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番外編

西方見聞録 11

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「えーと伴侶用の礼服見本よし、手袋の見本もよし、ユーリ様の挙式用の布見本とパレード用の羽織りの見本もよし・・・と。あとそれから、」

布地の色合いの微妙な違いごとに並べた何種類もの織り地の見本を前に、僕はひとつひとつを指差し確認しながら声に出して確かめる。

今日はこれから王宮へ行って、新しく織り直した布の質や色合いのチェックを受けてくるのだ。

それが済めばやっと本格的な織りに入れる。

「金毛大羊の糸がうまく混ざって良かったですね!」

工房の職人の一人が嬉しそうに僕に言ってきた。

「本当だね、おかげで今までに見たこともないような複雑で不思議な色合いの布を作ることが出来たよ。君達もご苦労様。」

頷いて布地の一つを手に取る。

一見すると純白のそれは、手に取って光の当たる角度が変わるとまるで偏光パールのようにきらきらとほのかに青みがかった輝きを反射して表情が変わる。その様子に職人は、

「まるでおとぎ話に出てくる白龍の鱗の輝きとはこうなのかと思うほどですね」

とうっとりしている。確かに今まで見たこともないような美しさだ。

しかもそれは混ぜる金糸の割合や糸の太さを変えることで反射する色味も少し違ってくる。

だから今回王宮に持参するものは、青みがかった輝きだけでなく金色に寄ったものや緑がかった輝きなど数種類の布の見本を準備した。

「最初に絹にこの金糸を組み合わせると聞いた時は納期を考えてもどうなることかと思いましたが、今となっては良かったです。おかげさまで織れる布の種類に新しい世界が広がりました。こんなに素晴らしいアイデアを思いついた方に感謝したいですね。」

「あー・・・うん、機会があったら本人にお礼を伝えておくよ。」

職人に曖昧な返事を返している僕の表情はきっと微妙なものに違いない。

何しろこれから会いに行く相手は最初に金糸を僕に使うよう言い出したシェラザード様その人なのだから。

結果オーライとはいえ、当初作った布地・・・レジナス様の礼服見本にダメ出しをして全て作り直させた人に初めて会うのだ、いつになく僕は緊張していた。

納品への日にちが差し迫ろうとも自分のこだわりと判断を優先して躊躇なく作り直しを命じた人だし、噂では色男だと聞いてはいるけどそう優しい相手ではないかも知れない。

先日糸をもらいに行った魔導士院で、ついうっかり漏らした「魔法が使える」というたった一言で大変な目に遭いそうになったのを考えれば緊張しかしない。

するとそんな落ち着かない僕に気付くことなく職人はそうだ、と声を上げると何かを出してきた。

「ついでにこれも見せてみてはどうですか?例の金毛大羊の糸で作った布のネックレスです。」

「こんなものまで作ってたの?見本作りだけでも大変だったろうによくもまあ・・・凄いね。」

「仕事の合間の息抜きですよ。いい気分転換になりました。」

「いやいや、息抜きってレベルじゃないでしょ?これを見せてもしもっと沢山作って欲しいって言われたらどうするのさ?自分で自分の仕事を増やしちゃうよ?」

手渡されたそれは極細にった糸を編んで作り上げた、レース状の金色で見事なネックレスだった。遠目に見ればまさか糸で出来ているとは思えないほどだ。

そして糸で出来ているそれは軽くて身につける人の負担にならない上に、ぴたりと首筋や鎖骨に沿って輝くから首元の美しさや色っぽさを増してくれそうだ。

さすが作ったのは皇国でも一流の職人だけある。

手遊びや息抜きで作ったにしては見事過ぎるそれを果たして見本の一つに入れていいものかどうか迷う僕に、

「たまには皇国の技術の凄さを見せつけて自慢して来てくださいよ、我が国はここではあまり名は知られていないかもしれませんが技術ではこの国以上のものを持っているんだって。」

職人はそう明るく笑って、周りでそれを聞いていた他の職人たちも笑顔で頷いている。でもその目がちょっとだけマジだ。

慣れない外国暮らしで難しい注文を引き受けたりルーシャ国の職人や技術者とも交流をして気を使ったり、何かとストレスが溜まっているのかな?

ルーシャ国がなんぼのもんじゃい、いくら大国でもウチんとこの技術には敵わないだろ、それを見せつけてやらぁ!的なストレス解消目的でそのネックレスを見せてこいと言われたような気がした。

「そ、そんなに言うなら持って行こうかな・・・?」

あくまでも持って行くだけで見せないけど。

職人たちの手前いらないとも言えずに僕は布見本と一緒に持って行く、ドレスや礼服に付けるレースの見本地がいくつも入っている箱の奥深くへとそれを仕舞い込んだ。

「じゃあこれからちょっと出掛けてくるから留守はよろしく頼むよ」

ネックレスを王宮へ持参する箱の中へ仕舞うのをしっかりと監視するように見届けた職人たちの目から逃げるように、そそくさと僕は馬車へと乗り込む。

するとほっとひと息つく間も無く、今度はいつも僕にくっ付いてくる例の王宮の使用人に狭い馬車の中で膝を突き合わせて真剣な顔で注意をされた。

「いいですかシーリン様、シェラザード様の言われる事に否定的な返事をしてはいけませんよ。でも、とかだって、も禁止です。」

「なんですか突然」

「あの方は自分がユーリ様を一番理解していて、その美しさを引き出せるのもまた自分が一番だと思っておられますので。そんなシェラザード様の意見や考え方に、もしうっかり否定したり反論したりするような事を言ったら最後、それはユーリ様を否定すると同じだと思われて恐ろしい目にあうかも知れません。いえ、私は会ったことないですけど。全部裁縫室長の受け売りですけど。それだけは絶対シーリン様に伝えて欲しいと言われまして。」

「なんですかそのムチャクチャな論理。」

まるで暴君だ。まあいきなり布の作り直しを命じてくるあたり、ちょっとその片鱗は見えてたけど。

すると使用人は

「だってほら、面と向かって意見しなくてもユーリ様へ失礼を働いたというような話を噂だけでも小耳に挟もうものならすぐに飛んでいって処罰しようとするらしいですし。だからこの間も発言に気を付けるよう言いましたでしょう?」

と声を顰めた。

「ああ・・・」

そういえば見本を作り直せと言われて愚痴をこぼしたら裁縫室長にも慌てて諌められたっけ。

えーと、すれ違う人みんなが見惚れるような色気たっぷりの人で美意識が高くて、国家に忠誠を誓う特殊部隊に所属するほど腕の立つ騎士様で、その上ちょっと暴君気質・・・?

今まで聞いた話を総合してみてもよく分からない。乱暴者なのか色男なのか。

「なんでそんなよく分からない人とユーリ様はくっ付いたんですかね?やっぱり顔・・・?」

シグウェル様は周りに色気を振り撒くようなタイプではない孤高の美形だけど、シェラザード様はまた違うタイプの色男みたいだ。

それに魔導士院で会ったユーリ様の連れていた従者も、えらく顔の整った子だった。

そういえばこの国に来て謁見した時と、工房へ視察で訪れた時に見たルーシャ国の王弟殿下・・・ユーリ様の伴侶の一人、リオン殿下も美形だ。レジナス様も顔は怖いけど美形の類に入るし。

ユーリ様に気に入られる第一条件が顔なら、ウチの殿下も口さえ開かなければやっぱりイケる?

そんな事を考えていたら、

「それがですね!」

使用人の目が輝いてぐいと目の前に迫って来た。いや、狭い馬車がますます狭くなるから。

「ルーシャ国にはファレルという神殿都市があるんですが、ある時そこへユーリ様はシェラザード様と癒し子の責務を果たしに行かれたんです。そこでとある事件に巻き込まれたそうでして。」

「事件?」

はい、と頷く使用人の目は輝いて頬は興奮で紅潮している。

事件に巻き込まれたなんて深刻なことじゃないの?この恋バナ好きの使用人はなんでそんなに嬉しそうなワケ?

首を傾げていれば、

「そこで並居る神官や騎士達、ユーリ様の専属護衛、それに魔導士団の副団長であるユリウス様までもが襲撃者の攻撃に次々と倒れて行く中で唯一シェラザード様だけが最後までユーリ様を守り通したそうなんです!」

「へぇ」

さすがルーシャ国の特殊部隊所属だ。ただの色男じゃないんだな。そう感心している僕を無視して使用人は話に夢中になっている。

「実はそれまで、ファレルの者達・・・神官達は皆、血なまぐさい特殊部隊の部隊長であるシェラザード様が清らかなるイリューディア神様の申し子・ユーリ様のお側近くに仕えていることに反対し、眉を顰めていたそうです。しかしそんな周囲の目をものともせずユーリ様を守り通し、危機を脱したシェラザード様はその後、ユーリ様へ想いを告げられ求婚されたとか!」

あ、なんだ結局恋バナに行き着くワケね。この人が興奮している理由が分かった。

「しかも求婚されたその時、お二人を祝福するかのようにファレルの大神殿の中庭の鐘が鳴り響き美しい花が舞ったそうです!これはもうイリューディア神様がお二人の仲をお認めになり祝福とご加護をくださったに違いないと、さすがの神官たちも反対するわけにはいかなくなったそうですよ。」

「そんなおとぎ話みたいな実話があるんですか?」

「本当ですよ!実際、シェラザード様が膝をついて求婚され、口付けを交わすお二人の間に鐘が鳴り響いて花が舞ったのを見た者達がいるんですから!それ以来ファレルは恋人達や夫婦円満の聖地として有名になり、訪れる人も多いんです。かくいう私も憧れている地でありまして、今度の休暇に妻と二人で行ってみようかと・・・」

使用人はまだまだ何か言っているけど僕の耳にはあんまり入って来なかった。

それより、ユーリ様絡みでそんなロマンチックな話は初めて聞いた。

癒し子というのはこの国では特に神官たちに敬われていると聞いている。そんな神官たちに忌み嫌われ反対されていたシェラザード様が危機を乗り越え、イリューディア神の祝福でユーリ様と結ばれたなんて。

そんないきさつを持って結ばれた二人なら、なるほどシェラザード様がユーリ様第一でユーリ様に対する何者からも守ろうとするのも分かる気がするというか、やっぱ言動には気をつけなきゃいけないんだなとまた緊張するというか・・・。

そんな事をつらつら考えているうちに、馬車はいつの間にか騎士団の訓練場に着いていた。

キリウ小隊と呼ばれているその特殊部隊も騎士団の所属で、今日はここでシェラザード様も訓練中らしい。

この間みたいにいきなり扉がぶっ飛んでくるとかナイよね・・・?と内心ビクビクしながら騎士の一人に案内されて敷地の奥へと進む。

「どうぞ、シェラザード様はこちらの訓練場をお使いです。おそらく丁度今頃は休憩時間かと」

では、とピシッと騎士の礼を取って案内してくれた人はいなくなり、僕の使用人が扉を開ければちょうどそこに騎士が一人立っていた。

その人に用件を言うと、訓練場の中へ向かって隊長、と声を掛ける。

いよいよだ。さあ、すれ違う人みんなが見惚れてぶつかった女性は妊娠すると言われるほどの美形とはどんな顔だろうか。

暴君めいた言動も気になるけど期待半分、恐ろしさ半分といった心持ちの僕の前に

「待っていましたよ」

とビロードのように艶やかな声と共に現れたのは右目を眼帯で塞ぎ、左腕を包帯で吊った上に右足の膝も骨折でもしたのか添え木で動かせないように固定した、すらりとした一人の男性だった。

・・・え?ケガし過ぎじゃない?
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