いだけだよ」

 100年分募らせたメメへの愛を、静かに爆発させた。


「≪裁きの雨ジャッジメントレイン≫」


 雷鳴が轟き、鉄槌を下す。
 十数人いた狂暴化した妖精たちは一人残らず気を失った。

「しばらく眠って反省してて。起きたら全員メメに謝らせるからさ」

 そう言ってメメの頭を撫でた。

「メメ、もうちょっと待っててね。すぐに終わらせるから」
「うん、頑張ってね」
「よし。……早く出てきなよ。大将戦だ」

 ママが呼びかける。
 だけど誰も現れない。

「趣味の悪い奴だね。バレバレだよ」

 何もないところへ魔力の弾を打ち込んだ。
 するとその正体が現れる。
 青白い肌に尖った牙。
 見た目はとっても若くて細いのにすっごく大きく見えた。
 その吸血鬼が拍手をして不敵に笑う。

「お強いんですね。少しはワタシも退屈せずに済みそうです」
「そう? ならごめん。楽しませるつもりなんて無いから」

 ママの背中から緊張が伝わってくる。
 こんなママ初めて。

「あなたの血はどんな味がするんでしょう。ワタシはエルフの血が大好物なんです」
「気色悪い奴だ。メメが泣きそうだから死んでもらうよ」
「あら残念です。ワタシもできれば殺したくないんですけどサタナ様の命令なら仕方ありません。せめて一滴も残さず吸ってあげます」
「参ったなぁ。お前が魔王じゃないんだ」
「ご安心を。ワタシより強いのはサタナ様だけですよ」

 全身の血の気が引くような恐怖に襲われた。
 ママと一緒にいるのに、不安が消えない。

「安心してメメ。メメだけは絶対守るから」
「え……ママ?」

 ママがこっちを見てくれない。
 それだけ余裕がないということ。

「メメ、大好きだよ」

 やめて。
 なんで今そんなこと言うの。
 諦めないでよ。
 これが最後じゃないよね?
 まだ全然聞き足りないよ。

「ママぁ゛……」

 もうメメの声は届かない。
 視界がぼやけてよく見えない。
 でもハッキリ覚えてる。
 これから起きるのは最後の記憶。
 メメの中で止まっている真っ赤な記憶。
 今なお続く、永遠の悪夢。
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