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番外編

夢で会えたら 15

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『シャル、ついて行って!』

白い鹿さんを見たかあさまにそう言われて、ボクはイヤだ、離れたくないと反射的にかあさまの服を掴む手に力を込めた。

だけどこのままじゃいけない。ボクのために、かあさまだけじゃなくとうさま達までみんなここまでついて来てくれたから。

・・・いつものボクの生活が突然変わってしまった、すごく不思議でちょっぴり変な感じの数日間。

ボクは精霊さんのいたずら?親切心?で時間の迷子みたいなものになってしまって、ボクが生まれるよりも前のかあさま達の世界に迷い込んでしまったんだって言われた。

だけどここのかあさまやとうさま達も、本当のボクのかあさま達と同じかそれ以上に優しくて温かかった。

ボクのとうさま達やかあさまはいつも忙しくて、ボクやラーズが病気になったり、よっぽどのことがなければとうさま達四人とかあさまがみんな揃って昼間もずっと側にいてくれることなんてない。

それなのにかあさまだけでなく四人みんな、ボクを送り出すためだけにここに一緒について来てくれた。ボクのことが好きだよって言ってくれた。

それがすごく嬉しくて、胸の中があたたかくなった。そして本来の世界のみんなにも無性に会いたくなったんだ。

心配をかけたって怒られてもいいから。ラーズなんか何日かはボクと口を聞いてくれないかもしれないけど。

だから思い切ってかあさまから離れる。いつも大好きだよ、って伝えて駆け出せばボクの背中に

『またすぐに会えますからね!』

と優しいかあさまの声が追いかけて来た。その声に思わず後ろを振り返りそうになったけど、ルーとうさまの言いつけ通り我慢する。

そのまま必死に白い鹿さんの後を追っていけば、いつの間にか真っ白な光に包まれていた。

そして気付けば、ついさっきまで明るい昼間の森の中だったはずが真っ暗な中にいた。

「鹿さん・・・?」

呟くけど、さっきまで目の前にいたはずの鹿さんがどこにもいない。

空を見上げれば、木の影の隙間からは空いっぱいに星が輝いていてフクロウの鳴き声がする。

どうしよう。一人になっちゃった。鹿さんもいないし暗いし、どこに行けばいいのか分からない。

「とうさま、かあさま・・・」

あまりに心細くて泣きたくなって、思わずさっきルーとうさまが付けてくれたブローチを握りしめた。かあさま達に会いたい。どこにいるの?

その時だった。握りしめた手の中でブローチがぽうっと淡く光った。

そしてブローチからすうっと一本の青い光が伸びた。それはとっても淡くて弱い光だったけど、まるでこっちだよ。とボクを案内してくれるみたいだった。

恐る恐るその光の指し示す方に歩き出す。どのくらい歩いたんだろう?そんなにも行かないうちに、前方の茂みがガサッと揺れたような気がして体が固まった。

鹿さんが戻って来たのかな?それとも獣?

ここはイリューディア神様の加護がある森だしノイエ領に魔物は出ないって聞いてるけど、もし魔物だったらどうしよう。

反射的に青い光が漏れないようにブローチをぎゅっと両手で包み込むように握りしめて、茂みの影にうずくまって隠れる。

ガサガサ揺れる音はこっちに近付いて来ているみたいだ。小さくなって目をつぶり、静かにする。

するとボクの頭上によく聞き慣れた声が降って来た。

「おい、ここにいたぞ。消えた時と同じ服装だ。どこにも怪我はなさそうだし魔力も安定している。」

落ち着いた、突き放したようにも聞こえるちょっぴり冷たい声。だけどどこか安心したようにも聞こえる。

パッと顔を上げて見上げれば、ボクの大好きな綺麗な顔がそこにあった。

「ルーとうさま!」

ついさっき、鹿さんを追いかけて行く前にブローチをくれたとうさまとそっくりな顔だけど、こっちのとうさまの方がなんとなく安心する。いつものとうさまだ、と思った。

「よく戻った」

口の端をほんの少しだけあげて僅かに微笑むその顔は、暗い森の中で月明かりに照らされて輝く銀色の髪の毛もあってまるで月の精霊さんみたいに綺麗だ。

そんなルーとうさまに抱き上げられれば、いつの間にか

「おや、これでやっとひと安心ですね。本当にどうなることかと思いました。最終的にはこの森の木を全て切り倒すか焼き払うかして探そうかと思っておりましたが、そうする前に見つかって幸いです。」

そう言いながらシェラとうさまも現れてボクの頭を撫でてくれた。暗い森の中でシェラとうさまの金色の目がきらきらしていてすごくカッコいい。

そんなシェラとうさまにルーとうさまは、

「選女の泉のある森を焼き払うなどそんな不敬があるか」

と呆れていたけどシェラとうさまはそんな事にはお構いなしだ。

「さあ早く帰りましょうね。お腹が空いたでしょう?温かくて甘いミルクとクッキーを用意しますよ。ユーリ様や殿下もたいそう心配されております。」

とルーとうさまの言葉を気にすることもなくボクに微笑みかけている。

そこであれ?と気付く。

「ルーとうさま、どうしてここにいるの?王都でおるすばんじゃなかったの?」

ボクは新年のお祝いと行事でかあさま達とノイエ領に来たけど、ルーとうさまだけは王都を守らなくちゃいけないからってボク達と一緒には行けないって言ってたのに。

「お前が急にいなくなったと聞いて探しに来た。この広大な森の中でまだ微小なお前の魔力を誰よりも早く探し出せるのは俺くらいのものだからな。」

ルーとうさまはそう言って微笑みながら続けた。

「エルからの報告で、状況からして昔ユーリがレニ皇太子殿下と消えた時とよく似ていると聞いていた。だから必ずこの森のどこかに現れると思っていたが・・・ユーリの時よりもだいぶ時間が経ってから現れたので心配したぞ。」

「何日もいなくなって心配かけてごめんなさい・・・」

しゅんとしてそう謝ったら、ルーとうさまが首を傾げた。

「何日も?今はお前がいなくなってから深夜になりはしたが、まだ1日も経っていないが」

えっ⁉︎そうなんだ。ぽかんとしたボクにルーとうさまが歩きながら、今までどこでどうしていたのか尋ねてきたので覚えている限りのことを教えてあげる。

気付いたらどこかの神殿みたいなところにいて、大きな湖のそばのお屋敷に連れて行かれてそこでかあさまやとうさま達と一緒に過ごしたこと。

エルもマリーも、みんな今よりちょっぴり若くて、そこはどうやらボクがまだ生まれる前の世界だったらしいこと。

シェラとうさまに剣を教えてもらったりレジーとうさまにボートやお馬さんに乗せてもらったこと。

夜はとうさまやかあさまと毎晩一緒に手を繋いで寝て、とうさまはボクが眠るまで色んなお話を聞かせてくれたこと。

そしてルーとうさまが魔法のかかった特別なブローチをボクに作ってくれたこと。

そんなあれこれを最後まで黙って聞いていた2人のとうさまは、ボクが話し終えると

「・・・なるほど、なぜお前からノイエ領に行く前には感じなかった俺の魔力を感じるのかと思っていたがそういうことか。」

と、ルーとうさまはいつの間にか光らなくなっていたボクのブローチを見下ろした。

シェラとうさまは、

「オレの養父への伝言も頼まれましたか。それはぜひとも本人へ伝えてあげて下さいね。いくらオレが言っても気にしていない風なので、過去のオレにまで心配されていると知ってそれをシャルに言われればさすがの養父も体に気を付けるでしょう。」

と笑った。そして

「さあ、森の外に出ますよ。リオン殿下やユーリ様にもその可愛らしいお顔を見せて安心させてあげて下さいね。ラーズもレジナスと一緒に待っていますよ。」

とシェラとうさまが視線で先を促した。そっちを見ると、森の木々の切れ目にはたくさんの松明たいまつの明かりが赤々と燃えていて、まるでお昼みたいな明るさだ。

もしかしてずっとボクを待っていたのかな。

そしてその明るい場所に何人もの人達が立っているのが見える。一番先頭に立っているのはとうさまと、そのとうさまに肩を抱かれてこちらを見つめているかあさまだ。

「とうさま、かあさま!」

思わず大きな声が出た。声は聞こえなかったけど、かあさまの唇の形が良かった、と言うように動いたのがわかる。

そしてかあさまの声が聞こえなかったのは、それをかき消すような大きな声でボクの名前をラーズが呼んだからだ。

「リシャ!」

レジーとうさまに抱っこされていたラーズがその腕からぴょんと飛び降りると、黒髪を揺らして一目散にボクに駆け寄ってくる。

「リシャのばか!行くなって言ったのになんでシカを追いかけるんだよ!」

ルーとうさまから降ろされて、かあさまの所へ行こうとしていたボクにどーん!と体当たりをするようにラーズが抱きついて来た。

その勢いに思わず尻もちをつく。

「いった!痛いよラーズ、力を加減してっていつも言ってるでしょ。あとボクのことはおにいちゃんって呼んで!」

だけどラーズは無事で良かった、ぼくがシカを驚かせたせいでごめんって言ってボクの話を全然聞いていない。

そんなボク達を見てシェラとうさまは

「おやまあ、まるで子犬同士がじゃれあっているようで可愛らしいですね」

と笑う。そしてレジーとうさまは、いつまでもボクにくっついて離れないラーズの首根っこを呆れたようにつまんで持ち上げると

「何もなくて良かった。ラーズ、いい加減にしろ。シャルが驚いているだろう?」

とまた抱っこした。今まではそんな風にすぐレジーとうさまに抱っこされるラーズの事をいいなあってちょっぴり羨ましく思うこともあったけど、今はもう平気。

ボクはボクが思っているよりもとうさま達やかあさまに愛されているってよく分かったから。

だから思い切りかあさまの胸に飛び込む。

「かあさま、大好き!会いたかった‼︎」

「ええ?どうしたんですか?」

突然ボクがそんな事を言ったから、かあさまはびっくりしている。とうさまはかあさまに抱きついたそんなボクの頭を優しく撫でてくれている。

「夜の森の中にいたからすごく怖かったんじゃない?それに1人でどこに飛ばされていたのか・・・本当に、よく無事で戻って来てくれたね。」

と話すとうさまの方を振り返って、

「心配かけてごめんなさい。でもね、あの・・・とうさま、ボクのこと抱っこしてくれますか?」

思い切って甘えてみれば、目を丸くされたけど

「どうしたの、シャルの方からそんなおねだりをするなんて珍しいね。勿論いいよ、嬉しいな。」

とうさまは嬉しそうにボクに笑いかけてくれた。かあさまはそれにちょっぴり不満そうに、

「えっ⁉︎何でですか?シャル、いつもなら私に抱っこしてって言うのに今日はお父様がいいんですか?」

と口を尖らせた。そんなかあさまにエルが

「いい歳をしてふくれっ面をするなんて、本当にいつまで経っても大人げないですよね」

とお馬さんの尻尾みたいに白くて長い、綺麗なポニーテールを揺らしてかぶりを振る。

シャル、本当に私の抱っこじゃなくていいんですか?とまだ言っているかあさまにとうさまは笑いながら、

「そういえばシャル、前ルーシャ語じゃなくてずっと普通のルーシャ語を喋ってるね?それも今までに比べて随分と上手だ。いなくなっていた間に一体何があったんだろう?」

と聞いてきた。

「あ!それは・・・」

森の中でルーとうさま達に話したように、とうさまに抱っこされながら説明をする。

そしてとうさまに話しながら、あの不思議で夢みたいな、とてもすてきだった数日間のことをずっと忘れずに覚えていられますようにって、ボクはそっと心の中で白い鹿さんとイリューディア神様にお願いをした。


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