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閑話休題 それはまるでクリープを入れないコーヒー

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俺を捕まえようと飛び掛かって来た騎士達を避けて
逃げ出す。

だけどこうも殺気立てて背後から手を伸ばされると
つい反射的に手が出てしまう。

俺の握りしめた拳の裏拳は背後の騎士の顔面を打って
そのまま別の騎士のみぞおちにも肘鉄を食らわして
しまった。

「あ、やべっ‼︎」

殺気に反応して手が出るのは脳筋騎士家系で育った
弊害だ。

「くそ、さすが団長のご子息だ!黙って捕まって
くれないな!」

「急がないと他の奴らにユリウス様を持ってかれる
ぞ、早くしろ‼︎」

なんだ、なんで突然俺の争奪戦が起きてるわけ?

混乱しながらもなんとか逃げようとしたけどさすがに
多対一、あっけなく捕まってしまった。

そのまま担ぎ上げられて騎士団の取り調べ室の一つに
連行されると、がっちりと肩を押さえつけられて
逃げ出せないように座らされた。

そんな乱暴をしたくせに、

「どうぞ、お茶っす‼︎」

今度は若い騎士が恭しく紅茶とお茶菓子を俺の前に
置く。

狭い部屋の中にはガタイのいい屈強な騎士達が10人
近くひしめいていて、暑苦しいことこの上ない。

「マジで、何なんすかこれ?もしかしてうちの団長が
またなんかやらかしたっすか?それなら本人を呼んで
くるんで俺は帰らせて欲しいんすけど」

びくびくしながらそう聞けば、ばさりと数枚の紙を
目の前に置かれた。

「んん?これってうちの魔導士団で作ってる便箋?
ていうか絵、うまっ!ユーリ様じゃないすかこの絵。」

広げられた紙に描かれていたのは猫耳姿でベールを
被っているユーリ様や西の砂漠の向こうの国らしき
服装のユーリ様だ。

画家が描いたにしてはちょっと大味過ぎるっていうか
繊細さが足りない気はするけど、そこに込められた
ユーリ様への気持ちや熱意は充分伝わってくる。

「誰が描いたんすかこれ。ていうか、これを俺に
見せてどうするんすか?」

「描いたのは今回ユーリ様の護衛に同行している、
商人に偽装した騎士の一人です。」

「はっ⁉︎」

もう一度絵を見る。素人にしては上手い気もする。

しかも護衛騎士が描いたって、剣を握ったり魔物やら
人やらを殴り倒すようなあの無骨な手とぶっとい指で
筆を握ってちまちま描いたわけ?

いや、何してんの中央騎士団・・・。

お前らがしなきゃいけないのは護衛であって、画家の
真似事じゃないでしょーが・・・。

「この絵を見ればユリウス様は幻影魔法で寸分違わず
同じ姿のユーリ様を再現出来るんですよね⁉︎」

俺の正面に座った騎士が真剣な顔でそう聞いて来た。

「あー、まあ。団長ほどじゃないっすけど。」

「先日大神殿にユーリ様の姿で訪れた者はユリウス様
が幻影魔法を掛けたんですよね?」

「そうっすよ?」

尋問されるみたいに矢継ぎ早やに色々聞かれる。

ユーリ様がモリー公国へ行っている間、癒し子は
国を不在になどしていないと他国へ見せるために、
ユーリ様の新しい侍従のアンリ君という小柄な金髪
巻き毛の美少年に俺は幻影魔法を掛けた。

元々トランタニア領で変態貴族に女装姿で侍女の
立ち居振る舞いを強いられていたせいか、突然の
ユーリ様の身代わり要請にもアンリ君は違和感ない
所作をしてくれた。

完璧な楚々とした少女らしい振る舞いはむしろ
ユーリ様以上に女の子っぽいくらいだったんだよな。

まあ、あんまりにも完璧過ぎて普段のちょっと
そそっかしいっていうか危なっかしいユーリ様を
見慣れてる俺や護衛でついたレジナスにしてみれば
逆にコレジャナイ感って言うか違和感があったけど。

団長も『本物に比べて手出しをする気になれないな、
やはり雰囲気的に本物と違う違和感がある』とか
言ってた。

その時もあまりにも淡々と観察結果を述べるみたいに
言われたからうっかり聞き逃しそうになったけど

レジナスの奴が、『手出しをする⁉︎一体何を
言ってるんだお前は!まさかユーリに手を出した
のか⁉︎』と魔物みたいな形相で問い詰めていたから
その言動のおかしさに気付いた。

いや、手出しってアレだよ、ユーリ様を怒らせて
その表情を面白がる事を言ってるんだと思うけど
団長、頼むからその紛らわしい言い方をどうにかして
欲しい。

ともかくもだ。団長んちの家宝にまつわる黒い魔力
騒ぎの時にユーリ様に魔力量を増やされた俺は今まで
になく幻影魔法の効果も上がっていた。

さすがに団長みたいに一度かけた魔法効果が何日も
続くってわけじゃないけど、黙ってても二日はその
効果は続くし今まで以上に雰囲気や纏う魔力をより
本物らしく見せられるようになった。

「え?まさかアンタら、この絵を元に猫耳ユーリ様
を見せて欲しいとかそういうつもり?そんな事の
ために俺を拉致したわけ?」

はい‼︎とその場の全員が勢いよく頷いた。

「服装は侍女服がいいです!」

「いや、野営演習を見に来てくれた時の俺たちと
お揃いの騎士服姿がまた見たい‼︎」

「自分はこの絵にある異国風のベール姿をぜひ見て
みたいです!」

途端に騎士達が好き勝手な事を言い出した。

「しっ!声を落とせお前ら‼︎他の騎士達にバレたら
ユリウス様を連れてかれてそいつらの希望を優先
されちまうだろ!」

そんな事を言ってる騎士もいる。

「アンタら、ユーリ様に会えないからってちょっと
おかしくなってるんじゃないっすか⁉︎やっぱり筋肉が
脳みそまで回っちゃって正常な判断ができなくなって
るんすよ、訓練のし過ぎっす!」

まさかユーリ様会いたさがつのったのが原因で連行
されたとは思わなかった。

「おかしくはなってないです、ただあの可愛らしい姿
を見たいだけです!」

「そうっす、ユーリ様は俺たちの女神っす!女神を
敬ってお会いしたいと思って何が悪いんですか⁉︎」

「いや、頭が悪すぎでしょ・・・なんすかその
俺たちの女神って。」

なんでこいつら、揃いも揃ってユーリ様は俺たちの
女神!って気勢を上げてんの?

まさかシェラザード隊長が変な洗脳とかしてない
よね?あの人、なんか色々不穏で怖いし。

ユーリ様が団長のことを将来的に伴侶として迎える
って決めてから、日を置かずしてそれをさっそく
聞きつけたあのバカみたいに無駄に周りに色気を
振り撒く人にとっ捕まった時の事を思い出す。

普通に魔導士院の廊下を歩いていたと思ったら
急に自分の視界が逆さになって、魔導士院の廊下の
端に逆さ吊りにされていたあの訳の分からない恐怖
と言ったらなかった。

『失礼、ユリウス副団長。ちょっと確かめたい事が
ありまして。』

態度だけはバカ丁寧だけどいきなり人を逆さに吊るす
とかマジで失礼だ。

だけどそう言う声と態度だけは丁寧なくせに、微笑む
その金色の瞳がまるで俺を射殺すような鋭さを持って
見つめているもんだから文句も言えなかったっけ。

吊るされたまま聞かれたのは団長がユーリ様の伴侶に
なったのは本当か、とかその理由や決め手は、とか
団長はなんて言ってプロポーズしたのか、とかそんな
事だった。

やたら真剣に聞いて来るからこっちもウソやごまかし
を言ったら後が怖いと正直に答えた。

ユーリ様は団長の顔に弱いとか、プロポーズは最終的
にどっちかっていうと団長じゃなくてユーリ様から
したようなもんだとか。

そしたら吊るされてたのがめっちゃ乱暴に落とされて
何すんだ!と座り込んだまま見上げれば、あの
シェラザード隊長が珍しくショックを受けている
みたいだった。

『ユーリ様の顔の好みはシグウェル団長なんですか?
通りでいくらオレが微笑みかけても少しも動じない
はずです・・・ああ、ユーリ様の好みにかなわない
この顔など、今すぐその皮を剥いでしまいたい』

めちゃくちゃ恐ろしいことを呟いていた。

なんだよ、ユーリ様ってなんでこんな厄介な人とか
クセのある人にばっか好かれるわけ?召喚者って
そういう仕様なの?

この人、そのうち絶対ユーリ様に告白するでしょ。

そしたらユーリ様どうするのかなあ・・・と
想像してみれば、何となく押しの強さに負けて
受け入れてしまいそうな気がした。

俺のことを即決で断ったみたいな態度をこの人に
取る図というのがどうしても想像できなかったのだ。

だけど『試しにプロポーズしてみたらどうっすか、
即決で断られなければ脈ありっすよ!』と気安く言う
のも今の雰囲気ではちょっと怖い。

怖いので何気なく機嫌を取るように、

『ま、まあそんなに気落ちしなくていいんじゃない
すかね⁉︎今はほら、ユーリ様も自分に3人も旦那が
出来たって事実にまだ気持ちの整理が追いついて
いないとこもあるみたいだし!そのうち隊長も
おいおいと・・・』

そう言ったらシェラザード隊長の目が光った。

『つまり今のところはユーリ様へ対するオレの気持ち
を愛情深く根気よく囁き続けながら時を待てと?
それは一体いつまでですか?』

え?俺そんな事言った?そういうつもりで言った
んじゃないんだけど・・・。










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