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番外編

指輪ものがたり 13

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自分で自分の魔力の半分を勝手に指輪に封じ込めたのに、今度はそれが必要だから指輪を壊せと言う。

しかもあの小さな指輪の真ん中にグノーデルさんの雷を当てろと言うんだから、なんて厳しい要求だろう。

「あの中にある自分の魔力を取り戻して、それを今度はミアさんに渡すんですか?」

それくらいなら正直に、指輪の中にはすでにシグウェルさんの魔力が入ってますから後はご自由にどうぞとあの指輪をそのままあげればいいのに。

その方がシグウェルさんの魔力をそのまま渡してミアさんに利用されるよりもまだましじゃないだろうか。

なにしろあの指輪はもらったとしてもシグウェルさん以上の実力の持ち主じゃないと壊せないし、中身の魔力も簡単には取り出せないから婚約破棄の対価で受け取ったとしてもミアさんはそう簡単に魔力を使えない。

だけどシグウェルさんは飄々として

「さあ、早くやってくれ。」

と言うばかりだ。一体何を企んで・・・考えているのか。

仕方ない。どうやら私があの指輪を壊さなければシグウェルさんの考えている何事かは進まないらしいから。

「じゅあいきますよ」

あの指輪をじっと見つめる。侍従さんの持つクッションの上に鎮座して静かに輝くアメジストの指輪。

鋭い金色の針でその真ん中を突くイメージだ。侍従さんは傷付けずに、指輪だけを壊す。

アメジストの輝きの真ん中を突かれたそれが粉々に砕け散り、中に閉じ込められているシグウェルさんの魔力を解放するように。

そうイメージすれば、自分の中に熱い魔力の流れが体の奥からぶわりと湧き上がる。

「・・・?ユーリ様、瞳の色が金色に変化されていませんか」

嬉しげに自分に贈られた指輪を見ていたミアさんが私の変化に気付いたのと、周りに気付かれない程度に私が自分の指先をそっと動かしたのは同時だ。

ぴくりと動かした指先に合わせるように、金色に輝く細い針のように鋭い稲妻が指輪目掛けて落ちる。

金色の光が指輪を穿ち、一拍遅れてドドォン、というお腹の底まで震えるみたいな落雷の轟音が宴会場に響いた。

「えっ」

ミアさんやクレイトス大公が音のした方・・・侍従さんの持つ指輪を見る。他の人達もそちらを見たり、思わず耳を塞いでいたり何が起きたのかと固まっていたりと様々だ。

そして私の落とした雷は・・・正確に指輪を射抜いていた。

それは指輪やそれが載っているクッションを突き抜けて、その下のピカピカに磨き上げられた床にまでヒビを入れていたけど幸いにも侍従さんは傷付けていない。良かった、イメージ通りだ。

そして指輪は・・・文字通り粉々に粉砕されて、まるでアドニスの町でグノーデルさんに粉々にされた土竜のように紫色の塵に姿を変えるとサラサラと流れて消えてしまった。

「よくやった」

またひとつ、ポンと頭を撫でられハッとしてシグウェルさんを見上げればその体全体が淡い銀色に輝いている。

自分に戻ってきた魔力を吸収しているんだろうか。

突然の轟音と落雷に呆気に取られていたクレイトス大公は我に返ると

「な・・・なんだ今のは?普通の魔力ではないぞ⁉︎神威を感じるものだ、それもグノーデル神様の・・・!」

なぜだ?と指輪のあった焦げた床に膝をつき撫でている。

ざわつく宴会場の中、ミアさんはそんな父親と私達を見比べながら

「さっきのユーリ様の瞳の変化・・・イリューディア神様だけでなく、まさかグノーデル神様のお力まで使えるんですの⁉︎」

と、事情を確かめるためこちらに一歩近付いた。

「ほらシグウェルさん、めんどくさいことになりそうですよ・・・!」

イリューディアさんとグノーデルさん二人の力を使えると分かればまた質問攻めだのなんだのに遭うんじゃないだろうか。

かたわらのシグウェルさんの服の裾をぎゅっと掴めば、

「心配するな、じきにそれどころではなくなる」

そう言ったシグウェルさんがまた不敵に笑う。え?どういう意味?それはそれでなんか嫌な予感がするんですけど・・・。

するとシグウェルさんはパンと手を打つとざわめく室内の注目を自分に集め話し始める。

「ーさてそれでは、今から正式に婚約破棄の手続きに移ろうか。この俺、シグウェル・ユールヴァルトはミア・アンジェリカ・クレイトスとの婚約を破棄し、その対価として自分の魔力の半分に相当するだけの魔力を彼女に渡そう。」

・・・ん?どういう意味?自分の魔力の半分を渡すんではなくて、それに相当する分の魔力を渡す?それってシグウェルさん本人の魔力を渡すのと違うってこと?

随分とまわりくどい言い方をしたシグウェルさんに首を傾げる。

だけどイーゼルに立てかけられていた婚約の誓書はシグウェルさんのその言葉を了承したかのように金色に輝き始めた。

シグウェルさんはそれを確かめ、満足そうに頷くと私をユリウスさんに預けてスタスタと歩き出す。

そして宴会場の、バルコニーへ通じるガラス扉の一つを大きく開け放した。

そこから見える景色はすっかり夜で、高台にあるこのお城からは空には静かに輝く星が綺麗に見えて、眼下には温かそうな温もりを感じるクレイトス領の街の灯りがそこかしこに見えている。すごく綺麗だ。

そんな光景を確かめたシグウェルさんはまた私達に振り向くと、

「さあクレイトスの魔導士諸氏。今から君達がこれまで見たこともない大魔法を見せてやろう。ありがたく思うがいい。」

不遜なセリフを吐いてニヤリと笑った。

その様子にユリウスさんがひい、と声にならない声を上げて私も固まる。

今までどんな魔法を使っても・・・それこそ誰もしたことのない氷瀑竜の魔石やウロコへの加工、リオネルの港町で魔物を倒すのに海を割った時でさえ「こんなもの何でもない」とでも言うように飄々としていたあのシグウェルさんが、自分から「大魔法を使う」と宣言した?

まさか海を割った以上の何かをしようとしているんだろうか。

「ユリウスさん・・・シグウェルさん、何をしようとしてると思います?」

「し、知らないっすよ!でもわざわざ自分の魔力を満タンに戻してまで使おうとしてる『大魔法』っすよ、今まで誰も見たことがないことをやるつもりに違いないっす!・・・え?これ、婚約破棄の流れでしたよね?戦争じゃないっすよね?」

困惑している私以上にユリウスさんも混乱している。そこでまた一つ、高らかに鳴った手の音にハッとする。

「ー・・・円陣を描け」

シグウェルさんが手を叩き、そう話すと足元や周りの空気の中の魔力ではない何か・・・精霊だろうか?

その何かが動いてシグウェルさんに集まっていくのが分かった。

円陣を描け。その言葉と共に、開け放たれたバルコニーの両開きの扉の向こう、クレイトス領の空いっぱいに大きな魔法陣が広がった。

その端は地平線の彼方まで広がるほどの巨大さだ。

更にもう一つ、シグウェルさんは手を打つ。

「座標を示し、地を穿て」

その言葉と共に魔法陣は明るく輝き昼間のように空を照らす。

それを見ているクレイトスの人達はガタガタ震えている人もいればその輝きの美しさに見惚れて目を離せないでいる人もいる。

ちなみにユリウスさんやミアさんは顔色を悪くしているので、魔導士の資質が高い人ほど今からシグウェルさんがやろうとしていることの何かの、とんでもなさやそれに使っている魔力量の膨大さに恐怖を覚えているらしい。

私は全然ピンと来ないのでそれがどれほど凄いことなのかよく分かっていない魔法陣に見惚れている後者の方だ。

シグウェルさんの地を穿て、という言葉に輝いた魔法陣の端からは流れ星のような何かがいくつも四方八方に飛び出すと、クレイトス領のここから見えないところまで飛んでいってしまった。

それにしても、手を打って言葉を発するたびに魔法が発動するのはまるでキリウさんみたいだ。

魔法陣が必要なあたり、リオネルの港町の時と同じくシグウェルさん的にはまだ開発途上なのかな?それにいつもはパチンと指を一つ弾くだけでたいていの魔法を使いこなすのに、今日はわざわざ具体的な言葉を発している。

そう思っていたら、また一つシグウェルさんが手を打った。

「全ての座標は赤く燃える星の頂にその魔力を捧げろ」

その言葉に魔法陣が更に輝きを増し、ミアさんがその指に嵌めているシグウェルさんから贈られた指輪も同時に輝き出した。

そして宴会場の中にいる人達の体も淡く輝き、そこからその光らしきものがミアさんの指輪に向かって集められていく。

「ま、まさか・・・」

クレイトス大公が真っ青になった。

「シグウェル殿、まさかこれは・・・クレイトス領全域から魔力を集めているのか⁉︎」

・・・え?なんて?

ポカンとしてシグウェルさんを見つめれば、

「全て集めても俺の魔力の半分と同等と言うには多少足りないがな」

と不敵に笑っている。その姿はまるで悪魔だ。

ユリウスさんはミアさんの持ち掛けた、賭けを含んだ婚約は悪魔の取引だと言ったけどクレイトスの人達にして見れば目の前のシグウェルさんこそがまるで悪魔のように見えているだろう。そう思った。





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