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番外編

西方見聞録 29

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突然のシグウェル様の登場に驚いたのはユーリ様だけじゃない。その場の全員がそうだ。当然僕も。

だって、あれ・・・?確かシグウェル様は王都から離れた自領にいるから、戻ってくるにはどんなに早くても馬車で2日はかかるって話だったよね。

ていうかシグウェル様が現れた扉は僕が案内されて来た回廊に繋がるものとは違う。そっちにも回廊があったんだ?

そう思っていたらユリウス様が、

「えっ、ちょっと団長今どこから来ました⁉︎そっちってユーリ様の寝室じゃないっすか?なんで⁉︎」

と驚いている。・・・寝室?回廊があるんじゃなくて?

どういう事だとポカンとしている僕を尻目にユーリ様がきゃあ!と声を上げて頬を染める。

「ちょっとシグウェルさん!また勝手に人の寝室の魔法陣で出入りしたんですか⁉︎信じられない‼︎」

リオン王弟殿下も

「シグウェル、君ねぇ・・・。いくら急ぎだからって何もそこを使うことはないだろう?」

と額に手を当てた。

あ・・・そう言えば前に聞いた話だとシグウェル様は王宮のあちこちに移動用の魔法陣を設置しているってことだったっけ。

だけどまさかそれがユーリ様の寝室にまであるとは思わなかった。

リオン王弟殿下はその事を知っていたみたいだけどユリウス様はどうやらそれは初耳らしく、

「あり得ないっす!いくら結婚予定でもまだ婚前っすよ⁉︎そんな簡単にユーリ様の寝室に出入りするとか、ちょっとは常識を考えて欲しいっす!あと連絡を受けてすぐにユールヴァルト領からここまで一足飛びに来たっぽいっすけど、一体どんだけ魔力を使ってるんすか⁉︎」

と至極真っ当な文句を言ったんだけどシグウェル様はそんな声もどこ吹く風だ。

うるさそうにユリウス様の方をちらりと見やり、

「非常事態だ」

と短く答えてスタスタ真っ直ぐに僕の目の前に立っているユーリ様の元へと歩いて来た。

そして

「そんな簡単に私の部屋に勝手に出入りされたらおちおち着替えも出来な・・・もが‼︎」

まだ顔を赤くしたまま抗議していたユーリ様をぎゅっと抱きしめた。

え、ええ~?何これ、何してんの?

シグウェル様はいたって普通・・・と言うか、さっきまでの不機嫌な表情が若干和らいでいるけど、ユーリ様を抱きしめているその顔は相変わらず氷のような無表情に近い。

逆に目の前でそれを目撃した僕の方が思わず照れてしまってどうすればいいか分からなくなる。これ、見てていいのかな⁉︎

抱きしめられたユーリ様も、勝手に寝室に出入りされているという気恥ずかしさが今度はみんなの前で抱きしめられたという恥ずかしさに上書きされたのか、更に赤くなっていた。

「ふぁ⁉︎な、何ですか、何してるんですかシグウェルさん‼︎」

そう言いながらシグウェル様の腕の中でもがもがとユーリ様はもがいているけど、わりと細身な体格をしているわりにシグウェル様はそんな抗議にもびくともしない。

そのままユーリ様の頭をぽんとひと撫でして、

「・・・魔力に変化も見られず安定しているな。何もないようで良かった。」

そう頷くとやっと腕の力を緩めたらしく、ユーリ様はようやく腕を伸ばしてその胸元から距離をとって

「魔力を確かめるなら先にそう言ってくださいよ、びっくりしたじゃないですか!そもそも、そんな確かめ方をしなくてもシグウェルさんなら見るだけで私の魔力の状態なんか分かるでしょ⁉︎」

と文句を言うも、

「そうしたいからしただけだ、何か問題があったか?」

と返されて

「そっ・・・、問題か?って・・・!」

と赤くなったままユーリ様は言葉を失って腕を突っ張ったまま口をぱくぱくさせた。

その様子がなんだか抱っこを嫌がる仔猫が腕を突っ張って毛を逆立てているみたいでちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒だ。

リオン王弟殿下もそんなシグウェル様に呆れたように

「できるだけ急いで帰って来て欲しいとは言ったけど、返信もなしにまさかいきなりここに現れるとは思わなかったよ。」

と赤くなっているユーリ様の肩を抱いて落ち着かせてあげようとしている。

だけどシグウェル様はそんな王弟殿下に答えるでもなく真っ直ぐにユーリ様を見つめると

「それで、返事はしたのか?」

と聞いた。あまりにも簡潔かつ主語のない言葉にユーリ様は意味がわからず首を傾げている。

「返事?・・・ってなんですか?」

するとそこで初めてシグウェル様は僕の方を見た。それはまるで僕をその視線だけで刺し殺せそうな冷たい目をしていた。

「東国の皇子がルーシャ国に潜入させた自分の側近を使って君に接触し、求婚を試みたと知らせを受けた。それがまさか彼だとは思わなかったが、魔力を隠していて怪しいと思った俺の勘にどうやら間違いはなかったようだな」

あ、ハイ、それに間違いはないんですけど僕としてはいきなり求婚を持ち掛けたかったわけじゃなくてですね・・・。

勝手に初手から求婚したのはあの皇子のやらかした事であって僕のせいじゃない。いや、側近だったらそれも責任を取らなきゃいけないんだろうか。

「まだ完全に魔力も回復していないのに、余計な事を持ちかけられてまた君に何か影響があってはいけないからな。それが心配だったし求婚に何と答えたかが気になった。馬車などで悠長に帰って来ている場合ではないだろう?」

シグウェル様はあくまでも表情は変えないまま淡々とそう説明しているけど、つまりは皇子の求婚に応じたのかどうかが気になって一番早い方法で戻って来たってこと?

話してる内容は結構ユーリ様に対する愛情・・・って言うか嫉妬心まで感じるようなものなのに、無表情で顔の筋肉が全く仕事をしていないものだからその落差に戸惑う。

そういえばさっきも現れたと思ったらいきなりユーリ様を抱きしめていたし、ここまで見事に言動と表情が一致していない人も珍しい。

そんなシグウェル様の気持ちはユーリ様にもちゃんと伝わっていたらしく、さっきまでのシグウェル様を叱っていた勢いをすっかり失くすと

「返事はちゃんとしましたよ・・・。これ以上の伴侶は必要ないってはっきり断りました。」

とシグウェル様から目を逸らし、もごもごと口ごもりながらまだうっすらと頬を赤く染めたまま答えた。あれ?もしかして照れてる?

するとその答えに満足したのか

「即答か」

とシグウェル様はそこで初めて僅かに微笑んで頷いた。

「良かったっすね団長。ユーリ様、例え話で俺が求婚したらどうする?って聞いた時と同じくらいの勢いで何の迷いもなく速攻で求婚を断ってたから何も心配することはないっすよ。」

ユリウス様がはは、となぜか悲しそうに笑ってそう言っている。

だけどそこでリオン王弟殿下がとはいえ、と会話に加わった。

「返事がどうかに関わらず、この時期にユーリに求婚してくること事態が問題だからね。無駄な騒ぎを起こしてユーリの気持ちを乱した対価はきっちり払って貰うつもりだよ。」

にっこりと微笑むその笑顔がなぜか薄ら寒い。

「予想外に早く君が帰ってきたから東国との交渉も早く出来そうだ。さっそく鏡の間を使って向こうの魔導士と連絡を取り合い、やり取りを始めようか。」

その言葉にシグウェル様がほう、と面白そうに目をすがめた。

「どうやら対価として何を求めるのか、交渉内容はすでに決めているようですね」

「海上に設置する魔石とそれに入れる魔力についてかな。魔導士の派遣も必要になるかも知れないから、君にも向こうと通信を繋ぐだけでなく交渉自体にも加わってもらうよ」

「海上に魔石ですか。面白い試みですね」

「二国間の貿易航路の安定にも寄与するだろうし、向こうにとっても利益はあると思うんだよね」

ああ、なんだか話している二人の雰囲気が怪しい。皇国にも利益のある話だというけど、どう考えても軟禁で人質状態の僕を交渉材料に皇国側がかなりの負担を強いられそうだ。

ものすごく気になるけど僕には口を出す権利はなく、レジナス様とユリウス様を伴って部屋を後にする二人の後ろ姿を見送る。

どうかあまり皇国の不利にはならない方向になって欲しいと、僕はおとなしく話の成り行きを見守るしかないのだった。
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