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1章

9話 真実

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「どうしてこうなったんだっけ」

 朝目が覚めると布団の中にフェンリィがいた。
 一人用のベッド。一人用の部屋。
 なのにフェンリィの寝顔が目の前にある。
 まるで一緒に寝たみたいだ。

「ってて。頭が……」

 何故か頭が痛いし昨晩の記憶が曖昧だ。
 えっと、確か昨日の夜は宿に入ってそのまま寝たよな?
 いや、なんかあったような気も……。



◇◆◇◆◇◆



 昨晩。
 俺の睡眠を邪魔したのは誰かの寝言でも歯ぎしりでもなかった。窓は閉めていたから虫が入ってきたわけでもない。そして防音の部屋だから隣の音も聞こえない。

 ではなぜ目が覚めたのか。
 それは俺を起こしに来た奴がいるからだ。
 俺は連日の疲れで少しの物音では起きられなかった。そのためドアが開く音では目が覚めず、部屋への侵入を許してしまったのだ。

「えっと、何してるの?」

 聞くと銀髪の少女はキョトンと首を傾げてから俺の頭を撫でた。

「えへへ~」
「おい、フェンリィ。どいてくれないか?」

 目を覚ますと何故かフェンリィが馬乗りになっていた。俺は素の力はそこまで強くないため、自力では起き上がれない。

「あしょびにきちゃいました~」

 俺の胸に顔をうずめるフェンリィ。
 髪の毛が当たってくすぐったいし甘い匂いが漂ってくる。
 何よりいろんなところがぷにぷにしててヤバイ。

「た、頼むから会話をしてくれ」
「なにしてあしょびますか~?」

 ダメだ。通じない。

「酒でも飲んだ?」

 この子はローブについた残り香だけで酔っていた。もしかしたら俺が消えた後に飲んじまったのかもしれない。

「よってないれふよ~」

 確かに酒の匂いはしないな。
 嘘を言っているわけではなさそうだ。

「リクトしゃま~」
「な、なんだ」
「しゅき~。ちゅきちゅきだいちゅきぃ~!」
「や、やめろ。それ以上寄るな!」

 お互い薄い布切れ一枚しか着てないせいで肌の感触がいつも以上に伝わってくる。普通の人間なら理性を保てなくなるだろう。ギシギシとベッドが音を立てている。

「むぅ。リクトしゃまはちゅめたいです」

 肩を掴んで引き剝がそうとしたら拗ねてしまった。
 さっきから情緒がわからん。
 いや待てよ。この口調……まさか、

「≪反転≫」

 フェンリィに能力をかけるとビクッと体を揺らして表情が変わった。

「わ、わわわ私、どうしてこんなこと……」

 慌ててフェンリィは俺からどいた。
 そして布団で体を隠した。

「も、申し訳ございません」
「やっぱり能力使ってたんだな」
「はぃ……」

 今の上品な態度を見るにいつものフェンリィでもなく、アホフェンリィでもなく、知能が高くなった状態のフェンリィだ。ややこしいな。

「どうしたんだ?」
「えっと……。あの、リクト様は私のことお嫌いですか?」

 なぜこんなことをしたのか聞いたつもりだったんだけどな。

「嫌いなわけないだろ」
「じゃあ、どうして構ってくれないんですか?」

 話が見えんぞ。

「えっと、何の話?」
「いつもの私じゃ相手してくれないからアホな子の方がいいのかなって思ったけどダメでした。今の私でもダメみたいです。私ってそんなに魅力ないですか……?」

 言い終えると悲しそうに下を向いてしまった。
 ああ、そういうことか……。
 これ以上は有耶無耶にできないな。
 この子のためにも、俺のためにも。

「はぁ……」

 俺は別に鈍感系じゃない。ここまでされて何も感じないなんてただのバカだ。会った時からこの子が俺に好意を持ってくれていることには気づいている。でもその好意は俺がこの子を助けたことにより生まれたものだ。たまたま俺であっただけ。だからそこに漬け込むようなことはするべきではない。

「いいか、フェンリィ。初めて会った時も言ったけど君は綺麗で可愛らしい。これは本当だ」
「だったら!」

 薄っすらと目には涙を浮かべている。
 表情も柔らかいものに戻っていた。
 いつものフェンリィだ。

「それは好意ではあるかもしれないけど恋愛感情ではない。尊敬して感謝しているだけだよ」
「違います! だって、だって、だって! こんなに苦しいんですよ? ほら、聞いてみてください!」

 自分の胸に手を当てると俺に近づいてきた。
 服がはだけていて白い肌が大部分を占めている。

「フェンリィ、今日会ったばかりの男に簡単に体を売っちゃだめだ」
「うっ……こんな気持ちリクト様にしか持たないです。他の人にはこんなことしません。リクト様が、私の世界を変えてくれたんです!」

 呪いを解いたことを言っているのだろう。
 だが呪いを解いたのは俺ではなく、俺の能力だ。

「ありがとう、気持ちはすごく嬉しい。でも今は……」
「ぐすんっ!」

 やばい、泣かせる。
 でも当然だよな。ここまで恥をかいて、全て曝け出したのに拒絶されるのは相当きついだろう。でもごめん。俺にはどうすることもできないんだ。今は……。

「フェンリィ、今はって言ったよね」
「ふぇ?」
「俺も全部話すよ。なんで魔王を倒そうとしてるのか。なんで俺がこんななのか」

 フェンリィに布団をかけ、向き合うように座り直す。

「俺は昔魔王に会ってるんだ。それでその時、俺も呪いをかけられた。その呪いとは、人を好きになればなるほどその相手のことを嫌いになってしまうものなんだ」

「え……?」

「この能力を俺の能力で打ち消そうとしたけど無理だった。多分魔王を倒さない限り消えない。だから俺は魔王を倒す」

 フェンリィはボーっと遠くを見るような目をして固まった。突然こんなことを言われれば仕方ないか。三回ぐらい同じ説明をすると口を開いた。

「え、それじゃあもしかして……今はって言ったのは……」

「そうだよ。多分だけど俺はフェンリィが好きだ。わかんないけど……。だから絶対嫌いになりたくない。俺は自分の中で必死に言い訳して好きにならないようにしてるんだ。だからこういうことされると……困る」

「ふぇええええええええ!!! じゃ、じゃあ私が頑張れば頑張るほどダメってことですか!?」

「うん」

「私たちラブラブ同士ってことですか!!!」
「……た、多分。だからそんなくっつかないでって」
「あ、そうでしたごめんなさい。もう近づいちゃダメ……ですか?」

 そういう上目遣いもあんまりよくないんだよ。

「まあ……今までぐらいだったら大丈夫かな。俺も対処の仕方というか心の持ち方がわかってるから。でも自粛して。それから絶対変な気は起こすなよ? 嫌いになったら何し出すかわかんないから」

「わかりました! でも本当に私のこと好きなんですか? どこがいいんですか!?」

 目をキラキラさせてぐいぐい寄ってくるフェンリィ。
 自粛って意味わかってるのかな。それにこの子、嫌われるのも悪くないって顔してるぞ。

「言わなきゃダメなの? 俺だって感情はしっかりしてるからフェンリィのいいとこぐらいならわかるよ」
「言ってみてくださいよ♡」
「あくまで客観的に見てだからな。俺の気持ちじゃない」
「わかってますよ」

 はあ……大丈夫かな。
 まあ最終手段もあるしいけるか。

「まずその笑顔が最高だ」

「わわわっ!!!」

「俺が出会った中で一番可愛い」

「かわっ!!!」

「意外と頑張り屋さんで素直だ」

「きゃっ!!!」

「それから守りたくなる」

「やんっ!!!」

「そのくりくりした目もだ」

「めっ!!!」

「その反応もだし声もそうだ。それからできれば髪型も性格も雰囲気も変えてくれ。俺の気が持たない。あとは体……」

「全部じゃないですか! リクト様私のこと好きすぎですか! もうすでにガチ恋してるじゃないですか!」

「い、いや違う! ペットに抱く感情と同じだ!」
「もう飼ってください。お手もしますしお触りオッケーですよ!」
「来るな! それから変なとこ触るな!」
「顔まっかっかですよ。うふふ、可愛いですね」

 目を擦って涙を拭うと、俺をからかうように笑った。
 そして一度深呼吸して真剣な表情になった。

「大丈夫です。どんなに嫌われても私がまた好きにさせてみせます」
「……そうか。じゃあ、その時は俺の気持ちをひっくり返してもらおうかな」
「はい!」

 とは言ったが多分何しても無理だ。一度嫌いになればそこから戻ることはない。せっかく好きになれたのにその気持ちを忘れてしまうなんて悲しすぎるだろ? だから俺は細心の注意を払っている。


「大好きです」


 なのに不意打ちを食らった。
 俺の耳元に顔を持ってくると、甘い声で囁いてきた。
 そして俺の顔に手を添え、ゆっくり近づいてくる。

「──ちゅっ」
「んぐ!?」

 俺は十秒ほど呼吸が出来なくなった。
 口の中には知らない感触がある。
 脳が蕩けていくような感覚にも襲われた。

「──ぷはっ。はぁ……、はぁ……。これなら絶対忘れませんよね。この気持ちは上書きさせません」

 俺の口を指で拭うとフェンリィはニコッと笑った。

 いや、変な気は起こすなって言ったろ。
 まさかここまでしてくるなんて……。
 やばいコイツの顔がだんだん憎たらしくなってきた。
 殴りたい。蹴り飛ばしたい──
 いや違う。呪いが発動したんだ。

 落ち着け、まだ間に合う。
 あれをすればいける。まだ意識が残ってるうちに、


 バゴン!


「リクト様!?」

 俺は壁に頭を打ち付け、気を失った──



◇◆◇◆◇◆



「どうしてこうなったんだっけ」

 朝目が覚めると俺の布団の中にフェンリィがいた。
 なんだか頭が痛い。何かあったはずだが思い出せないな。

「まあいいか」

 それにしてもなんだこの可愛いは。
 何でこんな格好で俺の布団にいるんだよ。

 まあこれはあれだ。
 布団に潜り込んだ猫みたいなものだ。
 あー可愛い可愛い。そう、俺は猫が好きだからな。
 これは別に恋愛感情じゃない。
 ……そう思っておこう。
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