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番外編

なごり雪 15

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エリス様に取られた手を通じて私の中にイリューディアさんの力が流れ込んでくる。そんなはずはないのに。

あのシグウェルさんが調べても今のエリス様には何の魔力も感じられないっていう話だった。

それに王都でエリス様は散々私からイリューディアさんの力を取り込もうとしてはその度に弾かれ拒絶され、失敗していたはず。

だけど流れ込んでくる暖かなこの力は紛れもなく私がイリューディアさんから授けられている力で、それを受け取る私もなぜかそれが『私の力が自分のところへ戻って来た』と直感するものだった。

・・・もしエリス様に少しでも私の力が宿っているとしたら。

考えられるのはヨナスの化身になったエリス様を森ごとグノーデルさんの力で吹き飛ばした後、『イリューディアさんの力で』再生したあの時しか心当たりがない。

あの時から今まで、エリス様の体内にはシグウェルさんでも気付かないほど深い奥底にイリューディアさんの力が残滓のように残っていたんだろうか。

何のために?一度ヨナスに乗っ取られてその眷属にまで変化した体を元に戻してその形を留めておくため?

エリス様から私にイリューディアさんの魔力が受け渡されている間、淡く輝いている互いの手を見つめながらそんな事を考えてハッとする。

いやちょっと待って、じゃあ私に魔力を返したエリス様は死んじゃったり体を維持できなくなったりしないの⁉︎

「だ、ダメですよ!」

慌てて手を離そうとしたけど、目を瞑ったままエリス様は握った私の手にぎゅっと力を込めた。

『・・・あなたの慈悲には感謝するけど、一生それに頼ったまま生きるのはごめんよ。』

口には出ていない。私の心の中にだけエリス様の声が響いた。

『例え一切の魔力を失くそうとも、元に戻れずとも、体を再生してもらった以上にあなたの力は借りない。私は私の足だけで立って生きるわ。・・・そうさせてちょうだい。』

何故かあの勝ち誇ったような気の強そうで華やかな笑顔が目の奥に浮かんで消える。

と、より強く握られた手が一際大きく輝くと、ぶわっと更にイリューディアさんの力が私の中に入って来た。

・・・あ、これは。そう感じる。

すると次の瞬間、そのエリス様の体から力が抜けてかくんと崩れ落ちた。

それをエル君がすかさず支え、慎重に地面に寝かせる。

「エリス様、大丈夫ですか⁉︎」

癒しの力を使おうかと急いで手をかざした時だ。ピクリとエリス様の瞼が動き、ゆっくりと瞬いた。

「・・・あれ?私・・・」

そのままパチパチと何度かまばたきをしたエリス様は、自分を覗き込んでいる私に気付くとひゃあ!と声を上げてガバッと起き上がった。

「ご、ごめんなさい!お客さまの前で倒れましたか⁉︎あっ、手も汚しちゃった⁉︎」

私の顔や手を交互に見てペコペコと頭を下げるエリス様にさっきまでのあの元のエリス様の面影はない。

「・・・手?ああ・・・。」

イリューディアさんの力を返すと言われて握られていた私の手は、花を植え替えていたエリス様の土だらけの手に触れられていたので確かに汚れている。

さっきまでのあの以前のエリス様は私にイリューディアさんの力を返すためだけに残っていた元の人格なのかな。

元通りの魔力も自分も取り戻せなくてもいいから私に借りたものは全部返すし借りは作りたくないって言ってた。

相変わらずプライドが高くて傲慢なところがあるって言えばそうだけど、それが素直に謝罪出来ない性格のエリス様に出来る唯一の謝罪代わりだろうか。

聖女って呼ばれることに意味を感じて魔力の高さを誇りに思っていた人が、一切の魔力を失くしてただの人になり、こどものような振る舞いしか出来ない姿になって他人に憐れまれながらも生きていくことを自分に課せられた罰として受け入れるとでも言いたげだった。

・・・だけどこの後、ダーヴィゼルドのお城で私のそんな考えを話したらシェラさんには

「人間の形を保って生きていられるだけでも有難いと思ってもらいませんとねぇ。ユーリ様は優し過ぎます。」

と言われてレジナスさんにまでそれにこっそり頷かれてしまったけど。

だけど私はエリス様が反省してくれたならそれでいいと思った。

ニーヴェ様を始めとした、優しく見守ってくれる人達に囲まれてこれから先は自分を誰と比べることもなく心穏やかに暮らしていってくれればいい。

「・・・手なんか拭けば綺麗になりますから平気ですよ!それよりも、お花を植えてしまわないと枯れたらかわいそうですね。」

まだすいませんと私に頭を下げ続けるエリス様にそう笑う。

私の手なんかほら、すかさずシェラさんがさっそくどこからか取り出してきたハンカチを濡らして拭いてくれてるし。

ちなみにレジナスさんも同じように胸元からハンカチを取り出しかけていたけどシェラさんに先を越されていた。


「あ、でもこれは私がお客さまをお迎えするために植えようと思っていたので、そのお客さまにやらせるわけには・・・」

「ダーヴィゼルドって寒い土地柄か、土が固いんですよね。だからお花も植えにくくないですか?」

それは前回カイゼル様の騒ぎが落ち着いた後にダーヴィゼルドの土地のあちこちに豊穣の力を使った時に気付いたことだった。

農作地じゃない土地部分は意外と貧相で土も固く、かと思えば一年を通して雪解け水でぬかるんだままの湿地帯や凍ったままの凍土のように極端な所も多かった。

ルーシャ国の穀倉地帯と言われるほど豊かになるまで、ダーヴィゼルドに住む人達がこれまでどれほど手間と時間をかけてこの地を切り拓いて来たのかその努力は少し視察しただけの私には到底計り知れないほどだ。

そんな領地のましてやここは山中だ、花を植えて花壇を作るのだって女手ひとつでは大変だろう。

「元々この泉は私が作ったんですし、その周りを彩る花壇ならついでみたいなものですから!」

力のあるレジナスさんにお願いして固い土を掘ってもらい、エリス様が植えかけていた花を綺麗に並べて植えてもらう。

土いじりに慣れていないエリス様は手際が悪かったのか、鉢から花壇への植え替えに時間がかかった花は少しだけしおれていて元気がない。

私にはたった今エリス様から返されたイリューディアさんの力があるし、今日はまだ何の力も使っていないからこの元気のない花に加護を付けるのは丁度いい仕事だ。

「ここを訪れた人達が泉で喉を潤し、花を見て心が癒されますように。・・・ついでにお腹も少し満たされますように!」

そう口に出しながら目をつぶり、金色の光が泉を中心に中庭全体に降り注ぐイメージで両手を広げる。

そうすればぱあっ、と辺りに暖かく明るい光が満ちるのを感じる。昨日まで使っていたイリューディアさんの力よりも少し強力な気がする。これはやっぱりさっきエリス様にイリューディアさんの力を返してもらったからだろうか。

辺りに満ちた光と暖かさが消えて行くのを感じて目を開ければ、そこには私がイメージした光景があった。

ニーヴェ様が「イチゴ・・・?」と呟いている。

そう。私達の目の前には湧き出る泉をぐるりと取り囲む緑色も鮮やかな芝生に色とりどりの花が咲き乱れる花壇と、その花の隙間の地面に伸びたツルを這わせて真っ赤なイチゴが大ぶりの実をつけていくつも実っていた。

「目にも美しいお花で心を満たして、ついでにお腹も満たせる甘くておいしいイチゴもおまけしましたよ!」

そう私は胸を張った。












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