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番外編

蜜を召しませ 10

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シェラさんのおかしな言動にツッコミを入れるのを我慢して、うぐぐと悔しさに口を引き結んでいたら、レジナスさんが後ろからそっと私のあごに手を当てた。

「そんなに歯を食いしばるなユーリ、口の中を痛める。シェラの言動が人を煙に撒くのもいつものことだろう?本気にして怒るとまた熱が出るぞ、力を抜け。」

そのまままるで猫の機嫌を取るように私のあごから喉にかけてゆっくりと撫でさすられた。

猫じゃないんですけど⁉︎と言いたかったのに、私を膝の上にしっかり抱えるために腰からお腹にかけて回されていたレジナスさんのもう片方の手が、お腹もゆっくりと撫でるものだから

「ふわ⁉︎」

と変な声が出て身動き出来なくなった。な、なんかむずむずして変な気分になるからそれはやめて欲しい。

「おいレジナス、君は一体何をしている?」

ぴしっ、とレジナスさんの膝の上で固まってしまった私を見たシグウェルさんが注意した。

「いや俺はただ、昔暴れる猫をおとなしくさせた時のことを思い出してそれと同じように・・・」

なんてレジナスさんは答えているから、やっぱり私は猫扱いだ。

「猫と人を同列に扱うな、ユーリの顔を見ろ。まだ病み上がりだというのに感じ入ってしまわせてどうする」

シ、シグウェルさん!無表情のままでなんてことを‼︎

「ち、違うもん・・・!」

動揺して真っ赤になり、喋り方も子供じみておかしくなる。すると無表情だったシグウェルさんが眉をひそめて

「おい、俺まで誘っているのか?なんて顔をしているんだ。」

と言った。顔?自分の表情がどうだとかそんなのは分からない。

何しろこっちはレジナスさんに撫でられたあごとお腹へのむず痒いようなぞくぞくする刺激を我慢するのに必死なんだから。

するとシェラさんが

「レジナス・・・貴方はそれ、無意識ですか?よくもまあ人に注意が出来たものですね。このように爽やかな朝にそぐわない、そんなに官能的なお顔をユーリ様にさせるなんて。」

と呆れ、リオン様は

「まあレジナスだからね。天然だよ、今までもたまにこんな風にユーリが困惑するような事をしでかしているから僕はとくに驚かないかな。」

今さらだよ、となぜかレジナスさんのしている事を受け入れている。・・・いや、三人とも黙って見てないで止めてくれないかなあ⁉︎

だけど誰一人止めないので仕方なく私が声を上げる。

「レジナスさん、くすぐったいので撫でるのはもうその辺で・・・!」

するとそれまでリオン様達の言っていることの意味が分からない、と困惑しながらまだなだめるように私を撫でていたレジナスさんの目と私の目が合い、ぴたりとその手が止まった。

「すまないユーリ、つい・・・!」

そのままパッと両手を離されたので、バランスを崩して逆にレジナスさんに抱きつくように倒れ込んでしまう。

「ユーリ、レジナス、大丈夫⁉︎」

リオン様が声を上げたけど、幸いにもそれまで腰掛けていたのはベッドの端だったこともあり、倒れ込んだのもベッドの上だった。おかげで怪我もない。

大丈夫ですよ、とリオン様に返そうとしたらひょいと抱き上げられた。

「シグウェルさん⁉︎」

ベッドに倒れ込んだ私を抱き上げたのはシグウェルさんだった。考えてみたらシグウェルさんにこうして抱き上げられるのは初めてだ。

シグウェルさんもふむ、と私をお姫様抱っこしたまま少し考えたかと思うとそのまますとんとソファに腰掛けた。当然その膝の上には私がいる。

「なんで⁉︎」

「言っただろう?君を甘やかすと言ってもどうすればいいか手探りだと。手始めに、殿下やレジナスのように膝の上に座ってもらおうと思う。どうだ?」

どうだ?って・・・。え?シグウェルさんの膝の感想?

戸惑っている私を置いてけぼりに、シグウェルさんは

「あとはそうだな・・・。さっきの殿下のように俺も君に何か食べさせようか。ああ、だがその前に医師の診察だな。シンシア、悪いが医師を呼んで来てくれるか?」

と一人話を進めている。

「えっ、待ってください!この状態で診察を受けるんですか⁉︎」

シグウェルさんの膝に乗ったままで?

「おかしいか?これも甘やかしの一環なんだが」

「おかしいですよ、ねえリオン様⁉︎」

助けを求めるようにリオン様を見たけど

「いいんじゃない?午後の診察の時は僕が膝に抱くからね。夕方はシェラかな?」

とにっこりと微笑まれた。シェラさんも光栄です、と丁寧なお辞儀をしてるし。

甘やかしってこれ、私が恥ずかしいだけ!

昨日はしおらしく、リオン様との触れ合いが足りないと反省してもっと伴侶らしくスキンシップを増やそうと思ったけど前言撤回だ。

この人達、ちょっとスキを見せると人目も気にせず際限なく私にあれこれしようとしてくるんだ。よく分かった。ケガの功名ならぬ病からの学びだ。早く治さないと。あともう絶対に寝込まない。

こっそりそう心に誓った私に構わずリオン様は

「さあユーリ、今日は一日ゆっくりと僕達に甘えてね。さっき言った通り、口に含む蜜よりも甘く甘やかしてあげる。」

と言うと、シンシアさんが呼んできたお医者様を部屋の中へと通した。

・・・そして診察する医師を前に恐ろしく無表情に、というか冷たい視線で見降ろしている魔導士団長の膝の上には、小さな子でもないのになぜか鎮座している癒し子である私。

その左にはルーシャ国の王弟殿下が座っていてその手を取り、反対の右側には国一番の騎士が陣取ってもう片方の手を握っている。

もう一人、顔は美しいのにその笑顔に謎の殺気じみた圧を持つ騎士も「診察で誤ってキズの一つでも付けたら容赦しませんよ」と言った風情で医師をじっと監視している。

そんな状況で診察させられたお医者様の可哀想なことといったらない。もし私がお医者様なら誤診してしまいそうなプレッシャーだった。

あまりにもお医者様が気の毒で、私もその時は思わず恥ずかしさを忘れてしまったくらいだ。

診察の後には

「今のユーリの状態に合わせて医者の出す薬の処方が軽いものに変わったから俺の魔法薬もそれに合わせて変えよう」

そう言ったシグウェルさんの出した薬を飲んだら途端に眠くなり、それを見たリオン様が断る暇もなくいそいそと私に添い寝をした。

隣に寝そべり、ぽんぽんと背中を叩かれれば「子ども扱いを通り越して私は赤ちゃんですか⁉︎」って文句を言う間もなく寝てしまう。悔しい。

そして目を覚ましたかと思えば今度はシェラさんが

「日光に当たるのも体が暖まりますし健康回復にも良いですから」

と、歩けると言ったのを無視して私をお姫様抱っこして日当たりの良い窓際のソファへと運ぶ。

「いつも殿下やレジナスばかりが抱き上げて運んでおりましたからね、オレにもたまにはそうさせてください」

と嬉しそうにされれば断るのも申し訳なくてされるがままにした。

と、シグウェルさんが

「よし、こちらを向け」

と言うので何かな?と思えばおもむろに口にスプーンを突っ込まれる。

「⁉︎」

甘い⁉︎何事かと目を白黒させれば

「ああ、悪い。勢いがつきすぎたか。人に食べさせるというのは案外難しいものだな。」

とスプーン片手にシグウェルさんは思案している。その手のもう片方には果物のゼリーのお皿があった。

あ、食べさせてくれたのね・・・。

まあ元から嫌がる人に有無を言わさず怪しい実験用の魔法薬を飲ませることしかしてこなかった人だから、病人の看病で優しく何かを食べさせるなんてしたことないよね・・・。

「あの、無理やり薬を飲ませるのと違うんで、そんなにスプーンにゼリーを山盛りにしなくても大丈夫ですよ・・・。スプーンの半分くらいの量をすくって、口の中に入れるんじゃなくて口元に寄せてもらえれば・・・」

わざわざ自分から食べさせてもらうための説明をするのはなんだか恥ずかしかったけど、初めてそんな事をするシグウェルさんには教えるしかない。

まあ要領のいいシグウェルさんのことだ、すぐに慣れるだろう。

「こうか?」

今度は私に言われた通りの量をスプーンに乗せたシグウェルさんがさあ食べろと私を見つめる。う・・・。

教えた手前、食べないわけにはいかないか。

ぱくりと素直にそれを口にすれば

「なるほど」

と目を細めたシグウェルさんがまたゼリーをすくう。

そしてそれを見ていたリオン様には

「いいなあ、なんでシグウェルからはそんなに素直に食べるわけ?僕が食べさせようとしてもユーリは恥ずかしがってなかなか食べてくれないじゃない。」

とクレームをつけられた。そ、それとこれとは違うんです!

スプーンを口に突っ込まれるよりはこの方がマシだから、って言うのもなんだかシグウェルさんに失礼な気がしてまた口元に寄せられたゼリーを黙って食べれば

「ほら、やっぱり素直に食べてる!」

とリオン様がまた声を上げた。そんなリオン様の様子にシグウェルさんは

「コツも掴みましたし、殿下の不在時は俺がユーリに食べさせることも出来るでしょう。殿下は安心して政務に打ち込んでください」

と何故か勝ち誇ったように言ってリオン様に

「冗談じゃないよ!ユーリは僕に食べさせてもらうのに慣れているんだから‼︎」

と反論されている。そしてそんな二人を尻目にシェラさんはといえば

「このお二人がまるで子どもの喧嘩のような言い合いをする姿を見る日が来るとは思いませんでした。愛されておりますねぇユーリ様。」

って言いながら人の髪の毛をいじっている。何をしているのかと聞けば

「療養にも邪魔にならない髪型に整えております。ついでに横になっている間に手と足の爪も磨いて、むくみ取りに香油で手足のマッサージもしましょうか」

とにっこりと提案された。するとレジナスさんが

「お前、ユーリの体調が悪くておとなしいのを幸いにあれこれ触ろうとしていないか?マッサージならお前でなくて俺も出来るからどいていろ」

と言う。だけどシェラさんも負けずに

「貴方のいうマッサージは騎士団の連中の筋肉の張りを取る隊仕様のものでしょう?ユーリ様の繊細なお体をほぐすのには向いておりません。ここは普段からユーリ様のお世話でその体の隅々まで、触れられると気持ちの良いところを知り尽くしているオレの出番です。」

なんて反論しているけど・・・いや、言い方!

おかげでそれを聞いたレジナスさんが

「お前、普段ユーリの世話にかこつけて何をしているんだ⁉︎」

とあらぬ想像をしたのか顔を赤くした。誤解です、レジナスさん!

なのにシェラさんは「さあ・・・貴方の思っている通りのことですかね?ご想像にお任せします。」と素知らぬふりだ。

ちなみにその間もリオン様とシグウェルさんはまだどっちが次に私に食事を食べさせるか張り合っているし、賑やかなことこの上ない。

私、回復してきたとはいえまだ本調子じゃないのにわあわあ言っているこの四人を仲裁しなきゃいけないのかな?

面倒だなあと思う反面、そんな四人を見ているとこの賑やかさも嫌いじゃないとも思う。

まあいっか、もうしばらくこのままでも・・・と思って四人には見られないように私は小さく微笑んだ。

・・・とそこまでは良かったけど。後日、

「重い病に倒れた癒し子を心配した四人の伴侶は片時もその側を離れず、その強い愛情のおかげで癒し子は回復することが出来た」

「まるで蜜のように甘いその看病は医師が目にするのもはばかられるほどのものだった」

「医師の診察の時以外、癒し子の部屋には四人の伴侶以外は入れずにその篤い看病を受けていたが、具体的に中で何が行われていたのかは癒し子に忠実な口の固い侍女と護衛以外は誰も知る由がない」

などなど、周りの人達のあれやこれやの想像をかきたてるような噂が聞こえてきた。

もう完全なるデマ。聞きようによっては病気にかこつけて、部屋にこもった私が四人に看病されながらいちゃついていたおかげで回復したようにも思われる。

「一体誰がこんな噂を⁉︎」

って焦る私にリオン様は

「まあいいじゃない、好きに言わせておけば」

と全く気にしていなくて、他の三人も同調していたのが怪しい。

この人達、まさか結託してそんな噂を流したんじゃないよね⁉︎

そう疑ってもみんな素知らぬフリだ。それどころかリオン様は

「また体調を崩すのも心配だからユーリの魔力は早く戻って欲しいけど、そうなるともうああしてユーリと付きっきりで過ごすこともなくなるのが少し残念だよね」

なんて言っている。シグウェルさんも

「せっかく君に食事を食べさせるコツを掴んだのにな」

とふりなのか本気なのか分からないけど残念そうにした。

「いえ、もうみんなのお世話にならなくてもいいように気を付けますから!その気持ちだけありがたく受け取っておきます‼︎」

ピシャリとそう宣言した私だったけど・・・まさかこのすぐ後に転んで捻挫した挙句、シェラさんにとんでもないお風呂介助をされる羽目になるとは、この時はまだ知る由もないのだった。
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