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番外編

議論は会議室ではなく寝室で起きている 3

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順を追って話すと言ったシェラはその後も、式場やユーリの髪とドレスを飾る花はモリー公国にすでに話をつけてあるだの式を挙げた後のパレードの道順はどうだのと説明を続けた。

「・・・ですので、式を挙げるとなればその場所は王宮か大神殿のどちらかですからレジナス、あなたにはそれを踏まえた上で騎士団から護衛の人数と人員の選定をお願いしますね。」

「大神殿で式を挙げその後パレードをするとなると、かなりの人員が必要になるぞ。」

シェラに渡された紙の束に目を通しながらレジナスも渋々その話に付き合っている。

「ですが、オレの予想では式を挙げるとなれば十中八九ユーリ様は大神殿を選ばれると思いますよ?あちらには滅多に外出を許されないカティヤ様がいらっしゃいますからね。」

ああ、そうか。優しいユーリならきっと、僕の結婚式ならばそれを妹であるカティヤにも見せてあげたいと思うに違いない。

それに思い至ったのかレジナスもちらりとベッドの方へ視線を向けて眠るユーリを見たようだった。

「・・・考えておこう。」

ユーリの意思確認もまだなまま、あれこれ決めるのは不本意だと思っていそうだけどレジナスは頷いた。

そしてシグウェルは

「では俺は念のため更に広範囲に防御結界を張っておけばいいな?それから花火か。幸いにもあの星の砂を混ぜた花火はイリヤ王の戴冠式で試してあるからな。あれを元に、より華やかで慶事にふさわしい花火を今から考えておこう。」

なんて言ってるけど、一生に一度の兄上の戴冠式を花火の試し打ちみたいに言わないで欲しい。

とにかく、そうやってシェラの話に付き合いながら当人不在のまま結婚式の衣装から飾り付け、警備や招待客についてまでどんどん話は進んでいった。

「これならもし明日ユーリ様がお目覚めになられてもすぐに式を挙げられますね」

シェラは一人満足そうに微笑んでいる。そして

「さあ、それではそろそろ殿下お待ちかねの夜着の件をご説明しましょうか」

とパンと手を打った。

「いや、別に待ちかねてはいなかったよ⁉︎」

なんて人聞きの悪い事を言うんだ。

だけどさっと頬を染めて抗議した僕に構わずシェラは持ち込んでいた小さな端切れ状の生地の見本を取り出して並べていく。

「前回同様、どれも柔らかな肌あたりでユーリ様のお肌に擦れたり傷付けたりするようなものではありません。それから試しに東国の例の新しい織り機で織ってもらったので見て下さい、」

すらっ、と何種類かの色の生地を目の前に置いた。

「染色の美しさはそのままに、今までよりも薄く柔らかなので布の上からユーリ様に触れてもまるで素肌に触れているような感触です。」

東国の新しい技術っていうのは軽いだけでなくそんなに薄く布を織れるのか、と手に取って指に挟んでみればなるほど確かに指の間には布が一枚あるのにまるで指先同士が直接触れているかのような感触がした。

「へぇ・・・面白いね、なんだか蜘蛛の糸で織ってあるかのように薄くて軽い。」

感心してそう言えば、

「そうでしょう?この生地で作った夜着や下着の上からユーリ様の胸の先や下の敏感な部分に触れたら、まるで生肌を愛撫しているかのような感触がして素晴らしいでしょうね。ユーリ様もきっと満足されます。」

とんでもない事をシェラが口にして、僕の隣でレジナスは食べようとして手にしていたブドウをぐしゃっと握り潰した。

皿とテーブルの上に葡萄ジュースのようにぼたぼたとブドウの果汁が滴って、申し訳ありませんとレジナスは慌ててそれを拭き取りながら顔を赤くしてシェラを睨んだ。

「お前なぁ・・・!ユーリもいるのになんて事を言うんだ⁉︎寝ていても声は聞こえるかもしれないと言ったのはお前だろうが!今さら常識人になれとは言わないが少しは節度と倫理観を持て‼︎」

「そういうあなたの声は大き過ぎですよ、それにそんなに怒っていてはユーリ様の健やかなお休みにも悪影響です。」

「ど、どの口がそれを・・・!」

自分のことを棚に上げて批判してきたシェラを、本当はもっと声を張って怒りたいだろうレジナスは、シェラの忠告を素直に聞き入れて声のトーンを落として唸った。

そこにいつもの如くシグウェルが、

「確かに面白い肌触りだ。これは工房を建てて服を仕立てる価値はあるんじゃないか?」

と同調したものだから、賛同を得たシェラは更に調子づいた。

「そうでしょう?こんなにも素晴らしい布を作り出せるのですから、この織り方で織った衣服を売れば初期費用はかかってもすぐにそれを回収して有り余るほどの利益を生み出せますよ。」

・・・どうあっても僕にお金を出させて東国から職人を呼び寄せて織り機を輸入し工房を建てさせたいらしい。

しかもついさっきまでそれは結婚式の衣装を作るために必要な工房と言う話だったのに、いつの間にか夜着製作がメインに話がすり変わっている。

「それにほら、ご覧下さい。薄いだけでなく伸縮性も素晴らしいのでユーリ様のお腹を圧迫することなく、このように夜着の腰紐代わりにも使えます。」

今度は完成している夜着の見本をシェラは取り出した。

それは綺麗な水色で、部屋の灯りに当たると僅かに光を反射して輝きその布の柔らかさを伝えてくる。

そしてその真ん中・・・ウエストを絞る辺りを黒いレースの布がぐるりと一周していた。

清楚な水色に色っぽい黒いレースの組み合わせはそれをユーリが見に纏う姿を思えば、なんだかすごく扇情的だ。

そう思った邪な気持ちを誤魔化すように

「結び目がないね?リボンじゃないの?」

不思議に思って聞けば、シェラは目を三日月の形に笑ませて得意げに説明する。

「伸縮性を利用していますので、少し引っ張るだけで伸びますから足元へ抜いて下さい。そうすればこれはそのまま目隠しにも両手足の軽い拘束にも使えますから、ユーリ様との一夜により素晴らしい色を添えてくれることでしょう。」

・・・ユーリに目隠しを?

白い肌に黒いレースで目を覆われて、赤く色付いた唇がはくはくと吐息を漏らす、そんな淫らな場面が一瞬頭に浮かんだ。

「・・・っ!一体何を言い出すんだ君は‼︎」

レジナス以上に大きな声が思わず出てしまった。だけどそんな僕にシェラは飄々としている。

「おや、想像されました?素晴らしいとは思いませんか?」

「すっ、素晴らしいとかじゃなくてさぁ・・・‼︎」

「レースが過激過ぎでしたらリボンもご用意出来ます。というか、様々なパターンのものを用意しておりますのでその時の状況に応じて臨機応変に使っていただければ。さきほどの資料の後半には夜着や下着のデザインについても詳しく載せてありますので、それを元に考えてみてはいかがです?」

ユーリ様の首元にリボンだけを残して夜着のみが綺麗に脱げる仕様のものもありますし。

そんな事まで言っている。

まるで贈り物のような姿の、あの華奢な首元に可愛いピンク色のリボンを付けただけの裸のユーリに触れている自分をつい連想してしまった。

だけどそんな事を考えたのは僕だけじゃなかったらしくレジナスも

「おい、お前・・・本当にいい加減にしろよ・・・⁉︎」

と言いながらも目が潤むほど顔を赤くしているし、シグウェルも

「どれから着てもらうか迷うな。君のおすすめはどれだ?」

と乗り気だ。そしてシェラはと言えばそんなシグウェルに嬉々として

「オレの今の一番のおすすめはやはりこの水色の物ですね。この薄い水色がユーリ様の白いお肌にとても映えると思うのです。それに月明かりや蝋燭の灯りに反射するように銀糸も織り込んでいますので、ユーリ様の胸や腰の豊かさを柔らかな輝きで反射して伝えてくれますから、かなり扇情的でしょうねぇ。早くこれを身に付けて微笑むお姿を見たいものです。」

そう言ってうっとりしている。それを聞いたシグウェルはふむ、と頷き

「なるほど。だがこれもその東国の新しい織り方で作られているんだろう?ユーリのその素晴らしい姿を見るためにはやはり織り機と職人を揃えていつでもに備えておけるようにしておかなければならないということだな?」

そのままちらりと僕を見た。まさか君まで僕にポケットマネーを出して工房を建てろって言うのか。

「いやちょっと待ってよ。君達、簡単に言うけどね?それって単純にお金だけの問題じゃないよね。それが東国の新しく開発された技術なら相手だってそう簡単に輸出はさせてくれないし、交渉がどれだけ大変か」

「そこは殿下の手腕の見せどころでしょう。ユーリ様のためにぜひともよろしくお願いいたします。」

今まで見たことがないほど丁寧にシェラは僕に頭を下げてきた。

ユーリの夜着のためにそこまで?

「ええー・・・」

すると困惑する僕を見たシグウェルが、

「国外への輸出を禁じている金毛大羊の羊毛を交渉に使ってみては?」

と言い出した。それはユールヴァルト領の一定の地域にしか生息しない貴重な羊だ。

羊毛どころかその食肉すら国外どころか領地外にも滅多に流出しない。

ユールヴァルト一族がガッチリと規制をかけて自分達お得意の魔法を使ってまで管理規制をしているからだ。

それをユーリのために・・・正確にはその夜着を作るために国外へ出すというのか。

「君、そんな事をしたらドラグウェル殿にとんでもない大目玉を喰らうよ?」

「あの羊を領地で護る結界を作ったのは誰だとお思いですか?多少の増減なら父上にバレる事はありません」

ふっと不敵にアメジストの瞳が煌めく。あ、そう・・・。

それを聞いたシェラは素晴らしい、と手を打った。

「金毛大羊を交渉に使えるのなら、やりようはいくらでもありますね。あれは一頭から取れる毛皮一枚が、同じ重さ以上の金塊で取引きされていますから。さっそく東国の王族と繋がりのある商人に噂を流して殿下の交渉の下地作りをしましょう。明日からちょっと出掛けてまいります。」

「では俺は自分の館の倉庫に保管してある羊の毛皮をサンプル程度に少しだけ渡そう。それを見せて話をした方が説得力があるだろう?」

「おや、ありがたい。タウンハウスではなくあなたのあの王都の外れの館ですか?明日の朝伺ってもよろしいので?」

「あの毛皮は加工すれば魔法の伝導率もいい魔道具も作れるからな。いつでも使えるようにユールヴァルト領からある程度の量は持ち込んで備蓄してある。セディに話を通しておくから明日あいつから受け取ってくれ。」

二人の間でとんとん拍子で勝手に話が進んでいる。

え?これ、本格的に僕が東国に交渉しなきゃいけない流れじゃない?しかも動機はユーリの夜着のためだ。頭痛がする。

「僕、そんなに暇じゃないんだけど・・・?」

「新国王、イリヤ王の即位直後だからこそ新しい物を取り入れるに相応しい時期とも言えますからね、新しい物や珍しい物が好きなイリヤ王も喜ばれるかも知れません。」

そんな事をシェラは言っているけど。

「リオン様、あきらめましょう。この二人がここまで乗り気だと俺たちが反対したところで水面下で勝手に物事を進めて後でもっとおおごとになる可能性もあります。それよりもまだ目の届くところで制御する方がマシでしょう・・・」

予定を確認して東国と交渉出来そうな日程を確保します。そうレジナスは諦めたように首を振った。

「ユーリが起きた時にびっくりしなきゃいいけどね・・・」

目が覚めたらいつの間にか結婚式を挙げることになっていただけでなく自分の夜着を作るための工房まで建っていて、職人まで呼び寄せられていたと知ったら本当にユーリは布団から出てこなくなりそうだ。

わいわいとまだ話し続けているシェラとシグウェルをよそに、そっと暗がりのベッドへと目を向ければ何も知らないユーリは無邪気にすやすやと眠り続けている。

早く目覚めて欲しいけど、起きた時の反応も怖い。

複雑な思いで僕はグラスのお酒をゆっくりと飲み下した。


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