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第十六章 君の瞳は一億ボルト

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あ、危なかった。これこそ正しく貞操の危機とでも
いうものじゃないのかな⁉︎

長く温泉に入り過ぎたらしい、湯当たりしかけた私を
助けてくれたシェラさんだったけどその後が・・・。

求婚の返事が欲しいと迫られてしまった。

タイミング良くエル君が現れてくれたおかげで
何もなかったけど。

それでもまだ残念ですね、なんて言うシェラさんに

「そんなことされたら嫌いになりますよ!」

と怒ったのに、そんな私を目を細めて見つめた
シェラさんはおもむろに私の額や頬、鼻先にまで
口付けを落とすと

「嫌いになどなれないくせに」

そんなことを囁いてあの色気垂れ流しな笑顔を
見せた。

いや、そうだけど。素っ裸で押し倒されかけたのに
そのシェラさんに対して嫌だとか怖いとか思わない
自分もどうかしてると思うけど、それを見透かされて
いるのも腹が立つ。

むうと怒って、

「いいから早く出て行ってください!」

そう言えば承知しましたとシェラさんは丁寧に頭を
下げてお風呂を後にした。

「ユーリ様、とりあえずきちんと体を拭いて下さい」

エル君に注意をされてそういえばシェラさんも
ずぶ濡れのまま追い出してしまった!とそこで
初めて気付いた。

「シェラさん、風邪引かないですよね?」

「あの方は細い見かけに寄らず案外丈夫なので
心配はいらないと思います。真冬でもかなり薄着で
行動することも多いですし。」

タオルの汚れをはたいたエル君はちょっと考えた
けど結局それを渡してくれた。

他にタオルはないからね。

体を拭いてシェラさんが置いていったあのリーモの
お酒を
薄めたものを飲む。

ひんやりと冷えたそれはアルコールをほとんど
感じないジュースみたいなものだ。

ああ、お湯につかって景色を眺めながら飲みたかった
なあ・・・と残念に思っていたところにマリーさんが
顔を赤くして戻って来た。

「ユーリ様!レジナス様にお会いしましたよ!私が
お断りするのもなんでしたのでそちらの部屋でお待ち
いただいていますから、ユーリ様からちゃーんと
お話くださいね!」

「どういう意味ですか?」

「さっきのお姿がレジナス様にも見えていたという
ことです!だから言ったじゃないですかぁ‼︎」

「うそぉ⁉︎」

私からは人影ひとつ見えてなかったのに。

「たまたま声が聞こえただけとかじゃなくて?」

「それはレジナス様にお会いすれば分かります!」

なんでレジナスさんに会えば私の姿が見えたかどうか
分かるっていうんだろう?

とにかく、せっかく来たレジナスさんを待たせるのは
悪いので急いでマリーさんの持ってきてくれた服に
着替える。

「レジナスさん⁉︎」

レジナスさんが待っていてくれたのはお風呂に訪れた
人が湯上がり後にゆっくりと休んでお茶を飲んだり
軽食をつまんだりできるようになっているサロンの
ような部屋だった。

部屋に現れた私を見るなり

「ユーリ⁉︎」

座っていたソファから飛び上がるようにしてガバッと
レジナスさんが立ち上がる。

その顔はうっすらどころか目に見えてはっきりと
赤くなっている。

そのまま私の全身にさっと目を走らせて確かめると
今立ち上がったばかりのソファにストンと座り、
両手で顔を覆いながら俯くとその赤さを隠すように
した。

挙動不審だ。これはやっぱり、私の声が聞こえた
だけじゃなかったってことかなあ。

そして座っているレジナスさんの横。ソファの上には
なぜかシーツや大きなタオルがこんもりと山を作って
重なっていた。

「レジナスさん、これは何ですか?」

気を使ってエル君も扉の外に出て、マリーさんも
二人だけにしてくれたのでレジナスさんも何でも
話してくれるだろう。

タオルの山に手を添えながら聞けば、そんな私を
手の隙間からちらりと見たレジナスさんが答えた。

「・・・体を拭くものがないから俺に声を上げて
手を振っているのかと思ったんだ」

まさかあの距離で本当に見えていた⁉︎

「みっ、見えたんですか⁉︎」

驚いて声が裏返った私に、レジナスさんは顔から
手を外すと、少しだけだ!と赤い顔のまま言った。

だから動揺してその辺にあった体を拭いたり隠せる
ものをかき集めて来たらしい。

そりゃマリーさんもなんて言ったらいいか分からなく
なるわ。何事かと思って心配して来てくれた人に
酔っ払ってしたことなのでお構いなく!と言って
さっさと追い返すなんて出来なかっただろう。

仕方ない。ここは素直に謝ろう。

「あ、えーと・・・あの時は暑くて頭がポワポワして
楽しい気分になっちゃってて・・・あんなに離れた
所にいるレジナスさんに声が聞こえたらすごいなー、
くらいの気持ちで手を振ったんです。まさか本当に
見えてたなんてすみません・・・」

「からかったのか⁉︎」

目を合わせるのも都合が悪くてうろうろと視線を
彷徨わせた挙句、レジナスさんの持って来たタオルの
山をいじりながらそっちを見たまま謝ったらやっぱり
怒られた。

「からかったわけじゃないですよ、レジナスさんに
そんなことするわけないじゃないですか。ただ
楽しい気分になってただけで・・・」

「気分が良いからと湯浴み着も着ないであんな姿を
晒したのか⁉︎俺以外の誰かに見られたらどうする⁉︎」

ヤブヘビだった。酔いの残る頭で言い訳なんて
するもんじゃない。

しかもレジナスさんの言う通り、シェラさんにも
見られてしまったのでお叱りもごもっともだ。

「さすがにあんな遠い場所にいて、しかも夕暮れ時の
薄暗い中で豆粒くらいの大きさの人が見えるのは
レジナスさんくらいだと思いますけど・・・。
もうしません、反省してます!」

言い訳をしつつさらに謝ったら、

「夕暮れ時だからこそユーリの体の白さが目立った
んだが⁉︎あんなに思い切り身を乗り出して手を振る
など・・・‼︎」

そこまで言って私を見たレジナスさんはぎしっ、と
体を固まらせた。あ、もしかして思い出させて
しまったかな。

「レジナスさんの目って一体どうなってるんですか」

この世界に視力検査の機械があったらぜひ知りたい
ところだ。

「・・・とにかく、なんでもなかったのならそれで
いい!これは俺が持って帰るから、ユーリはエル達と
一緒に降りて来い。夕食はどうする?食べられそう
なら部屋に運ばせる。」

ごほんと誤魔化すように咳払いをしたレジナスさんに
うーん?とシーツやタオルの山に抱きついて考える。

「あんなに力を使ったのにまだお腹、そんなに
空いてないかも知れないです。それよりもちょっと
眠くなってきたかも?このタオルの山が気持ちいい
です、ふわふわー。」

力を使った後に温泉でひと息ついてリラックスしたと
思ったら、突然現れたシェラさんに告白の返事を
迫られて心臓が破れそうなほど緊張したりと、感情の
振り幅が大きくてなんだか疲れた。

こんな時は寝るに限るんじゃないだろうか。
とりあえず眠って、シェラさんの告白のことも溶岩の
流れがおさまった結果を聞くのも、何もかも後回しに
したい気分だ。

「レジナスさん、このタオルごと私を下まで運んで
もらえますか?」

ほんのりと感じ始めた眠気に身を任せ、目を閉じた
ままお願いする。

裸で手を振る私に何ごとかと慌てて駆け付けてくれた
レジナスさんに心配をかけた分、せっかくだから
甘えよう。

「仕方ないな」

全然仕方なさそうじゃない、むしろ少し嬉しそうな
レジナスさんの声がする。

「このままベッドに入れてもらえればいいので
お願いしまーす・・・」

そう言えば、ふわりと体が宙に浮く感覚がする。

レジナスさんがタオルごと私を抱え上げてくれた
らしい。

まるで羊の群れの中で眠るようなふわふわ柔らかい
タオルの感触を頬に感じながら体を預けていれば
遠くにレジナスさんがエル君やマリーさんと話して
いる声が聞こえる。

何を話しているかは分からないけど、やがて歩き
出したらしい。

「なんだかレジナスさんに初めて会った時みたい
ですねー、あの時もこんな感じでローブに包まれた
まま運んでもらいましたっけ・・・」

「そういえばそうだな」

頭に浮かんだことを夢うつつのまま、とりとめもなく
話した私にレジナスさんが笑った気がする。

あの時はまさかレジナスさんとこんな関係になるとは
思っても見なかったけど。それでもあの時から
変わらず思っていることもある。

「私、初めて会った時からレジナスさんの目が好き
なんですよ。夕陽みたいにきれいな目で、優しい
いい人だなーって思ってました。あれ?それじゃあ
わたしって、最初からレジナスさんのことすきだった
んですかね?うーん・・・?」

ダメだ、いよいよ眠くなってきて頭が回らない。

うとうとと睡魔に引き込まれていく私の耳に、
「そうだったらそれほど嬉しいことはないな。俺も
そうだ。」と言うレジナスさんの小さな呟きが
聞こえたような気がした。


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