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第十七章 その鐘を鳴らすのはわたし

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眠っているキリウ小隊の人の胸に、カイゼル様の時と
同じあの水晶が刺さっている。

もう一人の方も慌てて同じように胸元をめくれば、
やっぱり同じようなものが刺さっていた。

これを取らないとカイゼル様の時みたいに手が
付けられなくなって大変なことになる。

抜き取ろうと手を伸ばすと、二人の胸元に刺さって
いる水晶が共鳴するように突然キーンと響き始めた。

鋭いその音に思わず耳を塞げば、どうやらそれは
シェラさん達にも聞こえていたみたいだ。

周りの人達が訳もわからず自分の耳を塞いでいる。

ただしその音がどこから鳴っているのかは分からない
ようだから、やっぱりこの水晶は見えていない。

転げ回ったような跡があったっていうのはこの
水晶が刺さったせいだろうか。

「シェラさん、カイゼル様の時と一緒です!胸に
水晶が」

「エル、二人を縛り上げて下さい!」

私がシェラさんに何が起きているのかを言い終わる
前に事態を把握したシェラさんがエル君に声を上げ
ながら、自分もいつものあの鞭の魔道具を取り出し
動いていた。

私を抱き抱えると、鞭をどこかに引っ掛けたのか
一瞬でその二人から距離があいた。

そしてシェラさんが声を上げているその最中にも
眠っていた二人の指先が動いたのが目の端に見える。

まだ水晶同士が共鳴する高音の中、バキッと鈍い
低音がかすかに聞こえエル君があの細い糸状の武器
でキリウ小隊の隊員さんを縛り上げたところが確認
できたけど、それは1人だけだった。

瞬間、エル君の武器を逃れたもう1人が腕を振り上げ
何かを放ち、ガチャンという音と

「結界石が!」

と言う神官さんの悲鳴が聞こえた。

「申し訳ありません。シェラザード様、助成を!」

珍しくエル君の大きくはっきりした声が響く。

ハッとすれば、逃げたもう1人の人も糸で絡め取った
エル君が頭上にポーンと何かを放り上げたところ
だった。・・・魔石?

青く輝くその魔石にシェラさんは私を抱えたまま
すかさずナイフを投げて正確に当てるとそれを
粉々に砕いてしまった。

と同時に割れたそれからは明るく眩しい光と轟音が
放たれてエル君の糸を通じて捕まえた2人を気絶
させる。

「か、雷・・・?」

突然のことに驚いてシェラさんの服を握りしめれば、
そんな私を安心させるように肩をぽんぽんと叩いて
説明してくれた。

「リオン殿下の魔法ですね。魔石に封じて持ち歩いて
いたのでしょう。あの糸状の武器と相性が良いよう
です、2人とも気を失っていますね。」

そういえばユリウスさんの家の夕食会でエル君の
武器を見たナジムートおじさんこと陛下は、

『グノーデル神様の加護が宿ったこれは同じ加護を
受けた勇者の子孫である俺たち王族の雷魔法とも相性
がいいな、魔法がよく乗る!』

って言っていた。

だからだろうか、ダーヴィゼルドではヨナスの力に
操られたカイゼル様を捕えるのは大変だったのに
グノーデルさんの加護付きの武器にさらに上乗せ
されたリオン様の魔法の力で今回は操られた2人を
一瞬で無力化できた。

気絶している2人を縛り上げて確かめたエル君は

「とりあえず大丈夫です。ユーリ様、すべてが
済んだら治療をお願いします。」

と頭を下げる。何かと思えば、縛り上げた時に腕の
骨を折ったと言われて青くなった。

「さっきの鈍い音ってそれですか・・・⁉︎」

バキッていうあれ。そんなに力が入っていたとは
思わなかった。

だけどエル君は

「緊急事態でしたのでユーリ様の安全にはかえられ
ません。」

と平然としているしシェラさんも

「良い判断です」

と頷いている。

「すべてが済んだら、って今2人を治しちゃ駄目
なんですか?」

近寄って状態を確かめようとしたらシェラさんに
止められた。

「まだ終わっていません。周りを見て下さい」

その言葉とほぼ同時に「結界が‼︎」と言う声や
「何だこれは⁉︎」という切羽詰まったような声が
あちこちから聞こえてきた。

目を向ければ、集落から助け出して来て地面に
並べられている人達の体から紫色の霧が立ち昇って
きている。

しかも集落の中に留まっているはずの霧まで結界を
越えてゆっくりとこちら側にまで流れて来ていた。

ちっ、とシェラさんが小さく舌打ちをして私を抱えた
ままさらに集落から距離をとった。

「どういうことです⁉︎」

一体何が起きているのか。エル君も私の近くにいて
そちらをじいっと見ると

「ユーリ様、あの人達にはもう癒しの力は使って
いましたか?」

と聞いてきた。あの人達、というのは集落から救助
してきた眠り続けている人達のことだ。

「え?いえ、あの人達はこれから順番に加護を付ける
つもりでしたから」

状態の悪そうな人達から優先して力を使っていた
んだけど、体から霧が出て来ている人達はみんな
私がまだその力を使っていない人達ばかりだ。

観察していたシェラさんも、オレの部下を利用する
とは。と忌々しげに言葉を吐いた。

「やられましたね。罠だったんでしょうか。結界を
越えてこちら側に運ばれて来る人間の中にその力を
潜ませて、結界を抜けてからヨナス神の力を撒き
散らすつもりだったようです。結界石も壊された
ようですし、ここは撤退するべきでしょう。エル、
行きますよ。」

「行くって・・・神官さん達は⁉︎竜の鱗、予備に
持って来ている分を渡すか私が力を使えば・・・!」

他の人達を見捨てて自分達だけ逃げるなんてできない
と声を上げたけど、シェラさんは冷静にそれを却下
した。

「申し訳ありません、それは出来かねます。まずは
ユーリ様の安全の確保が最優先です。ユーリ様が
ご無事であれば必ず皆を助けられますから。」

「ユーリ様、さっき操られていたキリウ小隊の人が
投げた暗器でゆるんでいた結界を保っていた結界石が
3つも壊されました。これではもう結界がないも
同然です。今すぐ新しい祭具を取りにファレルの
神殿に戻るかその水晶の鐘でヨナス神の魔石を何とか
するしかありません。」

エル君までそんな事を言う。

そして話しながらエル君や私を抱えるシェラさんは
すでに走り始めていた。

エル君が懐から出した魔石を割れば、その中身は
ロケット花火みたいに頭上に打ち上がって赤い煙を
上げた。

最初の打ち合わせで決めていた非常事態、速やかに
撤収、という万が一のための合図だ。

まさか使うことになるとは思わなかった。

「ユリウスさんや魔導師団の人達もまだこの集落の
周りにいるのに・・・!」

ユリウスさん達は集落に入らないけど念のため
竜の鱗は持っていたはずだ。それなら霧を弾いて
逃げられるだろうか。この合図に気付いて欲しい。

集落から漏れ出て来た霧はその早さと勢いを増して
来ている。

それに触れた人達が次々と倒れて気を失っていくのが
見えた。

「まずいですね」

荷馬車に繋いでいた馬もその霧に触れると倒れて
いく。馬がないとさすがに私達もこの霧からは
逃げ切れない。

いくら私の加護の力で霧を弾けるといってもいつ
限界が来るのか分からないし、大元の魔石をなんとか
しないと意味がないのだ。

かろうじて一頭の馬に手が届いて、私を抱えたまま
シェラさんがそれに飛び乗る。

エル君も素早くその後ろに跨り、あの氷瀑竜の心臓
から出来た魔石の鐘が入った皮袋をしっかり自分に
結び付けた。

「シェラザード様、とりあえず神殿へ」

エル君の言葉に、言われるまでもなく。と頷いた
シェラさんの手が操る馬は飛ぶように早く走り出す。

そうして私達三人は紫色の霧に侵食され始めた
森の中をファレルの神殿へと向かったのだった。





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