上 下
642 / 685
番外編

西方見聞録 14

しおりを挟む
騎士団の訓練場にやって来たユーリ様が自分との昼食を希望していると聞いたシェラザード様は、さっきまで僕に見せていた微笑みながらも恐ろしいあの態度はかけらもない。

顔にはさっきまでと同じような微笑みは浮かんでいるけどあからさまに機嫌良く、

「ユーリ様をお待たせするわけにはいきませんね。すぐに参りましょう。」

と着ていた騎士服の上着をすぐに別の新しい物へと変えて鏡をのぞくとサッと髪型も整えた。

別に身支度を整えなくても色男なのは変わりないんだけど、シェラザード様としては違うらしい。

そしてシェラザード様は身支度を整えブーツまで履き替えながら、ユーリ様の来訪を告げた騎士とやり取りをしている。

「今日の食堂のメニューは丸鶏の揚げ煮込みでしたね。ユーリ様が召し上がるにはいささか味気ない、シンプルすぎる味付けでしょう。オレが行くまでに料理人には甘酸っぱいベリーソースを追加で作らせておきなさい。それから、ユーリ様がいらっしゃるということはレジナスも一緒ですか?」

「今はご一緒しておりますが、この後リオン王弟殿下の視察へ同行するため、昼食は同席されずに隊長が来るのと入れ違いで離席されるそうです。」

「ああなるほど、そういう事ですか。」

騎士の言葉に、シェラザード様は今まで散々僕らに見せていた色気ダダ漏れな微笑みではなく、穏やかで柔和な笑みを思わずと言った風にくすりともらすと

「まったく、可愛らしいことを考えるお方ですね」

と呟いた。その言葉の意味は分からないしどういう事か気にはなったけど、とりあえず口ごたえをして不興を買いかけた僕からその意識は逸れたみたいだし帰るなら今だ。

これ以上ここにいたら、もっと面倒な注文を受けることになるかも知れない。

ユーリ様との昼食を邪魔するのもなんだし、さっさと退散しないと!

そう思って隣の使用人に目配せすれば、彼もそれを理解したらしくコクコクと頷いている。

「それではシェラザード様、僕たちはこれで・・・。ご要望の件には必ず期待以上の成果をもってお応えいたします。」

退出の挨拶をして頭を下げれば、そんな僕に

「いえ、ちょっとお待ちなさい。」

シェラザード様の声がかかる。

・・・え?まだ何かあるの?

恐る恐る頭を上げれば、シェラザード様はさっき僕の首を締め上げようとしていたあの金糸のネックレスを手に何か考えていた。

「騎士団にいるということは軽装に着替えているかも知れませんが、今日オレが準備したユーリ様のお召し物は秋空の高く透き通るような色と同じ明るい青色に、小麦の豊かな金の穂を思わせる金色を差し色にしたドレスでしたね・・・。このネックレスもそれに良く似合いそうです。」

とかなんとかぶつぶつ言っている。

・・・ユーリ様の衣装って、普通侍女が用意するんじゃないの?花嫁衣装どころか普段着る物からしてこの人が選んでるとか、徹底しているなあ。

そりゃあ花嫁衣装にも気合を入れるわけだ、と妙に納得していたらそんな僕にシェラザード様が向き直った。そして

「仕方ありませんね。せっかくですからユーリ様にも今このネックレスをお見せいたしましょう。見事な手仕事をしたお褒めの言葉をユーリ様より直々に賜ってからお帰りなさい。そのお言葉を工房の者達に伝えれば皆も仕事の励みになるでしょうし。」

と、思いもよらないことを言い出した。

ユーリ様にお会いしてから帰る?いや、そりゃああの綺麗な人をまた間近で見られるのは嬉しいけど、この狂信者みたいな人が側にいる状態で会うのはなんだか落ち着かない。

今は落ち着いてるけど何がきっかけでまた変なスイッチが入るのか分からないし。

だから残念だけどここは一刻も早く帰る方がいいだろう。そう思って、

「いえ、せっかくのありがたいお言葉ですがそんな恐れ多い・・・」

そう言いかけたら使用人がまた脇から僕を小突いた。シーリン様!って非難めいた小さな抗議の声も漏らしている。

・・・え?あっ、違うよ「」って言うのは否定じゃなくて、と慌ててシェラザード様を見ればまたあの剣呑な光が金色の瞳の中に戻ってきていた。しまった。

「このネックレスの素晴らしい出来栄えを讃え、ユーリ様から直接褒めていただく機会を与えると言っているのに、その貴重な機会を捨て置くと?そもそも、ユーリ様が目と鼻の先にいらっしゃるのに挨拶もなしに無視をして帰ろうというのですか?」

ええ・・・?なんてメンドくさい人なんだ。ユーリ様を女神様のように崇めてるみたいだし、そこはてっきり僕ごときがユーリ様の視界に入るのはお目汚しだからさっさと帰れ!とか言われると思ったのに。

つくづく僕の考えの斜め上をいく。思考の面倒くささにかけてはウチの皇子殿下と同じかそれ以上かも知れない。

仕方ないなと素直にその言葉に従えば、分かればよろしい、とシェラザード様はまた機嫌が良くなった。

そのまま連行されるように騎士団の食堂に向かえば、広々として窓から明るい日差しも降り注ぐその場所の一角に妙に騎士達が密集して偏っている。

空いているテーブルはたくさんあるのに、その一角にだけぎちぎちに騎士達が陣取っていて、

「おい、もっとつめろ」

だの

「そっちから椅子を持ってこい!」

だの言いながらぎゅうぎゅうに座っていたり、立ったまま食事を取ろうとしている者達もいる。

そして騎士達のその視線は人の集まっている一角に集中していた。

あー・・・なんかこれ、理由が分かるぞ。ウチの皇子が街に抜け出して食堂で勝手にご飯食べてる時とかもこんな風に街の人達に囲まれてるもん。

するとそんな彼らに僕を先導していたシェラザード様が

「さっさと散りなさい、見苦しい。全くもって美しくないですね。」

と冷たく言い放った。その言葉にさぁっ、と海が割れるように騎士達が道を開ける。

そしてその先のテーブルに座っていたのはやっぱりユーリ様だった。

「シェラさん!言い方‼︎」

と注意しているその手にはすでにフォークが握られていて、傍らにはレジナス様が主人に忠実な躾の良い番犬のようにきちんと座っている。

そして騎士達への物言いを注意されたシェラザード様は

「ご機嫌ようユーリ様。朝のお支度ぶりにお会いしますが相変わらずオレの女神はその美しさも色褪せることなく、むしろ昼の太陽のように・・・いえ、それ以上にその輝きを増すばかりですね。」

飄々と歯の浮くようなセリフをあの馬鹿みたいに垂れ流しな色気の乗った笑顔と一緒に言っている。

うわぁこの人、ユーリ様本人を目の前にしてもそんな事言うんだ⁉︎すごい、まったく恥ずかしがりもしないでよく言うよ!

そんな事をあの色気たっぷりの笑顔で言われたら世の女性達はみんなぽうっとのぼせ上がってしまうんじゃないだろうか。

そう思ってこっそりユーリ様の顔を盗み見れば、なんとユーリ様はぽうっとしたり恥ずかしがるどころか

「だからその言い方、みんなのいる前ではやめてください⁉︎」

とちょっとだけ恥ずかしがりながらも怒っている。あ、あれ?男女関係なく人を惑わすようなシェラザード様のあの色気がユーリ様には効いてない?

「ほんと、恥ずかしいんだから!」

とぷりぷり怒っているユーリ様の、ポニーテールでフォーク片手に少しだけ頬を膨らませているその様子は綺麗というよりも可愛らしい少女みたいでつい目を奪われる。

ちなみにそんなユーリ様に目を奪われていたのは周りにひしめいていた騎士達もだったんだけど、

「・・・本当に、ユーリに対するお前の冗談はいつ聞いても笑えないな」

と言うレジナス様の重々しい言葉の響きにハッと我に返った。見ればレジナス様の眉間にはギュッと深い皺が寄っていて苦虫を噛み潰したような顔をしている。こっわ‼︎

「それはそうですよ、オレが言っているのは冗談ではありませんから。ユーリ様に対しては常に全身全霊を持って誠心誠意を込め、真実思うところしか言っておりません。」

シェラザード様のそんな返しにユーリ様は

「意味不明です!」

と声を上げ、

「まったくだ」

とそれに同意して頷いたレジナス様の眉間の皺がまた少し深まった気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

おじ専が異世界転生したらイケおじ達に囲まれて心臓が持ちません

一条弥生
恋愛
神凪楓は、おじ様が恋愛対象のオジ専の28歳。 ある日、推しのデキ婚に失意の中、暴漢に襲われる。 必死に逃げた先で、謎の人物に、「元の世界に帰ろう」と言われ、現代に魔法が存在する異世界に転移してしまう。 何が何だか分からない楓を保護したのは、バリトンボイスのイケおじ、イケてるオジ様だった! 「君がいなければ魔法が消え去り世界が崩壊する。」 その日から、帯刀したスーツのオジ様、コミュ障な白衣のオジ様、プレイボーイなちょいワルオジ様...趣味に突き刺さりまくるオジ様達との、心臓に悪いドタバタ生活が始まる! オジ専が主人公の現代魔法ファンタジー! ※オジ様を守り守られ戦います ※途中それぞれのオジ様との分岐ルート制作予定です ※この小説は「小説家になろう」様にも連載しています

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

【完結】旦那は私を愛しているらしいですが、使用人として雇った幼馴染を優先するのは何故ですか?

よどら文鳥
恋愛
「住込で使用人を雇いたいのだが」 旦那の言葉は私のことを思いやっての言葉だと思った。 家事も好きでやってきたことで使用人はいらないと思っていたのだが、受け入れることにした。 「ところで誰を雇いましょうか? 私の実家の使用人を抜粋しますか?」 「いや、実はもう決まっている」 すでに私に相談する前からこの話は決まっていたのだ。 旦那の幼馴染を使用人として雇うことになってしまった。 しかも、旦那の気遣いかと思ったのに、報酬の支払いは全て私。 さらに使用人は家事など全くできないので一から丁寧に教えなければならない。 とんでもない幼馴染が家に住込で働くことになってしまい私のストレスと身体はピンチを迎えていた。 たまらず私は実家に逃げることになったのだが、この行動が私の人生を大きく変えていくのだった。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

王太子から婚約破棄され、嫌がらせのようにオジサンと結婚させられました 結婚したオジサンがカッコいいので満足です!

榎夜
恋愛
王太子からの婚約破棄。 理由は私が男爵令嬢を虐めたからですって。 そんなことはしていませんし、大体その令嬢は色んな男性と恋仲になっていると噂ですわよ? まぁ、辺境に送られて無理やり結婚させられることになりましたが、とってもカッコいい人だったので感謝しますわね

処理中です...