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番外編

冒険の書 1

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「おいレン、大変だ!イスラハーンにはユーリちゃんて名前の魔導士見習いの女の子も、ディア王妃の外戚のレニって男の子もいないぞ!」

俺と同じく城の中の自分用の執務室で仕事をしていたはずのキリウさんが、大きな音を立て両開きの扉を開くと勢い込んで俺の執務室に乗り込んで来た。

「・・・でしょうね。」

キリウさんにしては珍しく魔法実験場にも賭場にも行かず書類仕事をしていると思ったのに違ったか。

ていうか、何を今さら。

あの不思議な二人組がその姿を消した時。

・・・ユーリちゃんは自分でイスラハーンよりも遠い所から来たって言ってたじゃないですか。

俺はそう突っ込みたいのを堪えて、くっそー手がかりが何も無い!と目の前で悔しがるキリウさんを見てペンを置いた。

「キリウさん、まだユーリちゃんのこと諦めてなかったんですか?四番目の旦那さんになるのは嫌だってあの時自分でも言ってたじゃないですか。それにあれから何ヶ月経ったと思ってるんです?」

自分の戴冠式で使う魔石を手に入れながらついでに辺境の魔物も討伐しようと俺とキリウさんが王都を離れ旅に出ていたのはもう三ヶ月以上前だ。

一つ目巨人オグルスの住む魔石鉱山で上質な魔石を手に入れ、帰りには牛頭人体の魔物・・・いわゆるミノタウロスが住む迷宮洞窟、なんて所にも立ち寄ったりして帰って来て戴冠式も滞りなく終え、いまはルーシャ国の王様をやっている。

その間キリウさんは一度もあの二人のことを口に出さなかったからもうすっかり忘れてしまったんだとばかり思っていた。

だけど今、俺の目の前のキリウさんは

「お前の戴冠式より優先する事なんてこの世のどこにもあるわけないだろ⁉︎だからそれらがある程度落ち着くまで待ってたの!お前は最後にユーリちゃんが使ったあの力が気にならないわけ⁉︎」

そう噛み付いてきた。

「あの時も言ったけど、あれは並の魔導士の魔力でも精霊から借りた力でもないんだよ!お前が持ってるグノーデル神様の魔力みたいな神威を感じたの‼︎」

そう続ける。

「しかもあの時、最後に付けたオレ達への加護はイリューディア神様のものだったろう?その前に、魔石鉱山の跡地を作り替えた魔力からもそれを感じたし。オレ、ずーっとめちゃくちゃ気になってたんだからな?もしかしてユーリちゃんもお前と同じ召喚者って可能性はないわけ⁉︎」

「そう言われても・・・。デンさんにでも聞ければいいんだろうけど、デンさん俺の戴冠式も忘れてすっぽかしたきりだし。」

「ぬあー‼︎これだから人間と違う時間軸で生きてる神様って奴は!あんなにお前に目をかけてるくせに、戴冠式に現れないとかマジで肝心なとこで役に立ってくれないんだよなあ‼︎」

うちの魔石鉱山をホントに賭けてたら今頃大勝ちしてたわ!とキリウさんは叫んだ。

デンさん、あんなに張り切って

「お前の戴冠式の時には特大の派手な雷を落としてやるからな‼︎」

って胸を張っていたけど、結局その姿を見せなかったのだ。

多分ヨナス神の痕跡でも見付けてそれを追っかけるのに夢中になって忘れちゃったんだろう。

戴冠式での俺の晴れ姿を見せられなかったのは少し残念だけど、それよりもヨナス神の影響をこの世界からいくらでも取り除く方が大事だから仕方ない。

・・・キリウさんはユーリちゃんが俺と同じ召喚者の可能性はないかデンさんに聞いてみろって言うけど、聞かなくてもなんとなく分かる。

多分あの子は俺と同じ召喚者だ。

そして使う力から察するに、キリウさんの言うようにデンさんじゃなくてイリューディア神様の力の加護を受けていそうだ。

それも恐らく俺と同じ日本人。

見た目は日本人離れしたお人形さんみたいにくっきりした目鼻立ちの美少女で、これまでに見た事もないような不思議な瞳の色をしていたけど、俺だって黒髪黒目の純日本人な見た目がデンさんの加護を受けたら青い目になったから見た目で日本人と判断は出来ない。

だけど初めてあの二人に会って、倒したラーデウルフの料理を振る舞った時。

レニ君はすぐにそれに口を付けたけどユーリちゃんは小さくいただきます、って呟いてから食べ始めた。

間違いない。デンさんの加護を受けた俺は些細な音も聞き逃さないから、聞き間違いなんかじゃない。

この世界の人達に自主的にいただきますなんて言う作法はない。

俺がそう言うと今でもたまにキリウさんは変な顔をするし。

それに助けた俺やキリウさんにお礼を言ったり、俺たちにくっついて魔石鉱山まで行きたいと頭を下げてお願いしてくるユーリちゃんのそのお辞儀の仕草が妙に見慣れた、なんだか懐かしささえ感じるものだった。

あれはやたらめったらぺこぺこと頭を下げる習性のある日本人そのものだ。

そんな事を考えていたらつい

「まあ俺もユーリちゃんとはもう少しちゃんと話して見たかったかなあ・・・」

とポロリとこぼした。

するとそれを聞き逃さなかったキリウさんにはぁ⁉︎と目を剥かれた。

「何言ってんの?おま、お前にはユーリアとリーリアがいてその他にもまだまだ嫁さん候補がいるのにオレの数少ないお嫁さん候補のユーリちゃんにまで手を出そうとしてるわけ⁉︎とんだ色情魔だよ‼︎」

「色情魔⁉︎なんて人聞きの悪いことを言うんですか!それにお嫁さん候補が少ないのは俺のせいじゃなくてキリウさん本人の資質の問題ですよ⁉︎」

「おい・・・おい、言葉でも人は殺せるんだから物の言い方には気を付けろよ?そうじゃないと繊細なオレはお前の言葉の刃にえぐられて死んでしまうからな?親友のオレがお前の心無い言葉のせいで死んじゃったら『ああ、天才魔導士であんなにもカッコいいキリウさんに俺はなんて事を言っちゃったんだろう。ゴメンキリウさん、本当は大好きだよ!』って泣きを見るのはレン、お前だぞ?」

人のことを色情魔呼ばわりして言葉のナイフでぐっさり刺してきたのはキリウさんなのに開き直りがすごい。

なんか知らないけどお嫁さん候補が馬鹿みたいに日増しに増えて来て戸惑っているのは俺なのに。

だってハタから見たら、魔物を倒してちゃっかりルーシャ国の王様にまでなってお姫様と姫巫女の二人も奥さんにして、その上まだ嫁を取ろうとしてるとか女好きの権力者でしかない。

脳内には『異世界救世のための勇者に選ばれたらなぜか嫁が増えて困ってます⁉︎』って言うやっすいラノベ風なタイトルと俺を取り囲む複数美少女達の表紙イラストまで思い浮かんでしまう。

恐ろしい。ぶるぶると頭を振ってその考えを打ち消す。

「そうだキリウさん、魔物討伐に行きませんか⁉︎」

「なんだよいきなり」

「こうやって城に引きこもって書類と睨めっこしてるから俺もキリウさんも煮詰まってしまうんですよ!辺境にはまだまだヨナス神の影響を受けて暴れる魔物に苦しんでいる人達もいるんだし、たまには外に出て人助けに貢献しましょうよ!」

無理やり話題を変えた俺にキリウさんはちょっと不満そうだ。

その辺の美女なんかでは太刀打ち出来ないような氷の彫像みたいに整った顔を顰めてアメジストの瞳で俺を訝しげに見る。

・・・キリウさんに言うと調子に乗っちゃうからこれは絶対に本人には言わないけど、キリウさんが結婚相手に恵まれないのは俺の世話にばっかりかまけているせいだけじゃない。

このちゃらんぽらんな性格を差し引いても、あまりにも顔が整い過ぎていて近付き難いと周りの女の子達がみんなそれに尻込みしているのだ。

尊い、とか推しにはみだりに近付かず黙って遠くから見守るべし、とか俺の世界でも聞いたことありそうなセリフがあちこちでヒソヒソされている。

「魔物討伐もいいけどさあ・・・オレはユーリちゃんが力を使って泉を出したあそこにもまた行ってみたいかなあ。確か西の辺境に近かったよな?」

「えーと、ちょっと待って下さいね。あそこは確か最近腕利きの騎士貴族に領土としてあげたような・・・」

積み重なった書類をゴソゴソする。

今のルーシャ国は大きな魔物の討伐がひと段落して、これと見込んだ貴族や騎士達にその領土を分け与え統治を頼んでいる最中だ。

「ダーヴィゼルド公・・・じゃなくてああ、こっちか。『撃墜王』コーンウェル伯爵だ!」

「レン君よ、そのダサい二つ名やめてあげて?普通に射手いての名手、とかの方がカッコよくない?」

「え?そうですか?」

「お前さん、魔獣料理の原材料選びとあだ名の付け方には壊滅的にセンスがないのよ・・・」

「だからミミックワームは美味しいんですってば!」

「センスのなさに自覚はあるわけね?」

そう言ってキリウさんはあの綺麗なアメジストの瞳で呆れたように俺を見つめた。
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