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第十三章 好きこそものの上手なれ

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お帰りなさいませ?若奥様?

言われた言葉のどれもこれもがおかしい。

「え?どういうことですかね・・・?」

後ろのエル君を見るけど、エル君は黙ってかぶりを
振っている。

ユールヴァルト家のタウンハウスの人達は戸惑う私に
にこやかな笑顔を向けて微笑んでいるばかりだ。

ていうかこの人達、普通の侍従や侍女さん達だと
思うんだけどみんな顔が整っていて美男美女だ。

向けられる笑顔がキラキラしくてやけに眩しい。
ここで働いている人達は全てユールヴァルト一族だと
リオン様に教えてもらったけど、シグウェルさんの
一族は本家の人達から下働きの人達まで含めて、
随分と美形が多いんだなあ。

私に向けられる好意的な視線に戸惑っていると、

「お待ちしておりましたユーリ様!さあどうぞ中へ
お入り下さい‼︎」

いつもにも増してニコニコしたセディさんが現れた。

やっと知っている人が現れてほっとする。

そんなセディさんへすっと近寄った侍従さんの一人が

「セディ様、お荷物は私がお預かりしましょうか?」

と声を掛け、セディさんが頼みますよと答えれば

「では若奥様、外套をお預かりいたします。」

にこやかな笑顔ですいと手を差し出される。
まただ。さっきから若奥様とか一体何。

意味も分からないまま、とりあえず外套を預ければ
セディさんにそのまま中へと通される。

赤い絨毯の上を進めば、両脇にずらりと立っている
侍従さん達が次々に頭を下げてくれた。まるで
デパートの開店直後のお出迎えだ。

それにしてもこのお屋敷、こんなにたくさんの人達が
いたんだ。この間は人払いをしていたせいかほんの
数人しか見かけなかったなあ。

そんなことを考えていたらセディさんに声を
掛けられた。

「お花は楽しんでいただけましたか?ユーリ様の来訪
に合わせ、今日のために開花させたものを温室から
見繕って飾らせました。全てユールヴァルト領が
原産のものなんですよ。」

その言葉に驚く。まさか私が来るからってあんなに
お花を飾ったの?馬車から玄関先までずらりと並んだ
花瓶と見事な大輪の花々を思い出す。

「すごく綺麗で立派なお花でした・・・ありがとう
ございます。」

「王宮へお戻りの際は花束にしてお渡ししますから
ぜひお持ち下さい。ユーリ様に喜んでいただけた事、
庭師にもしっかりと伝えますね。お褒めの言葉を
いただいたと知れば大層喜び、これからの励みにも
なることでしょう。」

そして話しながら私を案内するセディさんは、この間
ここを訪れた時に迎え入れられた部屋を通り過ぎた。

「あれ?今日は違うお部屋ですか?」

不思議に思って聞けば、

「ああ、あちらは来客用の応接室ですので。
ユールヴァルト御本家のご家族の皆様がおくつろぎに
なる部屋はもっと奥の方です。どうぞ。」

こちらへ、と案内されながらおかしいと思う気持ちが
どんどん膨らむ。

いや、なんでお客さんの私がユールヴァルト家の人達
が家族でくつろぐ部屋に通されるの?

それに侍従さん達の私に対する謎の若奥様扱い。

これはもしかして、セディさんの新しいアピールか
何か・・・?

そう思っていれば後ろのエル君がぽつりと呟いた。

「一族総出でユーリ様をあからさまに囲い込みに
来ていますね。」

ひえっ、なんて恐ろしいことを言うんだろう。

そんな事をしなくても、今日の私はちゃんと自分の
気持ちを決めてきたのに。

それともそんな私の気持ちを知られたらセディさん達
の対応はこれよりもっとエスカレートするのかな。

「まさか私、このままここから帰してもらえないとか
ないですよね・・・?」

エル君にこっそりとそう聞いた時、

「さあどうぞ、こちらです。」

セディさんが一つの部屋の扉を開いた。

先日通された部屋よりも広々として豪華な調度品で
整えられたその部屋で最初に目に飛び込んできたのは
正面に飾られた大きな一枚絵だ。

3つの首を持つ竜と、それに対峙する黒髪と銀髪の
二人の騎士を描いている。

そしてその絵の前には立派な一振りの長剣も一緒に
飾られていた。

私がそれに気を取られているのに気付いたセディさん
は、ふふ。と誇らしげに微笑む。

「そちらは今に伝えられている、勇者様と我々の祖先
キリウ・ユールヴァルトが三日三晩に渡り悪竜と
対峙して倒した時の様子を絵画にしたものです。
剣はその時に使われたと言われているものでして、
どちらもユールヴァルト家の誇りとしてこうして
飾られているのです。」

へえ、と近付いて眺めていると他の侍従さん達と
お茶を用意しながらセディさんはそうそう、と私に
声を掛ける。

「落ち着きましたらユーリ様がこの先タウンハウスに
滞在される際に使っていただくお部屋もお見せいたし
ますね。壁紙も貼り直しましたし、調度品も新しく
しました。気に入っていただけると良いのですが。
それと、本日は気に入った侍従や侍女がおりましたら
ぜひ王宮へ一緒にお連れ下さい。ユールヴァルト領を
訪れる際にはその者も供にしてー・・・」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

絵画を見ながら何気なく聞き流していたけど、
セディさんの言ってることが色々とおかしい。

ここに私の部屋があるって何。侍従を連れてとか
ユールヴァルト領がどうのとか。

「どうしてここに私の部屋があったり侍従さんを
王宮に連れ帰る話なんかが・・・⁉︎」

「ユーリ様が見目良い侍従を好まれて側に置いている
お話はユリウス様から伺っておりますよ?」

セディさんがきょとんとした。

「え?」

「トランタニア領を視察された際も気に入られた
美しい少年を二人侍従として連れ帰られたとか。
ですので本日はユールヴァルトの者でも特別見目良い
者達を揃えておりますのでぜひ。」

やけにキラキラしい人達が出迎えてくれたと思ったら
そういう事⁉︎

ちらりとセディさんの後ろに控えていた侍従さん
らしき青年を見たらにっこりと微笑まれた。

笑顔が眩しい。それにしてもユリウスさん、どうして
そんな誤解を招くような事をセディさんに話したり
したのか。

「わ、私の部屋があるのは・・・」

「坊ちゃまの奥方様ですのにタウンハウスにお部屋が
ないのはおかしいでしょう?3階の角部屋で日当たり
が良く、庭園の景色も楽しめますよ。あっ!それに」

ひそひそ、とそこで声を小さくして秘密を打ち明ける
ようにセディさんが私に囁いた。

「勿論、隣は坊ちゃまのお部屋で扉も繋がって
おりますので。ユーリ様がタウンハウスに滞在して
いれば坊ちゃまも魔導士院へ泊まり込むことも減り、
こちらへ足を運ぶことも増えるでしょう。いやあ
嬉しいことです。」

話が全く見えない。ぽかんとしていると、ウキウキ
した雰囲気を隠そうともしないセディさんは

「ではただいま坊ちゃまを呼んで参りますので。
お待ちの間はご自分の家と思ってゆっくりおくつろぎ
下さい。」

丁寧にお辞儀をしてさっさといなくなってしまった。

えっ、今日は私、シグウェルさんのお見舞いに来た
のにその本人を呼びつけるとかおかしくない?

まだぽかんとしている私を、どうぞ若奥様。と
残された見目麗しい侍従さんがソファへと座らせて
くれる。

うわ、ソファに敷いてあるこの毛皮、小さいけど
銀毛魔狐の例の貴重なやつだ・・・。

こんなのをお尻の下に敷いて座ってていいのかな。

セディさんの言葉や他の侍従さん達の態度、通された
部屋・・・。何もかもが落ち着かない。

私を囲い込むにも限度があると思うんですけど。

いつもより近い距離で私を護衛しているエル君が

「・・・ユーリ様、すでに魔導士団長の奥方として
扱われていますけどこれでいいんですか?」

と確かめて来た。

「わ、分かんないです・・・」

まさか私に対するシグウェルさんの告白を聞かれた
だけでここまでの扱いをされるなんて。

馬車の中で決心したプレッシャーに負けないぞ、と
いう気持ちが早くも挫かれる。

この雰囲気の中でシグウェルさんにこれからは
伴侶としてもよろしくお願いしますと言うのが
物凄く恥ずかしくなってしまった。

どうしよう・・・。
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