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第十四章 手のひらを太陽に

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「リオン様、誰も見てないのに私を膝に乗せる必要
あります⁉︎」

モリー公国へゴトゴト進む二人きりの馬車の中、
リオン様はさっきから私を膝に乗せようとしている。

「ルーシャ国の第二王子はモリー公国の視察へ
お気に入りの女性を伴って片時も手放そうとしない
らしいって話に説得力が出るでしょ?いつどこに
人の目があるか分からないから普段からこうしている
方がいいよね。」

そう言われてぎゅうと抱き締められた。

「ほら、窓の外の人達に手を振ってあげて」

にこやかに手を振るリオン様の膝の上から少しだけ
外を覗けば、馬車と騎士の集団を見ようとしている
見物の人達が目に入る。

「・・・この中に僕らがモリー公国へ行くと知って
様子を見に来たバロイの者が紛れてたりしてね。」

笑顔を崩さないままリオン様が不穏な事を言う。

「そういえば、リオン様に同行しているお気に入りの
人と癒やし子が同一人物だって思われてる可能性は
ないんですか?」

「それは大丈夫。シグウェルに頼んで、今ルーシャ国
には幻影魔法でユーリの姿になってもらったアンリが
いるから。癒やし子がルーシャにいると見せるために
僕達が不在の間、レジナスを護衛に王都のあちこちへ
簡単な視察をしてもらう予定をいくつか組ませた
んだ。」

「アンリ君が私の代わりですか⁉︎」

まさかそんな事になっているとは思わなかった。
せっかく女装から解放されたのにまた女の子っぽい
仕草をさせるなんて悪い事をした。

「シグウェルの魔法は大神官様か姫巫女ほどの力を
持っている人でなければ見破れないからね。だから
他の人達はその違和感には絶対気付かない。
癒やし子が今ルーシャ国を不在にしているなんて
誰も思ってもみないはずだよ。」

「アンリ君にはお土産をたくさん買って帰りたい
です・・・」

そうして移動を続けてモリー公国へ向かう途中の国を
通過すれば、当然ながらルーシャ国の王子殿下を無下
には扱えずその国では歓待される。

その宴席には当たり前だけど同行者の私も招かれる。
だけど、

「僕の大切な人を他の人達の目に触れさせるわけには
いかないから。すまないね。」

という有無を言わさぬリオン様の笑顔の圧力で
全て乗り切った。そのかわり、王子は癒やし子の
伴侶のはずなのにそこまで寵愛する相手なんて一体
どんな人を伴っているのかと他の人達の余計な好奇心
を逆に煽ってしまった気もする。

王子様を巡る癒やし子と謎の女性の三角関係の
出来上がりだ。

「これでホントにいいんですかね・・・?」

だいぶリオン様の株を落としてしまった気がする。

首を傾げた私に、心配症だなあとリオン様は笑う。

「前にも言ったけど、いくら噂になっても結局その
相手はどちらもユーリだよ?その事実は変わらない
から周りに醜聞だの艶聞だの騒がれても僕は全く気に
ならないね。それより明日はどんな服がいいかなあ、
薄紅色にたっぷりのフリルをあしらったドレスが確か
シンシアのおすすめだったよね。同じ色の髪を纏める
リボンも持って来ているのかな?」

毎日可愛らしい姿のユーリを見られるのが楽しみで
人の噂なんて気にしてる暇はないね、と言われた。

肝が据わっているというか何というか、そういう
ところは私みたいな一般人と違ってすごいと思う。

「次の休憩になったらシェラさんの馬車を見て来ても
いいですか?昨日立ち寄った町で新しい品物を
仕入れたみたいなので見てみたいです。アクセサリー
も何か買っているかも知れません。」

「また何かユーリに似合う小物でも仕入れている
かもね。本当にシェラは器用だよ、本職が何なのか
分からなくなりそうだ。」

リオン様の言葉に苦笑いする。

ある意味リオン様が感心するくらい、この旅で
シェラさんは才能を発揮している。

立ち寄る先々でシェラさんは商人らしく露店を出して
商売をしつつその土地土地の情報を仕入れたり、
リオン様がモリー公国を訪れるところだけど癒やし子
は同行していないという噂話を振り撒いたりする
諜報活動もしていた。

そうしていたら、なぜか普通に商売で儲けを出して
それを元手に地方の珍しい品物を手に入れて、それを
次の立ち寄り先で売ってはまた目新しい物を仕入れて
売り・・・とわらしべ長者のように利益を出して
いる。

露店を出した町を過ぎる度になんだか見覚えのない
宝石やら魔石やらも増えている。本当に器用な人だ。

おとといは手のひらに乗るくらい大きな淡いピンク
の魔石の原石を手に入れて私に見せてくれた。

「ルーシャ国に戻ったらこれで一揃いのネックレスと
イヤリングを作らせましょう。この大きさでしたら
髪飾りも作れるかもしれません、楽しみですね。」

なんて言っていた。同行してくれているマリーさんも
シェラザード様は商い上手ですねと感心していた
くらいだ。

そんな商売上手のシェラさんだ、昨日も何か新しい
物を仕入れているだろうとその日、森の中での昼食後
に商人仕様にしてあるシェラさん達の馬車のところへ
行ってみた。

シェラさん始め、商人に扮した騎士さん達は私達の
馬車とは少し離れた場所で別のグループになって
ひとかたまりで休んでいる。そうしてより広範囲から
私達を護衛してくれているらしい。

「ユーリ様、よそ見をしないでちゃんと歩いて
下さい。まさかキノコとか探してないですよね?」

後ろからついてくるエル君が厳しい。何で分かった。
私の目元は被っているベールのおかげでどこを見てる
のか分からないはずなのに。

「だって今晩野営をしたらモリー公国に入ってしまう
んですよね?私の採ったキノコを野営料理に使って
もらえるとしたらこれが最後の機会じゃないですか!
シェラさんやエル君に見てもらえば毒キノコは
避けられるはずですし。」

「ユーリ様って本当に野営料理が好きですよね。
でもダメです、公国へ入る前に体調不良者を出すわけ
にはいきませんので。まっすぐシェラザード様の馬車
へ歩いて下さい。」

キノコたっぷりのシチューとか鍋っておいしいのに。

ていうか、私のキノコで体調不良者が出るとか
決め付けないで欲しい。万が一、あり得ないけど、
絶対ないはずだけども、仮に私の採ったものが原因で
誰か具合が悪くなっても癒しの力があるし。
例の金のリンゴの砂糖漬けが入っている革袋も持って
きているし。

そんな風に話しても、エル君にはダメですの一点張り
でシェラさんの馬車までの寄り道は許されなかった。

ちえっ、と思いながらシェラさん達のところへ
向かえばちょうど馬車のところで商人に扮している
他の騎士さん達と一緒にシェラさんは何やら話して
いるところだった。

打ち合わせ中かな?声を掛けようか迷っているうちに
シェラさんの方が私に気付いて声を掛けてくれた。

騎士さん達はお辞儀をして、ではちょっと見て来ます
と言ってどこかへ行ってしまう。

「ごめんなさい、お邪魔でしたよね?」

「いえ、大丈夫です。モリー公国が近くなって来た
ので、もしバロイ国が何か仕掛けてくるならそろそろ
だと話していたんです。念のため不審者がいないか
見回ろうということでちょうど話が終わったところ
ですよ。」

「ただちょっと珍しい植物を見ながらついでに王子様
のお見舞いをしに行くだけなのに、何か口出しをして
くるってあるんでしょうか?」

「自分達の方が上だと思っている者にしてみれば、
自分達よりも先に前まで属国だった小国へルーシャ国
の王子が訪問するなど、プライドが刺激される事かも
知れませんからね。まさかモリー公国へ入れないとか
入るのが遅れるような邪魔はして来ないと思いますが
念のためです。」

自分の馬車へ案内してくれながらシェラさんはそう
教えてくれた。

なんというか、日本みたいに平和でどこの国とも
地続きで国境を接していない国に住んでいた私に
とってはぴんとこない話だ。

中世のヨーロッパとかもこんな感じで諍いや色々な
思惑の中にあったのかな、なんて考えていたら
さあどうぞ、とシェラさんが馬車の扉を開いて
くれた。

「わあ、また何だか色々増えてますね?」

商人の出立ちのシェラさんの馬車は普通の馬車とは
内装がちょっと違う。

座席面が取り払われていてフラットな床の上は全面に
絨毯を張りフカフカの毛織物が敷き詰められている。

小さなクッションや細長い長枕みたいなものも置いて
あったりして床に直接座っても馬車の振動が伝わり
にくく案外座り心地がいいらしい。

この変わった内装の馬車も今回のためにわざわざ
作らせたらしいけど、おかげでどこに立ち寄っても
自分の趣味のためには馬車一つにも金を惜しまない
道楽者でお金持ちの商人だと思われているらしい。

だからなのか、シェラさんのところに変わった品物を
持ち込んで商いをしようと声を掛けてくる人達も多い
ようだった。

「昨日は魔力を注ぐとさえずり歌いながら飛び回る
おもちゃの小鳥なんていうものも買いましたよ。
ルーシャ国へ帰ったら孤児院に寄贈すれば喜ばれそう
です。」

「見たいです!」

声を上げればシェラさんは黄色い小鳥を私に慎重に
手渡してくれる。

「オレが魔法を使うと壊してしまいますからこれは
殿下に頼んで動かしてもらって下さいね。」

そういえばシェラさんて魔法を使うともれなく
攻撃魔法になってしまうんだった。

私にお茶を出してくれるシェラさんを前に、エル君は
動かせないんですか?やってみて下さい!なんて
やり取りをして休憩を楽しんでいる時だった。

さっき席を外した騎士さんの一人が急いでやって来て
シェラさんに緊張しながら報告する。

「バロイ国の使者がリオン殿下に目通りを願って、
殿下がただ今対応中です。」

シェラさんの予想が当たった。思わず私は自分の
傍らにいるシェラさんを見上げてしまった。

バロイ国の人は、一体何をしに来たんだろう?



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