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第十二章 癒し子来たりて虎を呼ぶ

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顔を強張らせたザドルさんが話し出す。

「二週間ほど前、ラーデウルフの小規模な群れの
襲撃を受けました。その際、群れのメスを仕留めた
時にしくじりまして」

「仲間を呼ばれたか」

レジナスさんの言葉にザドルさんが頷いた。

「とどめを刺した時の特徴的な鳴き声で初めてそれに
気付いたのでその時にはもう遅く・・・」

ラーデウルフというのは標高の高い森林地帯に住む
大きな狼の姿をした魔物だ。ダーヴィゼルドには
凍り狼がいたせいかラーデウルフは見なかったけど
南国以外ではどこに出没してもおかしくない。

魔法は使えないけど魔法耐性はそこそこで、倒すには
物理攻撃が一番だと図書室から借りた本に書いて
あったような。

「その群れを倒した後に気付いたのですが、メスや
若い個体が多かったので人間を襲う狩りの練習を
しながら群れのリーダーや主力のオス達にエサを
持って帰ろうとしていたのかも知れません。」

エサって・・・人間のこと?そう思ってリオン様に
こっそり聞いたら頷かれた。ひえぇ・・・。

「それからすぐです。毎日のように倒した群れが
呼び寄せたらしい大型のオスのラーデウルフ達の
襲撃を受けて、追い払うのに必死で・・・。
特に今回の群れは頭のいい奴がリーダーのようで、
罠にもかからずこちらの体力を削ぐように様子を
見ながら退却と襲撃を交互に繰り返しながら襲って
来ます。なので今はせめて防衛のためにも町の周囲に
大規模な柵でも巡らそうかという話も出ています。」

魔物避けに結界や魔法を使おうにもそこまでするには
魔導士の数も結界石も足りずに苦肉の策で柵を作ろう
と言う話になったらしい。

昼間は町に柵を作るための作業をして、夜は
ラーデウルフを追い払う。そんな生活が続いて
いるという。

だから疲れていらついた傭兵さんがあんな風に
私のことを話していたのかな。

「討伐を手伝いたいが、まずはアドニスの神殿に
行くのが優先だな・・・。どうしますかリオン様。」

「護衛の騎士を10人ほどここに残して行こう。
今晩の夜警と、明日僕達がアドニスに行っている
間の柵作りを手伝わせて。それから、同行している
魔導士達にも町の周囲に魔物避けの結界を今のうちに
張らせるように。柵が出来るまで数日は時間稼ぎが
出来るだろう。」

あっ、それなら私も手伝える。

「リオン様、私も魔物避けの結界を張るお手伝いを
してもいいですか?」

「ユーリが?いいの?」

リオン様はそんなに力を使って大丈夫?と言い、
ザドルさんも私を見つめている。

「大丈夫ですよ、さっきおやつも食べたので気力も
体力も充分です!それに明日はアドニスで一回しか
癒しの力を使う予定がないので全く問題ないですよ」

胸を張って言えばレジナスさんも同意してくれた。

「ユーリの力があれば魔物避けの効果もより高まる
だろうから、そうしてもらえれば助かるな。」

そんな私達に、仕方ないとリオン様はため息をついて

「ユーリは念のため町の外には出ないで。魔導士達
は結界石を持ち歩いているはずだから、それに加護を
付けてくれる?その結界石を利用して、魔導士達に
魔物避けの結界を作らせるよ。」

そう指示をした。その言葉にザドルさんは何度も
頭を下げてお礼を言ってくれたけどこれくらいなら
お安い御用だ。

そのあとすぐ結界石に加護を付けるひと仕事をして、
領主様を交えた夕食会では例の傭兵さん達の発言に
ついてまた謝罪を受けた。

でもその頃にはすっかりリオン様もレジナスさんも
元の平静さを取り戻していたので安心する。

「私達がこうしてフカフカのお布団で眠っている間も
ザドルさん達は夜も寝ずの番で町やその周辺を守って
くれてるんですね・・・」

眠る前、リオン様に縦抱っこされて領主様の館の
バルコニーから夜景を見る。

ぽつぽつと心もとなくともる数少ない町の灯りのすぐ
外に広がるのは、真っ暗で広大な森林に高い山々の
黒々としたシルエットだ。

「ユーリの加護のついた結界石で魔物避けの対策も
したし、今までよりはましなはずだよ。さあ、明日に
備えてユーリも寝ないと。ラーデウルフの遠吠えが
聞こえないように抱き締めていてあげる。」

「それはいいです‼︎」

抱っこを嫌がる猫のように両手を突っ張ってリオン様
から距離を取ろうとしたけど、元々縦抱っこされて
いるので無駄な抵抗だった。

危ないから動かないでと言われてそのままベッドに
連れて行かれる。

「いいですかリオン様。何度も言ってますけど
長枕を夜中にわざと転がして落とすのはやめて
ください!」

そう。ヨナスの悪夢が心配だからという口実で
この視察中もずっと私はリオン様と一緒のベッドで
寝ている。

陛下の羊さんは、持ってきたはずなのになかった。

視察での宿泊初日の夜に一生懸命それを探す私に、

「あれは荷物になって邪魔でしょ。ちゃんと留守番に
置いて来たから大丈夫。」

爽やかな笑顔でリオン様にそう言われた。
何が大丈夫なのか意味が分からなかった。

ただでさえ宿泊先のベッドは奥の院のあの物凄く
広いベッドと違って二人で寝ると距離が近いのに。

なけなしの抵抗で、備え付けの長枕を二人の間に
置いて寝てみればそれは翌朝見事にベッドの下に
落ちていた。そうしてまた私を抱き締めたまま

「僕の寝相が悪くてごめんね。いつの間にか枕を
下に落としていたみたいだ。」

と、リオン様は全く悪びれもせずに言うのだ。
本当に懲りない人だ。

最近は二人の間に長枕を置いて私が注意するのは
まるで寝る前の単なる儀式の一つとでも思っている
みたいで、リオン様はニコニコしながら私の言う
ことにただ頷いている。何だかなあ・・・。

腑に落ちないながらも、渋々布団に入ればその日は
傭兵さん達の騒ぎであったり、リオン様を宥めるのに
気を使ったりして知らないうちに気を張っていたのか
あっという間に眠ってしまった。ラーデウルフの
遠吠えらしいものも全然聞いた記憶はない。

だけど翌朝、私の世話に現れたマリーさんに

「昨日の夜中は大きな狼の声が聞こえてきてビックリ
しました!ユーリ様は怖くなかったですか?」

そう言われて、そんな事があったんだと初めてそれに
気付く。

「リオン様は気付いてました⁉︎」

そう聞けば、

「そういえばそうだったかも知れないね。良い
子守歌代わりだったよ。」

なんて平然としている。さすが、元から魔物討伐の
遠征をして魔物に慣れている人は違う。

感心して朝食を取っていたら、それまで珍しく
リオン様の側にいなかったレジナスさんが姿を
現した。デクラスの町の傭兵団に付き合って昨日の
夜は町の夜警をしたらしい。

昨日はあんなに傭兵さん達に怒っていたのに、
夜警までするなんて面倒見がいい。

そう思いながらリオン様への報告を一緒に聞いた。

「深夜に団長の話していた大型のラーデウルフの
群れが現れました。ただ、いつもと違う町の雰囲気を
感じ取ったのかすぐにこちらへ襲い掛かる事はなく
様子見で数頭の若い狼を試しにけしかけて来る程度
でしたが。」

レジナスさんは渋い顔をした。

「悪知恵の働く事に、俺たちと対峙している群れとは
別方向で、町中に入り込もうとした魔物を結界が
弾いた光が輝いてラーデウルフの鳴き声もしました。
俺たちと対峙していた主力は誘導で、その隙に
別行動させた数頭を町に入り込ませようとした
ものと思われます。」

「本当に頭がいいね。暗くなる前に結界を張って
おいて良かった。」

リオン様が感心したように言い、レジナスさんも
頷いた。

「群れのリーダーは誘導が失敗したのを見て取ると
遠吠えで退却の合図を出しすぐに引き下がりました。
こちらから深追いはしませんでしたが、あの様子では
諦めずにまた現れるでしょう。」

「仕方ないね。アドニスの町から戻って来てから
ここにはもう一泊する予定だし、その時は本格的に
ラーデウルフ討伐に力を貸して上げて。君なら何とか
できるでしょう?」

え?あとたった一晩で?

リオン様の無茶振りみたいな話にびっくりしていると
レジナスさんは造作もないと言った風に頷いた。

「昨夜群れのリーダーは確認できましたので、次に
会った時は仕留められます。仮に逃した時は山へ
追いますので、その際は俺だけリオン様達から
半日ほど遅れて合流することをお許し下さい。」

最速で一晩、時間がかかっても半日でラーデウルフの
群れを一人で討伐してくるってこと⁉︎

「大丈夫なんですか?レジナスさん。」

心配になって声をかけたけど、

「今朝明るくなってから足跡を確認して群れの規模も
頭数も、巣穴がある方角も把握済みだ。問題ない。」

安心させるように頭をぽんぽんされた。

アドニスの町で勇者様の小刀を受け取ってくるだけの
はずが、思いがけずこの町で魔物討伐までする事に
なるなんて・・・と少しだけ不安になった。

レジナスさんやリオン様は何でもないことのように
話していたけど、私だけはなんとも言えないもやもや
とした気持ちが収まらなかった。




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