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番外編

指輪ものがたり 12

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 案内されて到着した宴会場は、眩しく輝く水晶のシャンデリアが空中にふわふわ浮かび、チェロやバイオリンが奏者もいないのに自動で音楽を奏でている。

 まるでファンタジー映画の世界の中に入り込んだみたいだ。

「すごいですね・・・これ全部、魔法ですか?」

 頭上のシャンデリアを見上げて感嘆の声を上げていたら、

「ようこそいらっしゃいましたシグウェル様、ユーリ様。心より歓迎いたしますわ。」

 艶のある華やかな声がかかった。ミアさんだ。

 そちらを見れば、赤い髪を綺麗に整え同じような真紅のドレスに身を包んだミアさんが、あの大輪の薔薇の花のような美しい笑顔で立っていた。

 そのドレスの胸元や髪飾りに、シグウェルさんの髪の色のような白銀色に輝く薔薇の花を模したアクセサリーを付けている。

 そしてそんなミアさんの後ろには恰幅のいい赤髪の男性が同じくにこやかに笑って立っているので多分あれが赤ダヌキ・・・もといミアさんの父親のクレイトス大公なんだろう。

 大公とは初対面なので挨拶をするべきなんだろうけど、それにしても・・・と思わずまじまじとミアさんを見つめる。

 華やかな赤いドレスにシグウェルさんの髪色を思わせる装飾品を身に付けたその姿は、宵闇のように濃い紺色のドレスにシグウェルさんの瞳の色の宝石をあしらった私の姿とすごく対照的だ。

 なんていうかこれ、お互い張り合って対照的なドレスを選んで着てきちゃったみたいに見えてないかな・・・。

 そう思ったら華やかな雰囲気のミアさんに気押されて、自分が陰気な感じがしてちょっと怯んでしまった。

 シンシアさん達が色々と考えて準備してくれた格好だからそんな卑屈になることはないんだけど。

 すると私のその一瞬の戸惑いの間にシグウェルさんが私の腰をぐいと引き寄せぴったりと密着して抱き締めた。

 その動きに、挨拶のためシグウェルさんに一歩踏み出し握手をしようとしていたクレイトス大公の歩みが止まり、ミアさんも笑顔が固まる。

 そんな二人に向かってシグウェルさんの口から出てきた言葉は、ミアさんやクレイトス大公への挨拶や夜会に招待されたことへ対するお礼じゃない。

「ー・・・レディ・ミラ・アンジェリカ・クレイトス、君との婚約は破棄させてもらう。」

 誰も予想していなかったその言葉に、目の前のクレイトス大公とミアさんの目が大きく見開かれ、周囲の人達はざわめいた。

 そして私達の後ろにいたユリウスさんは、

「今この場でそれを言うっすか⁉︎」

 さっきまで散々注意したっすよね⁉︎と青くなった。

 だけどシグウェルさんはそんなユリウスさんや周囲の反応に構わず続ける。

「今回の俺達の訪問の目的はそれだ。茶番のような夜会に付き合わされ時間稼ぎをされるのは無駄以外の何物でもないし、これだけ証人がいれば君と俺の婚約破棄が速やかに知れ渡るから効率いいことこの上ないだろう?」

 鼻で笑うようにそう言ったシグウェルさんは、ミアさん達の背後にちらりと視線を向けた。

 そこは周りよりも少し高くなっていて、その壇上にあるテーブルの上にはあの婚約の誓書が額縁に入れられてイーゼルのような物に立てかけてある。

 今夜の夜会に招待された人達は誰でもそこに近寄ってその誓書を見れるようにしてあった。

 そうしてシグウェルさんとミアさんの婚約は二人の同意に基づいたものであることを披露し、お祝いしてもらっていたらしい。

「でもシグウェル様、約束を反故にして婚約破棄をなさるなら誓書に基づきあなたの総魔力の半分に相当する魔力をいただくことになりますわよ?」

 挑戦的な眼差しで、こちらをきつく睨みながらミアさんが口を開いた。それに対してシグウェルさんは、

「ユーリの指輪の件はどうなる?あの指輪を持ち去ったことは違法行為に当たるのでは?」

 と聞いた。

「指輪でしたら、元からお返しする約束でお借りしたものです。その証拠にいつでも指輪をお返し出来るよう、こうしてお二人が自由にクレイトス領へ出入りできる魔法陣を準備していたではありませんか。」

 ミアさんのその言葉にクレイトス大公も咳払いをする。

「うむ、そうだ。昼間も話したが、ミアは『指輪を借りていくがいつでも取りに来ていい』と言ったそうだからそれは強奪ではなく貸借だ。違法行為というのは少々強引だと言ったはずだな?」

 ・・・なるほど、ここについてからクレイトス大公との話し合いをしていたシグウェルさんはそんなへ理屈みたいな主張をされていたんだ。

 まあ確かにリオン様も、少し強引な主張になるけど略取持ち去りという形で婚約破棄に持って行ければいいねと言っていた。

 だけどやっぱりそれは通じなかったということだ。

 ということは残された婚約破棄の手段は一つだけ。誓書の条件通り魔力を渡すことだけど・・・。

 シグウェルさんもそれが当然分かっているようで、

「・・・なるほど、承知した。では違法行為での婚約破棄はせずに魔力を対価とした破棄でいいんだな?あとで後悔はしないでもらおうか。」

 と我が意を得たりとばかりに不敵に笑った。その態度にユリウスさんがひぃっ!と後ろで息を呑む。

 自分の魔力の半分相当を渡すと言うのにどうしてシグウェルさんはこんなに余裕なんだろう。

 その態度やクレイトス大公と交わした言葉からは、違法行為を理由にした婚約破棄よりもむしろ魔力を対価にした婚約破棄を望んでいるようで、それでいいのかとミアさん達に念押しをしているのだ。

 訳が分からないでいる私の背後ではまだユリウスさんがぶつぶつと、

「あ・・・これはもう終わったっす。もう絶対穏便に済まないし碌でもないことになるっす・・・」

 と呟いている。その様子があまりに挙動不審なので、シグウェルさんに腰を抱かれたまま振り向いてこっそりと

「ちょっと落ち着いてくださいよ、何をそんなに心配してるんです?」

 と聞けば、すでにユリウスさんは涙目になっている。

「いいっすかユーリ様。誰も加工が出来ない氷瀑竜の心臓の魔石を鐘に変えたり、そのウロコを護符もどきに変えたりをたった半日で簡単にやってのける団長が、今回は二日もかけて何かを企んでるんっすよ?てことは、あの氷瀑竜の魔石加工以上に大掛かりな何かの魔法を仕込んで来てるって事じゃないっすか、これが恐ろしくなくて何なんです⁉︎」

「・・・‼︎」

 言われてみればそうだ。そう説明されて初めて「シグウェルさんが準備に二日もかけた何か」が怖くなった。

「それ、この場にいる全員に関係する魔法とか・・・?」

「分からないっす、ていうかむしろ知りたくないっすよぉ‼︎」

 だから今からでも団長を止めてユーリ様!と背後から泣きつかれたけど、その間にもシグウェルさんとミアさん達のやり取りは進んでいた。

「まず一つ。ミア嬢には俺が作ったこの指輪をやろう。そのかわりユーリの指輪は返してもらう。」

 そう言ったシグウェルさんがぱちんと指を弾けば、ミアさんの前にはワインレッドのビロード張りされた小箱が現れた。

 その中にはミアさんを連想させる美しい赤色の・・・ルビーやピジョンブラッドのように赤く輝く宝石が金環の真ん中に嵌まって箱の中に鎮座している。

 それを見たミアさんは嬉しそうにさっそくそれを指にはめシャンデリアの光にかざしながら

「まあ、シグウェル様がお作りになった指輪を私もいただけるなんて。勿論、元よりユーリ様へ指輪はお返しするつもりでここにも持ってきておりますわ。」

 と目配せをすればその背後に私の指輪をクッションの上に乗せた侍従さんがサッと現れた。

「ですがシグウェル様、いくら手作りの指輪をいただいたところで婚約破棄に魔力をいただくのは変わりませんわよ?」

 とミアさんは自分の指にはめた指輪を撫でながら慎重に、シグウェルさんの心情をはかるように話す。

 指輪を貰えたのは嬉しいが、それがただの贈り物ではないと思っていそうだった。

 するとシグウェルさんは、

「勿論分かっている。だが魔力を渡すためには少々準備が必要だ。・・・ユーリ、あの指輪を撃てるか?」

 おもむろにそう私に聞いてきた。あの指輪、と言ったシグウェルさんの視線の先には侍従さんが持っている私の指輪がある。

「え?あれですか?私の指輪、壊しちゃうんですか⁉︎」

 せっかくもらったのに。しかもあれを壊したら中からシグウェルさんの魔力が漏れ出す。だけど、

「そうだ。指輪はまた新しく、もっと良い物を贈るから気にするな。それより今ここで、これまでの訓練の成果を見せてもらおうか?」

 と言われてしまった。

「訓練の成果って・・・」

「あの指輪はそれを作った俺以上の魔力の持ち主でなければ壊せないと言っただろう?君の扱うグノーデル神様の雷撃でなければ無理だからな。」

「あの指輪にグノーデルさんの雷を落とせって事ですか⁉︎」

 とんでもない事を言う。あんなに小さな指輪の、さらに真ん中の宝石にピンポイントで雷を?

 呆気に取られていたら、

「魔導士院で散々練習しただろう?最近はビンの口のコルク栓めがけて正確に雷を落とせるようになっていた、その応用だ。」

 となんの問題もないとばかりに頷かれた。確かにシグウェルさんのスパルタと要求の高さに泣く思いでそれは最近やっと出来るようになっていたけど。

 でもビンの口よりも指輪の真ん中の宝石を狙う方が難しい。下手をしたら侍従さんを怪我させる。

「まずあの指輪を壊して中に閉じ込めた魔力を自分に戻す。それが出来なければ婚約破棄に持って行けないからな、頼んだぞ。」

 人の気も知らないで、私の腰を抱き寄せていた手でぽんと頭を一つ撫でられた。






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