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閑話休題 ジュースがなければお酒を飲めばいい

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騎士団の演習場の一角で、ガチャンと何かが割れたような音がした。

と同時に普段滅多に聞くことのない、レジナスその人が焦ったように上げた声と慌てた様子に騎士達は目と耳を疑った。

その声は癒し子の名を呼んでいる。

誰もがその声の主であるレジナスの方を見れば、騎士服の上着を脱ぎながらある場所へと走って行くその姿が目に入った。

そしてその横をシェラザードも並走しているが、その顔からはいつものあの無駄な色気を乗せた笑顔は消えている。

必死の形相のレジナスに真剣な顔のシェラザード。

まるで魔物が出たか敵襲でもあったのかと思うその姿に騎士達は何事かと固まってその行方を見守った。

そんな騎士達の間をあっという間に駆け抜けた二人が向かった先は騎士達の荷物置き場だ。

「頭から酒を被ったのか」

「とりあえず着替え用に予備の隊服を準備します。
ユーリ様には大きすぎるでしょうが小さくキツイ服を身に付けているよりはいいでしょう。すぐに取って来ます」

「着替えるのは・・・救護室でいいか。
ユーリ、一人で着替えられるか?」

脱いだ自分の上着で癒し子様を包み込みながらその様子を確かめるレジナスと、その彼に話し掛けながらてきぱきと周りを片付けるシェラザード。

いつもの諍いがウソのように息のあったやり取りをしている二人を皆がぽかんと見つめる。

二人の会話の合間にはユーリのあの可愛らしい声でケホコホとむせている咳声やヒック、という小さなしゃっくりが聞こえてきた。

「・・・おい、あそこに置いてたのってリーモの発酵酒の原液だよな?なんであそこに?」

「多分王宮からハチミツを分けてもらったらすぐにハチミツ割りを作れるようにってのと、おばちゃんにまた片付けられないように念の為・・・?」

「あの強い酒を頭から被ったら心配するのは分かるけど、それにしてもなんであんなに二人とも必死になっているんだ?」

初めは固まってことの成り行きを見守っていた騎士達が、やがてざわざわと騒めき始めた。

それと同時にあの強い酒を頭から被ってしまったらしいユーリの具合がそんなに悪いのかと心配して他の者達まで集まり始めてしまう。

「まずいな」

上着に包み込んだユーリが騎士達の目に触れないように気をつけながら抱き込んで、レジナスはガバッと立ち上がった。

「レジナス様、大丈夫ですか?」

騎士の一人に遠慮がちに声を掛けられ、問題ないとレジナスが頷いた時だ。

「あっ、おい見ろ!レジナス様の抱えている上着から光が漏れて来てるぞ!」

騎士達の集団の中からそんな声が聞こえて来た。

「なんだ?」

「ユーリ様が何か力を使っているのか?」

「よく見えないな」

そんな騒めきにチッと小さく舌打ちをしたレジナスは大股で演習場を後にする。

演習場の扉を足で蹴飛ばして乱暴に開ければあまりの勢いにその扉は歪んで外側へと外れてしまった。

だけどそれを気にする余裕もなく救護室へと彼は急ぐ。

「待てユーリ、まだ大きくなるんじゃない!力を抑えられないか?我慢してくれ」

自分の抱える上着の中へ語りかけているその内容は心配してその後を追っていく騎士達には聞こえていない。

だけどこのまま後をついてこられるとユーリの姿が変わるところを見られてしまう。

「お前達は訓練に戻れ!」

振り向いてそう言うレジナスに騎士達は口々に

「オレ達にもユーリ様の無事を確認させて下さい!」

「心配です‼︎」

とレジナスが足早に歩けば歩くほど騎士達もそれにつられて駆け寄って来た。

だけどそんな彼らに構っているヒマはない。

早くしないとユーリはその姿を変えて服が破け、肌も露わにあの豊かな肢体を皆の目に晒すことになってしまうのだ。

「レジナス、こちらです!」

騎士団の建物の廊下の先でシェラザードが手を上げている。

急いでその部屋へ体を滑り込ませたレジナスに

「着替え用に隊服と、下着になりそうな薄手の衣類も適当に見繕っておきました。後はユーリ様がご自分で着替えられればよいのですが難しそうならばオレが」

と話すシェラザードに、

「それくらいなら俺が手伝う!」

と声を上げて扉を閉めると内鍵を掛けてしまった。

「・・・仕方ありませんね」

譲ってあげますよ、とため息をついたシェラザードは扉の前でレジナスの後を追って来た騎士達を押し留める役割に回った。

「それで?一体どこの誰がどういう理由で演習場に
酒など持ち込んだというのでしょうね?」

にっこりと微笑むその顔はいつもの色気に恐ろしい圧が加わっている。

「香りからしてあれはリーモの発酵酒。あんなにも強い酒を頭から被ってしまって、かわいそうにユーリ様は顔を真っ赤にしてひどく咳き込んでいましたよ。」

「「「申し訳ありませんでしたッ‼︎」」」

後を追って来た騎士達は皆一斉にシェラザードの前で土下座をした。

圧のある笑顔で詰められるまでもない。

大変なことになってしまったのはさっきまでのレジナスの様子を見れば分かる。

あの何事にも動じない冷静沈着な彼が抱えたユーリにずっと声を掛けながら余裕のない様子で救護室に駆け込んだのだ。

「あ、その・・・ユーリ様は大丈夫なんでしょうか」

「オレ達、ユーリ様がリーモの発酵酒をハチミツで割ったのがお好きだと聞いたので、最後にそれを作って差し上げるつもりで・・・」

騎士達の話した事情と心底申し訳ないと思っているその態度にシェラザードは深いため息をついて目を閉じた。

そうして気分を切り替えるように顔を上げると騎士達を見つめた。

これ以上彼らを責めても仕方ない。

故意ではないのだ、見ていたからよく分かる。あれは事故だった。

だからそんな彼らを叱責するのはあの優しいユーリその人が何よりも嫌がるだろう。

となればここから先、出来ることは口止めなのだが・・・。

さっと辺りを見回せば、廊下は騎士達で溢れんばかりにひしめきあっている。

今の騒ぎで、駆けつけられる騎士という騎士達が皆ここに集まって来てしまったらしい。

これはここにいる騎士達だけへの口止めに留めるのは難しそうだ。

いっそのこと騎士団全体でユーリ様の事情を把握して守る方がいいだろうか。

シェラザードが珍しく判断に迷っていた時だ。

背後の救護室から明るい光が廊下にまで漏れ溢れ出して来た。

「うわっ、何だ⁉︎」

「ユーリ様か⁉︎」

「だ、大丈夫なのか・・・⁉︎」

一体何が、と廊下が騒然とする。

目にもまばゆい光は一際強くその光を放つと、徐々にその明るさを失っていく。

一体何事かと騒めきが収まらない廊下と騎士達の耳にその時、凛としたシェラザードのよく通る声が響いた。

「皆よく聞きなさい!」

反射的に騎士達がそちらに注目する。

「何があっても今からここで見聞きすることは他言無用です。あなた達が目にしたものは全てこの騎士団内部に留めておき、時期が来るまで文書はおろか絵にも残してはいけません。」

やけに真剣なその様子と話す内容に、聞いている騎士達はこれは癒し子様によほど深刻な事態が起きているに違いないと確信した。

さっきまでのざわついた雰囲気は消え、廊下にただよう空気はピンと張り詰めている。

シェラザードの話す言葉を一言も聞き漏らすまいと続く言葉にも注目していれば

「・・・もし今から目にするだろうユーリ様のことについて他から何か少しでも話が聞こえてくるようであれば、問答無用であなた達の首を全て貰います。」

ぐるりと顔を巡らせて、お前達の顔は全て覚えたからなと脅しをかけられた。

いや、脅しじゃない。
本気だ。

このクソ隊長はユーリ様のことになるといつだって本気でコトに当たるのだ。

「シ、シェラザード隊長。そこまで真剣に隊長が気にするなんてユーリ様に一体何が・・・?」

勇敢な一人の騎士が思い切って聞いた。

馬鹿、上官の命令には黙って従えよ、ましてや相手はあのクソ隊長だぞ!

と周囲の騎士達がヒヤリとする。

しかしシェラザードはそれに気分を害することなく

「・・・これはリオン殿下や陛下、騎士団長などごく一部の方達のみが把握している召喚者ユーリ様の事情です。恐らくそれを今からあなた達も目にすることになるでしょう。」

そう言った。国王陛下や国の上層部しか知らない召喚者の事情で他言無用・・・?

「な、何ですか?まさかユーリ様、オレ達が知らない何か重大な病でも抱えてるとか・・・?」

「だから酒を頭から被ってこんなにもレジナス様が慌てたのか?」

「召喚者が実は病弱だと他国に知られたら侮られるとか?」

シェラザードの言葉にまた周囲がざわつき始めた。

と。救護室の中からガタンと言う音と

「待てユーリ!外に出ないで酒が抜けるまで黙って寝ていろ‼︎あと服もちゃんと着ろ‼︎」

というレジナスの大きな声が聞こえてきた。

それに対して

「えー、だいじょぶですよ、心配性ですねぇ。それよりも、外でシェラさんの声がしました!」

と少し呂律の回らない明るい声と、鈴を転がしたような笑い声がした。

ユーリ様の声だ。騎士達がハッとして救護室の扉を見つめた。

会話のやり取りが出来ているという事は元気になったんだろうか。

カチャッ、という内鍵の開く音と共に開いた扉を騎士達は固唾を飲んで見守った。

「あ~、やっぱりシェラさんだ!」

半開きの扉からひょっこりと斜めに小首を傾げてシェラザードを見上げる笑顔の美女。

・・・え?誰?

ユーリが顔を見せると思っていた騎士達は事態が飲み込めずに一瞬ぽかんとした。

その美しい人は両手で扉をちょこんと掴み、さらさら流れる長く豊かな黒髪を揺らしている。

ほんのりと上気した頬と潤んだ瞳はしっとりと濡れたような色気をまとい、シェラザードをいつまでもニコニコと見上げていた。

色っぽいのにその顔に浮かべる笑顔は無邪気で、何とも言えない独特の不思議な雰囲気だ。

皆がそれに目を奪われて見つめたまま動けなくなり、ぽうっとなる。

「ユーリ様・・・」

やっぱり大きくなってしまったんですね。

その美女にクソ隊長が諦めたように呟いた。

え?誰がユーリ様?

呟かれた言葉に騎士達は耳を疑った。

聞き間違いかな?でも言われてみれば、クソ隊長に話しかけている涼やかな声は間違いなくユーリ様だ。

よくよく見ればその顔立ちにもユーリ様の面影がある。

なるほど、ユーリ様が成長すればこんな美人になるに違いない。納得した。

「・・・ってええ⁉︎ユーリ様⁉︎」

驚きの声を上げた騎士達に、そこでやっとその黒髪美人はふっとこちらを見た。

「なんで騎士さん達もこんなにいっぱいなんです?」

・・・上気した顔で色っぽい微笑みを向けてくる美女に騎士達はひとたまりもなかった。




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