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閑話休題 街で噂のかわいいあの子
2
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そもそも、ブローチの依頼を受けてその届け先を
騎士団へと頼まれたり、レジナスの旦那だけじゃなく
キリウ小隊という特殊な部署に所属するシェラさん
までがリリちゃんと一緒にいるのはおかしいと
思っていたんだ。
騎士団長の親戚だってだけであの気難しい性格の
シェラさんが親しげに話し掛け、わざわざ街の
ケーキ屋にまで付き合ってやるだろうか。
しかもずっと王宮勤めで外に出ることが殆どない
レジナスの旦那とも、普段は田舎にいるらしい
リリちゃんがどうやって知り合ったのか。
そんな事を考えながら裏庭の井戸に3人を案内すると
いつの間にかもう一人小さい子が側にいた。
小柄な子だけどリリちゃんのことをリリ様と呼んで、
リリちゃんは嬉しそうにその子のことを自分の護衛
だと紹介してくれる。
いや、本当にリリちゃんは何者なんだ?
色々不思議に思いつつ、井戸を直すと張り切った
リリちゃんがその井戸のへりに額を寄せて、魔法
らしきものを使った時だ。
その姿が突然変わった。
きらきら光る明るい光にその姿が包まれたと思ったら
そこにいたのはそれまでとは全くの別人だった。
たった今まで目の前にいた、あの赤毛でソバカス顔の
かわいい子が、黒髪も艶やかな綺麗な子に変わって
しまったのだ。
そしてその子は長いまつ毛をぱちぱちさせながら
申し訳なさそうにオレに頭を下げてきた。
自らのことを本当の名はユーリだと言う。
いや、ユーリって。
癒し子様と同じ名前だ。それに黒髪に黒い瞳、
ただ立っているだけで目を惹く容姿。
まるでそこだけが切り取られたように鮮やかで明るい
光に包まれているように目立つ。
王都の騒ぎの時に街で癒し子様らしき子を見かけた
奴らが言っていたような姿形とその雰囲気に、
なぜかすとんと納得させられた。
ああ、目の前のこの子は本当に癒し子ユーリ様
なのだと。
通りでレジナスの旦那と特殊な騎士のシェラさんが
一緒にいるわけだ。見れば旦那は僅かに微笑み、
優しい目でリリちゃん・・・いや、ユーリ様のことを
見つめている。
シェラさんも、いつもの周りを牽制するような
刺々しささえ感じる妖しい色気が影を潜め、今までに
見たことがないほど穏やかな目でユーリ様を見つめて
「すっかりいつものお姿に戻っていますよ」
と嬉しそうに言っている。
なんだかなあ。クセの強いこの人までこんなに
おとなしくさせてしまうとか、癒し子様の力なのか
ユーリ様の人柄なのか。
色んなことを頭の中で考え続けてるそんなオレに、
井戸の水の勢いを取り戻しただけでなく、それを
飲んだりすれば多少のヤケドなんかは治るような
効果もつけたと驚くようなことを言う。
試しに昨日切っちまった手の傷にそれをかければ
本当になんにもなくなった。傷跡すらないし、
なんなら元のオレの手よりも綺麗なくらいだ。
癒し子様のその凄さに驚きながら、頭の中では
全然別のことを考える。
・・・いや、レジナスの旦那。あんたこの子が
癒し子様と分かったうえであの髪飾りをあげたのか?
そしてそれを受け取ったユーリ様も。旦那のその
気持ちを受け止めた上でそれを受け取ったのか?
思わずそれを確かめてしまえば、恥ずかしそうに
しながらもユーリ様はそうだと頷く。
その艶々した綺麗な黒髪の後ろではオレの作った
あの髪飾りが黒髪によく映えて白く輝いている。
旦那・・・あんた、ずっと独り身でいて浮いた噂の
一つもないと心配していればなんちゅう大胆な事を
しでかすんだ。
「いやぁ、ニックの奴も可哀想に。旦那が相手じゃ
勝負にならんなこれは・・・」
戦わずして決着はついていたのか。思わず呟けば、
「元よりあの男に同じ場にあげて勝負など
させませんよ。」
穏やかだったシェラさんの雰囲気が剣呑なものに
変わった。・・・こっちはこっちで何だか色々と
拗らせてそうだなあ。まあ、シェラさんだしなあ。
でもこんな人の手綱を取れるのはユーリ様くらいな
気もして、思わず心の中でユーリ様に頑張れと
応援してしまった。
こうして思いがけず癒し子ユーリ様・・・本人は
リリちゃんと呼んでいたあの時のように敬称は
付けずにユーリちゃんと呼んでくれと言うから
恐れながらもそう呼ぶが・・・ユーリちゃんと
知り合ったオレはこの先彼女が王都へ降りてきた時に
周りが騒ぎにならないよう協力することになった。
「またタラコスパゲティを食べにあの食堂にも
行きたいので、イーゴリさんの所にも遊びに
来ますね!」
屈託なく笑うその綺麗な顔に、リリちゃんの面影を
見る。そうしているとまるで普通の少女のようだ。
楽しみにしているよ、とこちらも笑顔で返せば
手を振ってオレの店を後にする。
レジナスの旦那とシェラさんの二人に挟まれて
手を繋ぎながら帰るその後ろ姿を見ながら、
彼女を射止めた旦那のこの上ない幸運と幸せが
いつまでも続くようにと、オレはそっと心の中で
イリューディア神様に願うのだった。
「はぁ~ぁ・・・・」
勤めている食堂ー・・・今はもう夜なので居酒屋として
営業中だが・・・そこで俺は深いため息をついた。
一応俺の勤務は終わったので、邪魔にならないよう
カウンターの端っこのいつもの席で賄いの夜食を
食べながら呑んでいる。
「なぁに、ニック暗いわねぇ!」
同僚のウェンディが酒のおかわりを持ってきた。
そっちはまだ勤務中だ。引き留めるのは悪いかなと
思いつつ、つい愚痴をこぼす。
「いや・・・リリちゃん、来ないなあと思って。」
実は人違いだったリリちゃんが護衛だかお付きだかの
人に付き添われて帰ってしまってからもう数日が
経つ。また来るとは言っていたけど、いまだにその
気配はない。
「まあねぇ、なんか一緒にいた人の雰囲気とか
尋常じゃなかったもんね。あれは絶対ワケありよ。」
「やっぱそう思う?」
ウェンディが頷く。
「だってあの子、最初に着替えてって制服を渡した時
いつまで経っても服を手に困っていたもの。あれは
きっと、すごいお嬢様で一人で服を着替えたことも
なくて服の着方が分からなくて困っていたのよ!」
そうだったのか?だから開店前の打ち合わせに降りて
来るのに時間がかかっていたのか。でも・・・
「そんなお嬢様がいきなりこの忙しいところであんな
風にてきぱき働けるもんかなあ?仕事は丁寧だったし
よく気がきいたし、愛想も良くて笑顔もすげえ
可愛かったし・・・」
あの笑顔を思い出しながらそんな事を呟いたら、
それを聞いたウェンディの顔がにやあっと笑み
崩れた。しまった、余計なことを言った。
「うんうん、リリちゃん可愛かったもんねぇ‼︎
小柄なのにくるくるよく働いてたし、あの愛嬌の
ある笑顔は好きになるよねぇ‼︎」
「なっ!何言ってんだバカ‼︎」
思わず声が大きくなって酒のジョッキをドンと
音を立てて置いてしまった。その時ちょうど客から
声がかかり、ウェンディはおー怖わっ!とおどけると
そっちへ行ってしまった。
「ったく・・・!」
皿に盛られた料理の寄せ集めに目を落とす。
その中の一つは、あの時リリちゃんが話していた
タラコとマヨソースのじゃがいも和えだ。
「これ、リリちゃんにも食べてもらいたいんだけど
なあ・・・いつ来るんだろう。」
あの後、タラコスパゲティはこのじゃがいも和えと
一緒に試験的に数を限定して昼間のメニューに加えて
みたが客にもなかなか好評だ。
このまま順調にいけば普通にメニューの一つに
加わるだろう。客に人気な上に今まで廃棄していた
部分まで無駄なく使えるなんて、すごくいい料理だ。
本店の親父からは、初めて出す支店の味とサービスの
質が落ちないようにしっかり仕切って来いと地元から
追い出されるようにして送り出されて来た。
支店の名物メニューになるものの一つでも作り上げる
までは帰って来るな、それまで跡は継がせないとまで
言われている。
「別に今すぐあっちに帰りたいとかはないけどさあ」
王都に来て数ヶ月、海辺から離れて暮らすのは
初めてだったがこっちの生活にも馴染み始めていた。
むしろ、もうずっとこっちでもいいかなと思って
いる。あとはかわいい彼女でも出来れば言うこと
なしだ。そう思い始めた矢先に目の前に現れたのが
リリちゃんだった。
顔の作りは十人前・・・というと失礼か。ごくごく
普通の顔立ちだけど、焦茶色の瞳は知的でその顔に
ある薄いソバカスは笑った顔に愛嬌を添えていた。
周りの人達から飛び抜けて小柄なのに一生懸命に
働く様子も見ているだけですごく守ってあげたく
なったなあ。
客の様子もよく見ていて気が利いたし明るくて
誰とでも楽しげに話していた。
「うちに帰ってあんな嫁さんがいたら最高だろう
なあ・・・」
爪楊枝に刺さったオリーブをかじりながら何気なく
呟いたら、
「まあそんな事を妄想したって、リリちゃんには
もう秒で振られちゃってるんだけどね!」
また横からウェンディの声がした。もう客の相手は
終えてまた俺をからかいに来たらしい。
「はあ⁉︎何言ってんだよ!」
「正確には秒じゃなくて半日だけど。失恋まで
半日とか早過ぎない?」
「お前なあ・・・」
「だって、リリちゃんと話してたあのローブ姿の人!
物凄い美形じゃなかった?リリちゃんにあーんって
料理まで食べさせてあげてたし、見つめてるあの
甘ったるい雰囲気がもう普通じゃなかった!
あたしもあんたもあの流し目の色気にやられて
動けなくなってたでしょ?やっぱりあの人が
リリちゃんの恋人じゃないの?」
「うっ・・・」
グサっときた。ウェンディは知らないけど、あの後
店の裏口で話していたリリちゃんとあの色男の会話。
リリちゃんを養うとか何とか言ってたんだよな。
いや、でもあの様子からして恋人とかではないはず。
「あの人がリリちゃんの恋人かどうかはまだ
分からないだろ。」
「はあ?根拠は?」
そこでウェンディに店の外での出来事をかいつまんで
教えてやる。裏口やチップを渡そうと追いかけた時、
あの色男の他にもあと二人リリちゃんの護衛みたいな
人や侍従みたいな小柄な子がいたこと。
その人達にリリちゃんと話すのを遮られて隠されて
しまったこと。それに、リリちゃんの事を高貴な人
だとか働く必要もないのにとか言って俺たち一般人を
見下すような物言いをしたのをリリちゃんが注意して
くれたこと。
その時のやり取りからして、あのローブ姿の色男は
恋人というよりも従者か護衛のような雰囲気だった
こと。
「そういえば最初に店内であのカッコいい人を見た
リリちゃん、どうしてここに⁉︎とかよく私だって
分かりましたね、って言って驚いてたわよね。」
ウェンディもふと思い出したように言った。
そうそう。リリちゃんのその声に俺とウェンディが
注目したんだった。
と、分かった‼︎とウェンディが声を上げた。
「リリちゃんて実は王都から離れた辺境貴族の
お姫様よ!何か理由があってこっそり家出して来た
ところをウィルさんがたまたま連れて来ちゃって、
あのカッコいい人とかニックが見たその他の人達は
リリちゃんを連れ戻そうと探しに来たんじゃない⁉︎」
そーよ、だから着替えの仕方も分からなかったんだ、
お姫様なら仕方ない。
うんうんとウェンディは自分の説に納得している。
「いや、それにしちゃ働き慣れてないか・・・?」
「田舎貴族ならこっちの貴族と違って家の手伝いを
することもあるんじゃないの?知らないけど。」
「適当だな~・・・」
呆れた俺の言葉を無視してウェンディは更に続ける。
「きっとあのカッコいい人はリリちゃんの護衛だけど
主であるリリちゃんの事を密かに慕っていたのよ。
それが突然いなくなってしまって、見付けた時には
心配していた気持ちと隠していた恋心が溢れて
しまって、人がたくさんいる店内でもつい甘い雰囲気
が堪えきれずに出ちゃったんだわ!主従関係にある
二人の禁断の恋・・・‼︎めちゃくちゃ素敵‼︎やっぱ
ニック、あんたは振られてるわ!」
「いや、それはいくら何でも話が飛躍し過ぎ・・・
っていうか、恋愛小説の読み過ぎじゃないか?」
女ってすげえな。あれだけの情報からよくそこまで
妄想できるもんだ。
呆れるのを通り越していっそ感心してしまった。
「あ~そうなると、どういうことかリリちゃんの
口から直接聞いてみたいわね!早くまた来ないかな、
でももし田舎に連れ戻されたんなら当分の間は
ここに来れないかあ。」
「そうか・・・そうだな。」
リリちゃんが本当に田舎や辺境貴族のお姫様かどうか
はともかく、あの時俺の視界から遮るみたいにして
立ち塞がった男達の様子からして、そう簡単には
ここには来れないのかもしれない。
そしたらまた会えるのは当分先かぁ・・・。
「今度リリちゃんが店に来たら、付き合ってる奴が
いるかどうか聞いてみようかなあ。」
「やだニック、自分から二回も振られに行くなんて
無謀過ぎでしょ!」
ウェンディがうるさい。
「だったらお前が付き合うのかよ」
「悪いけどタイプじゃないんだわ。それにあたしには
ここで学んで自分の店を出すっていう野望があるの!
他を当たってちょうだい!」
だからリリちゃんに恋人がいるか聞くって言って
るんだろうが。その時はウェンディが冷やかしを
して邪魔しないでくれればいいんだけどなあ。
そう思いながら、俺はリリちゃんが考えたタラコの
スパゲティをすくって口にしたのだった。
騎士団へと頼まれたり、レジナスの旦那だけじゃなく
キリウ小隊という特殊な部署に所属するシェラさん
までがリリちゃんと一緒にいるのはおかしいと
思っていたんだ。
騎士団長の親戚だってだけであの気難しい性格の
シェラさんが親しげに話し掛け、わざわざ街の
ケーキ屋にまで付き合ってやるだろうか。
しかもずっと王宮勤めで外に出ることが殆どない
レジナスの旦那とも、普段は田舎にいるらしい
リリちゃんがどうやって知り合ったのか。
そんな事を考えながら裏庭の井戸に3人を案内すると
いつの間にかもう一人小さい子が側にいた。
小柄な子だけどリリちゃんのことをリリ様と呼んで、
リリちゃんは嬉しそうにその子のことを自分の護衛
だと紹介してくれる。
いや、本当にリリちゃんは何者なんだ?
色々不思議に思いつつ、井戸を直すと張り切った
リリちゃんがその井戸のへりに額を寄せて、魔法
らしきものを使った時だ。
その姿が突然変わった。
きらきら光る明るい光にその姿が包まれたと思ったら
そこにいたのはそれまでとは全くの別人だった。
たった今まで目の前にいた、あの赤毛でソバカス顔の
かわいい子が、黒髪も艶やかな綺麗な子に変わって
しまったのだ。
そしてその子は長いまつ毛をぱちぱちさせながら
申し訳なさそうにオレに頭を下げてきた。
自らのことを本当の名はユーリだと言う。
いや、ユーリって。
癒し子様と同じ名前だ。それに黒髪に黒い瞳、
ただ立っているだけで目を惹く容姿。
まるでそこだけが切り取られたように鮮やかで明るい
光に包まれているように目立つ。
王都の騒ぎの時に街で癒し子様らしき子を見かけた
奴らが言っていたような姿形とその雰囲気に、
なぜかすとんと納得させられた。
ああ、目の前のこの子は本当に癒し子ユーリ様
なのだと。
通りでレジナスの旦那と特殊な騎士のシェラさんが
一緒にいるわけだ。見れば旦那は僅かに微笑み、
優しい目でリリちゃん・・・いや、ユーリ様のことを
見つめている。
シェラさんも、いつもの周りを牽制するような
刺々しささえ感じる妖しい色気が影を潜め、今までに
見たことがないほど穏やかな目でユーリ様を見つめて
「すっかりいつものお姿に戻っていますよ」
と嬉しそうに言っている。
なんだかなあ。クセの強いこの人までこんなに
おとなしくさせてしまうとか、癒し子様の力なのか
ユーリ様の人柄なのか。
色んなことを頭の中で考え続けてるそんなオレに、
井戸の水の勢いを取り戻しただけでなく、それを
飲んだりすれば多少のヤケドなんかは治るような
効果もつけたと驚くようなことを言う。
試しに昨日切っちまった手の傷にそれをかければ
本当になんにもなくなった。傷跡すらないし、
なんなら元のオレの手よりも綺麗なくらいだ。
癒し子様のその凄さに驚きながら、頭の中では
全然別のことを考える。
・・・いや、レジナスの旦那。あんたこの子が
癒し子様と分かったうえであの髪飾りをあげたのか?
そしてそれを受け取ったユーリ様も。旦那のその
気持ちを受け止めた上でそれを受け取ったのか?
思わずそれを確かめてしまえば、恥ずかしそうに
しながらもユーリ様はそうだと頷く。
その艶々した綺麗な黒髪の後ろではオレの作った
あの髪飾りが黒髪によく映えて白く輝いている。
旦那・・・あんた、ずっと独り身でいて浮いた噂の
一つもないと心配していればなんちゅう大胆な事を
しでかすんだ。
「いやぁ、ニックの奴も可哀想に。旦那が相手じゃ
勝負にならんなこれは・・・」
戦わずして決着はついていたのか。思わず呟けば、
「元よりあの男に同じ場にあげて勝負など
させませんよ。」
穏やかだったシェラさんの雰囲気が剣呑なものに
変わった。・・・こっちはこっちで何だか色々と
拗らせてそうだなあ。まあ、シェラさんだしなあ。
でもこんな人の手綱を取れるのはユーリ様くらいな
気もして、思わず心の中でユーリ様に頑張れと
応援してしまった。
こうして思いがけず癒し子ユーリ様・・・本人は
リリちゃんと呼んでいたあの時のように敬称は
付けずにユーリちゃんと呼んでくれと言うから
恐れながらもそう呼ぶが・・・ユーリちゃんと
知り合ったオレはこの先彼女が王都へ降りてきた時に
周りが騒ぎにならないよう協力することになった。
「またタラコスパゲティを食べにあの食堂にも
行きたいので、イーゴリさんの所にも遊びに
来ますね!」
屈託なく笑うその綺麗な顔に、リリちゃんの面影を
見る。そうしているとまるで普通の少女のようだ。
楽しみにしているよ、とこちらも笑顔で返せば
手を振ってオレの店を後にする。
レジナスの旦那とシェラさんの二人に挟まれて
手を繋ぎながら帰るその後ろ姿を見ながら、
彼女を射止めた旦那のこの上ない幸運と幸せが
いつまでも続くようにと、オレはそっと心の中で
イリューディア神様に願うのだった。
「はぁ~ぁ・・・・」
勤めている食堂ー・・・今はもう夜なので居酒屋として
営業中だが・・・そこで俺は深いため息をついた。
一応俺の勤務は終わったので、邪魔にならないよう
カウンターの端っこのいつもの席で賄いの夜食を
食べながら呑んでいる。
「なぁに、ニック暗いわねぇ!」
同僚のウェンディが酒のおかわりを持ってきた。
そっちはまだ勤務中だ。引き留めるのは悪いかなと
思いつつ、つい愚痴をこぼす。
「いや・・・リリちゃん、来ないなあと思って。」
実は人違いだったリリちゃんが護衛だかお付きだかの
人に付き添われて帰ってしまってからもう数日が
経つ。また来るとは言っていたけど、いまだにその
気配はない。
「まあねぇ、なんか一緒にいた人の雰囲気とか
尋常じゃなかったもんね。あれは絶対ワケありよ。」
「やっぱそう思う?」
ウェンディが頷く。
「だってあの子、最初に着替えてって制服を渡した時
いつまで経っても服を手に困っていたもの。あれは
きっと、すごいお嬢様で一人で服を着替えたことも
なくて服の着方が分からなくて困っていたのよ!」
そうだったのか?だから開店前の打ち合わせに降りて
来るのに時間がかかっていたのか。でも・・・
「そんなお嬢様がいきなりこの忙しいところであんな
風にてきぱき働けるもんかなあ?仕事は丁寧だったし
よく気がきいたし、愛想も良くて笑顔もすげえ
可愛かったし・・・」
あの笑顔を思い出しながらそんな事を呟いたら、
それを聞いたウェンディの顔がにやあっと笑み
崩れた。しまった、余計なことを言った。
「うんうん、リリちゃん可愛かったもんねぇ‼︎
小柄なのにくるくるよく働いてたし、あの愛嬌の
ある笑顔は好きになるよねぇ‼︎」
「なっ!何言ってんだバカ‼︎」
思わず声が大きくなって酒のジョッキをドンと
音を立てて置いてしまった。その時ちょうど客から
声がかかり、ウェンディはおー怖わっ!とおどけると
そっちへ行ってしまった。
「ったく・・・!」
皿に盛られた料理の寄せ集めに目を落とす。
その中の一つは、あの時リリちゃんが話していた
タラコとマヨソースのじゃがいも和えだ。
「これ、リリちゃんにも食べてもらいたいんだけど
なあ・・・いつ来るんだろう。」
あの後、タラコスパゲティはこのじゃがいも和えと
一緒に試験的に数を限定して昼間のメニューに加えて
みたが客にもなかなか好評だ。
このまま順調にいけば普通にメニューの一つに
加わるだろう。客に人気な上に今まで廃棄していた
部分まで無駄なく使えるなんて、すごくいい料理だ。
本店の親父からは、初めて出す支店の味とサービスの
質が落ちないようにしっかり仕切って来いと地元から
追い出されるようにして送り出されて来た。
支店の名物メニューになるものの一つでも作り上げる
までは帰って来るな、それまで跡は継がせないとまで
言われている。
「別に今すぐあっちに帰りたいとかはないけどさあ」
王都に来て数ヶ月、海辺から離れて暮らすのは
初めてだったがこっちの生活にも馴染み始めていた。
むしろ、もうずっとこっちでもいいかなと思って
いる。あとはかわいい彼女でも出来れば言うこと
なしだ。そう思い始めた矢先に目の前に現れたのが
リリちゃんだった。
顔の作りは十人前・・・というと失礼か。ごくごく
普通の顔立ちだけど、焦茶色の瞳は知的でその顔に
ある薄いソバカスは笑った顔に愛嬌を添えていた。
周りの人達から飛び抜けて小柄なのに一生懸命に
働く様子も見ているだけですごく守ってあげたく
なったなあ。
客の様子もよく見ていて気が利いたし明るくて
誰とでも楽しげに話していた。
「うちに帰ってあんな嫁さんがいたら最高だろう
なあ・・・」
爪楊枝に刺さったオリーブをかじりながら何気なく
呟いたら、
「まあそんな事を妄想したって、リリちゃんには
もう秒で振られちゃってるんだけどね!」
また横からウェンディの声がした。もう客の相手は
終えてまた俺をからかいに来たらしい。
「はあ⁉︎何言ってんだよ!」
「正確には秒じゃなくて半日だけど。失恋まで
半日とか早過ぎない?」
「お前なあ・・・」
「だって、リリちゃんと話してたあのローブ姿の人!
物凄い美形じゃなかった?リリちゃんにあーんって
料理まで食べさせてあげてたし、見つめてるあの
甘ったるい雰囲気がもう普通じゃなかった!
あたしもあんたもあの流し目の色気にやられて
動けなくなってたでしょ?やっぱりあの人が
リリちゃんの恋人じゃないの?」
「うっ・・・」
グサっときた。ウェンディは知らないけど、あの後
店の裏口で話していたリリちゃんとあの色男の会話。
リリちゃんを養うとか何とか言ってたんだよな。
いや、でもあの様子からして恋人とかではないはず。
「あの人がリリちゃんの恋人かどうかはまだ
分からないだろ。」
「はあ?根拠は?」
そこでウェンディに店の外での出来事をかいつまんで
教えてやる。裏口やチップを渡そうと追いかけた時、
あの色男の他にもあと二人リリちゃんの護衛みたいな
人や侍従みたいな小柄な子がいたこと。
その人達にリリちゃんと話すのを遮られて隠されて
しまったこと。それに、リリちゃんの事を高貴な人
だとか働く必要もないのにとか言って俺たち一般人を
見下すような物言いをしたのをリリちゃんが注意して
くれたこと。
その時のやり取りからして、あのローブ姿の色男は
恋人というよりも従者か護衛のような雰囲気だった
こと。
「そういえば最初に店内であのカッコいい人を見た
リリちゃん、どうしてここに⁉︎とかよく私だって
分かりましたね、って言って驚いてたわよね。」
ウェンディもふと思い出したように言った。
そうそう。リリちゃんのその声に俺とウェンディが
注目したんだった。
と、分かった‼︎とウェンディが声を上げた。
「リリちゃんて実は王都から離れた辺境貴族の
お姫様よ!何か理由があってこっそり家出して来た
ところをウィルさんがたまたま連れて来ちゃって、
あのカッコいい人とかニックが見たその他の人達は
リリちゃんを連れ戻そうと探しに来たんじゃない⁉︎」
そーよ、だから着替えの仕方も分からなかったんだ、
お姫様なら仕方ない。
うんうんとウェンディは自分の説に納得している。
「いや、それにしちゃ働き慣れてないか・・・?」
「田舎貴族ならこっちの貴族と違って家の手伝いを
することもあるんじゃないの?知らないけど。」
「適当だな~・・・」
呆れた俺の言葉を無視してウェンディは更に続ける。
「きっとあのカッコいい人はリリちゃんの護衛だけど
主であるリリちゃんの事を密かに慕っていたのよ。
それが突然いなくなってしまって、見付けた時には
心配していた気持ちと隠していた恋心が溢れて
しまって、人がたくさんいる店内でもつい甘い雰囲気
が堪えきれずに出ちゃったんだわ!主従関係にある
二人の禁断の恋・・・‼︎めちゃくちゃ素敵‼︎やっぱ
ニック、あんたは振られてるわ!」
「いや、それはいくら何でも話が飛躍し過ぎ・・・
っていうか、恋愛小説の読み過ぎじゃないか?」
女ってすげえな。あれだけの情報からよくそこまで
妄想できるもんだ。
呆れるのを通り越していっそ感心してしまった。
「あ~そうなると、どういうことかリリちゃんの
口から直接聞いてみたいわね!早くまた来ないかな、
でももし田舎に連れ戻されたんなら当分の間は
ここに来れないかあ。」
「そうか・・・そうだな。」
リリちゃんが本当に田舎や辺境貴族のお姫様かどうか
はともかく、あの時俺の視界から遮るみたいにして
立ち塞がった男達の様子からして、そう簡単には
ここには来れないのかもしれない。
そしたらまた会えるのは当分先かぁ・・・。
「今度リリちゃんが店に来たら、付き合ってる奴が
いるかどうか聞いてみようかなあ。」
「やだニック、自分から二回も振られに行くなんて
無謀過ぎでしょ!」
ウェンディがうるさい。
「だったらお前が付き合うのかよ」
「悪いけどタイプじゃないんだわ。それにあたしには
ここで学んで自分の店を出すっていう野望があるの!
他を当たってちょうだい!」
だからリリちゃんに恋人がいるか聞くって言って
るんだろうが。その時はウェンディが冷やかしを
して邪魔しないでくれればいいんだけどなあ。
そう思いながら、俺はリリちゃんが考えたタラコの
スパゲティをすくって口にしたのだった。
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隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
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