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第十七章 その鐘を鳴らすのはわたし

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「ユリウス副団長達は今頃向こうについている
でしょう。この歩みですと、オレ達はそれから
ちょうど半日ほど遅れて着きそうです。」

頬に風を感じながら駆けて行く馬上で、私の後ろに
座って手綱を操りながらシェラさんが話す。

隣には同じようにあの脚の速い馬で並走している
エル君がいる。その他のお供はない。

慌ただしくとりあえずの旅支度を整えて、リオン様
やレジナスさん達に見送られて奥の院を出たのは
昨日の朝早くだ。

夜は野営で一泊して、今朝も早朝からこうして
駆けている。

「このままだと夕方になる前には着きそうです。
思ったより早く着きますね。」

エル君もそう言って頷いている。

普通の馬なら丸二日はかかるところが半日も早く
着くのは助かる。

「新しいイリューディアさんの祭具は準備して
あるんですか?」

「念のためユリウス副団長が、王都の大神殿から
姫巫女のカティヤ様に祝福を授けていただいた物を
持って行ったはずですよ。」

「壊れかけている物をユリウスさんが直せれば
一番いいんでしょうけどね・・・」

そうすれば結界も元通りにならないのかな。

そう思ったけどシェラさんは無理でしょう、と言う。

「神官でも直せない物ですよ。基本的に魔導士も
神官も扱う魔力の源は同じですが、神官の方がより
イリューディア神様の御力を強く扱えます。その
神官が直せないのですから魔導士である副団長には
難しいでしょう。」

あ、だからよりイリューディアさんの力が強い私が
行くと心強いのかな。

神官と魔導士の違いは単純に神殿に仕えているか
どうかだけかと思っていた。

「貴族平民関係なく魔力は人に宿りますからね。
勿論、レジナスのように元から魔力なしの者もいれば
出自のはっきりしないオレのような者でも魔力を多く
持って生まれる者もいます。・・・そろそろ到着前の
最後の休憩を取りましょうか。」

話しながらシェラさんは馬の歩みを緩めた。

そうしてエル君と二人、お茶の準備をしながら
続ける。

「もし少しでも魔力を持って生まれてくれば、それを
伸ばして神殿に仕えたり魔導士になるほうが後々の
生活は安定するのでそうして生まれて来た子は家族に
喜ばれる事が多いですね。選女の泉での審問に通り
王都の大神殿の巫女に選ばれたりしたら、それこそ
一族をあげてのお祭り騒ぎになりますよ。」

へぇ。あの泉で巫女に選ばれるってそんなに凄い事
だったんだ。

・・・それにしても魔力を持って生まれて来ると
家族にとても喜ばれる。

そう言うけどエル君の育った所だとその容姿に魔力も
あるせいで魔導士に生贄に選ばれて、両親もそれに
賛成してたんだっけ?

それを考えると魔力があってもあまり嬉しいこと
ばかりでもないんだろうなあ。

暖かいお茶の入ったカップを手にそんな事を考え
ながらエル君を見ていれば、エル君も私の考えて
いることが分かったのか

「僕のことはお気遣いなく。親のことは何とも思って
いませんし魔導士を恨んでるわけでもありません。
単純に嫌いなだけです。」

そう言われたけど、今から行く所では私と同じく
派遣されている宮廷魔導士の人達と協力するんだよ?

「え?大丈夫ですか?無理しなくてもいいですよ、
私が頑張りますから。」

私がいつもシグウェルさんやユリウスさんに会って
いるせいかあの二人にはエル君も慣れているけど、
それでも魔導士院に行く時は今もわりといつも以上に
無口になる気がする。

いくら今は治っているとはいえ小指を切り落とされた
とかそういうのがトラウマになっているならあまり
無理はしないで欲しい。

「本当に大丈夫です。そんな事なんかよりユーリ様を
お守りするのに集中するので全然気になりません。」

「そうですか・・・?嫌なことがあったりしたら
すぐに教えて下さいね!」

エル君にそう声を掛けていれば、焚き火で温めた
パウンドケーキを私に渡しながらシェラさんが、

「ではユーリ様、オレが神官にいじめられたり
冷たい態度を取られても慰めてくださいますか?」

にっこり笑いかけてきながらそんな事を言う。

「え?シェラさんがいじめられるんですか?いじめる
んじゃなくて?」

聞き間違いかな?きょとんとして聞き返せば、

「彼らはどうもオレのこの顔が気に食わないらしく
淫らだの心を惑わす魔物だのと中には好き放題に
言ってくる者もおります。ひどいと思いませんか?」

それはあれだ、シェラさんの色気のある顔が神官さん
の信仰心も揺るがせるほど魅力的だってことだ。

「え、自慢ですか?」

「まさか。言ったでしょう?ユーリ様好みでない
この顔になんの意味もないと。それでもオレのこんな
顔に勝手に意味や理由を見付けて干渉してくる輩も
いると言うことですよ。そんな態度に傷付くオレを
ユーリ様なら放っておきませんよね?エルのように
心配してくれますか?」

「えーと・・・」

これは口説かれてるのとは何だか違う気がする。

話している口調はいつも通りだけどなんとなく、
コーンウェル領で勇者様の結界に触れるのを恐れて
いた時みたいな頼りなげな感じの雰囲気だ。

一見するも軽口にも聞こえるけど、本当に私に
心配して欲しそうだ。

そういえばさっきサラッと何気なく言ってたけど、
自分の出自ははっきりしてないって話してた。

シェラさんにも親はいたと思ったんだけど義理の
両親とかなのかな。

もしかして器用に何でも出来るのもトランタニア領
の孤児達が手に職をつけているのと同じようなもの
なんだろうか。

ハッとして、これはシェラさんを慰めなければ!と
謎の義務感に襲われた。

そんな私を見てエル君は「ユーリ様、また何か
勘違いしてる・・・」と呟いてたけど耳に入って
いなかった。

「シェラさんが誰かの言葉に傷付いているなら当然
慰めますよ、当たり前じゃないですか!神官さん
だって人の子ですからね、たまにはつい意地悪な
事を言ってしまうかもしれないですし。」

そんな私の言葉にシェラさんは頷く。

「ありがとうございます。そうです、聖職者だからと
言って清らかとは限らないのです。ですからユーリ様
も向こうではくれぐれもお気を付けください。」

あれ?おかしいな、シェラさんを慰めてるのになんで
私が忠告されてるんだろう?

首を傾げた私にシェラさんは、

「この醜さに溢れかえった世の中で尊く美しい、
清らかな者はユーリ様ただお一人です。オレの容姿に
勝手な思いを押し付けてくる聖職者やそんな輩と
大して変わらない愚かで性根の腐ったオレのような
者にとって、ユーリ様は穢れのない輝ける救い
そのものです。」

そんな癒し子原理主義者フィルターのかかった目で
私を見つめてくる。

いや、私はそんな高潔な存在じゃないよ?

シェラさんの中で私がどんどん理想化されているって
いうか、慰めようとしたら変な依存度が高まって
しまった。

食い意地は張ってるし、お願いを聞いてもらいたくて
わざとあざといポーズを取ったりする私のズルい
ところ、ちゃんと見えてる?

シェラさんはあまりにも清く正しく美しいものを
追い求め過ぎている。

だからそんな理想的じゃない自分を過剰に卑下して、
私にその理想を求めているんだ。

そんな事だといつか疲れ切ってしまう。

心配になって、元の世界にいた時にどこかで聞いた
ことのある私の好きな言葉を教えることにした。

「シェラさん、シェラさんに私の好きな言葉を
教えますね。」

「はい」

何を言うのか一言も聞き逃すまいとシェラさんは私を
じっと見つめる。

「『良い子は天国へ行ける』って言うんですけどね」

「そうでしょうね、まさにユーリ様のことです。
オレでは行けそうにありません。」

納得したように悲しげに頷くシェラさんにその
続きを教えてあげる。

「その続きがあるんです。『だけど悪い子は何処へ
でも行ける』って言うんです。素敵でしょう?」

良い子は天国へ行ける。だけど悪い子は何処へでも
行ける。

初めてその言葉を聞いた時は、なんて自由でいい
言葉だろうと思った。

自分自身で決めた狭い枠組の中の正しさに収まらない
で。綺麗な理想だけを追い求めて苦しくなるよりも、
少しくらい悪い子でもいいじゃない。

正しく良い人であることだけに囚われているよりも
ちょっと悪くて酸いも甘いも噛み分けた人の方が
心はずっと自由で誰かの助けになれる事もあるから。

だからシェラさんも、自分は悪党だとか私が尊い
だとか、そんなことに囚われないでもっと自由で
いて欲しい。

そう思いながら「私の大好きな言葉です!だから
シェラさんも少しくらい悪い子でいいんですよ!」
と笑いかける。

「悪い子でもいい・・・」

想像もしていなかった言葉を聞いて驚いたのか、
珍しくシェラさんは呆気に取られたようにぽかんと
して目を見開いている。

「あ、でもそれはちょっとだけですよ?だからって
免罪符を得たみたいに私をしょっちゅう騙したり
するのはダメですからね⁉︎」

レジナスさんがよく私に「騙されるなユーリ!」と
言うのを思い出して慌てて付け足す。

そうすれば、目を見開いていたシェラさんはパチパチ
瞬くとふわりとした笑顔を見せた。

それはいつもと違う稀に見る穏やかな笑顔で、
なんだか目を奪われてどきりとさせられるもの
だった。




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