上 下
267 / 699
第十四章 手のひらを太陽に

15

しおりを挟む
「相手は女性ですから、着替えや仕立て途中のドレス
に薬剤付きまち針を紛れ込ませたりして仕込むのが
一番簡単ですね。ちょうど新しく極細の針型暗器を
イーゴリから買ったところでした。」

そんなことを楽しげにシェラさんは私に話す。

「物騒な相談をするのはやめて下さいよ!そもそも
今バロイにはリオン様がいるのに、リオン様にまで
迷惑をかけるつもりですか?」

「状況によっては殿下からも許可はおりますよ?
特にユーリ様に関わってくる問題ですと。」

小首を傾げたシェラさんはそんなに慌てなくても、と
私を見つめた。怖すぎる。

「敵対相手を消す方法じゃなくて、王子殿下を
助ける方法を探しましょう!シェラさん、私の
荷物を取ってもらえますか?」

そもそも本当にバロイ国が王子を狙っているかも
分からないのにシェラさんは過激過ぎる。

「こちらでしょうか?」

私の荷物がひとまとめになっている袋を受け取って、
その中からマールの金のリンゴを乾燥させて砂糖漬け
にしたのが入っている革袋を取り出す。

トランタニア領にも持って行ったアレだ。

食べ過ぎたりした時に使おうと、胃薬代わりに今回も
持って来ていた。

「とりあえずこれをフィリオサ殿下へ渡してもらって
いいですか?袋には加護を付けているのでリンゴは
なくなりませんから。回復効果の他に軽い毒消しの
効果もあるので、もし殿下の食事や飲み物に怪しい
ものが入っていても食後にこれを食べてもらえば
大丈夫です!」

何しろトランタニアで私が身をもって経験済みだ。

「そんな貴重なものを・・・まさか袋ごと渡す
おつもりですか?」

「はい!ルーシャに帰ればまた同じようなものは
作れるから大丈夫ですよ。」

にっこり笑って頷けば、シェラさんはそれを恭しく
受け取った。

「リオン様がバロイへ向かう時に、少しでもバロイの
虚栄心を満たして物事を円滑に進めようとユーリ様の
加護付きのワインを渡しましたが、これはそれ以上の
代物ですね。バロイ国にバレたら嫉妬されてしまう
かも知れません。」

「とりあえずこれを食べてもらって、少しでも体調が
良くなればその分私がフィリオサ殿下に会えるのも
早まりますよね。」

ミオ宰相にすぐに話します、とシェラさんはそれを
しまった。その後に私をじっと見つめて、

「ただ、オレが面白くないのはミリアム殿下が
ユーリ様を譲って欲しがっているということです。」

そう言われた。ああ、例のペット発言か。

「まああの人は私が珍獣だと思ってますからね。
人間だって分かればそんな心配はなくなるんじゃない
ですか?今度またこの部屋に来るって言ってたし、
仕方ないからその時は猫耳ヘアじゃなければ大丈夫
だと思いますけど。」

「いつここに来るか分からないのであれば、オレは
この先ユーリ様から片時も離れませんよ。」

金色の瞳が射抜くように私を見つめた。

「いつもいつも、まるで見計らったかのように
ユーリ様が一人の時を狙われますからね。次に
誘いを断った時、ユーリ様を攫われでもしたら
かないません。」

「まさかそこまで・・・」

「フィリオサ殿下を気にかけるあまり何をするか
分かりませんから。オレが出掛ける時は別室の騎士達
のところでお待ちいただくか、オレと一緒に出掛ける
ようにしましょう。」

・・・そんな話をして、シェラさんへ乾燥リンゴの
入った袋を渡した翌日のことだった。

「おい!アレは何だ⁉︎」

再びミリアム殿下が私のところに現れた。
思ったより早い。

アレっていうのはリンゴのことかな。ミオ宰相さん、
シェラさんから渡されてすぐにフィリオサ殿下に
あれを渡してくれたらしい。

「アレって何ですか?」

一応知らないふりをして聞いてみる。ちなみに今日の
私はベールは付けてるけど猫耳はない。

だけど勢い込んでやって来たミリアム殿下はその事に
まだ気付いていなかった。

「お前の主の商人が持ち込んだリンゴの干乾しだよ!
アレを食ったらフィーの咳が止まって熱っぽさも少し
消えた!アレはどこで買えるんだ⁉︎」

金ならいくらでも出す!そんな事まで言っている。

良かった、効果があったんだ。

でも完全に回復しないってことはかなり病気が重い
のかも知れない。

それともミリアム殿下の言うように、何か未知の毒
か呪いの魔法でもかけられていてリンゴだけでは
完治しないのかも。

やっぱり私が早く行って癒しの力で治した方がいい。

「効き目があって良かったです。殿下はベッドの上に
起き上がれそうですか?私も一度お見舞いに行ければ
いいんですけど・・・」

「そうだな、あのリンゴに加えてお前の変な力も
あればきっとフィーも治ると思う!やっぱりお前、
この国にいろよ。リンゴもお前も、あの商人の言い値
で買うぞ‼︎」

あ、まだ私を諦めてなかった。あの乾燥リンゴが
あれば気が逸れるかと少し期待したんだけど。

どうやらそれはそれ、これはこれってことらしい。

「それは無理な相談ですね。いくら金貨を積まれよう
ともそんな物は無意味です。」

部屋に隣接している浴場への扉がキィ、と小さく
軋んで開き、そこには壁に寄りかかりながら殿下を
じっと見つめているシェラさんが立っていた。

私を一人にしないと言ったその言葉通り、わざと
一人に見える隙を作りミリアム殿下を待ち構えて
いたのだ。

「彼女の価値はこの世の全ての黄金と宝石をかき集め
その前に捧げても足りません。本物の星の輝きの
美しさの前にはそんな物は全く色褪せて見えます
からね。ですからどうか彼女を手に入れるのは諦めて
下さい。」

シェラさんが突然現れたのにも、珍獣だと思っている
私に対して言葉を尽くして褒め称えるのも、どちらも
予想外で殿下はぽかんとしている。

「な・・・おい、猫娘!お前の主はやっぱり頭が
おかしいだろ⁉︎なんでこんなにお前を崇めてるんだ、
何かの病気か⁉︎」

え、うーん、病気っていえば病気かな。なんかずっと
私がとても素晴らしいものに見えてるみたいだし。

「オレはいたって正気ですよ殿下。彼女の価値と
美しさに気付かない者こそ正気ではないですし、
そんな世界は狂っております。」

「やっぱりおかしい!頭の病気だろうお前‼︎」

ミリアム殿下、正直が過ぎる。シェラさんが気分を
害する前にやめた方がいいんじゃないかな。

「えーと、そんな事よりもちょっと落ち着いて話を
しませんか殿下。それに私を見て何か気が付くことは
ないですか?」

「は?」

シェラさんのペースに巻き込まれたミリアム殿下が
いつまで経っても私に猫耳がないことに気付かない
ので仕方なく話を振った。

そうしてまじまじと私を上から下まで見た殿下は
今度は青くなった。

「お前、耳はどうした⁉︎嫌がらせでも受けて誰かに
切り落とされたのか?あの耳がなくても変な力は
使えるのか⁉︎」

そう来たか。

「あの。今更なんですけど、私は人間です。ここに
来てから今まで言う機会がなかっただけで・・・。」

ベールの上からほら、切られてないから痛くなんか
ありませんよ。と自分で自分の頭を撫でて見せる。

「人間⁉︎」

「人間です。」

こくりと頷く。

「だっ・・・だって耳が!明らかに人間じゃない猫の
耳だったろうが!」

「髪型です。」

殿下はまだ混乱している。

「じゃあこの商人の奴隷か・・・⁉︎奴隷なら得体の
知れない生き物よりも売買交渉はしやすいか?いや、
でも奴隷売買など俺はそこまで地に落ちたことは
したくない・・・‼︎」

奴隷とか売買交渉と言う単語にシェラさんは一瞬
すごく嫌そうに顔を顰めたけど、殿下がそれに否定的
な言葉を発したのですぐに機嫌を取り戻した。

「私はシェラさんの奴隷じゃないですよ?えーと、
今回は薬花に興味があって一緒について来たんです。
他国のお勉強も兼ねている感じというか」

私とシェラさんの関係を説明するのは難しい。
よく考えたら護衛騎士でも従者でもないし。
どう言えばいいんだろう。考えあぐねていたら

「よし分かった!人間なら俺の侍女になるのは
どうだ⁉︎」

名案だとばかりにミリアム殿下が提案して来た。
そんな殿下にシェラさんは努めて冷静に聞いた。

「そんなに食い下がられてもダメなものはダメです。
それよりも殿下、一つお聞かせ下さい。殿下は本気で
フィリオサ殿下を治したいとお考えですか?たとえ
それが自国の国王の意思と違っても?」

その返事次第では私がただ人間というだけでなく、
召喚者で癒し子だと打ち明けてもいいだろう。

そんな風に前日シェラさんとは話していた。

自分も死ぬかもしれない危険な毒味役まで買って出る
人だ。

もしモリー公国に危害を加えるつもりがなければ
私の正体を知ってもフィリオサ殿下の体調を優先して
バロイに私のことは黙っていてくれるだろう。

そこまで病弱な殿下を案じる人なら私のことを
打ち明けても平気だ。

ベールの奥からミリアム殿下を見る。

散々シェラさんのことを怪しい商人だと言っていた
のに、そんなシェラさんをしっかり見据えてミリアム
殿下は即答した。

「治せるか?俺はフィーに元気になって欲しい。
それがあいつの兄貴達の昔からの願い
だったし、今は兄貴代わりの俺の願いでもある。
父上に従うつもりならハナからここにはいない。」

それはただの商人相手にしては随分と踏み込んだ
発言だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた

愛丸 リナ
恋愛
 少女は綺麗過ぎた。  整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。  最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?  でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。  クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……  たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた  それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない ______________________________ ATTENTION 自己満小説満載 一話ずつ、出来上がり次第投稿 急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする 文章が変な時があります 恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定 以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...