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番外編
西方見聞録 14
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騎士団の訓練場にやって来たユーリ様が自分との昼食を希望していると聞いたシェラザード様は、さっきまで僕に見せていた微笑みながらも恐ろしいあの態度はかけらもない。
顔にはさっきまでと同じような微笑みは浮かんでいるけどあからさまに機嫌良く、
「ユーリ様をお待たせするわけにはいきませんね。すぐに参りましょう。」
と着ていた騎士服の上着をすぐに別の新しい物へと変えて鏡をのぞくとサッと髪型も整えた。
別に身支度を整えなくても色男なのは変わりないんだけど、シェラザード様としては違うらしい。
そしてシェラザード様は身支度を整えブーツまで履き替えながら、ユーリ様の来訪を告げた騎士とやり取りをしている。
「今日の食堂のメニューは丸鶏の揚げ煮込みでしたね。ユーリ様が召し上がるにはいささか味気ない、シンプルすぎる味付けでしょう。オレが行くまでに料理人には甘酸っぱいベリーソースを追加で作らせておきなさい。それから、ユーリ様がいらっしゃるということはレジナスも一緒ですか?」
「今はご一緒しておりますが、この後リオン王弟殿下の視察へ同行するため、昼食は同席されずに隊長が来るのと入れ違いで離席されるそうです。」
「ああなるほど、そういう事ですか。」
騎士の言葉に、シェラザード様は今まで散々僕らに見せていた色気ダダ漏れな微笑みではなく、穏やかで柔和な笑みを思わずと言った風にくすりともらすと
「まったく、可愛らしいことを考えるお方ですね」
と呟いた。その言葉の意味は分からないしどういう事か気にはなったけど、とりあえず口ごたえをして不興を買いかけた僕からその意識は逸れたみたいだし帰るなら今だ。
これ以上ここにいたら、もっと面倒な注文を受けることになるかも知れない。
ユーリ様との昼食を邪魔するのもなんだし、さっさと退散しないと!
そう思って隣の使用人に目配せすれば、彼もそれを理解したらしくコクコクと頷いている。
「それではシェラザード様、僕たちはこれで・・・。ご要望の件には必ず期待以上の成果をもってお応えいたします。」
退出の挨拶をして頭を下げれば、そんな僕に
「いえ、ちょっとお待ちなさい。」
シェラザード様の声がかかる。
・・・え?まだ何かあるの?
恐る恐る頭を上げれば、シェラザード様はさっき僕の首を締め上げようとしていたあの金糸のネックレスを手に何か考えていた。
「騎士団にいるということは軽装に着替えているかも知れませんが、今日オレが準備したユーリ様のお召し物は秋空の高く透き通るような色と同じ明るい青色に、小麦の豊かな金の穂を思わせる金色を差し色にしたドレスでしたね・・・。このネックレスもそれに良く似合いそうです。」
とかなんとかぶつぶつ言っている。
・・・ユーリ様の衣装って、普通侍女が用意するんじゃないの?花嫁衣装どころか普段着る物からしてこの人が選んでるとか、徹底しているなあ。
そりゃあ花嫁衣装にも気合を入れるわけだ、と妙に納得していたらそんな僕にシェラザード様が向き直った。そして
「仕方ありませんね。せっかくですからユーリ様にも今このネックレスをお見せいたしましょう。見事な手仕事をしたお褒めの言葉をユーリ様より直々に賜ってからお帰りなさい。そのお言葉を工房の者達に伝えれば皆も仕事の励みになるでしょうし。」
と、思いもよらないことを言い出した。
ユーリ様にお会いしてから帰る?いや、そりゃああの綺麗な人をまた間近で見られるのは嬉しいけど、この狂信者みたいな人が側にいる状態で会うのはなんだか落ち着かない。
今は落ち着いてるけど何がきっかけでまた変なスイッチが入るのか分からないし。
だから残念だけどここは一刻も早く帰る方がいいだろう。そう思って、
「いえ、せっかくのありがたいお言葉ですがそんな恐れ多い・・・」
そう言いかけたら使用人がまた脇から僕を小突いた。シーリン様!って非難めいた小さな抗議の声も漏らしている。
・・・え?あっ、違うよ「いえ」って言うのは否定じゃなくて、と慌ててシェラザード様を見ればまたあの剣呑な光が金色の瞳の中に戻ってきていた。しまった。
「このネックレスの素晴らしい出来栄えを讃え、ユーリ様から直接褒めていただく機会を与えると言っているのに、その貴重な機会を捨て置くと?そもそも、ユーリ様が目と鼻の先にいらっしゃるのに挨拶もなしに無視をして帰ろうというのですか?」
ええ・・・?なんてメンドくさい人なんだ。ユーリ様を女神様のように崇めてるみたいだし、そこはてっきり僕ごときがユーリ様の視界に入るのはお目汚しだからさっさと帰れ!とか言われると思ったのに。
つくづく僕の考えの斜め上をいく。思考の面倒くささにかけてはウチの皇子殿下と同じかそれ以上かも知れない。
仕方ないなと素直にその言葉に従えば、分かればよろしい、とシェラザード様はまた機嫌が良くなった。
そのまま連行されるように騎士団の食堂に向かえば、広々として窓から明るい日差しも降り注ぐその場所の一角に妙に騎士達が密集して偏っている。
空いているテーブルはたくさんあるのに、その一角にだけぎちぎちに騎士達が陣取っていて、
「おい、もっとつめろ」
だの
「そっちから椅子を持ってこい!」
だの言いながらぎゅうぎゅうに座っていたり、立ったまま食事を取ろうとしている者達もいる。
そして騎士達のその視線は人の集まっている一角に集中していた。
あー・・・なんかこれ、理由が分かるぞ。ウチの皇子が街に抜け出して食堂で勝手にご飯食べてる時とかもこんな風に街の人達に囲まれてるもん。
するとそんな彼らに僕を先導していたシェラザード様が
「さっさと散りなさい、見苦しい。全くもって美しくないですね。」
と冷たく言い放った。その言葉にさぁっ、と海が割れるように騎士達が道を開ける。
そしてその先のテーブルに座っていたのはやっぱりユーリ様だった。
「シェラさん!言い方‼︎」
と注意しているその手にはすでにフォークが握られていて、傍らにはレジナス様が主人に忠実な躾の良い番犬のようにきちんと座っている。
そして騎士達への物言いを注意されたシェラザード様は
「ご機嫌ようユーリ様。朝のお支度ぶりにお会いしますが相変わらずオレの女神はその美しさも色褪せることなく、むしろ昼の太陽のように・・・いえ、それ以上にその輝きを増すばかりですね。」
飄々と歯の浮くようなセリフをあの馬鹿みたいに垂れ流しな色気の乗った笑顔と一緒に言っている。
うわぁこの人、ユーリ様本人を目の前にしてもそんな事言うんだ⁉︎すごい、まったく恥ずかしがりもしないでよく言うよ!
そんな事をあの色気たっぷりの笑顔で言われたら世の女性達はみんなぽうっとのぼせ上がってしまうんじゃないだろうか。
そう思ってこっそりユーリ様の顔を盗み見れば、なんとユーリ様はぽうっとしたり恥ずかしがるどころか
「だからその言い方、みんなのいる前ではやめてください⁉︎」
とちょっとだけ恥ずかしがりながらも怒っている。あ、あれ?男女関係なく人を惑わすようなシェラザード様のあの色気がユーリ様には効いてない?
「ほんと、恥ずかしいんだから!」
とぷりぷり怒っているユーリ様の、ポニーテールでフォーク片手に少しだけ頬を膨らませているその様子は綺麗というよりも可愛らしい少女みたいでつい目を奪われる。
ちなみにそんなユーリ様に目を奪われていたのは周りにひしめいていた騎士達もだったんだけど、
「・・・本当に、ユーリに対するお前の冗談はいつ聞いても笑えないな」
と言うレジナス様の重々しい言葉の響きにハッと我に返った。見ればレジナス様の眉間にはギュッと深い皺が寄っていて苦虫を噛み潰したような顔をしている。こっわ‼︎
「それはそうですよ、オレが言っているのは冗談ではありませんから。ユーリ様に対しては常に全身全霊を持って誠心誠意を込め、真実思うところしか言っておりません。」
シェラザード様のそんな返しにユーリ様は
「意味不明です!」
と声を上げ、
「まったくだ」
とそれに同意して頷いたレジナス様の眉間の皺がまた少し深まった気がした。
顔にはさっきまでと同じような微笑みは浮かんでいるけどあからさまに機嫌良く、
「ユーリ様をお待たせするわけにはいきませんね。すぐに参りましょう。」
と着ていた騎士服の上着をすぐに別の新しい物へと変えて鏡をのぞくとサッと髪型も整えた。
別に身支度を整えなくても色男なのは変わりないんだけど、シェラザード様としては違うらしい。
そしてシェラザード様は身支度を整えブーツまで履き替えながら、ユーリ様の来訪を告げた騎士とやり取りをしている。
「今日の食堂のメニューは丸鶏の揚げ煮込みでしたね。ユーリ様が召し上がるにはいささか味気ない、シンプルすぎる味付けでしょう。オレが行くまでに料理人には甘酸っぱいベリーソースを追加で作らせておきなさい。それから、ユーリ様がいらっしゃるということはレジナスも一緒ですか?」
「今はご一緒しておりますが、この後リオン王弟殿下の視察へ同行するため、昼食は同席されずに隊長が来るのと入れ違いで離席されるそうです。」
「ああなるほど、そういう事ですか。」
騎士の言葉に、シェラザード様は今まで散々僕らに見せていた色気ダダ漏れな微笑みではなく、穏やかで柔和な笑みを思わずと言った風にくすりともらすと
「まったく、可愛らしいことを考えるお方ですね」
と呟いた。その言葉の意味は分からないしどういう事か気にはなったけど、とりあえず口ごたえをして不興を買いかけた僕からその意識は逸れたみたいだし帰るなら今だ。
これ以上ここにいたら、もっと面倒な注文を受けることになるかも知れない。
ユーリ様との昼食を邪魔するのもなんだし、さっさと退散しないと!
そう思って隣の使用人に目配せすれば、彼もそれを理解したらしくコクコクと頷いている。
「それではシェラザード様、僕たちはこれで・・・。ご要望の件には必ず期待以上の成果をもってお応えいたします。」
退出の挨拶をして頭を下げれば、そんな僕に
「いえ、ちょっとお待ちなさい。」
シェラザード様の声がかかる。
・・・え?まだ何かあるの?
恐る恐る頭を上げれば、シェラザード様はさっき僕の首を締め上げようとしていたあの金糸のネックレスを手に何か考えていた。
「騎士団にいるということは軽装に着替えているかも知れませんが、今日オレが準備したユーリ様のお召し物は秋空の高く透き通るような色と同じ明るい青色に、小麦の豊かな金の穂を思わせる金色を差し色にしたドレスでしたね・・・。このネックレスもそれに良く似合いそうです。」
とかなんとかぶつぶつ言っている。
・・・ユーリ様の衣装って、普通侍女が用意するんじゃないの?花嫁衣装どころか普段着る物からしてこの人が選んでるとか、徹底しているなあ。
そりゃあ花嫁衣装にも気合を入れるわけだ、と妙に納得していたらそんな僕にシェラザード様が向き直った。そして
「仕方ありませんね。せっかくですからユーリ様にも今このネックレスをお見せいたしましょう。見事な手仕事をしたお褒めの言葉をユーリ様より直々に賜ってからお帰りなさい。そのお言葉を工房の者達に伝えれば皆も仕事の励みになるでしょうし。」
と、思いもよらないことを言い出した。
ユーリ様にお会いしてから帰る?いや、そりゃああの綺麗な人をまた間近で見られるのは嬉しいけど、この狂信者みたいな人が側にいる状態で会うのはなんだか落ち着かない。
今は落ち着いてるけど何がきっかけでまた変なスイッチが入るのか分からないし。
だから残念だけどここは一刻も早く帰る方がいいだろう。そう思って、
「いえ、せっかくのありがたいお言葉ですがそんな恐れ多い・・・」
そう言いかけたら使用人がまた脇から僕を小突いた。シーリン様!って非難めいた小さな抗議の声も漏らしている。
・・・え?あっ、違うよ「いえ」って言うのは否定じゃなくて、と慌ててシェラザード様を見ればまたあの剣呑な光が金色の瞳の中に戻ってきていた。しまった。
「このネックレスの素晴らしい出来栄えを讃え、ユーリ様から直接褒めていただく機会を与えると言っているのに、その貴重な機会を捨て置くと?そもそも、ユーリ様が目と鼻の先にいらっしゃるのに挨拶もなしに無視をして帰ろうというのですか?」
ええ・・・?なんてメンドくさい人なんだ。ユーリ様を女神様のように崇めてるみたいだし、そこはてっきり僕ごときがユーリ様の視界に入るのはお目汚しだからさっさと帰れ!とか言われると思ったのに。
つくづく僕の考えの斜め上をいく。思考の面倒くささにかけてはウチの皇子殿下と同じかそれ以上かも知れない。
仕方ないなと素直にその言葉に従えば、分かればよろしい、とシェラザード様はまた機嫌が良くなった。
そのまま連行されるように騎士団の食堂に向かえば、広々として窓から明るい日差しも降り注ぐその場所の一角に妙に騎士達が密集して偏っている。
空いているテーブルはたくさんあるのに、その一角にだけぎちぎちに騎士達が陣取っていて、
「おい、もっとつめろ」
だの
「そっちから椅子を持ってこい!」
だの言いながらぎゅうぎゅうに座っていたり、立ったまま食事を取ろうとしている者達もいる。
そして騎士達のその視線は人の集まっている一角に集中していた。
あー・・・なんかこれ、理由が分かるぞ。ウチの皇子が街に抜け出して食堂で勝手にご飯食べてる時とかもこんな風に街の人達に囲まれてるもん。
するとそんな彼らに僕を先導していたシェラザード様が
「さっさと散りなさい、見苦しい。全くもって美しくないですね。」
と冷たく言い放った。その言葉にさぁっ、と海が割れるように騎士達が道を開ける。
そしてその先のテーブルに座っていたのはやっぱりユーリ様だった。
「シェラさん!言い方‼︎」
と注意しているその手にはすでにフォークが握られていて、傍らにはレジナス様が主人に忠実な躾の良い番犬のようにきちんと座っている。
そして騎士達への物言いを注意されたシェラザード様は
「ご機嫌ようユーリ様。朝のお支度ぶりにお会いしますが相変わらずオレの女神はその美しさも色褪せることなく、むしろ昼の太陽のように・・・いえ、それ以上にその輝きを増すばかりですね。」
飄々と歯の浮くようなセリフをあの馬鹿みたいに垂れ流しな色気の乗った笑顔と一緒に言っている。
うわぁこの人、ユーリ様本人を目の前にしてもそんな事言うんだ⁉︎すごい、まったく恥ずかしがりもしないでよく言うよ!
そんな事をあの色気たっぷりの笑顔で言われたら世の女性達はみんなぽうっとのぼせ上がってしまうんじゃないだろうか。
そう思ってこっそりユーリ様の顔を盗み見れば、なんとユーリ様はぽうっとしたり恥ずかしがるどころか
「だからその言い方、みんなのいる前ではやめてください⁉︎」
とちょっとだけ恥ずかしがりながらも怒っている。あ、あれ?男女関係なく人を惑わすようなシェラザード様のあの色気がユーリ様には効いてない?
「ほんと、恥ずかしいんだから!」
とぷりぷり怒っているユーリ様の、ポニーテールでフォーク片手に少しだけ頬を膨らませているその様子は綺麗というよりも可愛らしい少女みたいでつい目を奪われる。
ちなみにそんなユーリ様に目を奪われていたのは周りにひしめいていた騎士達もだったんだけど、
「・・・本当に、ユーリに対するお前の冗談はいつ聞いても笑えないな」
と言うレジナス様の重々しい言葉の響きにハッと我に返った。見ればレジナス様の眉間にはギュッと深い皺が寄っていて苦虫を噛み潰したような顔をしている。こっわ‼︎
「それはそうですよ、オレが言っているのは冗談ではありませんから。ユーリ様に対しては常に全身全霊を持って誠心誠意を込め、真実思うところしか言っておりません。」
シェラザード様のそんな返しにユーリ様は
「意味不明です!」
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「まったくだ」
とそれに同意して頷いたレジナス様の眉間の皺がまた少し深まった気がした。
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