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第十章 酒とナミダと男と女

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シグウェルさんは自分もリオン様達と同じように
口付けでの加護にして欲しいと言う。

その言葉にリオン様とレジナスさんが目を剥いた。

「何を言ってるんだいシグウェル!いくら魔法が
絡むからと言って好奇心から頼むようなことじゃ
ないだろう?口付けるんだよ⁉︎」

「お前、まだユーリにあてられた魔力酔いのような
状態が続いているんじゃないか⁉︎おかしいにも
程がある‼︎」

二人の言葉にふむ、とシグウェルさんは考えた。

「つまり今の俺は正常じゃないと?さっきまでに
比べればかなり回復したんだが。それに純粋に、
普通と違い直接体内に癒し子の加護を吹き込まれると
いうのはどんなものなのか気になるだけだ。それが
そんなにおおごとか?」

そう言って、君もそう思うか?とあの紫色の瞳で
じっと見つめられ問い掛けられた。

確かに、他の人ならまだしもシグウェルさん相手だと
口付けるって言うよりも、実験的な感じの人工呼吸に
近い気もするなあ。

何しろさっきも結界を作る私に魔力を持っていかれ
ながらそれを観察するために、いつもと違う
体調なのを放置していたほどの魔法バカだ。

そんなに気にするほどのことでもないのかも?

いや、それともいくら加護を頼まれたからと言っても
年頃の女子としてはほいほい誰にでも口付けるような
節操のないことはしない方がいいのかな?

よく分からなくなってきた。それよりも眠い。
早く加護をつけなくちゃ。

ふわふわする頭で考えたけど、答えが出ない。

こういう時はヒルダ様とブルース・リーの教えに
従おう。考えるな、感じろだ。

シグウェルさんの顔をじっと見る。やっぱり凄い
綺麗な顔だ。こちらから口付けるのは勇気がいるけど
嫌ではない。そんな気はする。

「いーですよ、やりましょう!」

自然と口をついて言葉が出た。リオン様達が
驚いている。シグウェルさんだけは満足そうに
珍しくも微笑んでいた。


「リオン様とレジナスさん以外にカティヤ様方式で
加護を付けるのは本当に特別ですからね!」

「それは光栄だ。」

「なんか軽いなあ・・・分かってるんですかね?
何かあったら私が責任を取らなくちゃいけないのに」

むうとふくれてそう言ったら、リオン様が慌てた。

「ユーリ!おかしなことは言わなくていいから‼︎」

でも私の言葉にシグウェルさんの瞳はきらりと
輝いたように見えた。

「責任?何かあった時のためにさきほどの殿下と
同じように書面にでも残そうか?」

ぱっとその手に紙とペンが現れる。いーですよ、と
ペンを取ろうとしたらリオン様がそれを取り上げた。

「そんなことはしなくてもいいから!」

「じゃあさっさとやっちゃいましょう。」

「あっ」

リオン様が慌てたようにペンと紙を取り上げている
その隙に、私は目の前のシグウェルさんに両手を
伸ばした。白皙の美貌に手を添えれば静かに目を
閉じてくれたので、そのままその薄い唇にそっと
口付けて加護を吹き込む。

前に繋いだことのある手と同じようにひんやり冷たい
シグウェルさんの唇がほんのりと暖かく熱を持った。
成功だ。

シグウェルさんみたいにすごい魔導士に直接
加護の力を吹き込むなんて、何か魔力の反発が
起きたりしないかと心配していたけどそんなことも
なさそうだった。良かった。もし何かあったら
本当に責任問題だと思っていたのだ。

唇を離してにっこり微笑む。

「はい、終わりました!ふふ、何事もなくて
良かったです。もし何か起きたら本当に責任を
取らなくちゃと思ってました!」

「なんだ、もう終わりか。もう少し長くても
良かったな。もっと君の魔力が入って来る感じを
味わいたかった。こちらからも引き留めるべき
だったか?」

なぜかシグウェルさんは残念そうだ。

「ちょっとシグウェル!」

「団長、言い方‼︎何言ってるんすか⁉︎」

リオン様とユリウスさんが声を上げた。

そんな二人を無視してシグウェルさんはじっと自分の
手を見ている。体の中の魔力の流れを確かめて
いるらしい。

「なるほど、かすかに自分のものではない魔力の
流れを体の中に感じる。面白い。他人の魔力が
身の内にありそれが体内を巡っているというのは
随分と不思議なものだな。」

「そうですか。面白いと思ってもらえるなら・・・
良かったです・・・」

話しながら、ふわぁ。とまた一つあくびが出た。

「ユーリ?」

リオン様が体を支えてくれる。

「んー・・・なんだか急に眠くなって
きました・・・」

「別室に運んであげるよ。こういう時のために
寝室も準備してあるからね。すぐにシンシアに
準備させよう。」

そういうとお姫様抱っこをしてくれた。その胸元に
頭を寄せて目を閉じる。あったかい。そうしたら

「姿は大きいのに仕草はまるで仔猫だね。」

リオン様の囁きがくすりと密やかな笑い声と共に
上から降ってきた。

「こうして黙って眠ってる顔を眺めてるだけの方が
俺は精神衛生上いいっすね・・・」

「お前はいい加減にエルを盾にするのはやめないか」

ユリウスさんやレジナスさんの声も遠くに聞こえる。

「ユーリ様が起きた時に必要なものは何ですか?」

「とりあえずお顔を拭けるように温かいお湯と、
お酒のせいで喉が乾くかも知れませんから果実水や
お水、お茶も一通り揃えて・・・」

エル君とシンシアさんも動いてくれているらしい。

毎回お酒を飲んだ最後はみんなに迷惑をかけて
申し訳ない。ごめんなさい。と眠くて回らない口で
つぶやけば、

「いいんだよ、ゆっくり休んで。」

お休みユーリ。そう言うリオン様の静かな声と
一緒に私の額に口付けが一つ落とされた。







どれくらい寝たんだろう。パチリと目が覚めた。
そして思うのはこれまた毎回同じだ。

「お腹がすいた・・・」

目をこすって起き上がる。ふわふわの羽毛布団に
大きなベッドは豪華な金色の天蓋付きだ。

外はほんのりと薄暗く、夕闇が広がっている。

えーっと、ここはどこで私は何をしてたんだっけ。

・・・ああそうだ。どの程度お酒を飲めば大きくなり
力を使えるのか試そうという話だった。

それで、陛下の離宮を借りてお酒をちょっと飲んで
おいしいパウンドケーキを食べて・・・あのケーキ、
おいしかったなあ。まだ残ってるかな?

そんな事を考えていたら部屋の扉が静かに開いた。
入ってきたのはエル君だ。

「お目覚めですかユーリ様。喉は乾いていませんか?
お水と果実水、どちらを飲みますか?冷たい紅茶も
準備してますけど。」

そう言いながら温かいタオルを差し出してくれた。

それを顔に押し当てたままエル君と話す。

「果実水が欲しいです!私が眠ってからどれくらい
経ちましたか?あと、お腹がすきました!」

「ユーリ様、いつもお腹をすかせてますね・・・。
今はあれから数時間後くらいです。そろそろ夕食の
時間で、皆さん今日はここに泊まっていかれる
予定だそうですよ。」

呆れながらもエル君はきちんと答えてくれた。
果実水も私がちゃんと持てるか見てくれている。
態度や言葉は素っ気ないけど、実は優しいのだ。

タオルを受け取った私の手は小さかったし、
着ているものもあのドレスじゃない。

どうやら眠っている間にいつの間にか小さくなって、
シンシアさんが着替えさせてくれたらしい。

殿下や皆さんにユーリ様が起きた事を伝えて来ます。
そう言ってエル君が出て行って一人になる。

窓の外を見ると、私がそこに目を向けたのに
応えるように一瞬だけきらりと遠くの景色が
光の壁のように光った。

いやあ、あんな遠くから王都を丸ごと覆うほどの
結界を張ったなんて自分でも信じられない。

すごいなあと他人事のように思いながら果実水を
飲んでいたら部屋の扉が慌てたように大きく開いた。

驚いて見れば、レジナスさんだった。

「レジナスさん!みんな今日はここに泊まっていくと
聞きました。私のせいですよね?ごめんなさい。」

「気にしなくていい。それより具合はどうだ?
あれだけ大きな力を使って加護まで付けたんだ、
だるかったり頭痛がしたりはないか?」

ベッドサイドの椅子に腰掛けて熱がないかそっと
額に手を当ててくれる。

「全然なんともないです、お腹がすいているだけ
ですよ!私も夕食が食べたいです‼︎」

相変わらずな私の言葉にレジナスさんがほっとする。

「良かった、いつものユーリだ。ユーリの分は
ここに運ばせよう。俺も一緒にここで食べる。」

額に手を当てたままそう言って微笑む。

その後、レジナスさんと夕食を取りながら話を聞けば
早速王宮と大神殿から陛下とカティヤ様、大神官の
おじいちゃんの使いがここに来ていたそうだ。

あの金の矢はやっぱり陛下達の所まで届いていた。
そしてそれが刺さった魔力のある人は、そこに
私の魔力を感じ取れてなおかつ私が今日何をするか
知っていたためにすぐ連絡が来たらしかった。 

食後のお茶を飲みながらレジナスさんは言う。

「あれにユーリの魔力を感じ取れた者は自分から
連絡をしてくれるだろうからあとはそれ以外の、
俺のように魔力がない者にも加護がついた場合だ。
あの金の矢に気付いていればいいが、気付かなければ
こちらから連絡を取る必要がある。明日以降、
ユーリが良ければ王都の地図を見せるから矢の飛んだ
方角に思い当たる者がいないかどうか考えてくれ。」

そういえばそんな事を言われていたような気がする。

「レジナスさんもどうですか?私の加護がついて
何か変とか体調がおかしいとかはないですか?」

「ユーリの加護でそんなわけがないだろう。」

私の言葉にふっと笑い、

「今度は加護なしでもユーリの方から口付けて
くれると嬉しいけどな。」

そんなことを言われた。

「なっ・・・!何言ってるんですかレジナスさん‼︎」

「冗談だ。恥ずかしがっているあたり本当にいつもの
ユーリに戻っているな。」

どうやら試されたらしい。驚かさないで欲しいなあ、
心臓に悪い。プンプンしていると、食器を片付けて
部屋を出て行こうとしていたレジナスさんがこちらへ
向き直った。

「そうだ、シグウェルの奴は泊まらずにこれから
魔導士院へ帰るそうだ。ユーリの加護と魔力が
自分の中にあるうちにユーリのための結界石を
仕上げてしまいたいという話だ。帰る前に一度
ここに寄って体調を見てくれるらしいから、
ちゃんと見てもらうんだぞ。それから」

ふむふむと、レジナスさんの話を聞いていたら
ベッドが軋み座る自分の顔にふと影が差した。

何事かと思う前にレジナスさんの顔が近付いてきて
啄むような優しい口付けを唇に一つ落とされる。
そして離れるのを惜しむようにゆっくりとその
唇を離され、微笑まれた。

「俺の方からは望まれればいつでも口付けるから、
ユーリが自分からそうするのが恥ずかしいなら
言ってくれ。」

「いっ、言いませんよ、むしろそっちの方が
恥ずかしくないですか⁉︎」

キスをねだる?そんな言葉は私の辞書にはない。

あまりの恥ずかしさに真っ赤になればレジナスさんは
そんな私に声を上げて笑い、もう一度口付けてきた。

「それでこそユーリだ。その恥じらう姿を見て
安心した。」

かわいいな、とぽんと頭を一つ撫でると今度こそ
レジナスさんは食器を下げながら部屋を後にする。

人を恥ずかしがらせて喜ぶとかおかしくない⁉︎
何言ってるんだろうレジナスさんは‼︎

口付けは・・・嫌ではないけど。複雑な心境で
恥ずかしさのあまり亀のように布団を頭から
被って私はベッドの中で丸くなった。
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