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番外編
指輪ものがたり 14
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クレイトス領全域から魔力を集めているのかという大公の問いにシグウェルさんは笑う。
「現在クレイトス領に在籍して住んでいる魔導士達の人数のおおよそを把握するのはさすがの俺でも骨が折れた。それに魔力を根こそぎ奪ってしまえば魔法に頼り生活している君達が困るだろう?だからそこから更に、一人あたりから集める魔力の下限値を決めるのも大変な作業だった。」
「つまり領内の魔導士全員、最低限の魔力だけ残して後は団長がごっそりいただくってことじゃないすか‼︎」
シグウェルさんの説明に、なぜかクレイトス大公でなくユリウスさんの突っ込みが入った。
「それでも計算上は俺の魔力の半分を満たすかどうかだったからな、それで婚約の誓書が破棄出来るかは微妙だったんだがどうやらうまくいったらしい。」
そう言ってシグウェルさんの見やる視線の先にある婚約の誓書は、シグウェルさんとミアさん二人のサインが徐々に薄くなり消えてきている。
「ミア嬢の指輪に決められた量の魔力が全て収まれば婚約破棄は完了だ」
シグウェルさんの言葉に
「ダメ、そんなの不当だわ!シグウェル様の魔力ではなくクレイトスの魔導士達の魔力だなんて‼︎」
ミアさんは赤く輝く指輪の中に集まっていく魔力を止めようと必死で手をかざしているけど、指輪の周りに小さな結界のような膜が現れてそれをパチンと弾く。
「無駄だミア嬢。破棄の条件を満たした誓書が魔法の行使中だ、全てが完了するまで誰もそれを邪魔出来ない。それでこそ魔法の誓書の意味があるからな。」
話しながらシグウェルさんは叩いて合わせた自分の手をぐっと組んだ。
「さあ、スピードを上げようか。なにしろまだまだその指輪の中に魔力を集めなければならないからな、まだるっこしく時間をかける趣味はない。」
ニヤリと笑い、
「だが君と大公の魔力はそのまま残しておこう、指輪に集めた魔力を解放する魔導士とクレイトス領の自治を守るために君達には働いてもらわなければならないからな。」
と組んだ手に力を込める。するとどこからかキラキラと光る何かを含んだ冷たい風が吹き、それが渦となってミアさんの指輪の中へと流れ込んでいく。
そしてそんな会話を交わしている間にも、宴会場の人達の中には立っていられずに座り込む人や倒れ込む人達が出てきた。
空中に浮かんでいたシャンデリアもいくつかが宙に浮いていられずにふっとその灯りを消しガシャンと落ちて、自動で音楽を奏でていた楽器も悲鳴のような歪な不協和音を奏でながら止まってしまう。
「こ、これってシグウェルさんが魔力を集めてるからですか⁉︎」
かたわらのユリウスさんに聞けば
「そうっす・・・。ていうかこれ、もしかして数年前に団長がルーシャ国でやらかした全魔導士の魔力を封じちゃったやつの応用・・・」
あわわ、と顔面蒼白になって呟いている。その言葉にシグウェルさんが目を細めた。
「俺は二度と同じ失敗はしない。今回はきちんとクレイトス領の面積を調べ、それに合った魔法陣を設定して領内を取り囲む杭を魔法陣からそこへ打ち込んだ。杭にはあらかじめ集約するための魔力量とそれに必要な人数も設定してあるから魔力を奪いすぎることもない。もう少し時間をもらえれば呪文も簡略化出来そうだったんだが。」
「そのための二日間の猶予っすか⁉︎婚約をなんとかするための時間をくれってアンタ、こんな大それた魔法式を考えるための時間だったとか恐ろし過ぎるっす!せっかく殿下が穏便に済ませてくれようとしたのに何してくれてんすか!」
自分の新しい魔法の説明に饒舌になったシグウェルさんにユリウスさんが抗議して、それを聞いたクレイトス大公もそれまでの茫然としていた佇まいから我に返った。
「そ、そうだぞシグウェル殿!こんな・・・自分の魔力でなく我々クレイトス領の者達の魔力を奪って誓書の条件を満たすなどあり得ない‼︎これは正式にルーシャ国とユールヴァルト家に抗議をさせてもら」
「それは違うな大公。」
なぜかユリウスさんの突っ込みに勢いを得た大公の言葉をシグウェルさんは冷たく遮った。
「俺は君達の魔力を奪ったのではなく『借りた』のだ。そう、ミア嬢がユーリの指輪を『借りて』クレイトス領に持ち去ったのと同じことだ。それにあの誓書には俺自身の魔力を対価にするとは明言されていなかった。それなら俺と同等の魔力量でも誓書の条件を満たすだろうことはこの状況を見れば明白だな?それに魔力を対価にした婚約破棄でいいかどうかも確かめたはずだ」
ぐぬぬ、という唸り声が聞こえてきそうな歯ぎしりをしそうな顔で大公はシグウェルさんを睨んでいるけど、屁理屈じみたその言葉に何も言えない。
うん、確かにシグウェルさんのやった事は全て誓書の条件を満たしているんだよね・・・。
しかもこの騒ぎの前にシグウェルさんの言った通りクレイトス大公には
『違法行為を犯したことによる婚約破棄ではなく魔力を対価にしたものでいいんだな?』
と念押しをして、大公とミアさんはそれに同意している。
ということは、さっきユリウスさんが言ったリオン様が穏便に済むようにしてくれた提案を自ら断った形だ。
それなのにルーシャ国に抗議なんて出来るはずもない。
大公とミアさんもそれに気付いたらしく、さっきよりも更に顔色が悪い。
そんな二人を面白そうに眺めながら、
「指輪に集めた魔力は君達ほど優れた魔導士であれば一週間もあればその魔法を解呪して魔導士達に魔力を還元できるだろう。ミア嬢と違ってその指輪をルーシャ国に持ち去らないだけありがたく思ってもらおうか?」
と説明したシグウェルさんは
「それほど複雑な術式でもないし、新しい魔法を研究出来ると思って解析を楽しんでくれ。」
まるで生徒に宿題を出した教師のようにそんな事まで言う。それどころか、宴会場を見渡してふむ、と何事かを考えると
「以前ここを訪れた時も思っていたが、君達は魔法に頼るばかりで身体能力を軽視し過ぎていないか?こういう、魔力量が減少したいざという時に備えて普段からもっと基礎体力をつけた方がいいのでは?万が一魔物や盗賊などが現れた時に魔法なしで抑えられるのか?」
なんて煽るようなことまで言い、私の隣でユリウスさんが
「普段から騎士団の基礎体力訓練をサボってる人にそんなこと言われるとなんか腹が立つっすね・・・」
とぼそりと呟いた。うん、それにこういう「魔力量が大幅に減る事態」は多分シグウェルさんがこんな事をしない限りは訪れない気がする。
クレイトスの魔導士さん達は、確かにルーシャ国の魔導士さん達に比べてひょろりとしている、いかにも魔法使いって感じだ。
そう考えればルーシャ国の人達は魔導士さんまで結構武闘派なのかもしれない。
「万が一の魔力切れに備えて魔法使いも基礎体力が大事です」
ってアントン様は言ってたけど、それってある意味「筋肉は全てを制する」的な?え?ルーシャ国って脳筋国家だったのかな?
この騒ぎでルーシャ国を離れて別な角度から国を見てみたら新たな一面が見えた気がする。
じゃあいつのまにか有耶無耶のまま中断していた私の基礎体力作りもまた再開した方がいいんだろうか。
「ユリウスさん、ルーシャ国に帰ったら私もまた騎士団にお邪魔して基礎体力作りをしてもいいかマディウス団長に聞いてもらってもいいですか?」
「へ?親父にっすか?それはいいけど何でまた」
「いえ、今のシグウェルさんの話を聞いてたらルーシャ国にいる以上は多少の筋肉は必要なのかなって」
「なんでユーリ様が脳筋思想に染まってるんすか!団長の今の話で感化されたんすか⁉︎ユーリ様が体力作りに勤しんだら俺がサボりにくくなるんでやめて下さい!ユーリ様はお願いですからそのままで‼︎」
ユリウスさんにはそう頼みこまれてしまったけど、後でまたレジナスさんあたりにでも相談してみよう。
そんな事を考えている私の目の前では、展開されたシグウェルさんの大掛かりな魔法がようやく終わろうとしていた。
ミアさんの指輪の中に吸い込まれていく風が弱くなってきた気がする。
と、その時イーゼルに立てかけてあった婚約の誓書が一際明るく輝いた。
ハッとしてそちらを見れば、シグウェルさん達二人のサインは今や綺麗に消えている。
そして誓書は明るい輝きを保ったまま、ぼうっ!と火を上げミアさんが「ああ・・・」と悔しそうに小さく呻いた。
突然火を吹いた誓書はそのまま一瞬で燃え尽き灰も残さず、
「これで無事婚約は破棄された」
と高らかに宣言するシグウェルさんの声だけが宴会場に響いたのだった。
「現在クレイトス領に在籍して住んでいる魔導士達の人数のおおよそを把握するのはさすがの俺でも骨が折れた。それに魔力を根こそぎ奪ってしまえば魔法に頼り生活している君達が困るだろう?だからそこから更に、一人あたりから集める魔力の下限値を決めるのも大変な作業だった。」
「つまり領内の魔導士全員、最低限の魔力だけ残して後は団長がごっそりいただくってことじゃないすか‼︎」
シグウェルさんの説明に、なぜかクレイトス大公でなくユリウスさんの突っ込みが入った。
「それでも計算上は俺の魔力の半分を満たすかどうかだったからな、それで婚約の誓書が破棄出来るかは微妙だったんだがどうやらうまくいったらしい。」
そう言ってシグウェルさんの見やる視線の先にある婚約の誓書は、シグウェルさんとミアさん二人のサインが徐々に薄くなり消えてきている。
「ミア嬢の指輪に決められた量の魔力が全て収まれば婚約破棄は完了だ」
シグウェルさんの言葉に
「ダメ、そんなの不当だわ!シグウェル様の魔力ではなくクレイトスの魔導士達の魔力だなんて‼︎」
ミアさんは赤く輝く指輪の中に集まっていく魔力を止めようと必死で手をかざしているけど、指輪の周りに小さな結界のような膜が現れてそれをパチンと弾く。
「無駄だミア嬢。破棄の条件を満たした誓書が魔法の行使中だ、全てが完了するまで誰もそれを邪魔出来ない。それでこそ魔法の誓書の意味があるからな。」
話しながらシグウェルさんは叩いて合わせた自分の手をぐっと組んだ。
「さあ、スピードを上げようか。なにしろまだまだその指輪の中に魔力を集めなければならないからな、まだるっこしく時間をかける趣味はない。」
ニヤリと笑い、
「だが君と大公の魔力はそのまま残しておこう、指輪に集めた魔力を解放する魔導士とクレイトス領の自治を守るために君達には働いてもらわなければならないからな。」
と組んだ手に力を込める。するとどこからかキラキラと光る何かを含んだ冷たい風が吹き、それが渦となってミアさんの指輪の中へと流れ込んでいく。
そしてそんな会話を交わしている間にも、宴会場の人達の中には立っていられずに座り込む人や倒れ込む人達が出てきた。
空中に浮かんでいたシャンデリアもいくつかが宙に浮いていられずにふっとその灯りを消しガシャンと落ちて、自動で音楽を奏でていた楽器も悲鳴のような歪な不協和音を奏でながら止まってしまう。
「こ、これってシグウェルさんが魔力を集めてるからですか⁉︎」
かたわらのユリウスさんに聞けば
「そうっす・・・。ていうかこれ、もしかして数年前に団長がルーシャ国でやらかした全魔導士の魔力を封じちゃったやつの応用・・・」
あわわ、と顔面蒼白になって呟いている。その言葉にシグウェルさんが目を細めた。
「俺は二度と同じ失敗はしない。今回はきちんとクレイトス領の面積を調べ、それに合った魔法陣を設定して領内を取り囲む杭を魔法陣からそこへ打ち込んだ。杭にはあらかじめ集約するための魔力量とそれに必要な人数も設定してあるから魔力を奪いすぎることもない。もう少し時間をもらえれば呪文も簡略化出来そうだったんだが。」
「そのための二日間の猶予っすか⁉︎婚約をなんとかするための時間をくれってアンタ、こんな大それた魔法式を考えるための時間だったとか恐ろし過ぎるっす!せっかく殿下が穏便に済ませてくれようとしたのに何してくれてんすか!」
自分の新しい魔法の説明に饒舌になったシグウェルさんにユリウスさんが抗議して、それを聞いたクレイトス大公もそれまでの茫然としていた佇まいから我に返った。
「そ、そうだぞシグウェル殿!こんな・・・自分の魔力でなく我々クレイトス領の者達の魔力を奪って誓書の条件を満たすなどあり得ない‼︎これは正式にルーシャ国とユールヴァルト家に抗議をさせてもら」
「それは違うな大公。」
なぜかユリウスさんの突っ込みに勢いを得た大公の言葉をシグウェルさんは冷たく遮った。
「俺は君達の魔力を奪ったのではなく『借りた』のだ。そう、ミア嬢がユーリの指輪を『借りて』クレイトス領に持ち去ったのと同じことだ。それにあの誓書には俺自身の魔力を対価にするとは明言されていなかった。それなら俺と同等の魔力量でも誓書の条件を満たすだろうことはこの状況を見れば明白だな?それに魔力を対価にした婚約破棄でいいかどうかも確かめたはずだ」
ぐぬぬ、という唸り声が聞こえてきそうな歯ぎしりをしそうな顔で大公はシグウェルさんを睨んでいるけど、屁理屈じみたその言葉に何も言えない。
うん、確かにシグウェルさんのやった事は全て誓書の条件を満たしているんだよね・・・。
しかもこの騒ぎの前にシグウェルさんの言った通りクレイトス大公には
『違法行為を犯したことによる婚約破棄ではなく魔力を対価にしたものでいいんだな?』
と念押しをして、大公とミアさんはそれに同意している。
ということは、さっきユリウスさんが言ったリオン様が穏便に済むようにしてくれた提案を自ら断った形だ。
それなのにルーシャ国に抗議なんて出来るはずもない。
大公とミアさんもそれに気付いたらしく、さっきよりも更に顔色が悪い。
そんな二人を面白そうに眺めながら、
「指輪に集めた魔力は君達ほど優れた魔導士であれば一週間もあればその魔法を解呪して魔導士達に魔力を還元できるだろう。ミア嬢と違ってその指輪をルーシャ国に持ち去らないだけありがたく思ってもらおうか?」
と説明したシグウェルさんは
「それほど複雑な術式でもないし、新しい魔法を研究出来ると思って解析を楽しんでくれ。」
まるで生徒に宿題を出した教師のようにそんな事まで言う。それどころか、宴会場を見渡してふむ、と何事かを考えると
「以前ここを訪れた時も思っていたが、君達は魔法に頼るばかりで身体能力を軽視し過ぎていないか?こういう、魔力量が減少したいざという時に備えて普段からもっと基礎体力をつけた方がいいのでは?万が一魔物や盗賊などが現れた時に魔法なしで抑えられるのか?」
なんて煽るようなことまで言い、私の隣でユリウスさんが
「普段から騎士団の基礎体力訓練をサボってる人にそんなこと言われるとなんか腹が立つっすね・・・」
とぼそりと呟いた。うん、それにこういう「魔力量が大幅に減る事態」は多分シグウェルさんがこんな事をしない限りは訪れない気がする。
クレイトスの魔導士さん達は、確かにルーシャ国の魔導士さん達に比べてひょろりとしている、いかにも魔法使いって感じだ。
そう考えればルーシャ国の人達は魔導士さんまで結構武闘派なのかもしれない。
「万が一の魔力切れに備えて魔法使いも基礎体力が大事です」
ってアントン様は言ってたけど、それってある意味「筋肉は全てを制する」的な?え?ルーシャ国って脳筋国家だったのかな?
この騒ぎでルーシャ国を離れて別な角度から国を見てみたら新たな一面が見えた気がする。
じゃあいつのまにか有耶無耶のまま中断していた私の基礎体力作りもまた再開した方がいいんだろうか。
「ユリウスさん、ルーシャ国に帰ったら私もまた騎士団にお邪魔して基礎体力作りをしてもいいかマディウス団長に聞いてもらってもいいですか?」
「へ?親父にっすか?それはいいけど何でまた」
「いえ、今のシグウェルさんの話を聞いてたらルーシャ国にいる以上は多少の筋肉は必要なのかなって」
「なんでユーリ様が脳筋思想に染まってるんすか!団長の今の話で感化されたんすか⁉︎ユーリ様が体力作りに勤しんだら俺がサボりにくくなるんでやめて下さい!ユーリ様はお願いですからそのままで‼︎」
ユリウスさんにはそう頼みこまれてしまったけど、後でまたレジナスさんあたりにでも相談してみよう。
そんな事を考えている私の目の前では、展開されたシグウェルさんの大掛かりな魔法がようやく終わろうとしていた。
ミアさんの指輪の中に吸い込まれていく風が弱くなってきた気がする。
と、その時イーゼルに立てかけてあった婚約の誓書が一際明るく輝いた。
ハッとしてそちらを見れば、シグウェルさん達二人のサインは今や綺麗に消えている。
そして誓書は明るい輝きを保ったまま、ぼうっ!と火を上げミアさんが「ああ・・・」と悔しそうに小さく呻いた。
突然火を吹いた誓書はそのまま一瞬で燃え尽き灰も残さず、
「これで無事婚約は破棄された」
と高らかに宣言するシグウェルさんの声だけが宴会場に響いたのだった。
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