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番外編

西方見聞録 40

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4人全員とちゃんと結婚します!と僕とジェン皇子の前で声を上げたユーリ様は、客の前で恥ずかしい事を言ってしまったとテーブルに伏したけど、当の4人はみんな満足気だった。

ユーリ様をなだめすかして、何とかその顔を上げさせたと思えばリオン王弟殿下はいつも以上に甘やかな眼差しを向けて

「ほらユーリ、君の好きなシグウェルの家のブランデーがたっぷりと染み込んだパウンドケーキだよ。」

とユーリ様のあの小さくて可愛い口元に切り分けたケーキを運んでいるし、給仕係に徹しているシェラザード様も

「お酒の味と香りがかなり強いですからね。中和するためにこちらのミルクたっぷりのミルクティーもご一緒にどうぞ。」

とケーキに合わせていそいそとお茶を変えて追加用のミルクポットも置いている。

レジナス様は大皿に盛られていた数種類のクッキーの中から

「口直しにチーズを練り込んだこれも食べろ。塩気が効いていて甘い物の箸休めになる」

と数枚を小皿に取り分けてユーリ様の前に置き、シグウェル様は

「・・・」

と無言でそんなレジナス様達を見ながら自分用に取り分けられていたブランデーケーキのお皿を、紅茶を飲みながらそっとユーリ様の近くへ押しやっている。・・・自分はいいからおかわりしろってことかな?

まあとにかくそんな感じで、本来は皇子とのお茶会のはずだけど4人の伴侶は皇子そっちのけでユーリ様の世話を焼いていた。

そして皇子はそんなユーリ様を見ながら、ユーリ様がブランデーケーキを口にすれば自分もそれを食べ、シェラザード様がミルクティーがお酒の濃い風味を中和すると言えばそれを飲み、レジナス様が味変に塩気の強いチーズクッキーがおすすめだと皿に取れば自分も慌ててそれを取っていた。

ちなみにシグウェル様がユーリ様におかわりのブランデーケーキを渡したら皇子は僕の目の前の皿のそれを遠慮なく強奪した。そこまで真似しなくても良くない?

そんでもって、

「いやあ、ユーリ様は本当に伴侶様方に大事にされているねぇ。それにみんなもその食べ物の勧め方や連携が完璧だよ!濃厚なブランデーケーキの後に飲むミルクティーの香り高さも、口直しの塩っ気の強いチーズクッキーも最高だし、その後にはまたこのお酒の風味と甘さの強いブランデーケーキを更に食べたくなるね!」

と僕の分のケーキを食べながら感心したように頷いている。

え?僕もその甘くてお酒の効いたブランデーケーキと塩気の強いチーズクッキーを交互に食べて見たかったんですけど?

少し恨めしげに自分の目の前のお皿から消えたケーキとそれを美味しそうに食べるジェン皇子を見やったら、僕のその視線に気付いた皇子が

「ごめんごめん、シーリンには代わりにこれあげるよ!」

と生クリームがたっぷり詰まったシュークリームをくれたけど、そうじゃないんだよなあ・・・。

「側近思いの主人を持って僕は幸せですよ、お心遣いありがとうございます」

皮肉を言っても皇子は

「だよね?ボクもシーリンが側近ですごく助かってるよ、いつもありがとう!」

と何の臆面もなくいい笑顔を見せて皿の上にもう一つシュークリームを追加された。メンタル強いなあ。

そんな僕らをユーリ様は感心したように、

「お二人は互いに感謝し合っていて、それをきちんと言葉にして言えるのはすごいですね。そういうのって大事ですよ!」

優しげに目を細めて微笑んでいる。あれ?ユーリ様にもどうやら皮肉とは気付かれずに褒められてしまった。

そんなユーリ様に皇子は

「そんな風に褒められるとは思わなかったよ、嬉しいなあ!シーリンはボクの乳兄弟だからより気を許しているけど、他の人達に対してもいつも誠実でいようと心掛けているよ。それがボクの良いところだからね!」

そう胸を張っている。確かに素直さは皇子の美徳で皆に慕われている点だけど、あんまり素直過ぎても騙されそうでハタから見てるとちょっと心配にもなるんだけど、そこんとこ分かってるかな?と不安に思ったもののユーリ様は

「いくつになってもありがとうとごめんなさいを素直に言えるのは良いことです!そういうのって歳を重ねるごとに意地を張ったりしてなかなか素直に言えなくなるものですからね。そーいう気持ちって大事ですよ。」

と納得したようにウンウン頷いて、隣のリオン王弟殿下に

「・・・ユーリってたまにレジナスよりも年上みたいな物言いをする時があるよね?」

と不思議そうに首を傾げられ、

「えっ?そ、そうですか⁉︎」

何故か狼狽えている。そしてそれを誤魔化すように

「そういえばお菓子!東国にはアンコを使ったお菓子があるんですよね⁉︎シーリンさんに聞きました!」

とジェン皇子に向き直った。あ、そういえばユーリ様とお茶をする中でそんな話も出たなあ。

豆を甘く煮たアンを中に詰めた菓子は僕らの国では良く食べられている。

そしてそれはユーリ様が元々いた国でも食べられていたらしく、呼び名も奇しくも同じくアンというらしい。

ルーシャ国にも一応あの有名な勇者様の時代からアンの作り方や料理法は伝わっているらしいけど、あのねっとりとした食感や甘さがこの国の人達にはあまり好まれていない上に馴染みがなく、豆を甘く煮詰めたお菓子はほとんどなくて滅多に食べられないらしい。

ユーリ様が言うにはどうしても食べたくてお願いして何度か作ってもらったらしいけど、ほぼ自分しか食べないお菓子を作らせるのは気が引けてアン入りのお菓子は貴重だという。

そんな感じで軟禁中はユーリ様とのお茶の席ではアンの話も含めて食べ物の話でよく盛り上がった。だからこれはチャンスだ。同じく食べることが好きな皇子と話が弾むはず!

そう踏んで

「そうなんです、アンを小麦で練った生地で包んで蒸したお菓子は庶民から皇族まで良く食べられていますし、皇子も好きで・・・ねぇ皇子!」

話を振れば

「そうだね、ボクも街歩きをした時はお気に入りの店で必ず買うなあ。最近は蒸すんじゃなくてアン入りのそれを焼いたり油でカリカリに揚げた物を出すところもあって、皮のカリカリと中の甘ーいアンの柔らかさの差がたまらないんだよねぇ。皮の厚さも、それを作るお店によって違っててさ。ちなみに最近のボクの好みは皮薄め!すごく美味しいから、ユーリ様にもいつか食べて欲しいなあ。」

紅茶を飲みながらニコニコと話した皇子に

「えっ⁉︎それってもしかして揚げ饅頭ですか?それともたい焼き⁉︎大判焼き⁉︎」

ガチャッと音を立ててティーカップを置いたユーリ様の目が輝く。黒い瞳の中で紫紺色が複雑に入り混じり、更に星の光みたいな金色がキラキラと輝いていて、まるで夜空の星を見つめているような美しさだ。

僕だけでなく皇子もその瞳の煌めきと、好奇心と興奮で無邪気に頬を染めたユーリ様の美しさに見惚れてぼうっとしてしまい言葉が続かない。

だけどユーリ様はそんな言葉を失くした僕らそっちのけで

「加護の力で小豆あずきを育てるのは簡単なんですけど、それをアンコにするまでの正確な過程を私は知らないからダメなんですよね・・・。勇者様の時代からこの国に伝わってるレシピはなんかちょっと違うし。東国のアンコは日本と同じなのかな?あとおせちの黒豆とかも食べたいけど、それも作り方が良く分からないし。向こうにいた時はおせちを作る習慣も、お菓子作りをする気力もなかったしなあ。あー、次の召喚者は絶対農家さんか料理人をイリューディアさんにオススメしたいです!」

とぶつぶつ独り言を言っている。

アゲマンジューにタイヤキ、オセチ?どうやらユーリ様の国にあるアンの料理法のことらしいけど良く分からない。

リオン王弟殿下達も一体何のことだろうと興味深げにしている。

すると皇子が

「じゃあ次はユーリ様のために織り物職人じゃなくて小豆やその育て方を教える技術者に料理人も連れてくるよ!ルーシャ国にある程度耕作法や調理法が根付くまで彼らにこの国にいてもらえばいいんじゃないかな?」

国同士の親善交流第二弾にもなるね!とこともなげにあっさりと言い、満面の笑みを浮かべた。

ちょっとアンタ、また勝手にそんな事言って!

僕の正体がバレて軟禁されたって聞いて、慌てて自らルーシャ国まで飛んできたくせに全く懲りてない。

少しは反省してくれないかな、いきなり皇国を放り出されて年単位で帰れなくなる第二、第三の僕を作り出す気⁉︎



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