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俺と幼馴染ちゃん
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「お兄ちゃん大好き!」
俺には小さい時から一緒に遊んでいた一つ年下の女の子がいる。いわゆる幼馴染というやつで、高校生になっても俺のことをお兄ちゃんと呼んで慕ってくれる。
「こら、棘。今日からは司先輩だろ」
今日からは”幼馴染”に加えて”後輩”という属性を新たに獲得した棘照美。
この春から俺の高校に通うことになったのだが、初日だと道に迷っちゃうからという理由で一緒に登校することになった。中学の時は毎日一緒に行っていたが久しぶりに感じる。
「えーお兄ちゃんが照美って呼んでくれたらいいよっ。どうして急に呼んでくれなくなっちゃったの?」
「いや、だってもう高校生だぞ。恥ずかしいだろ」
本当は照美を女の子として意識するようになってしまったからというのが本音だ。去年まで幼い印象だったのに、一年会ってない間に随分女の子らしい体になったと思う。
「むぅ、呼んでくれなきゃやだ。もう学校行かない」
「なんでそうなるんだよ。遅刻するから行くぞ」
照美は頬っぺたをぷくっと膨らませて拗ねてしまった。
こんな風に、この子は昔から少し我儘なところがある。
俺はそれを面倒だとは思わず、ついつい甘やかしてしまう。
「……わかったよ。ほら照美、行こ」
「うん! お兄ちゃん大好き!」
茶髪のポニーテールを揺らして照美は俺の腕に抱き着いてきた。まるでコアラのようにしがみついて離さない。
「ちょ、他の人に見られたらどうするんだよ。それにお兄ちゃん言わないんじゃなかったのか」
制服越しでもぷにぷにとした感触が伝わってくる。
それを堪能したいところだが、正直嬉しさより恥ずかしさの方が勝っていた。
「一回で呼んでくれなかったからだーめっ。えへへっ、お兄ちゃ~ん」
「わ、わかった。それでいいからくっつくのはやめてくれ」
「もーしょうがないなぁお兄ちゃんは」
そこまで譲歩するとようやく照美は並んで歩いてくれた。
こんなところを同級生に見られたらどうなるか分かったもんじゃ……
「よう司」
「げっ」
「げっ、てなんだよ失礼な奴だな。今年もよろしく頼むぜ」
「あ、ああ。よろしくな」
一年の時に続き、今年もクラスメイトの友人だ。
今日に限って出くわしてしまった。ついてないな。
「ところでお前の後ろに隠れてるその子は?」
「ん?」
見ると照美が俺の制服をぎゅっと握って顔だけ出していた。相変わらず照美は可愛いな。
「ただの幼馴染だよ。どうしたんだ、照美」
「私この人嫌い。だってさっきからやらしい目で見てくるもん。男の人ってみんないなくなっちゃえばいいと思う」
ついてないな、と思ったのは友人に対してだ。
案の定友人は声にならない悲鳴を上げている。
初対面の女の子に言われた心中は察するよ。
「あ! もちろんお兄ちゃんは違うからね? お兄ちゃんだーいすき!」
「ちょ、だから抱き着くなって。おい大丈夫か友人よ。この子は誰に対してもこんなだから気にしなくていいぞ。こら照美。ちゃんとごめんなさいして」
「やだ。本当の事言っただけだもんっ」
照美はそう言って俺の後ろに隠れたまま友人の心をめった刺しにした。とっくにオーバーキルされてもおかしくないと思ったのだが、
「……しぃ」
「どうした友人。泣くなよ?」
「羨ましいなこのやろおおおおおおお!」
「あ、待て……!」
友人は雄たけびを上げながら全速力で駆けて行った。
後で謝っておくか。学食ぐらいは奢ってやろう。
「お兄ちゃんとの時間を邪魔する人は許さないんだからっ」
照美はそんな決め台詞を吐いてにこっと笑った。
太陽にも負けないくらい眩しい笑顔だ。
***
学校周辺までやってきた。
「がっこーがっこーがっこっこー♪」
照美はご機嫌に歌を歌っている。
こういうところは昔と変わらず子どもっぽい。
俺にしか見せない顔に特別感を抱いていると、また後ろから声をかけられた。
「あら、かわいらしいお歌。もしかして司くんの妹さん?」
振り返ると、女子の制服に身を包んだ生徒がいた。
この女子も同じクラスで、挨拶程度なら交わす仲だ。
「いや、ただの幼馴染だよ。今日は初日だから一緒に来たんだ」
「へぇ、仲いいんだね~」
そう言って女子生徒は照美の頭に手を置いた。
すると、
「触らないでくださいっ!」
照美が牙をむく。さっきからそうだが、照美は男女問わず俺以外の人間に当たりが強い。小中学生の頃は狂犬ちゃんとかいばら姫と言われていた。
「やだもうこの子かわいい!」
「うぅぅ、ウリウリしないでください!」
女子生徒は小動物をたしなめるようにナデナデした。
キャンキャン泣く子犬を相手しているかのようだ。
「もうなにこの女! お兄ちゃんは私のだから!」
「あはは、邪魔しちゃってごめんね。じゃ司くん、またあとでね~」
「あ、うん。また」
女子生徒はひらひらと手を振って去って行った。
しかし嵐は過ぎ去っていない。
「お兄ちゃん」
「どうした? そんな怖い顔して」
ハムスターみたいに頬を膨らませている。
どうしてしまったんだろう。
「あの女だぁれ?」
「クラスメイトだけど?」
あの女呼ばわりか。
照美は周囲を牽制する癖がある。
「むぅぅぅぅぅぅ!」
今にも噛みつきそうな照美。
何か勘違いしているみたいだったから、俺はむすっと膨れた頬っぺたをつついてみた。
「──ぷわぁっ」
空気が抜けて落ち着きを取り戻してくれた。
しかし今度はしょんぼりしてしまう。
情緒が激しくて忙しい子だ。
「あんまり女の子と喋んないでよぉ」
「えっと、挨拶しただけだよ?」
「それでも! ……じゃなきゃ嫉妬しちゃうから」
「……」
照美は力の入っていない拳で俺の胸をノックしてきた。
視線を落とすと照美の顔が目に入る。
メイクを覚えたのか、大人の色気が感じられる。
さらに下を見ると綺麗な鎖骨。
そして自然と吸い寄せられるような胸。
思わずドキリとしてしまう。
「照美。学校着いたよ」
気づけば校門の下だった。
時間にして15分ぐらい。一年見慣れた通学路の景色は新鮮で、いつもよりあっという間に時間が過ぎた。
「あ……もう。ありがと、お兄ちゃん」
「全然いいって。じゃあ明日からは一人で来れるよね?」
初日は不安だからという理由で一緒に登校した。
一度歩けば照美なら覚えられるはず。
と、思っていたのだが、
「お兄ちゃんのバカ!!!」
「えええええええええ!?」
いきなり照美は俺に怒ってきた。
こんな事言われたのは初めてだ。
今まではずっと全肯定してくれるような子だったのに、急に叱咤されたから困惑してしまう。
「もう知らない!」
「あ、ちょっと……!」
照美はポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら俺から逃げるように校舎に向かった。俺はその背中に向かって声をかける。
「照美!」
「なに! もうお兄ちゃんなんて知らないんだから!」
「そうじゃなくてそっちは二年生の校舎だよ!」
「……もう!!!!」
照美の背中が見えなくなってから俺も新しい教室に向かった。
***
新年度初日の授業が終了。
俺は部活に所属していないため真っ直ぐ帰ることにした。
「あ……」
校門の端に見慣れた髪が顔を出していた。
俺を待ち伏せしているつもりなのだろう。
「何してるの、照美」
「わっ……お兄ちゃん」
俺から先に声をかけるとビクッと肩が跳ねた。
なんでそっちが驚くんだよ。
「誰か待ってるの?」
「えっと……んっと……おにぃちゃん」
今朝までの威勢はどこへ行ってしまったのか。
照美は頬を夕焼け色に染めて俯いてしまった。
「照美」
「……ん?」
下校していく生徒たちがチラチラ見ていた。
このままここで黙っていても注目の的になる。
「帰ろっか」
「……うん」
俺は最初からそのつもりだったが、照美もそう思ってくれていてよかった。少し元気がないがすぐに戻ってくれるだろう。
***
朝来た道を並んで歩く。
なんだか時間が悪い意味でゆっくりに感じた。
さっきから会話が無くて気まずいのだ。
「「あ、あの!」」
沈黙を破ろうと頑張ってみると声が重なってしまった。
照美が譲ってくれたため適当に会話を繋いでみる。
「えっと、友達できた?」
「……ううん。私こんなだもん」
「そっかぁ……」
やばいな。
なんて言ってあげたらいいか分からないぞ。
いつもは照美が元気に話しかけてくれるからな。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「どうした?」
「なんで私が怒ってたか分かる?」
「……」
こんなセリフを言われる日が来るとは思わなかった。
だよな、照美が不機嫌なのは分かってる。
でも何故かと問われればノーと答える。
「すまん。ヒントくれ」
「もうっ」
また照美は風船みたいになってしまった。
「私、頑張って入学したんだよ」
「おばさんから聞いた。夜遅くまで勉強してたって」
うちは進学校なだけあって誰でも入れるわけではない。
照美の苦労は俺も十分わかってあげられる。
「私、お兄ちゃんには嘘吐かないよ」
「うん。昔っからそうだもんね」
人見知りな子だったが俺には心を開いていた。
だんだん明るくなったけど他の人への対応は御覧の通り。
いつも俺の後ろを追いかけてお兄ちゃんと呼んでくれた。
とっても可愛くて、ずっと側にいてあげたいと思った。
照美は嘘を吐かない。
お兄ちゃん大好きと何度も言ってくれた。
そして、小さい頃にはよくある約束をした。
「私、まだ幼馴染なの?」
自分の言葉を思い出す。
クラスメイト二人になんと言っただろうか。
照美は、ただの幼馴染。
そう言ってしまったんだ。それがどれだけ照美を傷つけていたか……。
「私はね、お兄ちゃんとしてじゃなくて……」
「照美」
人差し指の腹で照美の唇に触れる。
ぷるぷるしていて柔らかかった。
「ごめんね」
「うぅぅ……」
照美の瞳が濡れていく。
目をごしごし擦ると走り出してしまった。
「あ! ちょっと待って照美!」
「うるさいうるさい! お兄ちゃんなんて大っ嫌い!」
「違うんだって!」
出遅れはしたが俺と照美なら俺の方が速い。
すぐに追いつくと、逃げないように後ろから抱きしめた。
「はぅ…………っ!」
「ごめん、誤解だから」
「ぇ?」
「本当は帰り道に俺から言おうと思ってたんだけど朝から待っててくれたんだよね。なんか弄んでるみたいになっちゃってごめん」
心臓の音がうるさい。
照美相手に俺はこんなにドキドキしている。
もうただの幼馴染でも妹でもない。
「好きだよ。一人の女の子として。だから俺の彼女になってよ」
照美のお兄ちゃん大好きも男に向けてのものだ。
小さい時には結婚すると約束もした。
俺は今でもそうしたいと思っている。
「え……え? おにぃ、ちゃん?」
「着いてきてくれてありがとう。よく頑張ったね」
「うん……うん!」
照美が嬉しそうに声を漏らす。
すると振り向きざまにキスしてきた。
さっき指に伝わった感触が唇に広がる。
「私、初めて嘘吐いちゃった。お兄ちゃん大好き!」
「俺もだよ、照美」
「うんっ、お兄ちゃん!」
「照美」
「えへへっ。おに~ちゃ~~~ん」
照美が甘い声で呼んでくれる。犬の尻尾みたいにぶんぶん髪を揺らして、幸せそうに笑ってくれた。
これからは後輩で、幼馴染で、大事な彼女だ。
「帰ろっか」
「うん! お兄ちゃん!」
手を繋いでゆっくり歩く。
照美の歩幅で今日はほんの少し遠回りをして帰った。
***
それからは毎日照美と一緒に学校に行って、家に帰った。
そして近い将来。約束通り俺たちは結婚した。
俺には小さい時から一緒に遊んでいた一つ年下の女の子がいる。いわゆる幼馴染というやつで、高校生になっても俺のことをお兄ちゃんと呼んで慕ってくれる。
「こら、棘。今日からは司先輩だろ」
今日からは”幼馴染”に加えて”後輩”という属性を新たに獲得した棘照美。
この春から俺の高校に通うことになったのだが、初日だと道に迷っちゃうからという理由で一緒に登校することになった。中学の時は毎日一緒に行っていたが久しぶりに感じる。
「えーお兄ちゃんが照美って呼んでくれたらいいよっ。どうして急に呼んでくれなくなっちゃったの?」
「いや、だってもう高校生だぞ。恥ずかしいだろ」
本当は照美を女の子として意識するようになってしまったからというのが本音だ。去年まで幼い印象だったのに、一年会ってない間に随分女の子らしい体になったと思う。
「むぅ、呼んでくれなきゃやだ。もう学校行かない」
「なんでそうなるんだよ。遅刻するから行くぞ」
照美は頬っぺたをぷくっと膨らませて拗ねてしまった。
こんな風に、この子は昔から少し我儘なところがある。
俺はそれを面倒だとは思わず、ついつい甘やかしてしまう。
「……わかったよ。ほら照美、行こ」
「うん! お兄ちゃん大好き!」
茶髪のポニーテールを揺らして照美は俺の腕に抱き着いてきた。まるでコアラのようにしがみついて離さない。
「ちょ、他の人に見られたらどうするんだよ。それにお兄ちゃん言わないんじゃなかったのか」
制服越しでもぷにぷにとした感触が伝わってくる。
それを堪能したいところだが、正直嬉しさより恥ずかしさの方が勝っていた。
「一回で呼んでくれなかったからだーめっ。えへへっ、お兄ちゃ~ん」
「わ、わかった。それでいいからくっつくのはやめてくれ」
「もーしょうがないなぁお兄ちゃんは」
そこまで譲歩するとようやく照美は並んで歩いてくれた。
こんなところを同級生に見られたらどうなるか分かったもんじゃ……
「よう司」
「げっ」
「げっ、てなんだよ失礼な奴だな。今年もよろしく頼むぜ」
「あ、ああ。よろしくな」
一年の時に続き、今年もクラスメイトの友人だ。
今日に限って出くわしてしまった。ついてないな。
「ところでお前の後ろに隠れてるその子は?」
「ん?」
見ると照美が俺の制服をぎゅっと握って顔だけ出していた。相変わらず照美は可愛いな。
「ただの幼馴染だよ。どうしたんだ、照美」
「私この人嫌い。だってさっきからやらしい目で見てくるもん。男の人ってみんないなくなっちゃえばいいと思う」
ついてないな、と思ったのは友人に対してだ。
案の定友人は声にならない悲鳴を上げている。
初対面の女の子に言われた心中は察するよ。
「あ! もちろんお兄ちゃんは違うからね? お兄ちゃんだーいすき!」
「ちょ、だから抱き着くなって。おい大丈夫か友人よ。この子は誰に対してもこんなだから気にしなくていいぞ。こら照美。ちゃんとごめんなさいして」
「やだ。本当の事言っただけだもんっ」
照美はそう言って俺の後ろに隠れたまま友人の心をめった刺しにした。とっくにオーバーキルされてもおかしくないと思ったのだが、
「……しぃ」
「どうした友人。泣くなよ?」
「羨ましいなこのやろおおおおおおお!」
「あ、待て……!」
友人は雄たけびを上げながら全速力で駆けて行った。
後で謝っておくか。学食ぐらいは奢ってやろう。
「お兄ちゃんとの時間を邪魔する人は許さないんだからっ」
照美はそんな決め台詞を吐いてにこっと笑った。
太陽にも負けないくらい眩しい笑顔だ。
***
学校周辺までやってきた。
「がっこーがっこーがっこっこー♪」
照美はご機嫌に歌を歌っている。
こういうところは昔と変わらず子どもっぽい。
俺にしか見せない顔に特別感を抱いていると、また後ろから声をかけられた。
「あら、かわいらしいお歌。もしかして司くんの妹さん?」
振り返ると、女子の制服に身を包んだ生徒がいた。
この女子も同じクラスで、挨拶程度なら交わす仲だ。
「いや、ただの幼馴染だよ。今日は初日だから一緒に来たんだ」
「へぇ、仲いいんだね~」
そう言って女子生徒は照美の頭に手を置いた。
すると、
「触らないでくださいっ!」
照美が牙をむく。さっきからそうだが、照美は男女問わず俺以外の人間に当たりが強い。小中学生の頃は狂犬ちゃんとかいばら姫と言われていた。
「やだもうこの子かわいい!」
「うぅぅ、ウリウリしないでください!」
女子生徒は小動物をたしなめるようにナデナデした。
キャンキャン泣く子犬を相手しているかのようだ。
「もうなにこの女! お兄ちゃんは私のだから!」
「あはは、邪魔しちゃってごめんね。じゃ司くん、またあとでね~」
「あ、うん。また」
女子生徒はひらひらと手を振って去って行った。
しかし嵐は過ぎ去っていない。
「お兄ちゃん」
「どうした? そんな怖い顔して」
ハムスターみたいに頬を膨らませている。
どうしてしまったんだろう。
「あの女だぁれ?」
「クラスメイトだけど?」
あの女呼ばわりか。
照美は周囲を牽制する癖がある。
「むぅぅぅぅぅぅ!」
今にも噛みつきそうな照美。
何か勘違いしているみたいだったから、俺はむすっと膨れた頬っぺたをつついてみた。
「──ぷわぁっ」
空気が抜けて落ち着きを取り戻してくれた。
しかし今度はしょんぼりしてしまう。
情緒が激しくて忙しい子だ。
「あんまり女の子と喋んないでよぉ」
「えっと、挨拶しただけだよ?」
「それでも! ……じゃなきゃ嫉妬しちゃうから」
「……」
照美は力の入っていない拳で俺の胸をノックしてきた。
視線を落とすと照美の顔が目に入る。
メイクを覚えたのか、大人の色気が感じられる。
さらに下を見ると綺麗な鎖骨。
そして自然と吸い寄せられるような胸。
思わずドキリとしてしまう。
「照美。学校着いたよ」
気づけば校門の下だった。
時間にして15分ぐらい。一年見慣れた通学路の景色は新鮮で、いつもよりあっという間に時間が過ぎた。
「あ……もう。ありがと、お兄ちゃん」
「全然いいって。じゃあ明日からは一人で来れるよね?」
初日は不安だからという理由で一緒に登校した。
一度歩けば照美なら覚えられるはず。
と、思っていたのだが、
「お兄ちゃんのバカ!!!」
「えええええええええ!?」
いきなり照美は俺に怒ってきた。
こんな事言われたのは初めてだ。
今まではずっと全肯定してくれるような子だったのに、急に叱咤されたから困惑してしまう。
「もう知らない!」
「あ、ちょっと……!」
照美はポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら俺から逃げるように校舎に向かった。俺はその背中に向かって声をかける。
「照美!」
「なに! もうお兄ちゃんなんて知らないんだから!」
「そうじゃなくてそっちは二年生の校舎だよ!」
「……もう!!!!」
照美の背中が見えなくなってから俺も新しい教室に向かった。
***
新年度初日の授業が終了。
俺は部活に所属していないため真っ直ぐ帰ることにした。
「あ……」
校門の端に見慣れた髪が顔を出していた。
俺を待ち伏せしているつもりなのだろう。
「何してるの、照美」
「わっ……お兄ちゃん」
俺から先に声をかけるとビクッと肩が跳ねた。
なんでそっちが驚くんだよ。
「誰か待ってるの?」
「えっと……んっと……おにぃちゃん」
今朝までの威勢はどこへ行ってしまったのか。
照美は頬を夕焼け色に染めて俯いてしまった。
「照美」
「……ん?」
下校していく生徒たちがチラチラ見ていた。
このままここで黙っていても注目の的になる。
「帰ろっか」
「……うん」
俺は最初からそのつもりだったが、照美もそう思ってくれていてよかった。少し元気がないがすぐに戻ってくれるだろう。
***
朝来た道を並んで歩く。
なんだか時間が悪い意味でゆっくりに感じた。
さっきから会話が無くて気まずいのだ。
「「あ、あの!」」
沈黙を破ろうと頑張ってみると声が重なってしまった。
照美が譲ってくれたため適当に会話を繋いでみる。
「えっと、友達できた?」
「……ううん。私こんなだもん」
「そっかぁ……」
やばいな。
なんて言ってあげたらいいか分からないぞ。
いつもは照美が元気に話しかけてくれるからな。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「どうした?」
「なんで私が怒ってたか分かる?」
「……」
こんなセリフを言われる日が来るとは思わなかった。
だよな、照美が不機嫌なのは分かってる。
でも何故かと問われればノーと答える。
「すまん。ヒントくれ」
「もうっ」
また照美は風船みたいになってしまった。
「私、頑張って入学したんだよ」
「おばさんから聞いた。夜遅くまで勉強してたって」
うちは進学校なだけあって誰でも入れるわけではない。
照美の苦労は俺も十分わかってあげられる。
「私、お兄ちゃんには嘘吐かないよ」
「うん。昔っからそうだもんね」
人見知りな子だったが俺には心を開いていた。
だんだん明るくなったけど他の人への対応は御覧の通り。
いつも俺の後ろを追いかけてお兄ちゃんと呼んでくれた。
とっても可愛くて、ずっと側にいてあげたいと思った。
照美は嘘を吐かない。
お兄ちゃん大好きと何度も言ってくれた。
そして、小さい頃にはよくある約束をした。
「私、まだ幼馴染なの?」
自分の言葉を思い出す。
クラスメイト二人になんと言っただろうか。
照美は、ただの幼馴染。
そう言ってしまったんだ。それがどれだけ照美を傷つけていたか……。
「私はね、お兄ちゃんとしてじゃなくて……」
「照美」
人差し指の腹で照美の唇に触れる。
ぷるぷるしていて柔らかかった。
「ごめんね」
「うぅぅ……」
照美の瞳が濡れていく。
目をごしごし擦ると走り出してしまった。
「あ! ちょっと待って照美!」
「うるさいうるさい! お兄ちゃんなんて大っ嫌い!」
「違うんだって!」
出遅れはしたが俺と照美なら俺の方が速い。
すぐに追いつくと、逃げないように後ろから抱きしめた。
「はぅ…………っ!」
「ごめん、誤解だから」
「ぇ?」
「本当は帰り道に俺から言おうと思ってたんだけど朝から待っててくれたんだよね。なんか弄んでるみたいになっちゃってごめん」
心臓の音がうるさい。
照美相手に俺はこんなにドキドキしている。
もうただの幼馴染でも妹でもない。
「好きだよ。一人の女の子として。だから俺の彼女になってよ」
照美のお兄ちゃん大好きも男に向けてのものだ。
小さい時には結婚すると約束もした。
俺は今でもそうしたいと思っている。
「え……え? おにぃ、ちゃん?」
「着いてきてくれてありがとう。よく頑張ったね」
「うん……うん!」
照美が嬉しそうに声を漏らす。
すると振り向きざまにキスしてきた。
さっき指に伝わった感触が唇に広がる。
「私、初めて嘘吐いちゃった。お兄ちゃん大好き!」
「俺もだよ、照美」
「うんっ、お兄ちゃん!」
「照美」
「えへへっ。おに~ちゃ~~~ん」
照美が甘い声で呼んでくれる。犬の尻尾みたいにぶんぶん髪を揺らして、幸せそうに笑ってくれた。
これからは後輩で、幼馴染で、大事な彼女だ。
「帰ろっか」
「うん! お兄ちゃん!」
手を繋いでゆっくり歩く。
照美の歩幅で今日はほんの少し遠回りをして帰った。
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それからは毎日照美と一緒に学校に行って、家に帰った。
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