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第十一章 働かざる者食うべからず

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リリ、気を付けて行ってくるんだぞ!という団長さん
に見送られて私とレジナスさん、エル君は街へと
向かった。馬車で私の向かいに座るエル君も、
ユリウスさんに幻影魔法をかけてもらっている。

と言っても姿形が変わったわけではなくて、あの
特徴的な白髪と赤い瞳が黒髪黒目になっただけだ。

白くないエル君というのがなんだかすごく不思議で
じっと見てしまう。

「なんですか」

あまりにも見過ぎたせいか、エル君が眉を顰めた。

「いえ、黒髪のエル君が不思議でつい見てしまって
いました!その姿も似合ってますけど、やっぱり
エル君はいつもの白い方がカッコいいですね!」

笑顔でそう言えば、なんだか奇妙なものでも見る
ような顔をされて

「・・・あの姿がいいなんていうおかしなことを
言うのはユーリ様くらいです。やっぱりユーリ様は
ヘンです。」

ぷいと視線を外された。でもその頬がちょっとだけ
赤いような気がしたので照れてるだけだと思う。

だけどそれを言うとまたイヤな顔をされるので、
それには触れずに話題をそらした。

「街に降りたらエル君も一緒に食べ歩きを
しましょうね!エル君とはそういう事をした
ことがないので楽しみです!」

「僕は少し離れたところから護衛をするので気を
使わなくていいです。お昼の食堂はマリーさんが
3人席で予約をしたらしいので同席しますが、
それ以外はレジナス様と二人で歩いて下さい。」

「えっ?」

一瞬驚いてつい声が大きくなってしまったので、
慌てて声をひそめてエル君に聞く。

レジナスさんは馬車の外で御者さんと一緒に
御者台にいる。

「エル君は私達と一緒にお店に入ったりは
しないんですか⁉︎」

「至近距離での護衛はレジナス様がいれば基本
大丈夫なので、僕は少し距離を取ってより広い
範囲からユーリ様をお守りします。」

お店には入りますけど僕は側にいません。

そう言われて赤くなる。そ、それじゃあまるで
レジナスさんと二人きりでデートをするような
ものでは?

迷子防止のために街中で縦抱きはさすがに目立つから
レジナスさんとは手を繋いで歩くはずで、そのまま
私の買い物に付き合ってもらったり、お昼のほかに
おいしそうな屋台があれば買い食いをしたりも
する予定だ。

そうやって男女二人が街を散策することを、
世間一般ではデートと呼ぶ。間違いない。
この世界に来て初めてのデートだ。というか、
元の世界でもそういうデートはしたことがない。

「ユーリ様、顔が赤いです。」

エル君に指摘されるまでもない。自分でも分かる。

「エ、エル君も一緒に歩きましょう⁉︎」

意識をしたら急に恥ずかしくなった。レジナスさんは
この事を分かってるのかな⁉︎

「イヤです、僕に護衛をさせないつもりですか?」

エル君が迷惑そうな顔をした。こんな時だけ
表情が豊かになっちゃって・・・。

確かに、エル君にはエル君の仕事がある。
私のわがままで何かあってはいけない。

馬車が停まるまでの間に顔の赤みがひいて平静さを
取り戻さないと。ぺちぺちと自分の顔を叩けば、
またエル君に不思議そうに見られた。


馬車は一般市民街の商業地区の目立たないところに
停められて、降ろしてくれたレジナスさんに早速
手を差し伸べられた。エル君はさっさと移動して
もうここに姿は見えない。早すぎるでしょうが。

「行くぞユーリ。」

その大きな手を思わずじっと見てしまった。
顔を上げてレジナスさんを見ても、どうした?と
言いたげに不思議そうに私を見ているだけだ。

あっ、これはデートだと気付いていない。
天然でたまに大胆なことをするくせに、肝心の
こういうところは鈍いのだ。

まあそれがレジナスさんらしいっていえば
らしいんだけど・・・。

まだ少しだけ顔が赤いままそっと手を繋ぐ。
私の小さな手はすっぽりとレジナスさんの手に
包まれて、そのまま二人で歩き出す。

ちらりとお店のショーウィンドウで私達の姿を
確かめれば、赤毛でふわふわウェーブした髪を
なびかせた女の子が大きな青年に手を引かれて
歩いている。

あれ?なんだか恋人同士って言うよりも親子か
兄妹のように見えるぞ。歳の差か。歳の差のせいで
そう見えているのか。

ただでさえレジナスさんは私との歳の差を気にして
いるみたいなのに、客観的に見ても親子か兄妹に
しか見えないと気付いたら落ち込まないだろうか。

もう少し恋人同士みたいに見えた方が嬉しいのかな。

レジナスさんに気を使い、ちょっと考えて繋いだ
手を離した。

「ユーリ?」

突然立ち止まって手を離した私にレジナスさんは
戸惑っている。そのまま、ぱっとその左腕へと
抱きつくみたいにして腕を組んだ。

まだ背の低い私がそうすると縋りついているように
見えなくもないが、なんとか腕を組んでいる格好に
なった。

「ユーリ⁉︎」

レジナスさんは意味も分からず驚いている。

これでどうかな?

もう一度、ショーウィンドウに映る私達の姿を
確かめてみる。

うーん・・・まだ仲の良い兄妹のようにも見える。

でもレジナスさんが驚いて少しだけ照れている
みたいな分、初々しいカップルの初デートの
ようにも見える。とりあえずこれで良しとしよう。

「腕を組んでると護衛しにくいですか?」

「いや、そんなことはないが・・・」

「なら良かったです!あと私のことはリリって
呼んで下さいね。ユーリって呼び方から気付かれる
かも知れないので!」

「あ、ああ・・・」

「じゃあ行きましょう!先に組紐を買います‼︎」

なぜ腕を組むのかレジナスさんに質問する隙は
与えない。

なぜなら聞かれたって、この方が恋人同士に見えて
デートっぽいでしょう?なんて、恥ずかしくて
言えないからだ。

戸惑うレジナスさんをぐいぐい引っ張りながら
話す。

「ユリウスさんの幻影魔法はシグウェルさんと違って
1日持つか持たないかだそうです。あと誰かに強く
ぶつかるとか、水を頭からかぶるとか、強い刺激を
受けるとその拍子に魔法が解けるかも知れないので
気を付けてって言ってました。それから、私が
自分の力を使うとユリウスさんよりも強い力なので
当然魔法は解けちゃうそうです。」

なるほど、とレジナスさんは頷く。

「気を付けよう。しかしそう考えると好きなだけ
幻影魔法を維持できるシグウェルはやはり凄いな。
体術訓練をサボっていなければシグウェルに魔法を
頼めたのに残念だ。」

「シグウェルさんには私の結界石作りもお願い
しちゃってますからね。そんなに色々頼んだら
なんだか悪いので、これで良かったんですよ。」

歩きながら話すうちに、最初に感じた気恥ずかしさは
段々と薄れてきた。思ったほど周りが私達を見て
いないからだ。

たまに私達を見た人はあらあのレジナスさんが・・・
とか言ってたから、市民街のレジナスさんの
知り合いだろうか。

最初に立ち寄ったのは組紐を売っているお店で、
エル君の色の白い紐とシェラさんの色の紫のものを
買う。

前にシェラさんに、組紐と結界石でお守り的なものを
作って周りの人達にあげている話をした時に、
剣の下緒とブレスレットのどちらがいいか尋ねた。

すると、どちらも任務で武器を振るう時に失くす
可能性があるので・・・と考え込まれた後に、
にっこり笑って私の首元を指差された。

『オレはユーリ様とお揃いのチョーカーがいいです。
それなら首に張り付いているので、オレが首を
切り落とされでもしない限りは失くしませんからね。
真ん中に結界石も付けられるでしょうし、何より
その形状のものを身に付けているとまるでオレが
ユーリ様の所有物である証のようで大変気分が
良くなります。』

というおかしな事を言われた。何、その犬の首に
首輪みたいな発想・・・とさすがにそれはないだろう
と断ろうとしたけど、

『ユーリ様が手ずからオレのために作ってくださる
装飾品などそれ以上に価値あるものはありませんね。
出来上がるのを楽しみにしております。』

色気の滲んだ、例の有無を言わせない迫力で
そう言われてしまい、また押しの強さに負けて
しまったのだ。

だから今回はチョーカーとして首の後ろの留め具に
なる小さいバチカンや丸カンみたいな部品も買う。

その足で近くにある本屋さんにも立ち寄って
面白そうな本をいくつか買うと、結構な量になり
重くなったのでそれは奥の院に届けてもらうように
本屋さんに配達をお願いした。

「この先にマリーさんおすすめの、新しくできた
焼き菓子とパンを売っているお店があるそうです!」

マリーさんにもらったメモをレジナスさんに見せて
説明をする。市民街に詳しいレジナスさんはそれを
見て頷くと、それならこっちから行く方が近いと
大通りを一つ外れた通りにエスコートしてくれた。

そこは今まで歩いていた通りより少し人混みが減って
いるため、落ち着いて歩きやすい。

さっきまでの大通りが王都への観光客も混じって
混雑していたのに比べると地元の人達だけが
利用していそうな感じの通りだった。

並ぶお店も、お土産屋さんは見当たらなくて
パン屋さんにお惣菜屋さん、日常使いの服を扱う
洋服屋さんに食器屋さん、鍛冶屋さんまで色々だ。

大通りを歩くよりも楽しいかも。

「レジナスさん、こっちの通りの方が見ていて
楽しいです!」

笑って見上げれば、レジナスさんも柔らかく
微笑んでそうかと頷く。

「昔、王宮で毎日リオン様達の剣の稽古相手をして
帰ってくる頃は夕飯時ということもあって、腹が
減るのを我慢出来ずによくこの通りで焼き串や
パンを買って食べながら家に帰ったものだ。
この通りには子供の小遣いでも買えるくらい
安いのにうまい店がたくさんあるぞ。」

部活帰りの中学生がコンビニで肉まんを買って
食べながら帰る感じだろうか。

この大きなレジナスさんにもそんな子供の頃が
あったと思うとなんだか微笑ましい。

「その頃のレジナスさんにも会ってみたいですね!
きっと可愛かったんだろうなあ。」

「・・・俺のことをかわいいなどと言うのは
後にも先にもユーリだけだな。リオン様達を
除けば昔から周りの者達には怖がられた事しか
ない。」

ふっと笑うレジナスさんを慌てて注意する。

「ちょっとレジナスさん!ユーリじゃなくてリリ‼︎
今日の私はリリですよ⁉︎」

危ない。通り過ぎる人達が数人、不思議なものを
みる目でこちらを見ている。もしかして私が
癒し子だって気付かれていないよね⁉︎

どこかお店にでも入ってこちらを見てくる人達を
やり過ごした方がいいのかな。

そう思っていたら、前方に大きな飾り窓に刺繍入りの
ハンカチやテーブルクロスをたくさん華やかに
飾り付けてあるお店が目に入った。

・・・布地屋さん?

お店の上に掲げてある、裁縫針とハサミをモチーフに
した飾り看板を見上げると、そこにあった店名は

『マルク・ジーンの服飾工房』

だった。






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