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第十一章 働かざる者食うべからず

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・・・結論から言おう。案の定、私の大勝利だった。

コックさんはごくシンプルなタラコスパゲティと、
私の好きなイカとタラコのクリームソーススパゲティ
の2種類を作ってくれた。

お試しだから、どちらも一人前ずつで作ったそれは
あっという間に試食した人達の胃袋に消えた。

「ウソだろ・・・あのゴミが?」

「うんまっ!あの気色悪い粒々が逆にいいアクセント
の食感になってる‼︎」

「おい、なんでこんなちょっとしか作んなかった
んだよ、もっと作れ‼︎」

とてもさっきまで私のことをゴミを食べる可哀想な子
だと思っていた人達と同じには見えないくらいの、
クルクル鮮やかな手の平返しである。

イーゴリさんもニックさんも目を丸くして食べる手が
止まってじっとタラコスパゲティを見つめていた。

「リリちゃん、すげえな・・・。本店にいた俺も
知らないような魚介類の調理法を知ってるなんて。」

「まさかこんなに美味いとは驚きだ。お嬢さんと
一緒になる旦那さんはこんなうまいもんが食えて
幸せ者だな!」

「タラコはマヨソースと混ぜて茹でたお芋に和えると
簡単なポテトサラダみたいなものができますけど
それもおススメですよ!」

なぜさっきからイーゴリさんは私のお付き合いネタ
をしつこく振ってくるんだろう?自分の息子の嫁に
でもしたいんだろうか。

そう思いながらタラコマヨネーズ和えのポテトサラダ
についても説明すれば、コックさんだけでなく
イーゴリさんにもへぇ、と感心された。

そんなイーゴリさんに、ニックさんがハッとして

「いや、イーゴリさん!あんたいつまで厨房に
居座ってるんですか、一応お客さんでしょう⁉︎
もう帰って下さいよ!」

一応お客さんのイーゴリさんに対してぞんざいな
扱いをした。客に帰れって・・・。

でもイーゴリさんはそれをさして気にする風でも
なくそうだな、と厨房の椅子から腰を上げた。

「ニック、これ新しいメニューにしてもいいんじゃ
ないか?もしかしたら支店名物になるかも知れない、
そうしたらお前も本店に対して鼻が高いだろう?」

う、とニックさんが言葉につまる。

「そりゃ、本店のオヤジからは支店の目玉になる
ようなメニューの一つも考えなきゃあっちには
戻さないって言われてるけどさぁ・・・。」

「いいチャンスじゃないか、頑張れよ‼︎えーと
お嬢さん、リリちゃんて言ったか。俺はこの近所で
鍛冶屋兼武器屋をやっていて、昼メシか夕メシは
必ずここに食いに来てるんだ。また会おうな。」

そう言って笑顔で手を振って、イーゴリさんは
帰って行った。

食べ足りない私はコックさんにお願いしてもう一度
タラコのクリームスパゲティを作ってもらう。

まだお昼をとっていなかった他のウェイターさんや
ウェイトレスさんも、私と同じものを食べたいと
リクエストして作ってもらっていた。

私の話だけで初めてなのにおいしいタラコスパゲティ
を作れるコックさんは偉大だ。

しみじみとそのありがたさとスパゲティのおいしさを
噛み締める。

これ、レジナスさん達にも食べて欲しいなあ。
エル君といい、あの二人は一向に現れないけど
どこでどうしているんだろう。

そう思いながらまたお店の中へ向かう。お店の昼の
営業時間は午後3時までだ。

あともう少しすればお昼の営業は終わるから、
そしたら隙を見て外に出てみよう。

そう思いながらお盆に水差しを乗せてカウンターの
ところを通り過ぎようとしたら声を掛けられた。

「失礼、かわいいお嬢さん。」

「はい、お水ですか?」

なんだか聞いたことのあるような声と言い回しだなと
思いながら振り向けば、カウンターに座り一人で
料理を食べていたローブ姿の人が、被っていた
ローブのフードをちょっとだけ持ち上げるとその顔を
見せて微笑んだ。

「シェッ・・・‼︎」

シェラさんだ。フードで隠していても、麗しいとしか
言いようのないあの滲み出る色気は隠せない。

というか、幻影魔法で姿が変わっているはずの私を
明らかにユーリだと認識している笑顔だ。

あの金色の瞳を笑ませて細めながら、声には出さずに
唇の形だけでオレの女神、と言ったのが分かった。
相変わらずだ。というか、何でここにいるんだろう?

「どっ、どうしてここに⁉︎ていうか、よく私だって
分かりましたね⁉︎」

ひそひそと話しかければ、

「たとえいくらその姿形を変えようともユーリ様の
その慈悲深い優しさと美しさが滲み出る魔力は
隠しようもありませんからね。オレが敬愛して
止まないのはその心根の尊い美しさなのですから、
姿形が変わった位で気付かないなどあり得ません。」

なんでもないことのようにそう言われた。ついでに

「ああ、誤解して欲しくはないのですが勿論いつもの
あのお姿も大変お慕い申し上げております。つまり
オレの女神はその人柄も見た目も完璧な美しさだと
いうことです。」

うっとりとそう見つめてくる。

・・・うん、久しぶりに会っても謎に私を全肯定
してくる安定の癒し子原理主義者ぶりだった。

シェラさんのコップにお水を注ぎながらため息を
つく。

「シェラさんは相変わらずですねぇ。でも久しぶりに
会えて嬉しいです、お元気でしたか?」

「ユーリ様のことを想えばどんなに魔物と悪党どもを
喰らい尽くしても足りないほどでしたね。そろそろ
お会いしたいと思っていたところに、あの金の矢が
届いた時はユーリ様もオレに会いたいと思ってくれて
いるのかと心が震える思いでした。ですので一度
こちらに戻って来たのですよ。」

いや、別に会いたくて矢を飛ばしたのではなく
酔っ払って力の調整が出来なかっただけなんだけど。

でもそう思っているシェラさんに事実を伝えるのは
ちょっと罪悪感があったのでそれは黙ることにした。

そしてどうやらシェラさんは私に会っていない間、
国のあちこちで魔物や悪党を捕まえていたらしい。

「怪我もなく無事に戻ってきて良かったです。
おかえりなさい、シェラさん。」

私のその言葉にぱちぱち目を瞬くと、シェラさんは
物凄く嬉しそうな顔をした。

「はい、ただいま戻りました。・・・ふふ、自分の
帰りを迎えてくれる人がいるというのはとても
嬉しいものですね。ましてやそれを言ってくれるのが
オレの女神なのですから。」

「ま、またそういう事を言う・・・‼︎」

ひそひそと話していたら、ニックさんから声が
かかった。

「リリちゃん?何か問題でもあったか?」

シェラさんと少し長く話し込み過ぎたみたいだ。
お客さんに絡まれていると勘違いされてしまった。

「なんでもないですよ!すぐ行きます‼︎」

他のテーブルに行く前にもう一度シェラさんに
向き直る。

「シェラさん、レジナスさんは見ませんでしたか。
あと、イリヤ殿下が私に付けてくれた剣でエル君て
いう小さい男の子も・・・」

「その二人なら外で待たせております。あの強面と
小さな少年二人だけでこの店に入るのはさすがに
目立ちますからね。ですから代わりにオレが来た
んですよ。」

良かった。じゃあタイミングを見計らって外に出れば
大丈夫そうだ。

「エル君にも会ったんですね!かわいいでしょう?」

嬉しくて勢いこんでそう言えば、

「この世の何処にもあなたの可愛らしさに敵うもの
などありませんよ。ただ、思ったよりも良い剣の
ようで安心はしました。体格と体幹を見たくて
逆さ吊りで持ち上げたらほら、この通りです。」

そう微笑んだシェラさんは自分の左腕をすっと
上げて見せてくれた。

ローブからのぞく服の袖が鋭い刃物で切り裂いたかの
ように切れている。

「エル君がやったんですか⁉︎」

「意外と素早い動きでしたね。表情に乏しいのは
殿下がいささかのでしょうが
ユーリ様の身辺を守る者としては合格点です。」

エル君を逆さにして見ようとするシェラさんも
シェラさんだけど、エル君も手が早すぎないかな⁉︎

どっちも人として心配だ。そう思う私には気付かず
シェラさんは続ける。

「この後、食堂が休憩になったらタイミングをみて
外に出て来られますか?エルが元々ここに勤める予定
だった少女を連れてきております。その少女と交換で
ここから出ましょう。今回は残念ですがここでの
食事は諦めて下さいね。また改めて来ましょう。」

さすがエル君。私がここに連れて来られるまでの
間のウィルさんの話を聞いていて、本来の待ち合わせ
相手を探してくれたんだ。だから呼んでもいなかった
ってことか。

「仕方ないですね。今日はタラコスパゲティが
食べられただけで良しとします・・・」

しょんぼりとそう言ったら

「ユーリ様」

シェラさんに小声で呼ばれた。

そういえば今日の私はユーリじゃなくてリリだ。
リリですよ!と顔を上げて小声で言えば、おもむろに
フォークに乗せた何かを食べさせられた。

トマト味の・・・お魚?バターの風味とハーブの
爽やかさが相まってとてもおいしい。

どうやらシェラさんが、自分の食べていた料理を
分けてくれたらしい。

「おいしいですか?久しぶりにその金色が煌めく瞳を
見ることが出来て大変幸せです。」

にこにことシェラさんは微笑んでいる。

ハッと我に返る。金色・・・って、まさかおいしい
ご飯を食べただけで幻影魔法が揺らいでしまった⁉︎

私の食い意地がユリウスさんの魔法を上回って
しまったようだ。

「ま、魔法は解けてないですか?戻ったのは目だけ
ですか⁉︎」

「大丈夫、また茶色い瞳になっていますよ。その
麗しいお召し物姿も、この場限りにするのは大変
残念ですがこれ以上そのお姿でここにおいておくと
悪い虫がつきかねませんからね。休憩になりましたら
すぐに出て来て下さい。」

そう言いながらシェラさんはちらりと私の後ろに
視線をやった。

そっと私もそちらを見てみれば、ニックさんと
ウェンディさんが目を丸くしてこちらを見つめて
いた。

二人ともその顔がうっすらと赤いのは、シェラさんの
視線が無駄に色気を含んだ流し目だったせいだ。

これは絶対シェラさんに食事を食べさせられたのを
見られた。恥ずかし過ぎる。

「どっ、どうして人が見てるのが分かってて
そういう事をするんですか‼︎」

小さい声で抗議をしてもシェラさんは全然動じない。

「見られているからこそですよ。オレの女神は
どんなに魔法で姿を変えても人を魅了するその
愛らしさだけは隠せないようでしたので、牽制が
必要でした。どうやら効果はあったようですから、
ひとまずこれで一度失礼しますね。」

では、とローブのフードをもう一度深く被り直して
シェラさんは優雅に席を立った。

「・・・え?リリちゃん、今のお客さん知り合い?
なんかすごい親しそうだったね・・・?」

「ちょっとぉ‼︎チラッとだけ顔が見えたけど、
とんでもなくカッコいい人じゃない⁉︎誰?
友達⁉︎恋人⁉︎紹介して‼︎」

「恋人⁉︎」

「ニック邪魔、先に私の質問に答えてリリちゃん‼︎」

「いやっ、でも・・・恋人⁉︎」

さっきのやり取りを目撃したニックさん達からの
質問が止まない。

その後はお客さんがまた入って来たこともあって
質問からは解放されたけど、二人のもの言いたげな
視線を受けながら昼の営業時間が終わるまで働くのは
なんだかとてもやりづらかった。


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