上 下
437 / 707
第十八章 ふしぎの海のユーリ

19

しおりを挟む
シェラさんに連れられて坂道を登れば、立派な
石造りの門構えとそこから伸びる同じような石造りの
長い壁が現れた。

「ここは昔、海の魔物から町を守るための要衝だった
ところです。この防壁と門はその名残りですね。
館を守るのにちょうど良いのでそのまま残しておいて
あります。」

そのまま中へ進めば鮮やかな色とりどりの花が植えて
ある花壇が目に飛び込んでくる。

「王都近郊では見られない珍しい植生のものも
取り揃えて植えましたからね、きちんと根付くまで
もうすこしかかりますがその時にはもっとユーリ様の
目を楽しませてくれるでしょう。」

「丈夫に育つように加護を付けますか?」

せっかくこんなに綺麗に植えてくれたんだから
潮風にも負けず綺麗に咲き続けるようにしてあげよう
かな、と思って言ったらとんでもない。とシェラさん
は首を振った。

「せっかくの休暇ですから。この三日間はなるべく
ユーリ様のお力は使わずに過ごしていただきたいと
思っております。そのために殿下も髪飾りを渡して
くださったのでしょう?」

そう言って私の横髪に触れる。

王都を出る前にリオン様がくれた、私の力がこもって
いるあの髪飾りだ。

「この先何度もここを訪れることになるのですから
様子を見てみて、もし育ちが悪いようであればその時
ユーリ様にはお力を借りようと思います。」

お気遣いありがとうございますとシェラさんが
微笑んだ時だった。

足元に微かな振動を感じた。

抱き上げられている私が気付くくらいだから当然
シェラさんもエル君も気付いている。

「地震?」

火山が近くにあるわけでもないのに珍しい。
不思議に思っていれば、私以外の二人は少し深刻そう
な顔をしていた。

「この地域でそれはあり得ません。考えられるのは
魔物の影響ですが・・・」

だけど魔物も長い間この地域では姿を見ていないと
いう話だったよね?

もしかして例の歌で人を誘い出す魔物だろうか。

そう考えている間にも、振動はすでに収まってしまい
今は静かなものだ。

空を飛ぶ海鳥の鳴く声と波の音しかしない。

辺りを見回しても周りは海と・・・この島の対岸に
リオネルの港町が見えているだけだ。

「私達のいるお屋敷はここから見えないんですね?」

眼下にはお屋敷と港のちょうど境目になるようにあの
入り江が見えている。

私達がお世話になっているお屋敷はその入り江の
向こう側みたいだ。

今頃シグウェルさん達はその入り江を調べに行って
いるはずだけど・・・。

「あれ?」

その入り江が一瞬光ったような気がする。

「どうかされましたかユーリ様。」

入り江を見つめる私にシェラさんもそちらを見た。

「今あそこの入り江が光ったような・・・
えっ⁉︎」

話しながら見つめていた入り江の一部ががらりと
崩れたのが見えた。小さな土煙が上がっている。

「えっ、あそこって今シグウェルさん達がいるんじゃ
ないですか⁉︎」

慌ててシェラさんの腕の中から伸び上がって見て
みるけどよく分からない。

慌てる私と対照的にエル君は

「大丈夫です。崩れたのは外側のほんの一部のよう
です。万が一、入り口付近が崩れたとしてもあの
魔導士団長ならすぐに出て来れると思います。」

と冷静だ。

「閉じ込められている可能性が・・・⁉︎」

「最悪の場合です。そういう事態も想定して僕らは
動くので心配はいりません。むしろ心配なのはこの
リオネルの町で・・・」

エル君が話している途中、見つめていた入り江の
海側の方・・・つまり洞窟があるとすればその
入り口付近が外に向かって小さく爆発するように
土煙を吐き出したのが見えた。

「・・・ほら、大丈夫でしょう?あれは多分、
魔導士団長か副団長のどちらかが魔法で入り口を
こじ開けたんだと思います。」

「魔導士団長にしては随分と手加減しましたね。
彼なら入り江ごと吹き飛ばしてもおかしくないと
思うのですが。」

シェラさんも入り江を見ながら平然としているけど。

「いや、おかしいでしょう⁉︎休暇に来ただけなのに
調査だからって町の入り江を一つ吹き飛ばすとか
絶対にダメですよ‼︎」

この二人はシグウェルさんのやらかしに慣れ過ぎて
いてこの程度じゃ何とも思わないらしい。

まあ確かに、国中の魔導士の力を奪ったような人が
やったにしてはかわいい方に入るかも知れないけど。

ダメですよ!と声を上げた私にでも、とエル君は
小首を傾げた。

「あの団長ならもっと派手に入り江を吹き飛ばし
周囲の漁業にも被害を出してリオネルの町に損害を
与えていてもおかしくないです。僕はそっちの方を
心配していたので、この程度で済んで良かったのでは
ないですか?」

「そうですよ。恐らく休暇中のユーリ様に余計な心配
をかけないよう、彼も手加減したのだと思いますよ」

エル君の言葉にシェラさんも頷いた。

そりゃリオネルの町に被害がないのが一番だけど
普通の下調べ的な調査で町の地形を若干変えるとか
普通はないから。

「と、とにかくシグウェルさん達が気になるので
一度戻りましょうか。今度また後でゆっくりここを
見せて下さいね!」

せっかく連れて来てもらったのに結局庭を見ただけで
終わってしまった。

申し訳なく思ったけどシェラさんは気にする風でも
なくいいんですよと笑っている。

「ユーリ様と二人で出掛けることに意味があります
のでどうかお気になさらず。館の中はまだ完成して
おりませんでしたし、次にここを訪れる時はより
完璧な形でユーリ様にお目にかけますから。」

そう言われてさっそくお屋敷へと戻ることにした。

さっき感じた振動も、シグウェルさんが魔法を
使ったせいなんだろうか。

大丈夫だとは思うけど入り江が崩れて怪我でも
してなければいいなと心配して戻れば、

「いやあヒドイ目にあったっす!」

埃で汚れて水浴びをしたらしいユリウスさんが、
まだ濡れている頭からタオルをかぶって私達を
迎えてくれた。

「ユリウスさん!やっぱりさっきの入り江が崩れた
のは二人に関係あるんですか?」

「あれ、もしかして島からも見えてたっすか?
え?まさかそのせいで戻ってきちゃいました?」

こくりと頷けば、「うわあ申し訳ないことをした
っす!」と頭を下げられた。

「何かの影が見えたって言って団長が威嚇用に軽い
魔法を使ったんすけどそれが思ったより威力があって
崩れちゃったんすよ。あそこを壊すつもりはなかった
んすけど結局塞がった入り口を壊さないと洞窟の
中から出てこれなかったんで半壊っす!」

あれじゃ威嚇じゃなくて攻撃魔法っすよ、と呆れて
いるユリウスさんのところにシグウェルさんは
いない。

「シグウェルさんはどうしたんですか?」

「一応あの入り江の中の洞窟から持ち帰ったものを
調べてるみたいっす。それにしても地元の人達が
信仰に使ってる場所を半壊させるとか・・・
休暇なのに始末書書かなきゃいけないし、崩落で
海に何かしら変化があってもし漁獲量に影響したら
補償問題になるっすよ・・・!」

考えられる最悪の事態のあらゆるパターンを想定した
らしいユリウスさんが嫌そうな顔をした。

さすが、シグウェルさんの尻拭いに手慣れている。

エル君達は人が被害を受けるような最悪の事態が
起きないように考えて行動してるけど、ユリウスさん
はシグウェルさんが他人に迷惑をかけた場合の最悪の
事態を想定して動いてるんだなと思うとそのあまりの
違いに何というか・・・ご愁傷様です、という気分に
なった。

しおりを挟む
感想 190

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた

愛丸 リナ
恋愛
 少女は綺麗過ぎた。  整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。  最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?  でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。  クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……  たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた  それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない ______________________________ ATTENTION 自己満小説満載 一話ずつ、出来上がり次第投稿 急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする 文章が変な時があります 恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定 以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

処理中です...